理想と現実(韓国の先生方のヤンバン的な振る舞いの数々)



随分前の話ですが、1800双の兄弟が世界の120ケ国へアメリカ、ドイツの食口と共に3人一組で宣教師として、派遣された。数年立って、古参の韓国先輩食口が派遣されて、各大陸を主管するようになります。

しかしながら、これらの先輩家庭の方々は世界に出た経験も無く、従って、宣教に勝利した方々でもない。また、英語が話せる訳でもなく、派遣された国々の公用語(フランス語やスペイン語)を話せる訳でもない。

一番大きな問題は宣教国の政治的、社会的、歴史的、文化的、宗教的背景が分らないことである。

話が飛びますが、南米を中心とした4200名の女性宣教師派遣の摂理の時に、せっかく、世界平和女性連合で、回教圏で受け入れられ、かなりの成功をしていたが、韓国の先生がやって来て、これからは原理を直接伝える時代だ、と言って、伝道を始めたとたん、追放され、せっかく築いた基盤が全部失ってしまう有様である。

関連した話しになりますが、これらの先生方は、それでいて、危機に対しては敏感である。自分は一番安全なホテルに陣を敷き、そこから、指令を発するのである。危ないとなったら、サット誰よりも早く任地国から逃げ出すのである。残された宣教師達は投獄され、私も投獄された。なんだかセウル号の船長に似ていますね。

監獄の話しになりますが、囚人が寝ている反対側には溝があり、そこで、小便をするのであるが、監獄の中は悪臭で充満している。しかし、私はこの体験を貴重に思い、神にとても感謝しましたので、とても大きな恵でした。

話しは戻りますが、120ケ国の中には宣教に勝利し、素晴らしい発展をしている国もある。すると、韓国の先生と言われている方はその国を欲しくなって、TMにここの国の日本人宣教師は全体を統率する政治力が無いなどと報告して、自分が取って代わろうとする。そのような会話を本人の前でやったのだが、彼は韓国語が分る宣教師なので、大変心に傷を受けたと言う。

また、宣教師の中にはビジネスに成功した食口もいる。すると、韓国の先生方は成功しているビジネスを全部取り上げてしまうという。従って、取られない為には、常に赤字にしておかねばならないと言う。

これはアメリカでも同じことが起こり、それをやられた日本のKさんは大変傷ついている。日本でも同じことが起こり、摂理ビジネスのような利益の出ないものには一切手を出さず、利益がでる天地正教と世一観光を主管して、あぐらをかいていた方もいた。

それゆえ、これらの辛苦を体験し、見てきた者たちは、異口同音に、つらく、厳しい仕事は下々の者にやらせて、成功したら、組織の上の者がやって来て、それを主管したり、取り上げたりする文化構造はどう見てもヤンバン文化の伝統であり、精神性に見えるというのです。そして、このやり方は果たして神が目指している神の国、あるいは天一国の文化なのかという疑問を投げかけるのです。

更に、厄介な問題はそのような苦い経験をした彼らは全員ではないがアボジはどうして、ただ、韓国人だと言うだけで、海外宣教の経験も無く、勝利したことのない方々を主管者として派遣して来るのかというのです。神学的に説明してみろと言うのです。

私の答えは、簡単で、X-横軸(学問的客観論理)とY-縦軸(信仰の論理) から論述するだけです。宗教社会学の観点から見れば、メシヤといえどもその神性はともかくとして人性はヤンバン文化の伝統を持つ韓国文化の中で生まれ、育ちましたので、その産物としての側面は否定できないことでしょう。

信仰の論理によれば、初期の時代から自分と共に苦労をして来た、韓国の先輩の食口の方々を世界に出して、教育し、世界の指導者にさせて上げたいという配慮があったのでしょう。





