史吉子先生の証、劉孝元先生が行かれた霊界についてのお話

史吉子先生の証によれば、劉孝元先生が行かれた霊界についてのお話が有名です。

なにやら、死後行かれたところは薄暗い霊界だったそうです。韓国の教会長という位置のゆえに、アボジから愛されて、光り輝いていたが、霊界に行ったらアボジから愛されて輝いていた輝きは、全部奪われ、自分が愛した輝きしか残らなかったそうです。

霊界では、一番輝くものは、イエス様のように自分を迫害する者を愛するという美徳だと言う。劉孝元先生は幸い、原理を知っていましたので、徳を積んで奥様に相対できるところまで、上ってきたそうです。

この証を聞いた信徒たちは、祝福をたとえ三度も受け、恩赦を受けたとしても、自分が人を愛するという徳を積まない限り、劉孝元先生のように暗い霊界にしか行かれないことを悟ったと言う。

紀元節の聖酒を飲んで祝福を受けれたと言って、安心し、喜んでいる人は決して少なくは無いでしょう。逆に、自ら敢えて受けない人も少なくは無いでしょう。どちらにしても、一番大切なことは人から愛された徳よりも、神を真に愛し、自分を迫害する者までも愛することが出来る徳なのでしょう。



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久保木会長から聞いた話

基元節の為に同じ宿泊所で宿泊した777双の者達の中には久保木会長のそばでみ旨に従事していた者がいましてあまり知られていないみ言葉を語ってくれました。

本来ならば韓国はメシヤを受け入れなかった時点でイスラエルのように選民ではないと言うのです。

それでも尚、選民の位置を保っていられるのは、アダム国家の失敗をエバ国家である日本に韓国に代わって代理蕩減してもらっているからだという。

これは久保木会長がじきじきにアボジから会長としてしなければならない使命として言われた事だと言う。韓国のすべての失敗をエバである日本に蕩減させるのでどうか韓国を選民からはずさないように神に懇願したと言う。

そう言うことならアダム国家を救う為に人肌脱いでも良いかという気持ちになりますが、そのことも知らずに当然の顔をして、韓国を併合した贖罪と思い込み威張ってごり押しをするとどうでしょう。

それが30年以上も続くと堪忍袋の尾が切れる人も出てくるでしょう。人に自分の借金を払ってもらっているのに、その人に感謝も
せず、当然の顔をされると気持ちの良いものではないでしょう。

この間、777双と1800双を教会に招いて慰労会をお母様の計らいで開催していただきましたが、一人の古参の食口が10年間も教会に来なかった理由を語ってくれました。

それは自分のアベルである韓国のリーダーがその人の知り合いに、「お前も統一教会に入らないか。ここでは日本人を顎で使えるよ」と言った言葉に切れてしまったという。

これは彼の自己紹介の時に話したので、前宋会長も地区長も教区長も教会長も聞くハメになったのです。

恩人を顎で使うとは何か勘違いをしているのではないでしょうか?




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再臨主による救いの恩恵その4、 開拓伝道の証

これは開拓伝道の証です。イエスは何を飲もうか、食べようかと思い煩わないで、ただ神の国のみを求めよ、と言いましたがこれはクリスチャンの信仰の理想です。それを統一教会で実践できたのですから、これほど、幸せなことはありませんでした。

未だ教会の出来ていない都市に単身で、しかも片道切符で開拓に行くのです。伝道して生き残るか、餓えて死ぬか、途中で逃げて帰るかの道しか残されていません。そこで、3人の人を伝道して、基台を立てたら新しい教会の出発が認められるのです。

私は大阪の羽曳野市がくじ引きで当たり、何とか40日間で教会を建てることが出来ました。しかし、その後どうなったかは知りません。人事異動があったからです。とにかく、そのようにして現在の主だった教会は建てられていったのです。

私は1994年には赤羽教会長を辞任して、95年に家内の生まれ故郷に還故郷しましたが、すねかじりの子供を3人抱え、無一文で開拓伝道です。

チラシを撒き、学習塾を開校して、何とか子供たちを大学まで行かせ、アメリカ留学させたりして、祝福まで育て上げたのです。このように無から有を生み出す信仰、勇気、力という無形財産を与えてくれたのも再臨主でした。そして、この無形財産は計り知れないほど大きいものです。

ちなみに、現在では子女達は独立し、私共は国家メシヤの使命と氏族メシヤの任務を遂行中です。ハレルヤコ-ラスは市民運動の一環として展開しているものです。私たちは外に向かって進み、市民権を勝ち得てくることが大切です。

但し、証しというものは個人において皆違いまっすので、皆さんに同じような証を期待するものではありません。ただ、こんな人もいるということは大いに参考になることだと、確信しています。



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再臨主による救いの恩恵その3、 富士登山の話

数年前に、家族全員で富士山の聖地を目指して登山をしました。私が足がまだ元気な内に登りたいといったものだから、子供たちが心配して、自分たちもエスコ-トをする為について行くというのです。

富士登山用のバスに乗り込んだら、一般の登山者が倍以上いまして、不思議そうに私たちを見ていました。長男の嫁が韓国人、長女の婿はアメリカ人、次女の婿はアフリカ人ですから目立つのです。

それで、みんな競うようにして、私の持ち物を持ったり、担いだりして、いたわるものですから、ついに彼らは「あなた方は何者ですか」と言うのです。

みんな顔が違うのに、親を労わり、本物の家族以上に家族的だというのです。自分たちの子供たちは親のことをジジイとかババアと呼び、しまいには気に食わないときは"死ね!"と言う。どのようにして、そのようないい家族を作ったのかというのです。まるで、神を見ているようだという。

それもそのはずです。会話の内容が世俗とは違い、何か神々しいのです。神のオ-ラが輝いていたのでしょう。

新約時代はイエスが”私を見たものは神を見たものなり”と言いましたが、成約時代は”祝福家庭を見たものは神を見たものなり”と言っていいでしょう。

この貸し切りバスの登山者はガイドを先頭に帰りまで団体行動をしなくてはなりませんので、四六時中一緒なのです。当然、神様や原理の話になり、その内、3人ほどが原理を聞くことになりました。これは再臨主の救いに与からなければありえない出来事だと思います。


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再臨主による救いの恩恵その2, 高校時代の恋人の話

高校時代には恋人がいまして、お互いに好意を持ってお付き合いをしていましたが、情が深くなるにつれて、肉体的にも一つになりたい欲望が出てくるのです。でも本心の奥深いところではそれはいけないと言うのです。

そこで、気がついたのは、愛と欲望は方向が違うと言うことでした。愛は相手の幸せを願いますが性欲は自己中心的でした。180度も違うのです。

それゆえ、自分に危険を感じたので、恋人とは距離をおくようにしました。自分の不純な欲望で愛する人を汚したくなかったからです。

ちょうどその時、私の小さな町にもカトリック教会が出来ましたので、不思議な力に導かれて、学校の帰り道寄ってみました。驚いたのは神父様の生き様です。

愛欲・性欲を捨てて、独身で神と人類のために尽くしているではありませんか。まるで、神様のようでした。そこで、私もクリスチャンになる為に随分修行して、4年後に恋人に会ってみると、すでに別な男性と婚約していました。

私の心がもう離れてしまったと思ったのでしょう。お陰で、原理に出会い、献身しましたので、神の導きでした。

祝福を受けて、3年目の10/21の祝福記念日に私はアメリカの教会で感謝の祈りを捧げていました。

すると、久しぶりに神の神霊が全身を覆ってくれました。嬉しさのあまり、360度、手を伸ばして触ってみると何処を触っても神の霊気に満ち溢れていました。そんなことをしているうちに、誰かの手に触りました。

よく見ると、東京にいる相対者の手でした。霊的現象でした。その感触は神の霊気に触っていた感触と全く同じ感触でした。ああ、これは祝福によって肉体までも聖化された、と実感したのです。そこで、初めて霊肉両方の救いを覚えたのです。

それゆえ、この感覚で夫婦が一体となり、子女が授かれば文字通り、神の子が生まれるのだな、と思ったのです。夫婦生活をすると時は神の霊に満たされ、完全に肉体までも聖化された実感を得るまで黙想します。そのようにして3人の子供が授かりました。

そして子供たちが年頃になった時に、自分がどのようにして人間的な性欲と戦い、神の次元まで高めたかを話して聞かせます。そして、貴方たちは、真に真に神のことして生まれたのだ!と宣言します。そのせいでしょうか、3人とも無事に祝福を受け清く生きています。

このように、再臨主の救いの力によって肉体までも聖化されたのは大きな恵でした。



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再臨主による救いの恩恵その1、神に会ったような実感

私がカトリックの修道院の朝5時のミサに出席する為に北海道の釧路の真冬マイナス20以下でも雪を掻き分けながら、30分かけて坂をよじ登って通ったものでした。でも、神は遠い存在でした。王と僕のぐらいの距離感がありました。

しかし、アボジを受け入れ、祝福を受けますと、神がとても近く感じました。正午定着とよくも言ったものだと思います。神が100%自分の中に居てくださる実感がするのです。

777双は祝福を受けても5-6年間の家庭を持たないで、み旨に励んでいましたから、その間、時々相対者に会いますと、お互いに神に会ったような実感をしていました。

それで、「私たちを見たものは神を見たものなり」と公言したものでした。即ち、この道に来て獲得した最大の収穫は神を100%獲得したことでした。したがって、これ以上の恵が他に考えられないのです。



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777双祝福の証、その2 (私の家庭を見た者は神を見た者なりと言えるような家庭を形成すること)

私が相対者をつれて北海道の実家につれて行きますと、その評価はUCの同僚達のそれとは逆であった。

当時、相対者は65キロもあり、私の父母に送った手紙の字はとても下手で、おまけに母子家庭であったので、受け入れてはくれましたが、そんな高い評価ではありませんでした。

そこで、私は「私のような片腕しかない男に嫁に来てくれる女性などはUCを除いていない」と切り札のつもりで言ったのですが全然通用しませんでした。

それは片手ですごい彫刻の作品を作って北海道新聞に取り上げれ、高校時代には自分の高校の相撲部を北海道大会で優勝まで導いたキャプテンということで、これまた新聞に取り上げられ、凱旋して町に帰って来た時には高校のブラスバンドが出迎えて、町中を練り歩いたものですから、いっぱしの町の英雄になっていたわけです。

だから、片腕など無くても来てくれる嫁など沢山いると思っているわけです。おまけに、親父は網本だったので家柄にも誇りを持っているわけです。教会内の功労者はここでは通用しないのです。

しかし、まあ、相対者はいい人だと言うことで、本人同士が喜んでいるのならそれでいいではないか、というところに落ちつた訳です。

結論として相対者と二人で大笑いしたことはどっち(UC)も、どっち(世俗)だということです。

要するに私も家内も己を無にして神にゆだね、その結果としてメシヤを媒介に神によって結ばれた結婚(祝福)は絶対であり、人間的なコメントや評価はUC信徒であろうと、あるいは実家のような世俗であろうと、それは相対的な二次的、三次的なもに過ぎないということです。

そして、最後に残るのは私の家庭を見た者は神を見た者なりと言えるような家庭を形成することです。どんなに個人的な実績を積んでも、祝福家庭までも犠牲にしたために、子女の心が離れ、信仰を失い、この世の男女を結婚をしまうと、神の血統が一代で終焉です。

日本のトキみたいなものです。おかげで、中国から借りてきて繁殖させねばならない有様です。

神においては被造物の勝利がなくしては勝利が無いように、祝福家庭においては、子女の勝利なくして親の勝利は無いのです。

以上です。




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777双祝福の証(マッチングの時の証)

覚えていることと言えば、その前夜にアボジから自分に最も相応しい祝福候補者の名前を5人ほど書きなさいと言うことでした。それで、一番嫌いな人、したがって、最も祝福を受けたくない人の順番に名前を書いていきました。

すると、不思議なことに神の臨在感からくるなんともいえない安らぎを感じました。基準の高い者も、低い者も、美人も醜人も、学歴も無学歴も全く関係のない神の愛だけの世界を感じるようになりました。神は何人も等しく愛し、神の愛の中ではすべて平等であるということでを実感しました。これは永遠の宝です。

したがって、家内は功労者の上位にいましたが、アボジが「この女性に最も相応しいと思える者、手を挙げなさい」と言われた時、自動的に手が挙がって「ハイ」と高らかに答えて、立ち上がりました。家内がこれを受け入れてくれましたので、決まったのです。

後ほど、杉山モトコさんがやって来て、家内に「貴女は誰と祝福を受けたの?」と聞きながら、私を見て「まあ、師観さんと・・?」怪訝な顔つきと、家内に対する深い同情の表情で驚いていました。

これは無理も無い反応でございまして、・・・と申しますのは、当時の私は心霊的には基準は低く、低空飛行で何とか献身者についてついていくような状態でしたから当然なように思いました。

更に、片腕も無く、いかにも惨めな格好をして、風采の上がらない格好でしたので、内的にも、外的にもそのよに思われて当然の状態でした。この当時、功労者の女性たちには地区長、少なくても教会長というよな男性指導者たちがあてがわれていました。したがって、家内の場合は例外中の例外だったのです。

同僚の男性たちから、「あなた、心臓に毛が生えてるね!」と言われたり、「教会に来たおかげで、良い女性をもらえたね」とか、いろいろ言われました。一番、すごかったのは、家内が私を久保木会長に紹介した時のことでした。会長曰く、「阿部、よくもこんな男と祝福を受けたものだな・・・」と、ため息をしながら、つぶやいたことです。

しかしながら、これらの言葉が私においてはみんな祝福の言葉にしか思えてならないので、全部感謝でした。ひどい言葉(?)を言われれば言われるほど、とてもうれしいのです。ただ「ありがとう、ありがとう」でした。

どうしてか?と問われれば、恐らく、私がUCに来る前に、ヤマギシズムというユ-トピア社会と作っている団体の哲学のせいだと思います。

それは、山岸という方が創設者ですが、会員が「お金が取られました」と言えば、「よかったね」と答え、「家が火事になりました」と言えば、「益々、良くなりましたね」と答えるのです。

ほめらることもさることながら、くさされることもここでは天国なのです。「変に処して動ぜず、自己の絶対の位置を見出し、そこに立つ」という哲学ですから、その影響はとても大きいと思います。ですから、何が起きても感謝しかないのです。

