無知から知への解放(朴正煕大統領のお話)

私も含めて、古参のシックたちは、原理講論の再臨論の反日史観を長い間そのまま信じて来ました、

私などは最近になって、キム・ワンソプの「親日派のための弁明」やイ・ヨンフンの「韓国の国史を書き変えよ」などを読み、目を見張る思いでしたが、決定的にこの真逆の論調に確信したのは、石原慎太郎氏と朴正煕大統領(当時)の対話でした。



朴氏:「しかしあのとき、われわれは自分たちで選択したんだ。日本が侵略したんじゃない。私たちの先祖が選択した。

もし清国を選んでいたら、清はすぐ滅びて、もっと大きな混乱が朝鮮半島に起こったろう。

もしロシアを選んでいたら、ロシアはそのあと倒れて半島全体が共産主義国家になっていた。そしたら北も南も完全に共産化された半島になっていた。

日本を選んだということは、ベストとはいわないけど、仕方なしに選ばざるを得なかったならば、セコンド・ベストとして私は評価もしている」(拍手)。

 朴さんが、「石原さん、大事なのは教育だ。このことに限ってみても、日本人は非常に冷静に、本国でやってるのと同じ教育をこの朝鮮でもやった。これは多とすべきだ。私がそのいい例ですよ」と言う。

「私は貧農の息子で、学校に行きたいなと思っても行けなかった。日本人がやってきて義務教育の制度を敷いて子供を学校に送らない親は処罰するといった。日本人にしかられるからというんで学校に行けた。

その後、師範学校、軍官学校に進み、そこの日本人教官が、お前よくできるな。日本の市谷の士官学校に推薦するから行けといって入学。首席で卒業し、言葉も完璧でなかったかもしれないが、生徒を代表して答辞を読んだ。

私はこのことを非常に多とする。相対的に白人がやった植民地支配に比べて日本は教育ひとつとってみても、かなり公平な、水準の高い政策をやったと思う」・・・



これに対する私のコメント:

これは西欧の植民地そやり方とは違って、実にアベル的な統治ですね。

しかし、よく分らないのはアボジの反日スタンスです。一方では、日本が李王朝を倒していなかったら、アボジが王として 再臨すれば殺されていたであろう、と言うみ言葉を聞いたが、もう一方では、

1993年=「旅順に安重根記念館創設」=安重根を称えている事、及び1994~95年にかけて「16万人:従軍慰安婦・強制連行・蕩減復帰修練会」(蕩減献金=各自1万ドル問題)・・など等~~「日本加害者・罪悪史観」が強調されて来たことです。

一つ考えられることは、アボジが摂理を推進するに当たって、多額の献金が必要としたら、史実などどうでも良いことで、問題にせず、方便として、日本シックに罪悪感を植えつけて、献金路程に邁進させることです。

しかし、これはえげつないやり方なので、蕩減を受けることになるのです。その結果、アボジ自身が基元節の前に逝去し、家庭は三つ巴に分裂し、TMとその教権側はアボジの「日本加害者・反日罪悪史観」を踏襲し、今日に至っています。

そして、韓国自体が経済的にも政治的にも、行き詰まり、衰退しつつありあります。

したがって、このような状況を見る時に、天運を失い、神の祝福からは遠く見えるのです。



それゆえに、長島氏の以下の論調は真に正論でしょう:

 日本の日清、日露の戦いの勝利と「40年併合時代」は「最大の神の愛の証」であり、これら無くして、だららだと500年続いた「暗黒・李王朝」が延長したら、再臨主降誕どころの騒ぎではなく、朝鮮半島は、ソ連&中共の支配下の国となっていた・・・。

解放者であり守護者であった「日本に感謝」すべきを彼等はこれをねじ曲げ、真逆の評価を行ってきたのです。

日本を通じての神の摂理と40年併合時代における「至高の神の愛の証」に対して、これを最も強調され、韓国の「怨日・反日国是解消」&「韓国新生復活」&「韓日一体化」への道が、神の準備された摂理であると理解するのが正常でしょう。

 

このメッセ-ジを通して多くの洗脳されたシックが無知から知へと覚醒されることを願います。


盲目的に自虐史観を信じるのではなく、歴史の真実を精査し、少しづつでも正しい歴史観に基づいて神様の摂理を見ていきたいと思われた方はクリックお願いします。
↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 家庭連合へ
にほんブログ村
日本ブログ村ランキング(Outポイント)を見る!
スポンサーサイト

神の国はどこへ行ってしまったのか(我々は政治理念を失ってしまったのか)

私がクリスチャンだった頃は、個人の魂の救いが中心であった。要するに、洗礼を受けてキリスト教徒になれば、原罪だけでなく、これまでに犯してきた罪は一切許されるという。