それにしても、この韓国の先生方の振る舞いは何とかしてほしい。韓国的ヤンバン文化から抜け出して、自らを犠牲にしても世界の為に生きる真の愛を実践できる教会幹部になってほしいなと思われた方はクリックお願いします。
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憂韓論(韓国と韓国教会の現実を憂う)

「嫌韓」はともかくとして、「憂韓」は食口なら誰もが感じていることでしょう。私もその一人です。

その理由は、せっかく、メシヤが韓国を天の側のアダム国家として立てたのですから、この国がその天的使命を全うすることを願うのは当然のことと思うからです。

摂理的にはアダム国家韓国とエバ国家日本が一体化しなければならないはずだのに、韓国の現政権が反日を掲げて、サタン側のエバ国家中国に擦り寄るのですから、これは堕落に限りなく向かっていることになります。

それゆえ、UC信徒なら、誰もが韓国の将来を憂うでしょう。天から見放され、天運を失うからです。

事実、韓国の経済にも陰りが出始め、「セウォル号」沈没事故という大惨事が起こり、更には、列車事故が続いて起こりました。これは天の警告として受け取るべきでしょう。

かって、顕進様が第四アダム(?)とか呼ばれていた時代に、韓国の食口に向かって、「あなた方、韓国人は日本に来て、何を指導しょうというのですか。韓国ではすべて失敗して来た人々ではないですか。それどころか、韓国そのものが失敗した国では無いですか。その失敗した韓国のパラダイムをもって、韓国人と言うだけで、どうして世界を指導できるというのですか。その内容の無い権威主義がいけないのです。もっと謙虚になりなさい。そうしないと、誰もついてこないでしょう。」と言われたことを思い出します。

それでは、韓国はどのような内容が無いと言うのでしようか。一言で言えば、「為に生きる精神の欠如」と言えるでしょう。少し古い話ですが、セウル号について考えてみると:

1.船長以下、ほとんどのクル-が乗客の命よりも自分達の命を優先して逃げ出してしまう、という有様です。

2.さらに、「セウォル号」は、最大積載量の3倍を積んで船が復元力を失っていたことが転覆の原因だと言う。すなわち、安全よりも、利潤を優先した結果が引き起こした惨事だという。

3.「セウォル号」は数名の人間の欲望によって不法な「改良」をされ、それを検査する官僚がろくに審査もせず、許可してしまったいう(マニュアルの不徹底)。恐らく、賄賂を通して官僚と業界が癒着している社会的、文化的構造がそれを許しているのでしょう。

4.それゆえ、官僚の腐敗の糾弾は韓国政府とその長である大統領にまで及んでいる。すなわち、その原因と責任が国全体に及んでいるのです。

そこで、その一例として、こんな記事を紹介しましょう。

春の冷たい雨が打ちつける韓国で、空港から乗ったタクシーの運転手さんが、ぽつりとつぶやいた。

修学旅行に向かう高校生らの多くが犠牲になった旅客船沈没事故。政府や船会社のずさんな対応を伝えるラジオを聞きながら、彼が発した言葉はさらに重かった。

「大統領にも船長にも責任はある。でも一番悪いのは私だ。何の罪もない若い命を一瞬で奪う、こんな社会を作った私たち大人が一番悪い。」という。

とろで、ローマ法王は韓国民に異例のメッセ-ジを送られた。「韓国国民が、この惨事を教訓をして倫理的、霊的に生まれ変わるように」というのです。

正しく、これを天の声として受け止める人々は少なくは無いでしょう。

ところで、この問題は、韓国のUCとその信徒、そして、韓国人が指導する世界の教会は例外で、該当しないのでしょうか。

宗教社会学の観点から見れば、韓国のUCの信徒達もこのような韓国文化と社会構造の産物と見なされるのです。事実、献金の中抜きが普通に行われ、前総会長が日本UCから密かに集めたお金で、30億のビルを韓国に建てるとか、劉総会長の時代にも、韓国の自分の出版社で安くみ言葉を出版し、日本の信徒に販売して、そのリベイトを得るとか、200億円が清平から消え、金孝南氏の夫名義の破綻寸前の民間企業に秘密裏につぎ込まれた話しなど、など枚挙に暇がありません。