家内の証によると、「実は、私も候補者に師観さんの名前を書いたのよ」いう女性に5人も出会ったと少し怒ったような顔つきで言っていたのは印象的でした。

中には、「あの人は将来国際舞台で活躍する人だよ」と言って来る女性もいたと言うのです。事実、小生は1973年の第三陣のアメリカ行き部隊の中心者になり、西海岸ではDr Bergmanの下で英語で原理講義を担当し、ワシントン大会の動員ではそこそこの成果を挙げましたので、ベルベディアで世界のleaderたちの前で、名前を呼ばれてその功績をアボジに讃えられたので、その女性の言葉はまんざら外れたわけでもなさそうです。



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超越と内在 キリスト教と仏教の接点

超越と内在
キリスト教と仏教の接点


私が宗教学会(禅とキリスト教の懇談会)で発表しテーマの一つはキリスト教と仏教の接点です。まず、これらの相違点を述べると、キリスト教は超越性の原理に基づき、仏教は同一性の原理に立脚しています。

超越性の原理においては、真の存在とは我々にとって超越的なもの、すなわち神です。それゆえ、神を絶対主体として我々人間が対象としてこれに正しく係わること、すなわち信仰の在り方が大切になってきます。

これに対し、同一性の原理では、真の存在と我々は本質的に同一のものなのです。それゆえ、この同一性を自覚してその一つの存在(真我)に成り切ることがもっとも大切なことになります。

したがって、私は神学的立場からキリスト教の神のあり方を超越性と理解し、仏教の同一性の原理を、神の内在性として理解するのです。すなわち神はいかなる時空をも超越するので、いかなる時間と空間にも入り込み内在できるのです。それゆえ、超越性と内在性(同一性)は、神という一つの存在の両側面相対的関係を言っているに過ぎないのです。

聖句を用いて説明すると、『神が父の内におり(内在的超越すなわち同一性)、父が私の内におられること(超越的内在)を、信じないのか』(ヨハネ十四、一〇)ということになるのです。

すなわち仏教は「統一原理」の観点からいえば、創造目的を完成した本然の人間を先取りして論じているのです。

元来、仏教は無神論であり、神も霊魂も存在しません。そして人生は苦であり、その原因はユダヤ・キリスト教が説くような、人間が神の前に罪を犯した罰の結果ではなく、自業自得、すなわち自分の過去が悪かったから苦しんでいる、すなわちカルマのためなのです。したがって、現世において善行をなせば、将来は楽しい報いを受けるというのです。

そのためには心を浄化することが大切なこととなります。すなわち因果の理法によって八正道という正しい道徳を実践すれば、健全な心体になり、さらに、座禅によって心身を空じ浄化すれば、その浄まりの果てに仏をしての自己を自覚することができるようになるというのです。

したがって、キリスト教の神や大乗仏教の阿弥陀仏を立てることによって自己の主体を確立するという相対的主体ではなく、無始無終、自存の絶対主体の自己の確立を説くのです。このことは、ハ-バ-ド大学博士課程卒のネパールから来たある仏教学者の講座の解説されているところであります。

このような仏教においては、キリスト教とまったくといっていいほど接点を見い出すことはできません。また普通、キリスト教の側からも仏教とはとても接点を持ち得るようには思えません。なぜならキリスト教は伝統的に極端なほど神の超越性を主張してきたからです。

神は無限にして永遠・不変・自存の絶対的存在の創造主であるがゆえに、有限で可変的・依存的・相対的な被造物(人間や自然)とは質的に異質であり、交わらないのです。もし交わるとすれば、神の方から一方的に恵みを与えんとして、人間の側にイエス・キリストのように人性をまとって降りてくる時だけなのです。

ところが大乗仏教においては、キリスト教との接点を見い出すことができるのです。鈴木大拙は、彼の著書「禅による生活」の中で、「神の自己否定」ということを説いているのです。

すなわち「神が神自身に満足している限り、神は非存在である。神は神自身でない何ものかに目覚めなければならない。その時初めて神は神となる。神は神でない時に神である、というわけだが、この神でないところのものもまた神自身の内にあるものでなければならない。

そして、これ神自身であって神自身でないもの―――神自らの思想であり、意志であり、この意識によって、神は神自身から離れもするが、また同時に神自身に帰りもする」というのです。

これはヨハネ福音書の冒頭にある『初めに言葉(ロゴス)があった。言葉は神と共にあった。言葉は神であった』という聖句に内容的には匹敵するのです。すなわち神の言葉(ロゴス)は神の自己表現であるのですが、大拙はこれを「神ではないから神である」というように神は自己否定を通した自己肯定をするというのです。

この論理は「即非の論理」として知られ、西田幾多郎の哲学においては「絶対矛盾的自己同一」の論理として知られています。これを文鮮明師の表現を借りて説明しますと、神はひとりで存在していた時は、神は神自身のためのみに生きているから、ある意味では一種のエゴイズムであるというのです。しかし「子」なる人間を創造し、そのために生きる時に、神は初めて神、すなわち「親」になるというのです。

これを西田哲学的に言い直すと、神の自己否定、すなわちアガペーの愛であり、神の自己表現ということになります。ここにおきましては「子」という概念を媒介にしない「親」はなく、また「親」という概念を媒介としない「子」はない、ということになります。したがって人間(被造物)を抜きにして神(創造主)を語れず、また神(創造主)を抜きにして人間(被造物)を語ることはできないということになるのです。

そして、ここまできますと、絶対・無限なる神と、相対・有限なる人間(被造物)は、相互に自己否定を媒介として出合うことになるのです。さらにこの相互自己否定の論理(即非の論理)を用いて、「空即是色」、「色即是空」を解説すると、「空」(本質)の自己否定が「色」(現象)であり、「色」(現象)の自己否定が「空」(本質)ということになります。したがって、空は色を通して自己否定しない限り「空」になれず、色も空を通して自己否定しない限り「色」にはなれないのです。

同様に、神も自己否定しない限り親なる神になれず、人間も自己否定しない限り神の子である人間にはなれないのです。そして、人間の自己否定とは神の「戒め」を尊守することでした。

絶対なる神は、自己否定をしてまでも相対なる人間とこの世を創造されたのですから、我々相対なる人間も自己否定して絶対なる神につながらねばなりません。このように、神の創造行為を神の自己否定として理解するときに、キリスト教は仏教と接点を持ち得るのです。



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ペンネーム師観の由来

師観というペンネ-ムは久保木会長と一緒に姓名判断に従事していた女性が霊界から導かれた感じで私に、晩年になったら、師観と名乗りなさいと言うのです。なにやら、読み方は「オサミ」と読むそうです。

それで、ペンネ-ムに使うことにしました。どうみてもシカンとしか読めませんので、シカンだ、と言う人が多いのです。それで、読み方は読みやすい方にしています。


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私のイスラエル、キブツ研修旅行報告

キブツ研修旅行報告
キブツの現実にふれて考えたこと

師観




はじめに

草刈善造先生のお勧めにより、キブツ研修旅行に参加することができましたことを心よりうれしく思い、感謝しております。

私たちが滞在したキブツは、ニルダビッドというキブツでした。人口は600人ほどの平均的なキブツとのことでした。

しかし、このキブツの歴史は長く、今日に至るまでには大変な苦労の物語があり、壮絶なドラマがありました。おそらくどのキブツでも、それぞれの草創期に、十分に映画になりうるような物語を持っていることでしょう。

私自身の感想といたしましては、一言でいえば、キブツは地上の楽園であり、砂漠の中のオアシスというところです。人は昔からユートピア社会の夢を描いてきましたが、それが夢ではなく現実に三百以上の存在しているのですから、驚嘆せざろうえません。

さて、私は自分の専門である神学的観点を交えながら、キブツについての感想を述べてみたいと思います。



キブツ社会における個人と全体の関係

キブツのメンバーたちは、自らの自由意思によって、平等の社会を築いてきました。自由と平等との調和は、人間と人間との正しい関係の在り方でもありますから、彼らは人間と人間との正しい関係の社会を形成しているともいえます。

人間と人間との正しい関係というのは、自由と平等との関係だけにかかわる問題ではなく、個と全体、個人と社会にかかわる問題でもあります。

ところで、神学的観点から見ると、どのような関係が個人と全体との正しい関係、あるいは理想的な関係というのでしょうか。

それは、個は全体の為に生き、全体は個の為に生きる関係、すなわち、相互に他の為に生き合う関係が理想的な関係であり、正しい関係なのです。

キブツは、その歴史的発展過程において、イスラエルの国家建設の為になくてはならない農業共同体としての役割を果たしてきました。

イスラエルの人々が故郷に帰り、領土を獲得し、食料を生産することは、国家建設において必要不可欠のことでした。

しかし、周りをアラブ諸国に囲まれて、いつ敵が襲ってくるかもしれない緊張した状況の中では、村を塀で取り囲み、中央には監視塔を建て、集団で農作業をせざるを得なかったのです。

したがって、こういう状況の中では、個人で農業を営むことはとても難しく、キブツのような集団農場とならざるを得なかったのです。

ところで、キブツ内における個人と全体との係わり方ですが、個人がキブツの為に働くということは、結果的にはイスラエル国家建設に役立つことですから、キブツはそのような個人を大切にし、生活が出来るように保証するようになっています。そして、国家も国家に貢献しているキブツを援助せざるを得なかったのです。

したがって、キブツの中では、「個人は全体の為に働き、全体は個人の為に機能する」という理想的な人間関係が成り立っていると言っていいでしょう。



キブツ社会における個人と個人の関係

ところで、キブツの個人と個人の関係はいかなる関係なのでしょうか。

個人と全体との関係は、縦的な人間関係であり、個人と個人の関係は横的な人間関係であるといえます。

これを家族にあてはめるならば、縦的関係は親子の関係であり、横的関係は兄弟姉妹の関係であります。

キブツは1つ財布の「拡大された家族」ですから、組織を代表する執行部の人達は親の立場で、子供の立場に立っているメンバーたちのことを考え、これに呼応してメンバーたちは、親なる組織の為にどうしたら役立つことができるかということを考えて働くというのです。

したがって、おのような大きな家庭環境の中で育ったメンバーたちは、兄弟姉妹たちのために自分に何ができるのかを考えるようになるというのです。

すなわち、キブツにおける人間関係の根本原理は、お互いに他者の為に生きるということなのです。

そして、このようなイスラエル民族の根本原理から、ユダヤ教出身の偉大な宗教者であるマルチンブーバー博士による「我と汝」という命題が展開されてくるのです。

すなわち、「我」が他者である「汝」のために、100%生き切った時に、「汝」が「我」のために100%生きたい気持ちになり、その結果、「汝」が「我」となって返ってくるというのです。

キブツはそのほとんどが宗教的ではありませんが、しかし、どのキブツもイスラエル民族のエートスを感じさせてくれます。

エートスとは、社会集団、民族などを特徴づける気風、習慣、習俗などを意味しますが、この場合、キブツという芸術作品に含まれるユダヤ、キリスト教のもつ道徳的、倫理的、理性的な気品を意味します。

そして、この気品というのは、人間と人間の生きたかかわり方、触れ合いにおいて展開される他者の為に生きるという「我」と「汝」の出会いを言うのです。

それゆえ、キブツの家に招かれて、心情の交流を持つときに、あたかも長い間別れていた兄弟に会うような親しさを感じさせられるのです。

キブツについての感想の1つとして、「キブツには芸術、文化がない」という言葉をよく耳にします。これは当たっていると思われます。

メンバーたちのダンスを見たり、合唱を聞いてみましたが、素人の域を超えるものではありませんでした。しかし、芸術、文化というものは、踊ったり歌ったりすることだけではありません。

キブツ創設の歴史の中には、夢があり、理想があり、ドラマがあり、大ロマンがあります。すなわち、キブツという生活共同そのものが生ける芸術作品なのです。



人間と自然の正しい関係から見たキブツ

次に、人間と自然の正しい関係から見たキブツを論評してみたいと思います。

ニルダビットのメンバーで、キブツ問題の専門家でもあるミハルバルギ教授宅に招かれた時に、私たちはキブツに関するあらゆる質問をする機会を得ました。

数々の質問の中に、「キブツの存在は果たしてエコロジーの問題解決に貢献するのか」という質問がありましたが、ミハル女史の答えは「否」でありました。

キブツは砂漠を緑化してきた実績を持っています。また、有機農業を営んでいるキブツもあります。

しかし、厳しい現実の中で、ほとんどのキブツは生き残っていくためには、農業だけではやっていけない状況にあります。ほとんどのキブツは農業から始まったのでしょうが、厳しい資本主義経済の中にあっては、より利益を生み出す事業へと移行せざるを得なくなったのです。



農業について

このような現実を見て学んだことは、もともと農業というものは、儲かるものではないので、利潤を目的に農業をすべきではないということです。

利潤を目的としますと、人件費を安くするために、どうしても農薬や除草剤を使うようになりますし、コストを安くするために、食物を外国から輸入するようにもなります。

すると、害虫予防のために人体に極めて危険な薬物を使うことになります。たとえば、発がん物質として知られているEDDは、アメリカではミバエを殺すために輸出する果物に使われています。

そして、これらの果物が、アメリカから日本へ輸入されてくるのです。また、収穫後に輸出向けの穀物には、猛毒ののダイオキシンや毒性の強いパラチオン、DTTなどが使われています。

ダイオキシンは、ベトナム戦争の時に、枯れ葉作戦として使われた毒物です。その毒物の影響で、二重胎児が生まれたのです。

それだけではありません。淡路島のモンキーセンターでは、輸入穀物を使用してから、生まれてくるサルの20%が奇形であったといいます。そして、死んだサルの体内から、有機塩素系の農薬が検出されたのです。

ですから、私たちの体は、これらの農薬を使用した食物のために日々侵されているといって過言ではありません。

これは食物を商品として扱ったために起こってきた問題なのです。それゆえに、食物は水や空気と同じようなものでありますから、商売の対象に入れるべきではないという意見が出てくるのです。

少なくても、主要な食料に関しては、政府が保護し、安全な食物が国民に安価に手にいるようにしなくてはなりません。そのためには、このような意見を代弁してくれる政治家なり政党が必要となってきます。