これは、明らかに個人の救いが中心である。勿論、それだけではなく、イエスが説いた倫理・道徳があり、その中には自分を愛するように隣人を愛せよ、というような美しい教えがあった。

だが、残念ながら神の国を地上に実現するという意識はなかった。

カトリックに飽き足らず、プロテスタントの様々な教派を尋ねたが大小に拘らず、どれも似たような意識であった。

その共通点は地上に神の国を実現するような教義はなく、死後の世界における個人の魂の救いであった。

大学に入ってみると、60年安保の直後だったので、マルキストが自治会を独占し、革命意識が盛んであった。

国家の政治を変革し、資本主義国家から社会主義、共産主義国家に変革しようと言うのです。

ここで、驚いたのは彼らの意識です。個人の救いは二の次にして、国家、世界の救いを第一義に考えて、革命の為なら、個人の命も犠牲にする意識です。イデオロギ-の違いはともかくとして、公的意識に関しては、クリスチャンよりもはるかに高いのです。

キリスト教は、世俗の社会や政治を変革する理論を持っていないがゆえに、クリスチャンが世界に対する責任を果たそうとして社会問題に取り組む時に、最も力強い世俗社会の革命論理を持っている共産主義に引き込まれてゆく傾向があります。

その為に、非常にあいまいなかたちで、社会意識の高いクリスチャンは共産主義者と政治活動をします。私も自治会の執行部の活動家と共に反戦活動のデモに参加したものだった。

なぜなら、反戦は本来クリスチャンが主導してやるべきものだと考えていたからです。

そんな時に、原理に出会ったのです。原理はこの地上に神の国を実現するという教義、即ち、神を真の父母として侍る万民一家族の共生共栄共義主義と言う政治理念を持っているのです。

それに向かって勝共理論も生まれ、統一思想も出来ては来ました。

しかし、今のUC(家庭連合)はどうでしょうか。死後における個人の救い、先祖の救いに最重点(?)がおかれ、そのためには地上での生活を犠牲にしてまでも献金することを要求し、政治には全く無関心、せいぜい韓国人リ-ダが民進党・共産党と同じような論調で安倍政権を批判し、日本が韓国に従属することを説くぐらいです。即ち、地上天国実現は何処吹く風に成り下ってしまったのです。

韓国のリ-ダ達が日本の政治に口を出したいのであるなら、韓国に帰って、自分の国の政治を改革したらいかがなものでしょうか。

地上天国の日本における政治理念が全くない外国のリ-ダ達が日本UCの幹部に居座っていることは実に不条理な話なのです。



地上天国実現のためのしっかりした政治理念を持ったUCに、少しでも再び戻ってほしいな、と思われた方はクリックお願いします。
↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 家庭連合へ
にほんブログ村
日本ブログ村ランキングを見る!

ある韓国人二世姉妹の怒り(UCの実態と韓国の儒教原理)


希苑教会に行って返って来た二世の韓国人(婦人)が私の家に立ち寄った。それは長男の嫁が韓国人なので、時々尋ねてやって来るのです。

私が今日の礼拝はどうでしたかと聞くと、突然強い語調で怒り出した。

説教者は日本人二世だそうですが、TMが統一家の子女達の問題を批判してはならない。 なぜなら、TFもTMもカインの子女である祝福家庭を愛しなければならなかったので、自分の子女達を教育する暇が無かったからだと言ったという。


彼女の怒りの内容は:

1. 自分の父は高校生の時に原理を聞いて献身し、地方の貧しい教会の教会長だったので、子供たちは食べるのもママならない生活だったという。お陰で、大学に行けず、高卒で働きに出て、せめて弟だけでも大学に行かせようとして、婚期を遅らせてまでも送金してあげねばならなかった。

然るに、統一家の子女達は執事までついており、高級車を乗り廻していた。しかし、地方の教会長達は自分達の子女を犠牲にしてまでも、統一家に貢いで来たというのです。


2. 彼女の母は自分の子女を家に残したまま、教区長の子守の為に働いていたので、長女の彼女が3人の弟妹の面倒を見なければならなかった。


3. 韓国社会は上司が部下の家族の為に犠牲になるというシステムは無く、その逆のシステムになっているので、下層階級の教会長達の生活は惨めである。


4. 彼女の父は高卒で献身したため、原理を聞いても献身しないで、大学を出てから来た者はその間、信仰の訓練は無いにもかかわらず、学歴が優先されて、彼らの上司になって行く。