それゆえ、現在、船会社の社長が、キリスト系異端の教祖であったということに対するある人の「 同沈没事件は我々の状況とかなり相似的な事象と認識するようになりました。即ちUCに内在する種々の課題が社会的に多面的に発露した結果かと。「明日は我が身」です。」というコメントは決して他人ごとでには思われないでしょう。

ところで、ロ-マ法王のメッセ-ジを受けたクリスチャンの多くは325名の高校生の死が韓国が霊的に生まれかるための供え物のように思えたという。

すなわち、彼らの顔がイエスの顔に変わったという。そして、神ご自身が十字架に付かれたと言うのである。

そして、私もUC信徒としてだけでなく、カトリックで洗礼を受け、修道士を目指した者として、彼らの悲惨な犠牲の姿のなかに神ご自身の姿を見るのです。マザ-テレサもまた道端で倒れ、悪臭を放っている老人の中に神の姿を見たという。

残念なことは、嫌韓のあまり、この罪の無い犠牲者達を何とも思わなかったり、当然の報いのように思う人たちがいることです。

嫌韓の感情に主管され、事態の背後に神の心情を感じることが出来ず、創造本然の人格まで失ったら元も子もありません。

献金ノルマに主管され、教条的な状態になり、信徒達のすべての財産まで取り上げ、借金漬けにして、路頭に放り出して、その結果、信徒を不幸にして、天のためには当然だとか、止むを得ないといっている人たちの中に神を見るのは難しい。逆に、そのような犠牲になっている信徒の中に神の悲しみを見ます。




セウル号の犠牲者や、謝金地獄で苦しんでいる信徒たちの背後に、神様の心情を感じることができるような、我々UC信徒になっていきたいなと思われた方はクリックお願いします。
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UCの実態と未来への希望(エクレシアとコイネー)

キリスト教の信者たちは「ユダヤ教徒はとても愚かである。なぜなら、彼らはキリスト教の2000年の歴史を見ていながら、今なお、イエスがキリストであることを信じることが出来ずにいるからである」。

これに対して、ユダヤ教徒は「キリスト教徒はたちは盲目である。なぜなら、このように罪に満ちた世界に住んでいながら、イエスが十字架で死ぬことによって、彼のメシヤとしての使命を果たしたと信じているからである。イエスの目的は、地上に神の国をもたらすことであった。その神の国はどこにあるというのか」と言う。

この話しを聞いた二世の神学生たちはお互いに、「あなた方、統一教徒は、”愚かで、盲目である”、なぜなら、再臨主が来ることによって、地上に神の国がもたらされると説かれているが、実態は韓国至上主義に基づいた李王朝の再現を思わせる絶対君主制での借金地獄と自己破産社会であるからである」といって、苦笑したと言う。

さらに、UC以外の神学生からは「実(カルト的行為)を見れば木(その教え)が分る」とも言われたと言う。



原理によれば、イエス以外はいかなる聖人と言えども、原罪があるので、長成期完成級止まりで個性完成を成し遂げた者はいなかったという。

それでは、真の子女様の家庭も含めて、どこの祝福家庭が完成したのかと彼らは問う。

ここに、UCの教義が説いていることが実態として成就しなかったので、人格完成、家庭完成、神の国の神話は崩壊したと言う。


キリスト教の歴史において縦組織の教会(エクレシヤ)が崩壊した時、信徒達が「二人が心を一つにして祈る時に神が働く」という聖句を信じ、兄弟(信徒)の交わり(コイネ-)の中に神が働き、臨在することを実感して新たな信徒集団を形成していった事実がある。ピュリタ-ンはその典型的な例である。彼らはアメリカの建国の礎になったと言う。