生存の問題は、イデオロギー以前の問題であるので、全ての宗教、イデオロギーに優先するという意見があります。この意見によると、人間と自然界との問題は、人間と人間との問題よりもっと重要であるというのです。これは注目に値する考えです。



キブツの課題

キブツ研修旅行の途中で、私と草刈先生は、国際共同体研究協会(ICSA)主催の国際会議に参加いたしました。

キブツのような共同体が、いろいろな国から集まって開かれた国際会議でした。その中で、キブツがかかえている様々な問題が討議されました。それは次のようなものです。

1.若者たちが、キブツのような生活形態はもう古いといって、都会の生活を望むようになってきている問題。

2.どのキブツでも、銀行から多額の借金をかかえて、返済の見通しが立たないというような経済の問題。

3.政府からの援助の欠如の問題。

4.若者たちのモラルの問題

などです。

キブツは初期のころ、平等というものを過剰すぎるほど意識し、下着まで共有した時代があったといいます。

また、キブツには、よく知られている「子供の家」制度があり、子供たちは施設の中で成長していました。しかし、若い世代の中から、夜は自分の子供を引き取って一緒に住みたいと希望する人たちが出てきて、今日では多くのキブツで、親子は一緒に生活するようになっているといいます。

ニルダビッドの場合ですと、結婚を機に外部からキブツに入ってきた女性たちが、(この人たちは、キブツの理念や生活に引かれてキブツのメンバーになったわけではないので)規則を無視して、自分の子供たちを自宅で寝かせるようになった時から、この制度は有名無実のものとなっていったというのです。

また、私的所有の問題もあります。初期のキブツでは、メンバーが外部に住む親戚や友人から電気製品などの贈り物を受け取った場合、それを公共の物として差し出していました。

しかし、家族意識が次第に高まり、私的所有の範囲が広がるにつれて、これらのものも次第に個人が所有するようになったといいます。

その結果、ある家庭にはテレビやビデオデッキが2台もあるのに、別の家庭には、それらが1台もないという不平等と嫉妬の問題が起こってきたのです。

このような変化の中で、キブツの若い人々は、自分たちはどうしてこんな不自然な生活をしているのだろうという疑問をいだくのです。

国際会議の分科会の中には、「キブツ運動のイデオロギーの危機」というテーマがありましたが、ここではまさに、これらの問題が扱われていました。

このような変化の背景には、「アメリカナイズ」の問題があるという発言があり、とても興味深いものがありました。この場合のアメリカナイズとは、個人が各自の家を持ち、車を持つということなのです。

このようなアメリカ的なライフスタイルが、イスラエルの国民全体の憧れとなり、その風潮がキブツにも影響を及ぼしているというのです。

キブツ創設当時は、国家創建という大目標があり、アラブ諸国との緊迫した状況もあって、とても個人の消費生活を云々する暇などありせんでした。

生存するだけで精一杯の時代には、キブツのような生活形態が必要でしたが、今日では、キブツの人々の意識も変わり、生活の豊かさを求めるようになってきているのです。これは、時代の流れという以外、他に言いようもありません。



人間の欲望の質的転換

人間の欲望には限りがありませんが、その欲望を満たす物質の量には限りがあります。限られた資源の中で、人間の欲望が野放しにされるのなら、地球の資源は遅かれ早かれ枯渇してしまうことでしょう。

しかし人間には、衣食住、性などを追求する肉体的、物質的欲望のほかに、真善美、聖、愛などを追求する崇高な本能ともいうべき精神的、人格的な価値追求欲があります。

それゆえ、生きるに必要な物質が獲得された後には、欲望の質的転換が必要となります。本来、宗教はこの物質世界の無常さを説き、時空を超えた永遠絶対なる世界における価値観を説くものでしたが、今一つ魅力に欠け、人類を導く力にはなり得ていません。



さいごに

キブツは基本的には、人間の本性の自然的発露からもたらされた永遠のユートピア社会であるといっていいでしょう。ただし、際限のない物質欲を満たそうとする人々にとっては、不自由なところかもしれません。

それゆえに、キブツ生活に満足を得たい人々は、欲望の質的転換が必要となります。

しかし、欲望の質的転換は、何もキブツに限ったことではなく、地球に住むすべての人たちにとっても必須の課題です。

よれゆえ、真の自由は、自己中心的な果てしない欲望を放任することではなく、お互いが他者の為に生き合うという真理の中にあります。その意味において、「真理を得るものは、自由を得べし」という聖書の言葉には普遍性があります。

また、これからの世界では、物質的な自然界や人間界の範囲で理解するのではなく、地球以外にも存在するであろうところの存在者、霊界、さらには神というような根源的な存在も含めて考えられるニューサイエンスの視座から人間の在り方を考えることが必要であると結論します。



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師観の自叙伝

もう1つの社会主義
宗教コミューンから見た「神の国」論




キリスト教と理想社会、左翼との決別

統一教会を真に理解してくれている知識人たちは決して少なくはないが、世間から色々と誤解されていることも事実である。

そこで私は、なぜ自分自身が統一教会の信徒になったのか、そして今なお信徒であるのかという問題を自分自身に問いかけると同時に、読者の皆様の1人1人の実存に問いかけながら、私自身の証を含めて、宗教コミューンから見た「神の国」論を展開したいと思う。

私には中学生のころから理想とする目標が2つあった。

1つはイエスの「隣人を自分のように愛せよ」という愛の人格の実現であり、もう1つは共産主義が理想とする「能力に応じて働き、必要に応じて分配する」という社会の実現である。

そして、この2つの理想の事柄は別個のものではなく、どこかで1つになると思っていた。

すなわち、人が本当に「隣人を自分のように愛する」ことができるなら、富めるものは貧しい人々と分かち合るユートピア的な社会が、いつかは来るであろうと思ったのである。

それゆえに、高校時代には私は近くのカトリック教会に通い、3年間の求道生活の後に、大学生の時洗礼を受けたのである。

ところが、現実は隣人を自分のように愛するような人々など、ほとんどの信徒の中に見いすことはできなかった。ほどんどの信徒は、個人の救いのみを考えており、社会の変革などを考えている人はいなかった。

そこで私は、いろいろなプロテスタント教会を訪ねてみたが、さりとて代わり映えはしなかった。私も死後における救いの世界を信じていたが、地上の問題を解決せずして真の救いがあるとは思えなかった。

また、イエスを信じる者のみが救われて、信じない者は地獄へ行くなどとも考えなかった。むしろ聖書に「裁きは神の家から始まる」という聖句があるように、クリスチャンこそ現実に起こっている悲惨な問題を解決するために働くのでないのなら、かえって裁かれる結果になるであろうと思っていたのである。

そのような問題意識を持っていたため、革マルや民青の左翼活動家がよくオルグにやって来て、彼らに誘われるままにデモや集会に参加したこともあった。

しかし、彼らと共に運動していく過程において、革命路線の食い違いが出てきたのである。革マルは暴力革命を主張し、民青は敵の出方によっては暴力も辞さないという。

私は暴力を否定し、代わりに人間の心の革命を主張した。

彼らによれば、存在が意識を規定するがゆえに、社会の経済機構が変われば人間の意識も経済機構に規定されて変わるという。

すなわち、共産主義という無階級の社会の存在が確立されるなら、その存在によって人間の意識の中に無階級社会の意識が形成され、所有意識などなくなるというのである。

共産主義が崩壊してしまった今日では、そんな理屈を信じる人はいないであろうが、その当時においては、結構説得力があったのである。

これに対して私は、所有の不平等も含めた全ての社会の問題は、人間の心の中に潜むエゴイスティックな罪深い欲望から起こってくるのであり、この罪深い欲望は、結局のことろキリスト教が解くところの原罪に由来すると主張したのである。

さらにその証拠として、土壇場において共産主義者といえども、友人の命よりも自分の命を愛して先に逃げ出す者が結構いるではないか、と言ってあげたのである。このような議論をして、私は左翼路線と決別していった。



宗教的コミューンを通しての社会革命の可能性

しかし、気になることではあるが、日基教団に所属していた幾人かのクリスチャンたちは、左翼活動家が主導する学生運動の中に、そのまま引き込まれていったのである。後でわかったことであるが、反戦運動に関しては、プロテスタントのクリスチャンは一般的に負い目意識があるという。

特に、日基のクリスチャンは負い目意識が強い。なぜならば、日本がかつて太平洋戦争に突入した時に、共産党が地下運動をしてまでも最後まで戦争に抵抗したのに対して、クリスチャンは簡単に屈してしまったからである。

したがって、日基は戦後、戦争責任問題で左翼から責めを負う立場に立ってしまったという。

キリスト教は、世俗の社会や政治を改革する理論を持っていないがゆえに、クリスチャンが世界に対する責任を果たそうとして社会の諸問題に取り組む時に、最も力強い世俗的社会の改革理論を持っている共産主義に引き込まれていく傾向がある。

そのために、非常にあいまいな意味で、一種のキリスト教的マルクス主義が出てくるのである。浅見定雄氏のような左翼キリスト教者は、その典型的な例である。

ところで、左翼活動家たちと激論を交わす中で、お互いに課題を指摘する結果となった。

私が彼らに指摘した課題は、彼らが共産主義を目指すからには、活動家自身がまず仲間同士で財産を共有し合ってその見本を示せ、ということである。

そこで彼らは私に、同じような課題を指摘してきた。すなわち、現在だけでなく、キリスト教の歴史の中で、果たしてクリスチャンが彼らの信仰と愛ゆえに財産を分かち合い、社会主義的な社会を形成したためしがあるかというのである。

このことは、彼らに言われるまでもなく、キリスト教の信仰や精神によって、そのような社会や国家などは形成されたことはない。しかし、キリスト教徒のコミューン(仕事や収入を分かち合う少人数の共同体)なら形成されたのである。

そこで私は、キリスト教的な宗教心に基づいたコミューンを形成することを通して、人間革命から社会変革の可能性を探るために、宗教または宗教的共同体の研究を次々に始めていったのである。

そして、その延長線上に、統一教会と出会うようになったのである。

それでは、私の宗教または宗教的コミューンの研究と実践が、どのような過程を経て統一教会と出会うことになったのかを次回に順を追って展開したいと思う。



1.宗教または宗教的コミューンの歴史的総括

話を進めるにあたって、歴史的に、もろもろの共同体を紹介しておくことは、「統一原理」が提唱する「共生共栄共義主義」をよりよく理解するうえで有益であろう。

なぜなら「統一原理」は、「講論」の中で、人間が「社会主義的な理想を追い求めるのは、人間本性の自然な発露である」と説くからである。そこで、共同体の主なるものを、歴史的に列挙しながら、それらの存在意義を共に考えてみよう。

(1)初代キリスト教コミューン(共同生活体)

宗教共同生活体は、初代キリスト教徒たちの生活形態の中にすでに見られた。新約聖書によると、信徒たちは一切の物を共有し、必要に応じて分配するという、一見共産主義的な生活をしていたという。

使徒行伝4章32節から35節には次のように書いてある。

信じた者の群れは、心を一つにし、思いを一つにして、誰一人その持ち物を自分のものだと主張する者がなく、一切の物を共有していた。信徒たちは主イエスの復活について、非常に力強く証をした。

そして大きな恵みが、彼ら一同に注がれた。彼らの中に乏しい者は一人もいなかった。地所や家屋を持っている人たちはそれを売り、売った物の代金を持ってきて、使徒たちの足元に置いた。そしてそれぞれの必要に応じて、誰にでも分け与えられた。



(2)中世の宗教コミューン


このような共同生活体は、中世においても見られた。これは修道院である。ドミニコ修道会やフランチェスコ修道会の修道士たちによる無所有の使徒的生活実践は、当時の腐敗したカトリック教会を覚醒した。

また、修道院のメンバーたちによる勤勉と優れた集団事業で、12世紀において最も重要な共同体組織を維持し、中世暗黒時代において文化の灯ともなってきた。


(3)近代の宗教的コミューン

近代における宗教共同生活体は、一般に公認された教会から迫害され、新しい地方への移住を強いられた宗団によって設立され、共産主義的生活様式を展開したものである。

例をあげると、帝政ロシアから追われてカナダへ移住してきたドウホボール宗団、英国から北米に移住したシェイカー共同社会、社会主義的理想をも結びつけたオネイダ共同体、ドイツから米国へ移ったエマナ共同体などがあるが、特に人々に知られている共同体としては、再洗礼派の共同体フッターライトがある。

しかし、いずれにしてもこれらは、世俗社会とは一線を画する宗教的閉鎖社会であるため、特殊な共同体として存続しても、それ以上の発展をもたらすものではなく、普遍性に欠けていた。

また、共同生活体を形成しているわけではないが、スイスのHクック―やLラガーツ等の主導による宗教社会主義は、「神の国」思想運動として注目に値する。






(4)ユートビア社会主義共同体

先回までは、宗教的形態をもつ共同体がおもだったものであったが、19世紀に入って非宗教的社会主義イデオロギーの理念に基づく共同体が誕生し始めた。

特に産業革命に伴って起こった社会の激変のために、農民は都市に集中し、スラム生活を余儀なくされ、多数の労働者が失業し、飢餓がもたらされた。

「講論」は、その総序の中で、この当時の様子を次のように描写する。


初代教会の愛が消え、資本主義の財欲の嵐が、全ヨーロッパのキリスト教社会を吹きあらし、飢餓に苦しむ数多くの庶民たちが貧民窟から泣き叫ぶとき、彼らに対する救いの喚声は、天からではなく地から聞こえてきたのであった。

このような社会状況の中で、よりよい社会を求めて努力する運動は、共同体の建設を指向し、豊かなアメリカ大陸がその実験場に選ばれていった。

その結果、ロバートオーエンのニューハーモニー、シャルルフーリエのファランヌテール、エチェンヌカペーのイカリ共同体などが、社会変革のモデル実験として設立され、その他ラスキンコロニー、イクリティ、ラノーなどが米国の社会主義者によって設立された。

しかし、これらはみな長続きはしなかった。したがって、これらの社会主義は、「科学的社会主義」を自称する共産主義者たちによって「空想的社会主義」と批判を受けるようになってしまった。(もっとも、そういう共産主義も今日では空想となってしまったが)