5. 彼女の父は年齢制限の為、退職させられ、住む家も無く、次女のアパ-トに老女の妻と共に居候の身であるため、彼女は日本で働き、老いたる父母の為に送金している。


6. 然るにTMと子女様たちは宮殿や豪邸に住み、王族の生活をしている。それゆえ、家庭を犠牲にして尽くしてきたのは、下層階級の地方の教会長達であって、統一家ではない。

子女様たちはそのほとんどがお金を積んでハーバ-トに入学し、多額の学費を使うことが出来ましたが、彼女の妹達は高校に通うだけでも大変であった。それゆえ、TMの発言を聞かされた時、積もり積もった感情が爆発した。


7. 日本人信徒の大多数はTMを無条件に崇め奉るが、韓国の信徒達の中には逆に、腹を立てたり、怒りを爆発させたり、恨みを抱き、少なくても敬服してはいない人々がけっこういる。


それに対する私のコメント:

以前にも話しましたが、統一神学校の権威ある宗教辞典に中に統一教会の特色の一つとして、教祖と幹部達が裕福な生活をしているが平信徒たちの生活水準は低いという。

また、別な資料によると、韓国では、「父母」とは子供の為に自分を犠牲にして尽くし、愛情を限りなく注ぐ存在を意味するのではなく、家族の中の王様であり、子供達が忠孝を尽くすべき存在である。

これは李王朝時代に形成された朱子学の親子観と言ってよいであろう。親は子供を生んだ時点で権威をもち、生んで育ててもらった子供たちは親に絶対服従し、自分を犠牲にして忠孝を尽くすことによって、家庭の秩序が保たれ、社会秩序が保たれるという。

ちなみに、シムチョンという娘が盲人である父を助ける為に、自分の身を漁師に売り、船から荒海に飛び込む物語がある。これは、一見美談に見えるが一方的である。逆に父が盲人の娘の為に荒海に飛び込む物語も必要であろう。

セウル号において、父母の立場ある者達(船長とそのクル-)が子供の立場に立つ学生達を犠牲にして逃げ出す訳だが、彼らの精神構造は彼らの儒教観を如実に示している。

統一教会においても、「真の父母」と信徒に言われている方々は、その一族と宮殿に住み、その維持費や諸々の事業の為に子女の立場にある信徒たち、特に日本の信徒達に過剰な献金を数十年に渡って課する文化構造は韓国の儒教原理主義に酷似している。家や土地を売らせ、自己破産させ、しまいには自殺にまで追い込もうが献金ノルマは加重されても減少することは無い。

これは明らかに「講論」が説く、万民一家族の共生共栄共義主義の神を中心とした社会主義社会ではなく、李王朝に酷似した絶対君主制社会になりつつある。

そこで、実体が伴わない教義は、ただの観念論に過ぎないのであるが、信仰義認という便利な神学がある。この神学の教義によれば、メシヤはすべてを成したといったのだから、その言葉を信じる者は神によって義認され、救われるという。

これに対して、神学の中には信仰だけでなく、罪・堕落性が清められ、聖化されてこそ救われるという教義もある。教会史の中では、どちらかと言えば、カトリックは聖化の重要性を説き、プロテスタントは義認を説いてきた。

UCの中にも実態がどうあれ、メシヤが「すべてを成した」と言ったのだから、それを信じれば義認され救われるという信徒もいる。しかし、実態が伴ってこそ神の国は地上に実現すると説く信徒もいる。さて、皆さんはどちらでしょうか。


注:アボジの在任中に自己破産で自殺者が出たが、その事実は恐らくは誰もアボジに知らせはしなかっただろと思われる。


参考: 

36家庭は家庭の階級においては最高ではあるが、最高の地位において赤裸に自分の誤りをすべて露にして生きて行く苦しみとは表現しがたい。

地上にいるとき、女性問題、公金問題、その他の問題に引っかかった家庭は、地獄にいるのではなく、神のそばにいながら、露になった姿で生きて行かなくてはなりません。それは言葉で言えない苦しみです。

例えば、他の女性と性関係を持っている場面が随時、みんなの前に見えるのです。また、公金を自分勝手に使いながら、酒場に行って女と堕落しながら、お金をばら撒く姿がはっきりと見えるのです。一言で、地獄よりも恐ろしいところです。(霊界の実相と地上生活p37)


これに対する私のコメント:

実態の伴わない信仰義認で天国に行ってもこれでは地獄より恐ろしいところになる。それゆえ、松涛本部の教義の責任者が信仰義認論を説くとは奇奇怪怪な話しである。



UCが、韓国の儒教原理を乗り越えて、統一原理の説く、真の万民一家族の共生共栄共義主義の実体になってほしいと思われた方はクリックお願いします。
↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 家庭連合(統一教会)へ
にほんブログ村
日本ブログ村ランキングを見る!