UCの信徒が神の導きで結束する時に第二・第三のピュリタ-ンが生まれることでしょう。また、私達が夢を捨てない限り、たとえ古い神話が崩れても新しい神話が生まれ、二世・三世へと受け継がれていくことでしょう。

なぜなら、神が夢を捨てない限り、神とともに歩む者たちが必ず現れ、その実現に向かって歩むからである。時々、神の夢と無限にゼロに近づくという双曲線が重なる時がある。




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真の信仰者とは(私の祖母の話)

私の祖母は、明治元年生まれで、全く無学なドン百姓の方でしたが、優れた霊性・霊感の持ち主で、霊界や神と霊通する人でした。

ちょっとした霊能者でもありました。当時、北海道に一攫千金の夢を抱いて多くの人々がやって来ましたが、失敗して本州に帰って行くのですが、子供を育てられず、捨てて行くのです。

捨て子を50人ほど預かり、自分の子供と同様に平等に育てていました。裸一貫で、北海道に渡り、一心助けみたいな格好をした魚屋をしながら、他人の子供も育てるのです。

勿論、空海や最澄、日蓮、神道、儒教などは学んだことは無いのですが、人徳のある人でした。神に対する信仰はすごいものでした。

とても貧しいのにも拘らず。捨て子50人も預かるのです。神が必ず導いてくれるという強い信仰があったので、やり遂げたのです。

人間には内面から湧き上がる知恵と外から学んでくる知識とがあります。知識には限りがありますが、知恵には限りがなく、汲めども汲めども内から湧き上がって来るのです。それはまさしくみ言葉でした。

それゆえ、お弟子さんたちが集まって来て、その中にはそこそこの学者もいて、その言葉を書き取り、本にしてくれました。これが教祖と学者の違いなのです。

仏教ではそのような知恵を般若の知恵と言います。真の信仰者とは、神の前に自己否定して無になりきった時に、神が相対してくれて、神自らがその人を通して語りだすのです。そしてこれこそが立派な信仰者なのです。




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献金問題とUCの将来(UCの残念な現実)

1.久しぶりに古参の勝共闘志たちに出会いましたが、その中で献金の行方について詳しい方がいて話してくれた。1968年だったであろうか、アボジが韓国の幹部達を引き連れて、日本にやって来た。

名古屋のある壮年が5000万ほど教会の祭壇にアボジへの献金を置き、トイレに行って、帰ってくると2000万円無くなっていたという。それで、そこにいた36家庭の幹部に聞いたら、献金はいったん捧げた物ですから、それがどうのように使われようといいではないですか、と言ったという。当時の5000万円は今の5億に値すると言う。



2.アメリカのイ-ストガ-デンに毎月借金してまで200億円の献金を持っていかねばならない時代があった。そこにおける御前会議は名ばかりで、実際は各事業を担当している韓国人の先生方がやって来て、取り合うようにして持っていってしまったという。

その内、中抜きがあり、実際にはどれくらいが事業に当てあわれていたのが誰も分らないという。なぜなら、献金の決算報告は無いからである。

顕進様が全米の経済の責任者に任命された時代に、全米で各ビジネスに責任をもっている責任者を集めて会議を開いたと言う。

すると、黒字だったのは日本人が責任を持っていたTrue Worldと顕進様、自らがが経営している会社だけであったという。

残りの韓国の先生方が責任を持っているどのビジネスも赤字であったので、その原因を追究したら、全員、アボジの言う通りにやった結果だから、自分達には責任はないと言い張ったという。

すると、顕進様は「あなた方は自分の失敗をお父様のせいにするのか!」と、烈火の如く怒り出したという。

小生が思うには、「親方、日の丸」と言われるように、いざとなったら、日本の献金で補填しようという献金体制が韓国の先生方の甘えを助長し、かえって駄目にしてしまったのではないかと思います。