経済的制度において、保守的で、技術的文化的進歩無関心であった宗教的共同体に比べて、時代を先取りしようと試みた世俗的共同体(社会主義ユートピア)も長くは続かなかった。

しかし、それにもかかわらず、ユートビア共同体は、共同生活や社会主義的組織のために新しい道を拓き、社会主義的理想の普及に役立った貴重な実験を試みたといっても過言ではないであろう。

以上、共同体の歴史的な展開を概観すると、近代の社会主義ユートピアに基づく共同集団に至るまで、大小様々な共同体が波のように打ち寄せて、共同生活体を発酵、熟成、開花、枯衰させたかと思うと、また胎動、再生を繰り返し、現代に至っている。

万民一家族という共同体の理念が「全人類の夢」であるならば、共同体は歴史から決して消えることはないであろう。

「共同体は根源的な人間の熱望と憧れ、特に人間性に深く根差した協同と相互扶助への衝動から生まれた。この協同への傾向と社会的連帯感は、特に個人、集団、階級に分かれた残酷で利己的な生存競争と対照される時に、非常に重要な意味をもってくる」というダーリンドラブキンの言葉は意味が深い。




2.現代における宗教的共同体の実験的展開

今日、宗教共同体は、キリスト教だけではなく、多くの宗教にみられる。概してその中に共通して言えることは、人間が神の国をつくるのではなく、神の支配を受けるために、人間的な欲望(所有欲、我執、エゴイズム等)を積極的に否定し、神が支配できる個人を確立することにより、神の支配する社会、すなわち、「神の国」のひな型をなそうとしていることである。

そして、そのひな形をもって社会全体に普及し、「神の国」の理念の現実的展開に迫ろうとするものである。

現代における宗教共同体は、多岐にわたっていろいろあるが、ここに紹介する者は、私の人生との係わりにおいて、最も影響を与えたもののみに限定して展開したいと思う。

(1)イスラエルのキブツ

イスラエルのキブツは、すでに多くの人々に知られており、日本からも毎年キブツの研修旅行に行く人々の数は絶えることがない。

キブツの数はすでに約3百、総人口約12万で、1910年デカニアAの創立以来70年余り、イスラエルの大地に揺るがぬ根を張り巡らし、今なお漸進的ではあるが、拡大、発展を続けている。

社会体制、経済構造に視点を当てると、キブツはある程度の自給自足経済に基礎をおく共同体である。それゆえ、1976年の6日戦争や1980年来の130%のインフレにも、全く影響を受けなかったといわれている。

一般に生産システムを公共のものにする経済のあり方を社会主義と言い、生産だけでなく消費の分野までも公共のものにする経済のあり方を共産主義と言っているが、キブツにおいては、生産も消費も全て共有である。

したがって、ここではまさしく「能力に応じて働き、必要に応じて分配する」という共産主義の理想が現実として展開されているのである。

しかし、共産主義イデオロギーが主張するように、生産力の発展に対して既存の生産関係が桎梏化した結果、それが打破されて新しい生産関係、すなわちキブツ内の共産主義的な生産関係が打ち立てられたのではない。

イスラエル国家の経済体制は自由主義経済である。その中で志を共にする者たちが、彼らの自由意思に基づいて築きあげたのである。したがって、ここでは自由と平等が一致する。

さらにキブツにおいて農業生産と工業生産は矛盾なく拡大され、農工一体の総合共同体であることが特色である。

したがって、都市による農村支配といったような、農と工対立はない。また、生産活動も消費活動も、すべて全面共同であるから、それぞれの労働に対する賃金もなく、したがって消費に要する経費も全て無料である。

食事は共同大食堂で、衣料の洗濯などは共同のランドリーを使い、育児、教育、医療その他のサービスも、全面的にキブツの責任で行われるから、各人、各家庭の支出はありえないわけである。

さらに1人1人が資本家であると同時に労働者でもあるから搾取などというものはない。したがって、農場でも工場でも責任者はいるが、社長や部長または課長や係長などという管理職ではなく、全員が労働者である。それゆえ、監視したり、されたりの上下関係ではなく、全員が自主的に活動するわけである。

したがって、ここでは高度な民主主義が実施されており、一大総合家庭、すなわち「統一原理」が目指す万民一家族のひな型が現実的に展開されていると言っても過言ではないであろう。またキブツでは、できたての開拓キブツは別として、平均的には物質的に豊かである。




私は、キブツの研究を通して、日本においても同様な共同体をつくることができないであろうかと考えた。そして、日本国内のキブツのような共同生活体を探し求めてみると、すでにいくつかるのを発見した。ここでは、その主だったもののみをあげることにする。

(2)一燈園

1903(明治37)年に、西田天香氏によって、京都に創設されて以来の歴史を持っている。西田氏は、かねてから優勝劣敗の現実社会、奪い合いの人間活動を悲しみ、「奪い合わねば生きられないものなら、死んだ方が良い」とまで突き詰めて、全く争いのない生き方を模索していた。

その時、乳房に吸い付いて泣きやんだ赤ん坊と、よく張った乳房を吸われて喜ぶ母親の姿に、「これは奪い合いではない。喜び合いだ。」と、本然と悟ったと言う。

能力に応じて喜んで奉仕する、すなわち、無償で働くことによって、人間生活の基底を成す経済から、闘争の因子を除き、平和への新しい生活原理に基づいて、無我執、無所有の共同体を打ち立てようとするのである。入園の条件は、宗教への入信、入門以上に宗教的であり、非常に厳しいものである。

入門者はまず、「死にますか」という試問に合格しなければならない。合格したら、「では私のやる通り、やろうというなら一緒にやりましょう。飢えて死ぬ時は、私が死ぬからな」ということで、所有物の一切(身、命、財、能力)の全てを「おひかり(大宇宙の真理、現実の生活を救う神、または仏、天のこと)」に捧げ切り、無一文の赤裸に帰って再出発することになる。

そして、最も縁遠いと考えられてきた「宗教的なもの」と「経済的なもの」とが、無所有、無一文となって再出発するとき、全く自然に1つに結びつくことになる。そして、新しい経済、すなわち、宗教的経済の創造が始まることになる。

これを「統一原理」の観点から見るならば、「宗教的なもの」とは「三大祝福」という教義の中の第一祝福である「個性完成」にあたる。

すなわち、一切の人間的な欲望(所有欲、我執、エゴイズム)を否定して、神のみが支配できる個人を確立することである。

また、「経済的なもの」とは、第三祝福の「万物主管」にあたるものである。ここ(一燈園)では、物心不ニの立場(「統一原理」でいう性相と形状の二性性相が一つとなっている立場)から主として物を扱う機構を「宣光社」と称し、心の面を扱う分野を「光泉林」と称している。

参加者は、家族と独身者を含めて三百人余の共同体であったが、現在はもっと増えているであろう。一般の人々(会社や工場の社長、重役、従業員、労組の役員などが多いそうである)ためには、園内で三泊四日の「智徳研修会」が毎月開かれている。

子供の教育については、園内に幼稚園から大学までを持っている。入学試験や就職試験に煩わされることなく、また、経済事情のために進学できないこともなく、それぞれの年齢段階に応じて、学習に専念できる学校制度は、地上天国のひとこまをかいま見るようである。

また、宗教的な儀式としては、朝夕の礼拝堂での礼拝行事があり、「四弘誓願」を唱えながら食堂への経行、板の間に正座してお経を唱えての食礼などがある。

これらの儀式は、なんとなく仏教的であり、禅寺の作法に似ているが、簡素で洗練された立派な宗教的共同体の模範である。

したがって、私は「神の国」の思想を宣べ伝えるクリスチャンが、福音派であろうが、社会派であろうが、このような共同体を築くことができたならば、どんなに素晴らしいことであろうと思ったのである。




(3)新しき村

1918(大正7)年に武者小路実篤氏によって、九州の日向に創設されたが、県営ダム工事により、水田が水没することとなり、土地の縮小を迫られ、2家族を残して、1939(昭和14)年に、東京郊外の「東の村」(埼玉県入間郡毛呂山町葛貫)に移った。

武者小路は創設当時33才であり、血を流さない新しい生き方である、もう一つの社会主義社会(マルクス、レーニン主義によらない社会主義社会)を実現しようと試みた。

創設の思想的経緯については、トルストイの「我等は何をなすべきか」を読んで、強い影響を受けたといわれているが、創設者の書や絵の中に、武者イズムともいうべき独自の宗教的な境地が随所に見られる。したがって、これは宗教的共同体といって過言ではないであろう。

次に、新しき村の規模について言及するならば、10ヘクタールの土地(他に借地もある)に、水稲、果樹、茶、椎茸、野菜などを栽培し、採卵養鶏約5万羽、乳牛数頭の酪農経営が行われている。

施設としては、公会堂兼食堂、美術館、小集会場、アトリエ、住宅、作業場、畜舎など70余棟あり、村内生活者は60余人、村外会員は数百名というところである。

新しき村は、当初からその普及、拡大を意図して発足したものであるが、村内生活者も増えず、現在では老齢化が進み、若いものが少ない。このことは、「自己を生かし、他を生かす」という高度な理想は素晴らしくても、しょせんヒューマニズムには限界があることを示している。

武者小路は、「社会改造より、自己改造を叫ぶのはいいが、自己改造をしても、周囲に変化を与える力のない自己改造は、要するに力のない自己改造である」と言う。

この言葉は、いみじくも「新しき村」の体質について的確に言い表しているが、全ての共同体において陥ってはならない教訓的な言葉である。




(4)心境荘苑(心情共同体)

1973(昭和12)年、奈良県宇田郡棒原町笠間で、尾崎増太郎ほか4農家が村八分にされて、生きんがために共同体を余儀なくされ、その後、数々の試練を乗り越えて、現在の心情共同体ができあがったのである。

心境荘苑は、現在では、精薄者150人以上の人々を引き受け、同人家族を合わせ2百数十人の一大家族となっている。

初めは一つ財布の農業の協同から始まったが、やがて畳製造業からスタイロ襖の製造へと、共同体の主体事業は変わっていった。畳製造業に関しては、量、質共に日本一と言われており、精薄者の人々も働くことのできる単純作業のシステムが確立されている。

心情共同体は、一燈園や新しき村のように生活革命、社会革新を目指して創設されたのではなく、村八分という厳しい外圧の中から、生きるために自然発生的に生まれた共同生活である。

しかし、この共同体はかつて、天理教の布教師であった尾崎氏の人望と卓越した指導力に負うところが大きい。同居している精薄者たちを一切差別なく平等に扱い、更生している有様は、敬服に値する。

終戦後来訪したアメリカ人牧師が、「本当のキリスト精神がここに生きている」と言い、「個々の生活は、民主主義の神髄ですね」とも評したという。また、ソビエト大使館員は「私どもの国では、あと50年かけてもこのようにはなりにくいでしょう。これが私たちの理想なのですが」ともらしていったという。

したがって、私には、神がこの共同体の見本を通して、日本のクリスチャンや共産主義者に、反体制運動のみに翻弄するだけでなく、自分たちの間で理想社会の見本を築くべきであることを教えているように思えたのである。




(5)ヤマギシズム生活実顕地

ヤマギシズム共同体(1つの財布の完全共同体で、彼らは一体社会と呼ぶ)が発足したのは1958(昭和33)年7月、三重県阿山郡伊賀町川東で試みた「山岸会式百万羽科学工業養鶏株式会社」の設立からである。

提案者は、山岸己代蔵氏であり、山岸氏の思想系譜ではアナーキズムと言われているが、ヤマギシズムの思想内容は禅に極めて近く、通称「無」の思想、「思想なき思想」などと会員たちは呼んでいる。

発足してからわずか30年くらいの若い運動にもかかわらず、ヤマギシズム生活実顕地と称する共同体および、その生産物供給所を、全国十数ヵ所に設立している。

特に、冨里実顕地(三重県津市広野尾町)と北海道の別海実顕地(野付郡別海町奥行臼)は、物心共に豊かであり、地上のユートピアを思わせる。

冨里実顕地には、人口約三百人の人々が住み、酪農、養豚、養鶏を主体として畜産物の加工などにも着手し、北海道の別海実顕地には、約千ヘクタールの所に、人口約百人の人々が、乳牛千頭、養鶏三万羽の規模で、根釧新酪農の夢を追いつつ、完全共同経営をしている。

ヤマギシズム共同体は、日本の共同体の中では一番活力があり、社会変革に燃えているので迫力がある。ヤマギシズムを普及するために、入門的な1週間の特別講習研鑽会が各地で開催され、主として参画者のために2週間の研鑽学校が開催されている。

この研鑽会の中で参画者は、完全に我執を否定され、小我を捨てて大我、すなわち、宇宙的自己の自覚へと導かれる。

しかし、そこには特別な講師がいるわけではない。禅の公案のようなものが与えられ、参画者全員が完全に一致するまで「話し合う」ことを通して、我執を「放し合う」のである。

結論としては、主観も客観も観る主がいるかぎり、結局主観であるということになり、それは絶対的なものではないということになる。

しかし、人間は絶対的でない主観を絶対のごとく思い込んでしまうところに、あらゆる問題が生じるという。こうして参加者は、思想までも所有しない無所有者の自覚に立つ。そして、この自覚に立った者たちは、無所有の共同体生活を営むのである。

私は、ヤマギシズムの研究だけでなく、実際に彼らと共に同志として、人間革命から社会変革の夢を追いながら、それを実践してきたのである。

ヤマギシズム共同体には、若者から老人までいろいろな層の人たちが参画しているが、ある時期に全共闘の学生たちがなだれ込むようにして参画してきたことがある。

「実顕地」参画者以外に「研鑽会」に参画したものの数は多く、至る所にシンパが広がっている。参画者の中には、クリスチャンが意外に多く、ある有名な神学者の子息が中堅として活躍していることは注目に値する。

ヤマギシズム共同体の組織運営の特徴として、「全員一致制」と、「長」という名のつく役職がないということである。しかし、「係」という名のつく役職はある。これは「世話係」という意味である。