家庭連合の将来?(2世の残念な現実)

ビスマルク


ビスマルクは「私にあなたの国の青年を見せよ!、さすれば、あなたの国の未来を予言できる」と言ったと言う。

現在の家庭連合の20歳以上の祝福子女は3万人であるという。その内、祝福を受けた者の数は1000人だという。すなわち、1/30の割合になる。ところが、実際に家庭を出発する数はもっと少ないという。

私なりに二世のUC離れの理由を考えてみると:

1.UC(連合)自体が三つ巴に分裂して、収拾の未透視がつかないこと(希望のモデルの崩壊)。

2.仁進さんの略奪婚に見られるような不倫や堕落が数多く真の家庭の中で展開され、祝福の見本となるべき神話が崩れてしまったこと。

3.UC自体が祝福の天的価値を下げ、この世の結婚相談所の道具に使っていること。

4.祝福を受けた家庭と一般の家庭との違いがほとんど変わらない状態になっていること。即ち、神の栄光らしきものが特に目に見える形で現れていないこと。

5.UCの信徒の家庭は過剰な献金や借金の為、子供達をほっとらかしに、教育が犠牲になっていること。例えば、世間では子供を塾に行かせるのは当たり前ですが、シックはそのようなお金がないこと。

6.一般社会では未来の発展の為に現在を犠牲にしますが、UCは目前の摂理成就の為に未来(子女たち)を犠牲にする。

7.UCの現状を見たら、世の人々からも、内部の二世からも希望が見えず、魅力がないこと。

羅列すると、こんなところでしょうか。皆さんはどのように思うのでしょうか。

これに対して、ある人が次のコメントをしました。

夫婦仲が悪いのが大きな比重を占めているように思います。
好き同士で夫婦となった訳ではないので、み言葉の理解度が低いと、夫婦の隙間風が一般家庭より強いように見受けられます。

このコメントで思い出しましたが、妻がもの凄いバリ教で、夫は現実的で、借金生活にはうんざりしている信徒が沢山います。ここに不和が生じます。

それを見て育った子女たちは祝福に希望を持てないのです。



今日の献金よりも、将来の2世の為にもっとお金と人材を使う教会になってほしいと思った方はクリックお願いします。
↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 家庭連合(統一教会)へ
にほんブログ村
日本ブログ村ランキングを見る!

日本の信徒なしに、これまでの摂理は成し得たであろうか(UCの悲しい現実)

劉正玉氏の本体論のビデオを見ていたら、ところどころに日本人を小バカにした言動が目に付きます。このような言動は総じて、韓国のリ-ダ達の中に見られます。

ところで、このおめでたい(?)日本シックがいなければ、アボジのこれまでの国内外の摂理は皆無に等しいほど展開できなかったことでしょう。

日本の伝道が失敗して韓国だけでしたら、何が出来たのでしょうか。韓国にあるほとんどの企業、土地、その他の不動産、学校、新聞社、教会、その他諸々は日本シックの献金でできた物ばかりです。

時々感謝の言葉は聞くことはありますが、圧倒的に韓国に対する償い意識を植え付けて、自己破産しようが、自殺者が出ようがお構いなしの献金ノルマを課して来る収税人、両班的搾取です。

アメリカにおける資産のほとんども日本からの献金です。裏を返せば、日本シックがいなければ何も出来なかったということです。

TMの時代になると、その器から世界的摂理を展開する発想は生まれてきませんので、その違いは皮肉なほどに明確になってきています。

その一つの理由は、アボジ時代に、購入した赤字の企業の整理はしたものの、日本の献金なくしては運営できない事業体の整理や作り過ぎた箱物の維持費に追われて、国家復帰や世界復帰の新たな摂理を考えるどころではなくなって来ていることです。

そのくせ、韓氏族を讃える記念館を建てようとしているという。
非常に韓国人的で、自分の栄光にこだわった王朝的メンタリテイを感じさせます。

そして、日本人がいなければ何も出来ない韓国人の姿が益々露になってきています。

結局、極論すれば、彼らが出来ることと言ったら、両班的手法で、日本人を献金の名の下に搾取することだけです、と言っても過言ではないでしょう。

絶対服従という言葉が本来の意味を失って、一人歩きすると、脅し、弱い者虐め、威張り、傲慢が教会のカイン・アベルの関係で展開されてくるのです。

その典型的例が元青葉台教会の教会長の言動なのです。これは、彼が正直に本音を露にしただけで総じて彼らの本音を代表していると言えるでしょう。クワバラ、クワバラ・・・、



韓国人的で、自分の栄光にこだわった王朝的メンタリテイを乗り越えて、真の万民一家族世界を目指していきたいなと思われた方はクリックお願いします。
↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 家庭連合(統一教会)へ
にほんブログ村
日本ブログ村ランキングを見る!