さらに悪いことは、自分達のpoor management(経営無能)を「日本がもっと献金しなかったからだ!」と日本のUCに責任転嫁する言動です。



3. そのような文化の中で、以前の総会長が献金の中抜きをして、30億円のビルを建てることは何の良心の呵責も無いと言う。

この話しを韓国の食口にしたら、幹部が献金の中抜きをするのは韓国のUCではよくあることだと言う。今はどうなのかは知りませんが当時は韓国のUC幹部達も献身者でしたので、給料が無かったと言う。それゆえ、献金の中抜きは暗黙の了解であったという。

何やら、このような文化はヤンバン制度の中にすでにあって、彼らは給料をもらっていない代わりに、支配している庶民からお金を巻き上げていたと言う。問題は日本の教会の「長」の付く者たちまでが韓国人の幹部達の真似をしている人が出てきているという。



4. ある霊的な古参の食口がアボジの夢を見たそうだが、アボジは信じていた統一教会が今ではサタンの巣窟になってしまっていると嘆いていたという。

この話しを聞いた小生においては、ただの夢ではなく、とてもありそうな話しに聞こえました。



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みことばとは何か(その2)

み言葉とは「神の言葉」、あるいは「神が語った言葉」ということになるようですが実際には人間を通して語るので、聖書の時代はヘブライ語であったり、アラム語であったり、ギリシャ語であったりします。

再臨の時代はメシヤが韓国語を語るので韓国語になります。

更に、これが各国の国語に翻訳されると、各国の言葉と言うことになります。

要するに、「神語」などというものは存在しません。そこで、問題になるのは、神が人間を通して語った場合、果たして、それが神が本当に語っているのかそれとも、神の名で本人が勝手に語っているのかということです。

かって36家庭のキムオンピル先生がみ言葉をアメリカ人に語る時に、日本人を使うのです。

そこで、韓国人で英語を話せる信徒を通訳者に使った方がもっと良い通訳が出来るのではないでしょうかと提案したら、あなた方は韓国人を知らない、と言うのです。通訳ではなくて自分の説教を始めると言うのです。

これを神様と人間の関係に置き換えてみますと、人によっては、人間が勝手に自分の思想や考えを語りだすということになります。

それでは、アボジが竹島や対馬や九州までも韓国の領土だと言ったとしたら、神がアボジに乗り移って語ったのかそれとも、その時の勢いで、アボジが勝手に語ったのかという問題が出てきます。

当然ながら、アボジの知識も限られていますから、その範囲しか語れないことになります。

更に、誰かが間違えた情報をアボジに伝えたらアボジといえども間違えた情報を語ることになります。

しかしながら、アボジを神の実体だと信じている信徒にとっては
アボジの語る言葉がすべて神の言葉になってしまうのです。

ある韓国の新聞にTFとTMの会話が掲載されているので、その日本語訳を引用しますと:

TM:「世界宣教本部会長の言葉だけ聞け」と言う言葉は書きませんか?それがアボジのみ言葉じゃないですか?すべての宣教国は、すべての統一百姓は世界宣教本部の公文指示事項だけ認定しなさいということにサインするのはいやですか?・・・」

TF:そのようにするの、全部みなここに入っている。

TM:だから宣教本部から出る公文だけを百姓は信じなさいと。

TF:何故何度もそうしろというんだ?なんで?

TM:その一言が重要だと思うからです。宣教本部を認めようとしないから。それをちょっと助けてあげて下さいということです。

TF:ああ、認定が何だと言うんだ、亨進が本部にここにみんな文亨進がなのに。ホホ-ツ。

TM:それでも今現実が、ああ、全くもう。

以上の会話から神が直接TFとTMの口を通して語っているとは思えません。神が一方では「ああ、認定が何だと言うんだ」と言ったり、他方では「ああ、全くもう。」などというのでしょうか。これは明らかに、人間同士の言葉です。