したがって、完全民主主義の、一種の社会主義社会(ヤマギシズムでは「無所有一体社会」)といって過言ではないであろう。

だが、ヤマギシズムの欠点としては、仏教的な無我の世界観、宇宙観を持ちながらも、歴史観に欠け、さらに政治を改革するための運動論がないことがあげられる。

しかしながら、ヤマギシズムの「研鑽会」と称する研修会は、所有観念の強い人々をも無所有の境地に導く力がある。その結果、先祖代々から受け継いできた土地に対し執着心の強い農民の心をも変革して、無所有社会の 実顕地なるものを各地に築いてきたのである。

したがって、神の国の福音を宣べ伝えるキリスト教者や、共産主義社会を願う共産主義者たちには、彼らの共同体の実践から謙虚に学ぶべきものがたくさんあるであろう。




(6)「統一原理」共同体との出会い

私は、統一教会の宣教師が路上で「統一原理による統一世界実現」という文字の書いてある垂れ幕を掲げて、地上における「神の国の到来」を高らかに説いている場面に遭遇した。これが私と統一教会との最初の出会いである。

私が統一教会の主催する1週間セミナーに参加して驚いたことは、参加者の中に過去、革マルとか、民青に入っていた活動家が随分いたことである。これまでは多くのキリスト教者が左翼運動に引き込まれていく現象を見てきたのであるが、ここでは逆の現象がおこっていたのである。

なぜ左翼の活動家が、キリスト教の一派である統一教会に関心を示すのか。その理由として私があげたいことは、まず、「統一原理」は、マルクス主義(共産主義)にとって代わる世界観と理論体系を持っていることである。

マルクス主義は、「唯物弁証法」という唯物論的観点と、全ての対象物(自然、人間社会、思考等)を解釈するにあたって、弁証法という方法論を有しているのに対して、「統一原理」は有神論の観点にたって、弁証法に代わるものとして「授受法」という、全ての事物を和合的に観る方法論を持っている。

また、マルクスの「唯物史観」に対して、「統一原理」では、「統一史観」というすぐれた歴史観をもっている。

「統一原理」はさらに、キリスト教に限らず、全ての宗教の経典を統一的に再解釈できる可能性を示唆していた。それだけではない。「統一原理」は、そのすぐれた理論と共に、人々の心を変革する強い実践力を持ち合わせている。

また、統一教会の信徒たちは、初代教会のキリスト教徒のように、全ての持ち物を共有し、必要に応じて分配するという信仰的共同体を形成していた。また、この共同体の生活は、カトリックや禅宗の修道生活に似ていた。

つまり、この共同体的生活方式は、人間的自我を否定する訓練場であり、これは、神が支配できる「個の確立」、別の表現でいえば「真我の顕現」に大いに役立つものであった。

しかも、統一教会信徒の修道生活は、カトリックや禅宗の修道生活のように世俗から切り離されたものではなく、逆に世俗社会の中にあって、社会を変え自己を変革しようとする積極的なものであった。

すなわち、これまで紹介してきたコミューンは、それ自体を自己目的化しているがゆえに、社会や世界を変革する力には乏しいが、統一教会員が形成するコミューンは、一人一人の自己否定の修道場であるとともに、世界全体を神の支配する国へと変革していくための基地ともなっている。

ここに個体目的(個の完成)と全体目的(社会変革)が一つとなった理想的形態がある。このようなキリスト教は、私が中学校の時からずっと願っていたものであるがゆえに、容易に受け入れることができたのである。




統一運動の中に、「神の国」建設の道を見る

「神の国」の思想と、その現実的展開の可能性を探るために、多くの宗教的共同体を研究してきた私において、「統一原理」が提唱する「万民一家族の共生共栄共義主義」すなわち「神を中心とする社会主義社会(万民一家族世界)」の実現は、もともと一致するものであるがゆえに、共鳴せざろうえなかった。

すなわち、私が長い間願ってきた「神の国」の思想の実現は、観点が無神論で、社会改革の方法においては、暴力革命とプロレタリアート独裁というような、共産主義者が唱えるものではなく、宗教(自己変革)と科学的社会主義(社会改革)を調和させながら、あくまでも民主的手段によって、理想社会を実現せんとするものであった。

「統一原理」の教義と、そこから出る実践力は、自己中心の生き方から神中心の生き方に人々を変革する人間革命の力を多分に持っていた。

そして、「統一原理」は民主主義的な自由の獲得と、人間の本性の要求としての社会主義的な生活体制の必要性を説くがゆえに、神を中心とした政治的および経済的な民主社会の到来を確信させるのに十分なものであった。


人間は、このような理想をもって想像されたので、その理想を復帰し得る摂理歴史の終末期に至り、民主主義的な自由を獲得し、人間の本性を探し求めていくならば、結局、誰もがこのような社会主義的な生活体制を要求せざるを得ないようになるのである。(原理講論、後編第四章第七節(ニ)(6)民主主義と共産主義より)

そして、「統一原理」は私が探求してきた理想社会としての宗教的ユートビア社会の存在を、人間の本性の発露として理解する。

古代のキリスト教社会においても、我々は社会主義的な思想を発見することができるし、16世紀におけるイギリスのトーマスモーアのユートピア思想も、このような社会主義的なものであった。

また、イギリスの産業革命期に起こったオーエンの人道主義に立脚した思想、そして、19世紀に入るや、イギリスのキングスリーのキリスト教思想によるカトリック社会主義やプロテスタント社会主義などが生まれてくるようになったのは、みな、創造理想を指向する人間本性の自然的な発露からもたらされたものであるとみなさざるを得ないのである。(原理講論、同ページ)

統一教会、すなわち「世界基督教統一神霊協会」がキリスト教であり、人間の本性として万民一家族の共生共栄共義主義社会、すなわち地上天国の実現を目指しているからには、私はもともと方向性において一致していたのである。

したがって、私は、統一教会の信徒になる前からすでに、統一教会員であったということになるのである。

このようにして、私はキリスト者として社会変革に取り組みながらも、共産主義(マルクス主義)を採用せず、ユートピズムとしての宗教的コミューンの道を選び、最後に「統一原理」による統一運動の中に、「神の国」建設の道を見いだしたのである。

統一教会のこれまでの歩みは、神の世界的な救済の摂理の為に、教会自体を犠牲にしてきた歩みである。しかし、遅かれ早かれ統一教会の中に、地上天国の見本を世界の人々に示していかなければならない時が来るであろう。

今まで取り上げて紹介してきた、いろいろなコミューン(共同生活体)は、統一教会信徒諸君が、今後ホームチャーチ(家庭教会=「神の国」理念の草の根運動)を、それぞれの地域に展開していく時に、天国社会の一つの見本として参考にしていただければ幸いと思うしだいである。



(7)イエスの本来のメッセージを再現する統一教会


イエスは、決して「私の十字架が近づいた。悔い改めて、私の贖罪の死の福音を信ぜよ」と宣言することによって、その使命を始めたのではなかった。イエスの中心メッセージは、この地上における神の国の到来であった。

イエスの説いた神の国というのは、後世のクリスチャンが考えているような死後の世界や個人の心の中にのみ到来するものではなく、この地上における神の支配であり、歴史上に実現すべき一つの時間的な摂理であったというのである。

それゆえ、イエスは何ものも神のこのようなみ旨以上に優先すべきでないことを説き、財産も父親の埋葬も、近づきつつある結婚も、仕事も、その他いかなるものを差し置いてでも、神の国到来のために全面的に働くように説いたのであった。

しかし、イエスはイスラエルの人々からメシヤとして受け入れられず、不信され、神の国の到来をもたらすことができずに、十字架にかけられて死んだのである。

したがって、ボルンカムが言うように、イエスが旧約聖書の預言の成就として死ぬためにエルサレムに入場したと主張するのは、復活以後のクリスチャンたちの信仰によるものであって、歴史的なイエス像ではないというのである。

実際には、ハンスキュングが言うように、イエスの十字架の死は、神の意志によるものではなく、イエスの敵が圧倒的に強く、味方が弱過ぎたからである。

イエスが死に、彼の復活以後、イエスの福音についての解釈は次第に変えられて生き、福音に神秘的な解釈が施されていった。来るべき神の国を強調する代わりに、復活のイエスと個々の信者との神秘的な一体化を強調するようになった。

このような変化は、最も新しい福音書であるヨハネの福音書の中に見られるのである。しかし、イエス自身は決して神秘主義などを説いたのではなく、あくまでも地上における神の国の到来を説いたのである。

時が経つにつれて、クリスチャンの意識から神の国の到来というテーマは薄れてゆき、遠い未来の出来事となってしまった。そして、その代わりに、洗礼や聖餐式などの秘蹟が救いの中心となってきたのである。

ところが、統一教会は、イエスの本来の福音である神の国の到来のメッセージを、今日再び呼び起こし、高らかに宣言するのである。

イエスの中心メッセージが、イエスからパウロに引き継がれる過程の中で、非連続が生じてしまったが、文師によって再び連続性を取り戻したのである。それゆえに統一教会の信徒たちは、神の国実現の為に働くことを全てに優先させて歩んでいるのである。



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統一教会のメシア観



統一教会のメシア観
なぜ、文鮮明師はメシア(再臨主)なのか





はじめに

第1回世界文化体育大典の合同晩餐会が、1992年8月24日夜、ソウル市内のリトルエンジェルス芸術学校で開かれた。この合同晩餐会には、世界各国から宗教指導者、科学者、言論人、政治家など約千人が参席した。同大典の主催者である文鮮明師は、これらの人々を前にして、同師が人類の「真の父母」であり、「救世主」「再臨主」「メシア」であると宣言した。二千年前においては、イエスですらもこれほど大胆に明言しなかったが、文師はそれをなした。

ところで、イエスがメシア(キリスト)であるか否かという問題は、イエスのメシア宣言を受け止める人々の信仰の問題であり、イエスとのかかわりにおけるその人個人の実存の問題であった。同様に、文師が再臨主か否かの問題もまた、これを受け止める人々の実存の問題であり、信仰の問題であることは言うまでもない。しかし中には、どうして文師がキリスト教でいう「メシア(再臨主)」なのかと異議をはさむ方々もいるに違いない。したがってこの問題は、単に受け止める人々の信仰の問題、実存の問題というだけで片付けるわけにもいかないであろう。それゆえ統一教会のメシア観を、ユダヤ、キリスト教のメシア観と比較しながら論述することは、極めて重要なことであると言える。

本論文は、ユダヤ、キリスト教のメシア思想の発展過程から見て、統一教会のメシア観がいかに正統的、伝統的なものであるか、さらにそれにとどまらず発展的内容を有するものであるかを論述しようとするものである。これを通して、多くの読者が統一教会のメシア観について正しい理解を深めていただければ筆者の幸いとすることろである。

1994年1月1日
師観




第1章 ユダヤ教のメシア観

(1)メシアの意義

まず第一に、ユダヤ教のメシアが何であるかという問題を理解せずして、文鮮明師のメシヤ性を論ずることはできない。そこで、メシアというヘブル語の語源の意味を理解することから始めていくことにする。

メシアとは本来、「油を注がれた者」すなわち受膏者」を意味し、それをギリシャ語訳したのが、クリストス(キリスト)である。頭から油を注ぐ儀式は名誉ある任職を意味し、おもに「王」の任職の時行われた儀式(サムエル上24:6-10etc.)であるが、「祭司」の場合もあり(レビ4:3-5)、時には「預言者」の場合もあった(列王上19:16、イザヤ61:1)。さらに預言者と見なされた族長(詩105:15)や異国の王(イザヤ45:1)までもメシアと呼んでいる。旧約聖書の中で見られるこの儀式は39回登場するが、そのうち29回はイスラエルまたはユダヤの王を指しており、特にダビデとその子孫の王に集中している。

油を注がれた最初の王はサウルであったが、預言者サムエルを通して与えられた神の命令に逆らったので(サムエル上15:1-23)間もなく退けられ、ダビデが王朝の祖となった。しかし、その子ソロモンの失敗により王国は南ユダと北イスラエルに分裂した。だが、南王国のユダはダビデを理想化してその王族の永続を願い、危機に当たっては彼の再来を待望するようになったのである。

このような「王としてのメシア」は、イザヤ書のメシア待望の預言として克明に叙述され(イザヤ9:1-7、11:1-10)、同じようなメシア待望がミカ書(5:2-5)にも、エレミヤ書(23:5-6)にも見られ、ハガイ書(2:20-23)、ゼカリヤ書(4:6-14)を経て、ずっと後の第二ゼカリヤ書(9:9-10)にまで至っている。したがって、このようなメシア像が旧約聖書を貫く本来のメシア像であると言える。


(2)メシアの使命

では次に、メシアの使命は旧約時代の人々、すなわちイスラエル民族にとって何であったのであろうか。それは神を冒涜する人々をこの地上から一掃し、神の支配(神の国)をこの地上にもたらし、神の民であるイスラエルを敵から守り導くことであった。したがって、メシアは民族の政治的救済者であり、やがては万民の征服者となるべき存在だったのである。旧約におけるメシアの使命とは、第一に、王として、神の民すなわちイスラエル民族を神の敵より守り導き、第二にエルサレムに神殿を建設することであった。したがって、そこにはメシアが人類を罪から贖う「贖罪者」であるといったような、キリスト教的な観念は存在していなかったのである。


(3)メシア思想の発展過程

1 王としてのメシア

最も古いメシアについての言及と考えられるのは、創世記49章8-12節である。そこに記されている預言によれば、「シロ」と呼ばれる人物が現われ、諸民族は彼に従い、彼はダビデ王時代をしのぐ繁栄と平和をもたらすというのである。

「ユダよ、あなたは兄弟たちにたたえられる。
あなたの手は敵の首を押さえ
父の子たちはあなたを伏し拝む。
ユダは獅子の子。
わたしの子よ、あなたは獲物を取って上って来る。
彼は雄獅子のようにうずくまり
雌獅子のように身を伏せる。
誰がこれを起こすことができようか。
王しゃくはユダから離れず
統治の杖は足の間から離れない。
ついにシロが来て、諸国の民は彼に従う。」(創世記9:8-10)

しかし、「シロ」という言葉の語義が判明できないので、この古代のメシアの約束は明確なものとは言えない。

次に、メシア言及と考えられるものは、民数紀24章15-19節に出てくる。定説では、これはダビデ時代に書かれたと言われている。ここにはバラムの預言が記録されており、同17節には戦争に強い一人の王の出現が述べられている。