ここまで落ちたか家庭連合(徳野会長の話など)

8月11日に国家メシアのレダ開発20年(?)記念集会とやらに参加しました。

あちこちから出席するように電話がかかって来たので出席してみたら、記念礼拝があって、徳野氏の記念説教とやらがありましたが、その記念礼拝の中で、なぜ、家庭連合がTMを中心にして運行しているのかについてのお話がありました。

アボジによれば、文家の子女たちはアボジのDNAを受け継いでいて、どの子女も独自の主張を譲らないという。

したがって、全員が一つになって運行するのは極めて困難であるという。それゆえ、家庭連合はTMを中心に運行していくのだ、と言う。

これでは、まるで政治的判断で、便宜上、TMを中心に家庭連合の運営をしている、とでも言っているようである。

問題はただ組織の言う通りに従うことが出来るアイヒマンのようなyes manなら、それでも良いでしょうが、アボジの公式のみ言に沿って生きている信徒にとっては、受け入れがたいことでしょう。

例えば:

「アボジと息子が一つになれば、オモニムはいなくてもかまいません。オモニは何処からでもつれて来ることが出来るのです。そのようになっているのです。そのため、継母制度と同じです。継母の息子も相続圏に入るのです。分りますか?」
(み言葉選集311巻p291、1999/9/13)

「国家時代を超えて、アボジを中心に連結された時、オモニではありません。これで一つになるとオモニは長子に任せるので父子時代になるのです。父子協助時代に入るのです。父子協助時代になると、ここで全てで終わるのです。」
(み言葉選集314巻、p229、2000/1/5)

このような歴然としたみ言葉がいたるところにありますので、政治的便宜主義では治め切れず、分裂が生じるのは自然の道理と言うことになるのです。


更に話は進んで:

彼の 高校時代の同窓会の証しがありました。UCの会長であることの自己紹介をしたら、 担任の先生も同窓会の人たちも何か腫れ物に触るように、”道を踏み外した奴” と言うような雰囲気になってしまったという。

食事の時間が来て、談話が始まったら、一人の同窓生がそばにやって来て、UCは今でも合同結婚式をやっているのかを尋ねてきたので、結婚相手を探しているのが分ったという。

なにやら、妻子に逃げられてとても寂しいから、妻になる人を世話してくれと言う。それゆえ、身分を証して良かった。お陰で、捨てる神もあるが拾う神があるので伝道の希望だという。

聖なる祝福を極めて世俗的な結婚相談の次元まで落として、天的価値を棚上げしてなりふり構わず、伝道の手段として使うのはいかなるものであろうか。

お陰で、3万双の時の韓国における伝道を思い出しました。韓国のUCの教会長達がUCに入ったら、日本から持参金つきで大学卒の女を嫁にもらえるぞ!という宣伝文句で嫁の来てがない田舎周りをした話は有名です。

有田はこれをテレビで人身売買的とまで言っていた。我々の時代は人生の目的、人間とは何か、人は何処から来て何処へ行くのか、宇宙と人生の根本真理などがうたい文句でしたが、今では、馬の鼻先に人参を垂らすように、妻子に逃げられ男の鼻先にゆわいる良い女をぶら下げて、伝道をしなければならなくなたようです。

韓国では女欲しさに修錬会に出ますが、貰ってしまえばこっちの物と言うことで、UCには係わりを持たないようになる人が多いという。それは日本でも同じことでしょう。

国家メシア団もUCからのレダ献金ほしさにUC本部にすりより、松涛本部で、徳野氏を招いて、この不思議なメッセ-ジを 受ける始末です。背に腹は変えられない経済的事情があるのでしょう。

クワバラ、クワバラ・・・



何か少し残念な話だな、徳野さんもっとしっかりしてよ、と思われた方はクリックお願いします。
↓↓↓↓↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 家庭連合(統一教会)へ
にほんブログ村
日本ブログ村ランキングを見る!