二世の中にはTMの「統一百姓」という言葉使いに違和感を覚えている人たちは決して少なくはありません。

これはTMのヤンバンmentalityから来ているのではないかという人もいます。もしそうだとしたら神様とは随分違うお方と言うことになります。

旧約聖書の預言者たちの中には「聞け、イスラエル、神は言われる・・・」と言うようにまるで神の言葉を直接預かり、述べ伝えている者もいます。それゆえ、逐語霊感説を唱える神学者が出てくるのも無理からぬことです。

これに対して、み言葉と言うものは「人が神の霊によってinspire(鼓舞)されて語ったもの」というのが定番です。

この定義でしたら、み言葉を語る人々の個性や文化的背景に応じた多様性があってもOKということになります。

したがって、クリスチャン出身の説教のみ言葉は聖書の引用が多くなるでしょうし、立正佼成会から来た人の説教のみ言葉は仏法が引用されるでしょうし、勝共活動家の説教は政治的な内容になってくることでしょう。

当然、アボジとオモニの宗教体験は違いますから多様性があっていい訳です。

原理によると、良心の主体は神であると言うのですから、主体なる神が良心を通して語った時は、み言葉になることでしょう。

それゆえ、み言葉とはアボジとオモニの言葉だけがみ言葉ではなく、万人の中にあると言ってよいでしょう。




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みことばとは何か (その1)

数年前に二世が集まってきて、新年会を開催していました。私も呼ばれて参加しましたが 色々な質問を受けました。その中で、み言葉についての質問が重要なので、紹介します。


お父様のみ言葉とお母様のみ言葉の深みが違うというのです。もしみ言葉が神の言葉ならどうしてそのような違いが出てくるのかというのです。

以前、マルスムという言葉は、一般に韓国では「御言葉」の意味で使われていることを話しましたが、「御言葉」なら違いがあっても問題はないというのです。

この問題は、アボニム・オモニムだけの問題ではなく、子女様の一人一人においても言えることであり、みんな個性に応じて「み言葉」の内容が微妙以上に違うと言うのです。

仁進様が北米の教会長の時、各州の責任者に聖日の説教(み言葉を語ること)をさせることなく、全部自分の説教で統一してしまったので、全米の信徒達の中から、たまには自分のところの教会長の説教も聞きたいものだという声があちこちから聞こえてきた。それは この方の説教で語るみ言葉は一般的すぎて深みが無かったからだという。

それでは、神が語るみ言葉に何故こんなに差異が出てくるのだろうか。それは神が差異だらけの存在だからそうなのであろうか。それとも人間に差異があるからみ言葉にも差異が出てくるのだろうか。答えは当然後者ある。

ここで客観と主観の違いを考えてみましょう。

主観と客観の共通点はどちらも「観」という文字が付いていることです。すなわち、これは、どちらにしても観というからにはある対象を観ている主(ぬし)が存在しているということです。

それでは、誰が観ているのかというとそれは人間です。それでは、人間は絶対的存在かと言うと、そうではなく相対的存在です。それゆえ、客観といえでも観ている主(ぬし)が相対的な存在である限り、相対的に客観でしかありえないということになります。

対象が具体的に目に見える物でしたら、万国共通の認識がもてるのですが、それが神となるとどうでしょうか?各宗教によって違うようです。これが衝突すると神の名によって宗教戦争になります。

統一教会においても、自分が生まれ育った歴史的、文化的、社会的背景によって微妙に異なって来るでしょうし、神との係わりの深さ・高さ・広さにおいて個人差が大きく出てきます。

「講論」では「神は絶対者でありながら、相対的な二性性相の中和的存在であられる・・・」(p77)と言っていますので、絶対・普遍なる神と言えども時空の中で被造物としてロゴスを実体化し、展開された場合には人間の数だけ相対化されることになります。