「わたしには彼が見える。しかし、今はいない。
彼を仰いでいる。しかし、間近にではない。
ひとつの星がヤコブから進み出る。
ひとつのしゃくがイスラエルから立ち上がり
モアブのこめかみを打ち砕き
シェトのすべての子らの頭の頂を砕く。」(民数紀24:17)

けれども、この託宣は普通の預言ではなく、「事後預言」の一種であるとみなされている。すなわち、ダビデをヤコブから出た星であり、イスラエルから起こった杖と見なして、あたかも数百年前に語られたバラムの預言が、ダビデにおいて成就したかのように書かれたものであるというのである。ここで描写されているメシア人物の任務は軍事的なものに限られているので、旧約本来のメシア像まで至っていないが、ある種のメシア預言の原型と見なすことはできるとみられている。

ナタンの預言(サムエル下7章)、ソロモン神殿奉献の詩(列王上8章)、あるいは王の詩篇のあるもの(詩篇89編)などは、「現在の王」または王朝にメシアを見たものであり、これに対して預言書であるイザヤ書(イザヤ9:1-7、11:1-10)は、「未来の王」にメシアを期待したのであった。

すなわちイザヤの預言によれば、「驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君」と称えられる一人の男児の出生によって、奴隷化されたイスラエル民族が解放され、救われるという。その男児は王としての主権を確立し、彼によって公平と正義の時代が到来するのである。

「ひとりのみどりごが私たちの為に生まれた。
ひとりの男の子が私たちに与えられた。
権威が彼の肩にある。
その名は『 驚くべき指導者、力ある神、
永遠の父、平和の君』と唱えられる。
ダビデの王座とその王国に権威は増し
平和は絶えることがない。
王国は正義と恵みの業によって
今もそしてとこしえに、立てられ支えられる。
万軍の主の熱意がこれを成し遂げる。」(イザヤ9:5-6)


そして、ダビデの家系から出る王としてのメシア像が、形成されていったのである。これが後のメシア思想形成の基礎となり、また旧約聖書に一貫して流れているメシア思想なのである。

しかし、例外もある。かつてペルシャのクロス王は、イスラエルの敵であるバビロニアを倒し、イスラエル民族が故郷に帰って神殿を再建するために持ち物を持たせ、金銭までも与えたのである。それゆえ、イザヤはクロス王を「メシア」であると宣言するのである。「主が油を注がれた人キュロスについて主はこういわれる。、、、」(イザヤ45:1)。これは、メシアがイスラエル以外の国から現われ得ることを示した重要なメッセージであると言えよう。


2 祭司としてのメシア(捕囚後のメシヤ像)

王国は滅亡し、捕囚の悲しい運命を経験した後、事態は著しく変わり、ダビデ的メシアへの待望は薄らいでいった。代わりに神殿の再建とユダヤ教団の確立に努力が向けられ、祭司が王に代わってその機能を行うようになった。捕囚からの帰還直後には大祭司ヨシュアと総督ぜルバベルが、共に「油を注がれたもの」として登場してくる(ゼカリア4:14)。これはそのころの過渡的な出来事ではあるが、重要なことは、神の祭司的権力の代理者と世俗的権力の代理者が共存しているということである。メルキゼデクは、そのような「祭司であり、また王である」者の原型として考えられていた人物だというのである(創世記14:18、詩篇110:4)

こうして帰還後は祭司が「油を注がれた者」として登場し(レビ4:3、5、10)、祭司長が国を支配するようになった。そして祭司王国の理念は、一時的ではあるが前二世紀に祭司マキテヤの子ユダ=マカベウスによって、独立の回復という形で実現されるに至ったのである(マカベア戦争)。

一方、後期ユダヤ教のメシア待望にとって極めて重要なのは、クムラン教団すなわちエッセネ派のメシア思想である。これは死海文書の発見によって知られるようになった。彼らのメシア思想によれば、終わりの日に、二人のメシア的人物の到来が待望されている。一人は「儀のメシア」と呼ばれる世俗の王、統治者であり、もう一人は「儀の教師」と呼ばれる祭司である。そして、終末的な大祭司は王的メシアよりも上位に立つという。


3 預言者としてのメシア

列王記上19章16節によれば、主がエリヤに「ニムシの子イエフにも油を注いでイスラエルの王とせよ。また、アベルメホラのシャファトの子エリシャにも油を注ぎ、あなたに代わる預言者とせよ」と言う。また、イザヤ61章1節によれば、「主はわたしに油を注ぎ主なる神の霊がわたしをとらえた」というのである。さらに詩篇105編15節(歴代上16:20)では、イスラエルの族長を預言者と同格と見なし、油を注がれた者として扱っている。

このように旧約聖書の中には、預言者もまた「油を注がれた者」すなわち「メシア」であるとする思想が見られる。さらに死海写本によれば、「大祭司」「王」に加えて終わりの日には「かの預言者」が現われると記され、理想的なユダヤ国家には王、祭司、預言者が存在する(旧約聖書外典、第一マカベア書14:41参照)というのである。


4 黙示的メシア像

旧約時代の末期には、黙示文学の中に独特な超自然的メシヤ像が登場してくる。その典型的な例として挙げられるのは、ダニエル書に書かれている「人の子」としてのメシア像である。

「夜の幻をなお見ていると、
見よ『人の子』のような者が天の雲に乗り
『日の老いたる者』の前に来て、そのもとに進み
権威、威光、王権を受けた。
諸国、諸族、諸言語の民は皆、彼に仕え
彼の支配はとこしえに続き
その統治は滅びることがない」(ダニエル7:13-14)

「人の子」とは天使的な先在者で、世の終わりに審判者として神のそばに現われる存在であって、ダビデの家系から地上に生まれてくるメシアとは全く相反するメシア像であると言える。このようなメシア像は黙示的終末観に基づいており、週末における救済は、神からの一方的な恵みと超越的力によってもたらされると考えるところから出てきている。これに対し、伝統的、預言者的終末観では、人間が罪を悔い改めて神との契約を遵守すれば、神の審判を避けることができると考えられている。

さらに、黙示的終末観によれば、世の終わりの神の審判が超自然的に全世界に及び、その後、神の支配が全宇宙に満ち、新天新地のユートピアが到来するというのである。特に、黙示文学的な二元論、すなわち、「この世(此岸)とあの世(彼岸)」「この時代と来るべき時代」とを対照的に扱う思考の仕方は、旧約末期のメシア観に深い影響を与えていたと言える。

こうしてメシア思想も、王、祭司、預言者へと発展し、黙示文学に見られる超自然的なメシア像「人の子」まで至るのである。そしてイエスは「人の子」という表現を用いて、御自分のメシア性を独特なものとして意識し、提示されたのである。(マルコ:38,13:26,14:62)。



第二章 キリスト教のメシア観

(1)民衆の期待したメシア観

新約聖書においては、ヨハネ福音書に二回だけ「メシア」という語が使用されている。それは、「彼は公言して隠さず『わたしはメシアではない』と言い表した(1:20)。『女が言った。「わたしは、キリストと呼ばれるメシアが来られることは知っています。』」(4:25)の二か所である。ほかはそのギリシャ語訳である「キリスト」が用いられている。


1 王としてのメシア

共観福音書によれば、当時の民衆の期待したメシアとは、政治的救済者としてのメシアあり、ユダヤ人の王であることがわかる(マルコ10:35-48、11:10、15:2、マタイ1:1、12:23、ルカ1:69、19:38)。例えば、マルコ福音書11章10節では、「われらの父ダビデの来るべき国に、祝福があるように」とあり、同15章2節では、「ピラトがイエスに、『お前がユダヤ人の王なのか』と尋問すると、イエスは、『それは、あなたが言っていることです。』と答えられた」と書かれている。マタイ福音書1章1節では、「アブラハムの子ダビデの子、イエスキリストの系図」とあり、同じく12章23節では「群集は皆驚いて『この人はダビデの子ではないだろうか。』と言った」と記されている。

さらにルカに福音書1章69節では、洗礼者ヨハネの誕生の際に父ザカリヤが聖霊に満たされて、「我らのために救いの角を、僕ダビデの家から起こされた」と言い、同じくルカ福音書19章38節では、イエスの弟子たちがこぞって「主の名によって来られる方、王に、祝福があるように。、、、」と言っている。


2 祭司としてのメシア

メシア的祭司長の理念は福音書の中には見受けられないが、かつてパウロの著作とも考えられていた「ヘブライ人への手紙」の中には登場してくる。

「さて、わたしたちには、もろもろの天を通過された偉大な大祭司、神の子イエスが与えられているのですから、私たちの公に言い表している信仰をしっかり保とうではありませんか」(ヘブライ4:14)


3 預言者としてのメシア

さらにヨハネ福音書には、メシアは「預言者」として期待されていたことがうかがわれる。

ヨハネ福音書6章14節には、「人々はイエスのなさったしるしを見て、「まさにこの人こそ、世に来られる預言者である」と言った」と記述されている。


4 神の子としてのメシア

またメシアに対して、「神の子」あるいは「超人的救済者」としての期待が、共観福音書の中には見られる(マルコ3:11、15:39、マタイ14:33、16:16、27:40)。例えば、「汚れた霊どもは、イエスを見るとひれ伏して『あなたは神の子だ』と叫んだ」(マルコ3:11)。またイエスが湖の上を歩いたのを見て、「舟の中にいた人たちは、『本当に、あなたは神の子です』と言ってイエスを拝んだ」(マタイ14:33)などの聖句に表れている。


(2) イエスのメシア概念

イエスは、ペテロが「あなたはメシア、生ける神の子です」(マタイ16:16)と告白したとき最も喜んでいるところから、イエスのメシア意識は明白である。

では、イエスのメシア概念とはいかなるものであろうか。マタイ福音書21章15、16節に、イエスが「ダビデの子」と呼ばれた時、あえてそれを否定していない記事が書かれているが、一方マルコ福音書12章37節では、メシアがダビデの子であることを否定し、それ以上の者であることが主張されている。「このようにダビデ自身がメシアを主と呼んでいるのに、どうしてメシアがダビデの子なのか」。

さらに、イエスは、メシアは「罪を赦す権威がある」ことを主張し、「安息日の主」であるとも言われる(マルコ2:10、28、11:15-18、33)。またイエスは、自分自身が黙示文学的審判者であることについて言及し(マルコ8:38、13:26)、さらに苦難を受ける者であることも語られる。

「それから、人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に復活することになっている」(マルコ8:11)

そして、イエスはイザヤ書53章12節を引用して、ルカ福音書22章37節で「『その人は犯罪人の一人に数えられた』と書かれていることは、わたしの身に必ず実現する」と言い、第二イザヤにおける苦難の僕の姿と関連づけて、苦難のメシア観念を展開する。すなわち、イエスキリストは全人類の罪を背負い、その罪の贖いとして自分の生命を与えたというのである。「人の子が、仕えられる為ではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を捧げるために来た」(マタイ20:28)

この苦難のメシア思想には、キリスト教独自のメシア観を形成することになる。なぜなら、ユダヤ教のメシア思想には、メシアが万民の罪の贖いの為に死ぬという概念がないからである。メシアがたとえ苦難や死に触れることがあっても、苦しんで死ぬということは決してありえない。また、「苦しみ」といっても、それは王国の確立までもしばしの過程にすぎない。すなわちメシヤは民族の救済者であり、政治的な王なのである。

さらに、このイエスの「受難メシア」の思想はメシアの受難のみで終わってしまうのではなく、復活に対する希望的信仰へとつながっていく。そして、イエスの復活の出来事が歴史的な事実であるとするゆえに、キリスト教徒はイエスがメシアであると確信するのである。キリストの復活は、原始教会の最も基本的な宣教の内容を形成しており、使徒達は言えるが復活したことこそが彼らの証言となるべきであると考えている(使徒1:22、2:22-26、ペテロI1:3)。

また、イエスは「アブラハムが生まれる前から、』わたしはある。』」(ヨハネ8:58)と語っており、キリストの先在性についても言及している。

それゆえ、この「受難と復活のメシア思想」の上に、イエスの先在性というロゴスとしてのキリスト概念(ヨハネ1:2-3)が加えられ、初代のキリスト教会の「メシア概念」が形成されていったのである。


(3)キリスト教徒のメシア概念

イエスをメシア(キリスト)と信じ告白するキリスト教徒は、四世紀と五世紀の教会会議において信条(Symbolum)を制定するようになった。すなわち、325年に開かれたニカイア総会議においては、イエスキリストは「父なる神と同質(Homoousios)にて、創造されずに生まれた神である」(三位一体)と宣言され、451年のカルケドン総会議では、「真に神であって真に人である」(キリスト論)と宣言された。しかも、その神人両性は「混合せず分離せず」というのである。そして、その後のキリスト教徒たちは、イエスの生涯と教えを、聖書のみに基ずいて理解するのではなく、それらの信条に照らして解釈したのである。

そのような観点から、新約聖書に書かれている飯屋の概念を総括するならば、メシアであるイエスは「預言者」「苦難の僕」「大祭司」「キリスト」「人の子」「主」「救世主」「ロゴス」「神の子」そして「神」といった、10個の称号を与えられた存在であると言える。

カトリック教会はもとより、プロテスタント教会も、これらの信条に沿ってその教義を構築してきたのである。

宗教改革後の正統的キリスト教派の信仰告白書によると、プロテスタントの基本教義は、第一に「神のみ言である聖書は、絶対無謬である」ということである。

第二は「三位一体論を信ずる」こと。すなわち、神は一つの実体でありながら、父、子、聖霊の三位に分離した位格(Persona:独立した人格)を持つ存在であり、その子なる神がイエスキリストとして受肉したことである。そして、この受肉の教義から、イエスキリストの神性に対する信仰が出てきた。イエスが神性を有するがゆえに、彼は聖霊によって処女から生まれなければならなかったのである。

また、イエスはその血によって人類を救済する為に、十字架上で死なれ、三日目に肉体(栄化体)で復活され、その体をもって昇天され、再び天から下って来られ、この世界を裁き、地上でメシア、王として君臨されるというのである。