キリスト教の受容と統一教会の現実(UCが世界に受け入れられる為には)

宗教社会学では「受容」という専門用語が使われていますが、例を挙げて説明しますと 、ヘブライズムのキリスト教はギリシャ・ロ-マのヘレニズムを受け入れることによってその社会に受け入れられていったのです。

アウグスチヌスは当時流行していたネオプラトニズムを使って、それを枠組みにしてキリスト教の神学を構築していったのです。そうすることによって、ロ-マ社会と文化に受け入れられていったのです。

聖書の中にも、ロ-マの執権、ピラトに大変気を使ってイエスを十字架につけた責任をロ-マの側、すなわち、時の権力になるべくしないようにして、ユダヤ人のせいにしています。すなわち、時の権力ににらまれないようにしているのです(定番になっている学門的見解です)。

これはイエスが死んでから60年から100年にかけて聖書が書かれて行きましたので、その当時の社会情勢が色濃く反映しています。

原理本体論は講論から半世紀も経ってから書かれた代物ですから、今の韓国の反日社会情勢を反映するはずです。学問的には何処の宗教もそのようなものでしょう。

また、 強制従軍慰安婦論問題をオモニムに判断させるのも酷な問題です。これは学者の仕事であって、客観的、学問的調査を聴き取りで歩き回り、歴史的文献を集めて読みあさり・・・、そんなことをオモニムにやらせるわけにはいかないでしょう。

学者たちはアボニムもオモニムもある意味では韓国文化の所産と見ています。特に言葉はその国の文化を反映します。

メシヤといえども神性と人性の両面を持った存在ですから、神性面は普遍的ですが人性面はその国の文化、社会、歴史的な背景を抜きにしては語れないでしょう。

したがって、メシヤのUCの韓国的な側面という観点から研究すると韓国文化がたくさん出てくると思います。例えば式典のお供え物はヤン先生に言わせれば、そのほとんどが儒教の式典に酷似していると言います。

私が神学校で、学問的に権威ある宗教辞典で統一教会を調べてみると、嫌な事が堂々と書かれていました。

その特色の一つとして、上層部と下層部の経済的格差を取り上げています。これは韓国のヤンバン文化の反映と見なされているのです。

私の長男の嫁は韓国人ですが、大変親孝行です。シムチョンという物語は盲目の親の為に娘が漁師に身を売って、嵐の海の中に飛び込むお話しです。

残念ながら、私には50%は感動しますが、後の50%が感動しないのです。その逆でもあれば100%感動します。

ゆがんだ儒教思想でしょうか?子供は親の為に犠牲になるのは当然と言っているように感じるのです。

ある韓国の国家メシヤが任地国に入れないので、マイアミに拠点を構えていますが、自分たちの家庭は一段高いところで、椅子とテ-ブルで食事をし、日本の宣教師たちは土間(?)のようなところに新聞紙を敷いて座らせ、ファストフ-ドのような物を食べさせて、当たり前のよな顔をしている様子に大変激怒した食口の報告を聞きました。

これは親の立場にある幹部に子供の立場にある平信徒が犠牲になるのは当然という韓国の儒教思想から来ている出来事に見えます。

すると、どうでしょうか、日本の信徒を借金地獄しながら自分たちはその上にあぐらをかくということを平気できる事になります。

抗議をするよな信徒が出てきたら強制従軍慰安婦論で、自虐史観を植えつけるのです。これが彼らの日本UCに対する統治の仕方だと思います。

ただし、亨進様や顕進様のようなアメリカの民主主義の中で生まれ育った二世達の時代になると、世代をかけて変わっていくのでしょう。したがって、宗教学者たちは世代を通してこの宗教団体の行く末を見ようとしています。




UCの世界化にとって、なかなか興味深い話だったな、と思われた方はクリックお願いします。
↓↓↓↓↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 家庭連合(統一教会)へ
にほんブログ村
日本ブログ村ランキングを見る!

韓国至上主義の階級社会とは全く違う万民一家族の世界(我々が本当に目指すべきもの)

「笑う以外に方法が無い」といういう意味は、あまりにも 次元が低い話なので、あきれ果てて、ものも言えなくなり、苦笑いしている状態です。 (何に対して笑うのかわからない人は、1つ前の投稿「お笑い」をお読みください。)

お笑い(韓国人の不可思議な行動)を見る

それゆえに、私個人としては、そのような教会の主管を避けるために、1993年には教会長を辞任して、還故郷し、氏族メシヤ教会の勝利に向かって歩んでいます。

その内容は、韓国至上主義の階級社会とは全く違う万民一家族の世界です。

市民運動としては、ハレルヤコ-ラス愛唱会を立ち上げ、クリスマスコンサートを目指して月に二回ほど練習しています。歌の内容は「バンザイ、バンザイ、キリストが王の王、主の主としてやって来た。お陰で、神の御支配が天地に永遠に及ぶ!ハレルヤ(バンザイ)、ハレルヤ(バンザイ)」です。これをみんなで歌うと、聖霊が皆さんに相対して降りてきます。

小2の子供から83才の老人まで参加していますので、観客は我々のことを"ハレルヤファミリー"だ!と言って喜んでくれます。これは聖霊に満たされた一つの宗教団体みたいです。