第三は、全人類はアダムの堕落によって完全に腐敗しているので、永遠の地獄の刑罰を免れることはできない。しかし、イエスの贖罪の死によって、誰でも彼を信じて洗礼を受ければ罪を除くことができる。しかもそれは行いによるのではなくただ「信仰のみ」によって義とされるのであり、その結果イエスを信ずる者は、終末の到来(再臨)において永遠の生命をつかむことができるというのである。

(4)現代神学および聖書学から見たイエス像

しかし、これらの正統的キリスト教の教義は、19世紀の学者達が聖書を歴史的、学問的に検討し始めるや否や、もやや客観的な意味をもたなくなったのである。たとえば、「マリヤの処女性」という観念は、イザヤ書7章14節についての「誤訳」に関係していることが明らかになった。

この聖句に関するヘブライ語原文は「一人の若い女(a young woman/アルマー)」が男の子を生む。その名を彼女はインマヌエルと呼ぶであろう」となっているのに、ギリシャ語七十人訳では、「処女(a virgin/パルセノス)が男の子を生む。その子を人々はインマヌエルと呼ぶであろう」と書かれているのである。

マタイは、イエスこそまさに、聖書に預言されていたメシアであると信じていたので、イエスは処女から生まれたに違いない、と結論したというのである。事実、現代神学者の一人であるエミール・プルンナーは、イエスが処女から生まれたことを否定している。処女降誕という思想は、本来のキリスト教が宣布したメッセージの中にはなかったというのである。

また、歴史批評学が発展するにつれ、福音書はイエスの生涯に関する目撃者の報告でなはいことが明らかになってきた。すなわち、福音書記者たちは、イエスの死後40年ないし60年たった後のキリスト教社会に流布していた、しょきのイエスに関する「言い伝え」を編纂した人たちだったのである。

「原典(資料)批判」(Souce Criticism)、すなわち、聖書各巻をなしている歴史的資料を見いだす学問によれば、基元68年頃に記録された一番短いマルコ福音書が最初の福音書であり、イエスの生涯についての最も信頼できる資料であるという。マタイとルカは、このマルコ福音書を重要な資料として書いていることが明らかになった。さらにマルコ資料の他に、マタイとルカが使用したもう1つの共通の資料があったということが、ほぼ確かな事実であることが分かり、その資料を学界ではQ(Quail=諸記録)と呼んでいる。

また、「様式批評」(Form Criticism)、すなわち口伝として伝えられてきた断片資料(ぺリコーぺ)が、どのように福音書の中に含まれ、その基礎になったのかを研究する学問によれば、口伝はいくつかの様式(Form)で存在していたという。比喩の言葉を集めたもの、病気を治した物語を集めたもの、そして断片的なイエスのみ言を集めたものなどである。

このような学問の研究の結果、様式批評学でよく知られているルドルフ、プルトマンは、福音書はイエスを史実的に描写したものではなく、初代教会の信徒たちによって「イエスはキリストである」と宣言、宣教がされた、「ケリュグマ」(宣べ伝える)の書」であると結論したのである。

さらに「編集史批評」(Redaction Criticism)、すなわち各福音書の編集者が、何の目的で福音書を書いたかを研究する学問によれば、マタイ福音書はパレスチナにいたユダヤ人クリスチャンの為に、マルコ福音書はローマにいたクリスチャンの為に書かれたものであり(注、がリラヤ湖を中心とした諸地方に伝わる伝承を背景に編集されたとの説もある、田川説)、ルカ福音書は異邦人の為に、そして、ヨハネ福音書はギリシャのクリスチャンの為に書かれたものであることが主張されるようになった。

すなわち、四人の編集者達は、それぞれ自分の読者たちの環境を念頭に入れて福音書を書いたのであって、イエスに対する客観的な歴史を記録するつもりで書いたのではなかったというのである。

このように、今日聖書が絶対無謬であると主張する根拠は、もはやどこにも見当たらなくなったのである。現代の聖書学者によれば、福音の中で真にイエスが語ったと思われる聖句は、次のような「神の国」に関するほんの二、三の聖句にすぎないというのである。

「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」(マルコ1:15)
「ファリサイ派の人々が、神の国はいつ来るのかと尋ねたので、イエスは答えて言われた。『神の国は、見える形では来ない。「ここにある」「あすこにある」と言えるものでもない。実に、神の国はあなたがたの間にあるのだ。』」(ルカ17:20-21)

さらにヨハネ福音書に関しては、かつてNHKの番組の中で「文明と信仰」という題名で、テレビに放映されたことがあるが、エジンバラ大学において、スコットランドの教会の二人の牧師(モートンとマックリー氏)がコンピューターを使って聖書の位言葉の統計的な分析を行ったところ、ヨハネの文章の構造や言葉の使い方などの特徴の分析結果が出てきたという。

それによれば、ヨハネ福音書には、イエスの言葉がそのまま記されていないというのである。たとえば、写本を作る段階で余計な言葉が付け加えられたり、他の文章からの挿入や著者の個人的考えまで付け加えられた形跡があるというのである。

したがって、イエスの言葉には、弁証のために長い説明や説教が付け加えられ、どこからどこまでがイエス自身の言葉なのか、どこが著者の言葉なのか区別ができないほどだというのである。それゆえ、この福音書は、すでによく知られているように共観福音書に比べて、イエス伝というよりは「信仰告白書」という色彩を強く帯びているのである。

結局のところ、現代の批評学的な聖書研究の結果、ニカイアやカルケドンの教会会議で制定された信条におけるイエス像、すなわち「神と同質」であるとか「真の神にして真の人」といったメシア像は、客観的には何ら歴史的根拠を持つものではなく、イエスを信ずる者による信仰告白に基づく「信仰の論理におけるメシア像」であることが明白になったと言えるのである。

つまり、キルケゴールが指摘するように、「受肉のキリスト」とは、理性によってのみ完全把握できる存在を不完全に表象したものではなく、いかなる種類の理性からも完全に分離したものであり、実存と理性とは必ずしも類似のカテゴリーではないと言えるのである。

このように、普通一般の人が十字架を背負っているイエスの姿を見ると、どう見ても理性では、この人物が人類の罪を贖罪している「神」とは見えないのであるが、キリスト教徒がこれを見て、その中に現われる神の啓示を受け入れたい気持ちに誘われる時、理性とは無関係の「信仰の飛躍」をもって、この人物を「救い主であり、神である」と告白するというのである。それゆえ、今日イエスがメシアかどうかという問題は、客観的論理において取り扱うべき問題ではなく、あくまでも信ずる者の「実存」の問題であり、信仰告白のもんだいであると言えるのである。



第3章 統一教会のメシア観

(1)メシア観の推移

第二バチカン公会議で活躍したカール・ラーナーが、同会議の為に書いた「世界の教会への飛躍」と題する論文によると、キリスト教の歴史的発展過程において、神学的に重要な3つの時期があるという。第一期はユダヤ教的キリスト教の時代であり、第二期はヘレニズムとヨーロッパ文化の教会時代で、パウロが割礼を廃止することによってキリスト教がユダヤ教的色彩から脱し、異邦人キリスト教へと発展して、西欧社会へ伝播していった時期である。しかし、このようなキリスト教の発展は、いまだ「西洋的キリスト教」の次元であり、「世界的キリスト教会」には至っていない。したがって、キリスト教が、「世界の教会」となるためには、第三期の「世界的キリスト教会」時代へと移行しなければならないというのである。

それでは、第一期のユダヤ教的キリスト教時代におけるメシア観とは、いかなるものであったのであろうか。ユダヤ人やユダヤ人キリスト教徒にとって、「メシア」とは存在論的でもなく、機能的なものであった。メシアはその使命において特別な存在だったのあり、存在論的には、われわれ一般の人間と何ら異なった特別な存在ではなかったのである。すなわち、神は人間モーセを立てられ、ユダヤに解放をもたらすために油を注がれたのであった。したがって、ユダヤ教の神学には、メシアが神(ヤハウェ)の受肉した存在として到来するといった思想はないのである。メシアたる方は、あくまでもダビデ王の子孫か、大祭司か、または預言者であって、民族の救済者、解放者として登場してくる政治的な人物なのである。

もちろん、ダニエル書のような黙示文学においては、メシアは終末論的な「人の子」という「超自然的人物」であるという概念(メシア思想)もあったが、それでもそのようなメシア思想においても、神(ヤハウェ)自身と、その救済の為の代理人であるメシアとは明確な区別がなされていたのである。

しかし、ユダヤ人キリスト教徒たちの勢力が衰微化し、キリスト教が次第に異邦人世界に広まってきた時に、キリスト教はカール・ラーナーが言うような、第二期の異邦人の教会時代を迎えるのである。異邦人のキリスト教徒たちにとっては、メシアがダビデの子孫であるという必要はないのである。まして、ローマ支配からユダヤを解放しようとするメシア運動には関係したくなかったのである。その結果、異邦人キリスト教徒たちの諸教会においては、早くからイエスは「神の子」であると説明されるようになっていたというのである。

そして、ついにイエスは「神」にされてしまうのである。新約聖書にも、イエスを描写するのに「神」という語を用いている箇所が三箇所ある。(ヘブル①:8-9、ヨハネ1:1、10:28)

一世紀後半のローマ帝国の世界においては、例外的に傑出した人物を神性の故だとすることは、決して珍しいことではなかったという。事実、アウグストスのような皇帝は、「神のような救世主」とか、「主にして神」とか呼ばれたからである。それゆえ、異邦人のキリスト教会においてイエスを神格化することは、それほど問題ではなかったと言える。


(2)統一教会のメシア思想

統一教会のメシア思想は、伝統的ユダヤ、キリスト教のメシア思想に立脚している。しかし、そのメシアの概念には「メシアが神ご自身である」という概念は存在しない。
メシアはあくまでも「人」であって「神」ではないのである。メシアの存在論的価値は、神の創造目的を完成した人間(アダム)の創造本然の価値と同等と見るのである。

すなわち、統一教会のキリスト論によれば、創造目的を完成した人間(アダム)は、神的価値を有し、唯一無二の永遠の価値を有し、無形実体世界(霊界)と有形実体世界(地上界)を総合した天宙的価値を有する存在なのである。このような価値は、本来全ての人々に賦与されている価値なのであって、メシアとは存在論的には、われわれと何ら異なることのない真正の人間なのである。その意味において、統一教会のメシア概念はユダヤ教を通して受け継がれてきたそれと一致するのである。

また、現代神学の祖と呼ばれるシュライエルマッハーのキリスト論によれば、神が受肉して人間になったということは、人性が神性によって満たされることができるという意味であり、キリストは神自身ではなく、あくまでも人間の原型(archetype)なのだと解釈している。

すなわち、全ての人が神の子女となり得るという可能性(人間の創造目的)を完全に実現したのが真のアダムであるキリストだったのである。したがって、キリストは全く他の人間と異なった存在ではなく、程度(その機能ー使命)においてのみわれわれと差を持つ存在なのである。すなわち、われわれは瞬間的には、絶対的な神意識を表すという体験を持つことはできるが、キリストはその全生涯を通して、絶対的な神意識を中断することなく、完全な連続性をもって表すことができる方なのである。そして文鮮明師は、そのような方なのである。その意味において、文師はまさしくメシア(キリスト)なのである。

ところで、統一教会のメシア観がユダヤ教と同様に機能論的なものといっても、メシアがダビデの子孫であり、ユダヤ民族を敵から解放するという、特定の民族の政治的解放者であるという概念は存在していない。また一方では、統一教会のメシア観は、キリスト教と同様に万民の罪の贖罪者としての「苦難のメシア思想」を有している。そして、この苦難のメシアこそイエスであったと確信しているのである。それゆえ統一教会は、イエスをメシア(キリスト)として告白する。したがって、統一教会はその正式名称が「世界基督教統一神霊協会」と称えるごとくに、正真正銘のキリスト教会と言えるのである。

このイエスキリストは、文師が16才の時山の上で祈っていると、突然霊的に現われ、「私は二千年前に神のみ旨を生きて果そうとしたけれども、イスラエル民族の不信ゆえに果たすことができず、十字架得の道を行かねばならなかった」との旨を語られたのである。そして、イエスは完全に果たすことのできなかった神のみ旨成就の使命を、「あなたが果たしてほしい」というメッセージを告げられたのであった。文師はこのイエスとの霊的出会いの中で受けた使命ゆえに、「私は再臨のキリストである」と宣言するのである。そして、これを証明するものは、キルケゴールが言うように、受け止める人々の信仰によるものであり、実存にかかっていると言えるのである。

カナダのトロント大学の神学者、ハーバード・リチャードソンが文師に、「あなたはメシアですか」と問うた時に、文師は「メシアとは、思いを尽くし、心を尽くし、魂を尽くして、地上に神のみ旨をなそうとする人のことを言う。私もメシアになろうとしているし、あなたもメシアにならなくてはならない」と答えたのである。

この答えの中に、文師のメシア理解が正確に現われている。これは、メシアとはある特定の神的存在である個人、すなわち、存在論的メシアのことではなく、人類を救済するという「使命」そのもの、つまり機能的メシアであることを示している。そしてこれこそ、旧約聖書の中に39回も登場してくる、神が正典である旧約聖書を通して示された本来のメシア「油を注がれた者」の概念なのである。

ところで、現代神学者たちは、イエスについてのメシア概念を、ニカイアやカルケドンの信条を通して見るのではなく、史的イエスからその概念を見いだそうとしている。そのメシア概念は、存在論的なものではなく、来るべき「神の国(神の支配)」をこの地上にもたらす、機能論的な概念なのである。


(3)メシアの使命と神の国

アメリカの神学者のラインボルト・ニーバーは、ユーモアに満ちながらも、辛辣な問題提起をしている。すなわち、彼の友人が次のように語ったというのである。

キリスト教の信者達は膏いうであろう。「ユダヤ教徒はとても愚かである。なぜなら、彼らはキリスト教の2000年の歴史を見ていながら、今なお、イエスがキリストであることを信ずることができずにいるからである」。ことろが、これに対して、ユダヤ教徒は次のように言うであろう。「キリスト教徒たちは盲目である。なぜなら、このような罪に満ちた世界に住んでいながら、イエスが十字架で死ぬことによって、彼のメシアとしての使命を果たしたと信じているからである。イエスの目的は、地上に神の国をもたらすことであった。その神の国はどこにあるのか。」