コンサ-トが終わった後で、「聴衆の皆さんも参加しませんですか」というと、私も、私もと言ってハレルヤフアミリーに入ってきます。

神学的には旧約時代には父なる神が働き、新約時代には子なるイエスが働き、成約時代には再臨を通して聖霊が働くのだ、といいながら伝道しています。

その中にはクリスチャン、創価学会、左翼、右翼もいますがみんな一緒になって歌っています。

したがって、これもまた一つの天国なのです。スポ-ツもそうですが芸術は宗教、性別、年齢、民族イデオロギ-も超えることが出来ます。

芸術とは国語辞典によれば、「美を表現する手段」だという。それでは最も美しいものは何でしょうか? それは神です。それゆえ、多くの芸術家は神を表現する為に生涯を掛けてきました。特に、クラシックと呼ばれている分野はそれです。

それゆえ、私はここに目をつけて神を表現しようとしているのです。UCには希望がないという人たちがいます。なぜかと聞いたら、韓国が第一という序列が引かれていて、日本人や他の国々の兄弟がいくら頑張っても上には上がれないからだ、という。

しかし、オリンピックや芸術は国に関係なく、一位は一位、二位は二位というようにとても平等であり、フエア-だというのです。それゆえ、そのような神の国を願うというのです。私は、そのような神の国を築こうとして邁進しています。

日韓の一体化の問題におきましては。数年前に、新大久保で一人の日本人を助けようとしてある日本人と韓国学生が線路に跳び降りて、電車に轢かれて死んでしまいました。

この日韓の尊い精神を風化させてはいけないということで、定期的にイベントを開いてチャリティ活動をしている人たちがいます。

私共のハレルヤファミリーに声がかかり「千の風」を歌うことになりました。そして、大事なことはここに韓国が第一位という序列が無いことです。

私が体験した神の愛の世界には序列がありませんでした。そんな世界を各祝福家庭が氏族メシヤ教会を築き、連合して、連合体の協会をつくりましょう。

そうすると、今の天使長的な教会は要らなくなり、祝福家庭連合体が主流になって行くことと思います。アボニムもオモニムもそれを願っていると思います。それが平和連合家庭協会では無いでしょうか。




階級組織ではなく、世界の祝福家庭の連合体が主流になっていったらいいなと思われた方はクリックお願いします。
↓↓↓↓↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 家庭連合(統一教会)へ
にほんブログ村
日本ブログ村ランキングを見る!

お笑い(韓国人の不可思議な行動)

(お笑い1)
数年前、宣教団解団式に伴い、韓国の国家メシヤである分捧王たちもにも解団式となった。

そこで、40ケ国に選ばれなかったある国の分捧王がアメリカから解団式の前に日本に飛んで来て、自分の任地国の宣教師たちを集めて、宣教団解団式は悪霊の集会だから解団式に出席しないように説得して廻って歩いたと言う。

お母様が決められた解団式を悪者扱いして出席しないように勧めるとはさすが韓国人である。幸いその国の宣教師たちは無事に出席していたようなので、日本の国家メシヤもほっとしたようである。

それではどうして分捧王たちは韓国に帰るように指示されたのであろうか。

公式的説明では、お母様は韓国、日本、アメリカの三ヶ国に伝道を集中する為、特に氏族伝道のために、呼び戻すようにしたという。

しかしながら、スタッフによる非公式の説明では分捧王たちは任地国や近くの先進国に渡り、そこに居座って日本の宣教師たちに宣教という口実ではあるが実際は自分たちのぜいたくな生活のために送金を要求するようになってしまったからだという。


(お笑い2)
数年前に、パラグアイの大統領一行が日本の国家メシヤが理想郷を目指して開拓しているレダに視察にやって来ました。

決して普段は来ない韓国のリ-ダたちも来たという。その中に韓国の女性が二人ほど来ていたが、みんな人手不足で準備しているのに何の手伝いもしなかったという。

しかし、大統領と写真を撮る段階になると真ん中に席を取って写ろうとしていたという。

そして、普段は来ない韓国のリ-ダ達はさっそく、その写真を持ってお母様のところに行き、自分たちの実績として報告したと言う。

おかげで、お母様は説教の場で韓国の食口たちにその吉報をいち早く知らせることが出来たと言う。

英語にはGod works through a mysterious way.(神は時には不思議な方法で働く)という諺がある。しかし、結果がよければ何でも良いでは信仰生活の手本にはならないでしょうという国家メシヤもいる。


(お笑い3)
八冊のみ言葉選集の中には光言社出版でない本もありましたのでどうしてか聞いてみたら、前の前の総会長がリベイトを自分の物にするためにワザワザ韓国の出版社に出版させたという。

次の総会長は全国を巡回して巡回料金を稼いでいたという。みんなあきれで笑っている。それゆえ、今度の総会長には期待するものが大きいという。


これはあきれて笑う以外に方法がないのですよ。

このことは、ヌンチという文化を聞いてから理解できる面も出てきました。例えば、アボジが日本にいる韓国のリ-ダに100%やれ!と命令して、日本の食口が文字通り100%やった場合、韓国のリ-ダたちはこれはやりすぎだ、と解釈するのです。

なぜなら50-60%やれば上出来だ、と考えるからです。すると、60%はアボジにあげて、後の40%は自分たちの実績だ、と見なすというのです。

そして、これをみんな(彼ら)で 分けるという。そこには何の良心の呵責もないと言うのです。海外宣教も同じような感覚でやっていたのでしょうが、オモニムの観点からはそれでは通用しなくなってしまったと言うことです。

すなわち、100%投入しないと天の伝統は立たないと見なしたのでしょう。ここに、従来の韓国の文化、伝統を超えた天の伝統に立って、オモニムが英断したところに希望があります。

それゆえ、今となってはお笑い話になるのです。



韓国人の振る舞いには、あきれ果てて、笑い過ぎて腹が痛いと思われた方はクリックお願いします。
↓↓↓↓↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 家庭連合(統一教会)へ
にほんブログ村
日本ブログ村ランキングを見る!

ヌンチの文化(日本人の知らない韓国文化の一面)

基元節の時に韓国へ行ってまいりましたが、宿泊の相部屋にある教会の教会長がいまして、日本のUCが破綻寸前まで来ていることを話しながら大変心配していました。

どうやらその元凶は「ヌンチ」にあるそうです。

具体的な例を挙げますと、韓国に留学した日本人学生がゼミで小論文を発表するに際して、先生からその資料を全部コピ-してゼミ参加の学生に配るように言われて、その通りにしたら、先生も学生も驚いたと言う。

「ヌンチ」とは先生が100%やって来いと言うのであるが、頑張った結果、50%出来れば良しとする文化であると言う。ところが、日本の学生がすべての資料を大変苦労してコピ-を取り、しかも全員の学生に行き渡るように配ったので、みんな驚いたと言う。

しかし、それは感心しているが同時に「こいつバカでないか」とも思っているという。この学生はそのような韓国文化を分るのに随分時間が掛かったという。

このことは、アボジのノルマについてもいえることであって、総会長を通して、更には韓国の地区長などを通してノルマの額が課せられる時に、これらの韓国のリーダーたちは各教会が100%を達成するとは初めから思っていないという。

なのに達成すると、期待していた以上にやった分は自分たちの指導のせいでやったのだからその分は自分たちがもらって当然だ、と考えると言う。

そのお金で、家を建てたり、高級車を購入したとしてもなんの良心の呵責も感じないので、日本の信徒から見ると公金横領に見えるのである。

問題なのはこのようなバカ正直な日本人を見ると、益々出させるコツを覚えて、もっと絞れば出るのではないかとすら言い出すという。それゆえ、このような状態を続けると時間の問題で教会の経済は破綻すると言うのです。

かって、アボジは国家メシヤに「パラグアイ川には2000種以上の魚がいるのだよ・・・」と言われ、だから魚を捕るように指示を出していましたが、専門家が調べたら、200種ぐらいだったと言う。このように輪をかけて話す手法は「ヌンチ」文化の一種と見てよいでしょう。

従って、従軍慰安婦16万人の蕩減ノルマも文字通り受け止めると、事実に反するという議論になり喧々諤々になりますが、「ヌンチ」の文化から解釈しますと、ソウル大学のイ ヨンフン教授(大韓民国の物語p163)の言われるただの慰安婦1400人は妥当な見解と言えるでしょう。

ちなみに、摂理を推進するために、我々も何かある目標を達成してもらいたい時は程度の差はありますが、輪を掛けて発破を掛けることがあります。

この世でもスポ-ツ界では優勝して来いとか、メタルを取って来いとか・・・、発破を掛けています。




なかなか面白い話だなと思った方はクリックお願いします。
↓↓↓↓↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 家庭連合(統一教会)へ
にほんブログ村
日本ブログ村ランキングを見る
Profile

師観

Author:師観
ようこそ、師観のブログへ!

Latest journals
Latest comments
Latest trackbacks
Monthly archive
Category
フリーエリア
カウンター
Search form
Display RSS link.
Link
Friend request form

Want to be friends with this user.

QR code
QR