イエスは、決して「渡しの十字架が近づいた。悔い改めて、私の贖罪の死の福音を信ぜよ」と宣言することによって、メシアとしての使命を始めたのではなかった。イエスの中心メッセージは、「神の国の到来」であった。このことは、ほとんど全ての現代の新約聖書の学者が認めている周知の事実である。

イエスの説いた「神の国」というのは、後世のクリスチャンが考えているような、死後の世界や個人の心の中にのみ到来するものではなく、この地上における神の支配であり、歴史上に実現すべき一つの具体的な時間的摂理であった。

地上における神の支配は、それを受け入れる人々の内面から始まる。すなわち、自分の中のエゴが死に、神が自分の主人になる。その結果、まず神(天の父)と人間(神の子供)との創造本然の正しい関係(親子)が回復され、次に創造本然の正しい兄弟関係、最後に人間と自然界(宇宙)との正しい関係が再復されるのである。

したがって、神の支配は現存の社会秩序おも変革するようになる。ところで、人間が自分の中のエゴに打ち勝つ為には、まず罪に対する勝利をしなければならない。しかしそれは、人間自身の力だけでは不可能である。ゆえに、罪に打ち勝つ力を持つメシアによってもたらされる神の恩寵が必要となってくるのである。

また、神の国は人間の歴史の中に満ちてくる「神の時」に実現すべき、一つの時間的摂理である為、イエスは何ものも、このような神のみ旨以上に優先すべきではないことを説かれたのである。すなわち、財産も父親の埋葬(ルカ9:60)も、近づきつつある結婚(ルカ14:20)も、仕事(マタイ4:18-20)も、その他いかなるものにも優先して、神の国の到来の為に働くように力説されたのである。

しかし、イエスはイスラエルの人々からメシアとして受け入れられず、不信され、神の国の到来をもたらすことができずに、十字架にかけられて死んだのである。したがって、ドイツの新薬聖書学者のギュンター・ボルンカムが言うように、「イエスが旧約聖書の預言の成就として死ぬ為にエルサレムに入城したと主張するのは、復活以後のクリスチャンたちの信仰によるものであって、実際の歴史的イエス像ではない」というのである。歴史の真相は、ドイツのカトリック神学者ハンス・キュングが言うように、イエスの十字架の死は、神の意思によるものではなく、イエスの敵が圧倒的に強く、味方が弱すぎたからなのである。

イエスが死に、彼の復活以後、イエスの福音についての解釈は次第に変質し、福音に神秘的な解釈が施されていった。来るべき神の国を強調する代わりに、復活のイエスと個々の信者の神秘的な一体化が強調された。そのような変化は、最も新しい福音書であるヨハネ福音書の中に見られる。しかし、イエス自身は決して神秘主義などを説いたのではなく、あくまでも地上における「神の国の到来」を説いたのである。

時がたつにつれ、クリスチャンの意識から神の国の到来という意識は薄れていき、遠い未来の出来事となってしまった。そして、その代わりに洗礼や聖餐式などの秘蹟(サクラメント)が救いの中心となっていったのである。

統一教会は、その失われていったイエスの本来の福音である神の国の到来のメッセージを、今日再び呼び起こし、高らかに宣言するのである。

したがって、統一教会こそ、イエス本来のメッセージを引き継いだ、まさに正統派教会なのである。復活のイエスは、ペテロやパウロにだけに現われたのではなく、文師にも現われ、イエスの中心メッセージである「神の国の到来」の成就を師に託されたのである。イエスの中心メッセージが、イエスからパウロに引き継がれる過程の中で非連続が生じてしまったが、文師によって再びその連続性を取り戻したのである。すなわち、失われたイエスの中心メッセージが復活したのである。そして、この中心メッセージを復活させ、実現する人物こそまさしく「再臨主」であると言えるのである。それゆえに統一教会の信徒達は、神の国の実現のために働くことを、全てに優先させているのである。

(4)文鮮明師のメシア性

最後に、文鮮明師がどうして「メシア」であり、「救世主」であり、「再臨のキリスト」であり、「人類の真の父母」になるのか、という問題について論じることにする。

第一の根拠は、すでに言及したが、文師が16才の時、復活のイエス(霊的イエス)と出会い、イエスより再臨のメシアの使命を受け継いだことにある。そして、これを信じるか否かは各人の信仰にかかっている。その点は、イエスについても同じことが言える。イエスをキリストとして告白するか否かは、彼を受け入れる人々の信仰にかかっており、その人の実存の問題なのである。しかしこのことは、全ての宗教についても言えることである。

第二の根拠は、文師が「メシアであり、再臨主である」と宣言したからといって、何も奇異なことではないということである。旧約聖書には、すでに39人の人々がメシアとしての使命を受けており、イエスですら歴史的イエス像を浮き彫りにする学問の観点に立てば、メシアの使命を神との関係において自覚した一人の人間なのである。したがって、文師がメシアであることを宣言したからといって、一部の反対牧師のように何も目くじらを立てて反対する必要のないことであると言えよう。むしろ文師は、全ての人々がメシアにならなければならないと語るのである。

かつて宗教改革の時代に、マルチン・ルターは「万人祭司説」を唱えた。特定の宗教的エリートしか祭司になれなかった中世カトリック時代において、彼の説は奇異なものであったに違いない。しかし今日においては、それを奇異に思う人は誰もいないと言ってもよいだろう。しかし文師は「万人祭司説」の段階にとどまらず、さらに今こそ万人がメシアとなって、神の人類救済の摂理に参与することを訴えているのである。事実、文師は統一教会の信徒達が故郷に帰り、「氏族メシア」となって活躍することを奨励している。

文師が、ハーバード・リチャードソンに「..........私もメシアになろうとしているし、あなたもメシアにならなくてはならない」と述べたことについてはすでに言及した。しかし、メシアといっても、そこにはいろいろなレベルの存在がある。

文師のように、イエスと同様に人類の根源的罪、すなわち原罪より人類を解放し、天地(霊界と地上界)に神の支配、すなわち神の国をもたらすという使命を持った「メシア」と、そのメシアによって原罪を清算され、神の子女として新生し、氏族のメシアとして活躍すべき使命を持った「メシア」や、また、イスラエル民族の解放を中心使命とする王、祭司、預言者としての「メシア」との間には、差異があることは言うまでもない。その意味においては、文師は存在論的にもユニークなミッションを持った方であると言える。

しかし、また、人類の一人ひとりが皆神の創造目的を成就しない限り、真の神の国の到来がないことも確かである。したがって、人類の救済、その復帰の過程がいかなるものにせよ、究極的には万民がメシアとなって神のみ旨を果さない限り、真の人類の救済はないのである。それゆえ、文師は万民がメシアとなって神の創造目的を完遂し、創造本然の人間の価値を復帰しなければならないことを説いているのである。

第三の根拠は、文師の説かれた教義と実践である。師の解明した「統一原理」は、人類の救済に必要な神学的、哲学的、科学的な教理体系を全て備えており、聖書とキリスト教教理に関する合理的解釈を我々に提供している。

さらに、この教義は人性の三大疑問、すなわち人間は何であるのか(本質)、人間は何の為に生きるのか(目的)、どこから来てどこへ行くのか(帰結)といった問題について明快に返答している。また、神と霊界の実在について解き明かし、神と人間、人間と人間、人間と霊界をも含めた宇宙自然界との本来の在り方を解き明かしている。また、人間の本性が善を願いながらも、願わざる悪に駆られていくという「人間の矛盾性」や、原罪の問題を解明し、悪の根源が何であるかを解明している。そして、人類を悪の力から永久に解放し、救済する方法を解き明かしているのである。

また、イエスがメシアとして人類救済の為に降臨したのに、なぜいまだにこの世は救われていないのか、そして、メシアの再臨はなぜ必要であり、その人物は一体どのような使命を持って再臨するのか、また再臨はいつ、どこで行われるのか、といった問題について、明確な解答を与えている。したがって、教義の持つ論理の整合性自体が、文師が再臨主であり、人類の真の父母であることを論証していると言える。

次に実践面からの根拠であるが、それは文師がイエスより再臨主の使命を託されて以来、「神の国」の実現を目指して成し遂げてきた歩み、業績そのものが再臨主であることを証している。文師の「神の国」実現を目指す「統一運動」は、宗教、思想、言論、文化、学術界、さらに政治、経済分野など、実に多岐にわたって展開されている。

文師はこのたび、これまでのすべての活動を結集して、1992年8月19日から30日にかけて、「世界文化体育大典」を韓国のソウルにおいて開催した。当大典において、世界平和実現の為に、宗教者、政治家、科学者、言論人などの世界を指導するあらゆる分野の指導者達が一堂に会した。そしてその中で「国際科学統一会議」「世界平和教授協議会世界大会」「世界言論人会議」「世界平和の為の頂上会議」「世界平和女性連合世界大会」「世界平和宗教連合会議」「原理研究会世界大学生総会」「国際合同結婚式」「体育祝典」など、様々な催し物が行われたのである。この大典は、文師がその全生涯をかけて、いかに真剣に「神の国」実現の為に尽力しているかを的確に物語っている。

第四の根拠は、文師の活動に見られる「メシア」としての預言者的、祭司的、王的機能または役割である。ジョン・カルバンは、キリストたるお方は、役割において「預言者」であり、「祭司」であり、「王」であると述べているが、文師はまさしくこれらの役割を全て遂行している。

文師は神より預かったみ言を述べ伝える人であるがゆえに、「預言者」と言うことができる。文師の語られた多くの言葉はそれを物語っているが、特に1973年にアメリカ国民に向けて、「アメリカに対する神の希望」と題して語りながら全米を一周した行為は、そのことを如実に物語っている。そして今もなお、世界がこれからどうあるべきかという、神より預かったみ言を語り続けているのである。

次に「祭司」としての使命であるが、文師の半生は、まさに人類の罪を神の前にとりなすために、十字架を背負いながら歩んできた苦難の路程であり、その路程自体が文師が祭司的使命の遂行者であることをよく物語っている。

最後に、「王」としての使命であるが、「神の国」を現実的に築くためには、社会と国家の組織、すなわち国家の社会、政治、経済機構までも変革しなければならないのは当然である。文師は共産主義が、そのイデオロギー面においてばかりでなく、それに基ずく政治、経済機構も間違っていることを早くから指摘し、「国際勝共連合」を創設し、勝共運動を展開してきたのである。そして文師は、旧ソ連のゴルバチョフ大統領と会談し、ソ連の対アジア政策、宗教政策に大きな影響を与えたのである。また、北朝鮮の金日成主席とも会い、国家を導く理念として「主体思想」の代わりに「神主義」を推奨し、北朝鮮の対外政策に大きな影響を与えたのである。このように、文師は「王」なる使命を持つメシアとしても世界政治に対して具体的な政治理念を持っているのである。

第五の根拠は、メシアの最も本質的な使命を「真の父母」としての使命と見ていることである。人類を「罪より救済するメシア」は、救済後にはその使命が終わり、不必要となって消えていく概念であると言える。しかし、「真の父母」は、人類始祖が堕落しなくても必要であった観念であり、創造本然の世界において永遠に必要とする存在なのである。すなわち、人類の始祖であるアダム(一男)とエバ(一女)が、堕落せずして完成していたならば、永遠に人類の「真の父母」となったはずであると「統一原理」は説くのである。

したがって、メシアの本質的な使命を「真の父母」と定義したことは、神学的には、やがて消えてゆく贖罪的メシア観念よりも、より重要なメシア概念であると言うことができるだろう。そして、メシアの本質的な意味を正しく定義し、人類に教えることができる人物こそ、「真の父母としてのメシア」であるということを、的確に物語っていると言うことができる。

第六の根拠は、文師が、人間の罪の起源を人類始祖の「愛と性の誤用」に由来すると見た点である。愛と性における堕落とは、聖書の創世記三章に登場するエバと蛇で象徴されている「天使長」との間における不倫なる性関係と、エバとアダムの間違った愛による性的行為のことである。すなわち、「偽りの愛」によって人類歴史が出発したということであり、それ以来そのような偽りの愛が、それ以後の人間の愛に影響を与え、人間生活を誤った方向へと導く基本的な動機を作り出してきたというのである。これがいわゆる文師の原罪に対する見解なのである。

史実に立脚して聖書を批評学的に解釈しようとする現代聖書学者たちによって学問的に導き出された結論は、文師の啓示による方法と奇しくも同様であり、創世記三章の物語を解釈するに際し、そこには性的要素があることを認めている。これは文師の掲示を通しての見解が、いかに正しいものであるかを示す一例である。

さらに今日の事象は、文師が説く原罪論の正しいことを証明している。今日人類社会の倫理は、不倫、姦淫、フリーセックスなどを通して崩壊に瀕している。その結果、人間は霊的な喜びに満ちた生活をすることができなくなり、肉体的にもエイズ等により死に直面している。

このように、文師が人間の抱える最も本質的な罪の問題を的確にとらえているということは、同師がメシアである資格を備えていることを如実に物語っている。文師は、人類がサタンの「偽りの愛」と「偽りの生命」と「偽りの血統」から出発したがゆえに、メシアである真の父母は神の「真の愛」と「真の生命」と「真の血統」をもって人類に血統転換をもたらさなければならないことを力説している。そして、そのことがまさに文師の祝福「合同結婚式」によって、現実的に展開されているのである。この文師の祝福によって結ばれた人々の夫婦関係の「清さ」とその子供たちの「純潔」が、遠からず愛と性において混迷する世の中に一条の光となって、文師の「メシア性」を示すものとなることだろう。

第七の根拠は、今日多くのクリスチャンがそうであるように、歴史的実在性を証明する根拠が極めて希薄であるケリュグマ(宣教)の「イエス」を、実在したメシアとして受け入れることができるというのであれば、現実に今実在する文師をメシアとして受け入れることは、なおさら明確な史的根拠を持つ行為だということである。

第八の根拠は、文師とイエスの予型論または類型論(Typology)的な神の摂理における歩みの同時性または類似性である。(もちろん、これはあくまでも類似性にこだわりを持つ人たちにとっては重要であるが、文師に、「再臨主」として独自に開拓すべき側面があることを強調する人たちにとっては、さほど重要ではないかもしれない。)

以上



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