恐ろしいことは、相対的存在である自分を神の実体であるから自分の語る言葉は神の言葉、すなわち、「み言葉」であるので、絶対であり、これに従えと言い張ることです。

日本在住のフィリピン食口がやって来て、「我々もフィリピンの教会に制度として献金するようにとの方針が出された。問題はそのお金が何に使われているか」であるという。全額ではないが大陸会長の子供達の教育費に使われているという。”神の実体”ともなれば(思い込み)公私の区別がつかなくなるのです。

それゆえ、食口の間ではフィリピンの教会関係の公的財産の名義を大陸会長の名義にしては絶対にいけないという暗黙の了解があるという。

このような了解はアフリカで起きた事件を契機にオセアニアでも同じであるという。ところで、日本はどうでしょうか。言いなりのままになっているのではないでしょうか。

私達は祝福は受けましたが、ご子女様たちですら堕落性もあり、完成したわけでもないと言っているのですから「神の実体」などと言わない方がいい。また、「神の実体」と言うのなら、何も大陸会長だけに限らず、すべての食口が程度の差こそあれ神の実体ですから主従関係を作らず、威張らないでみんな一人一人を大切にした方が良いでしょう。

したがって、「み言葉」も「長」の付く者だけが語るものではなく、すべての食口が程度の差こそあれ本心に基づいて語るものなので、もっと謙虚になった方が良いことでしょう。

更に、恐ろしいことは、堕落人間で構成されている世界において、ある特定の国を神の国にしたてあげて、絶対化してしまうことです。

一体、韓国のどこが神の国だと言うのであろうか。日韓が一体化することが御心なら反日のどこが神の国の内容であろうか。天の側のエバ国家を差し置いてサタン側のエバ国家に擦り寄る韓国が果たして天のアダム国家のあるべき方針と言えるであろうか。それゆえ、その時点で韓国はすでにアダム国家の資格を失っている。

それだけではない。そのような堕落したアダム国家に対して何の抗議もせず、逆に反日を容認し、韓国政府と一緒になって合唱している韓国の統一教会とそれを日本で指導している者たちは一体何者だと言うのであろうか。

このように、相対的存在を絶対化して崇めると偶像礼拝となります。神がモ-セの十戒を通して伝えたみ言葉、すなえわち、神以外のものを崇めることはいかに問題となるかを聖書と歴史は人類の教訓として教えています。(今日はここまで、次回に続く)




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私の天国観

私の天国観はすでに中学生の時に、抱いていました。社会科の授業の中で、共産主義とは「能力に応じて働き、必要に応じて分配する」社会であることが紹介されました時に、私は、これは天国だと思いました。

私の家は自営業で、半農半漁を営んでいましたので、 家族全員でそれぞれの能力に応じて働き、必要に応じて分配・消費されていました。

10人兄弟姉妹でしたが、能力は皆違います。儲けたお金は父母が管理し、子供の必要に応じて分配されていました。

父母が一番働くからと言って、みんなよりも多くの分配を主張する
訳ではありません。誰よりも朝早くから、夜は遅くまで働きますが、いつもボロをまとい、少食で生活し、子供たちには沢山食べさせ、チャントした身なりをさせようとしていましたから、搾取社会ではありませんでした。

したがって、このような家族のような生産と消費のあり方を国家的次元で展開しようというのが共産主義社会だと考えていた訳です。

では、如何にしたら、そのような社会が出来るのだろうかと考えた時に、社会科の授業の中で、キリスト教が紹介され、その教えとして、「自分を愛するように、他人を愛せよ」という内容が心に触れたのです。

すなわち、皆が本当に自分を愛するように他人を愛したら、人が食べる物がなく、着る物もなく、住む所が無い状態を見て、自分だけが豪邸に住み、高級車を乗り回し、贅沢な生活など出来る訳がないと思ったのです。

それゆえ、そのためには、先ず自分がクリスチャンになって、自分を愛する様に他人を愛せる人にならなくてはと思い、聖フランシス・アシジが設立した聖フランシスの修道院で洗礼を受けたのです。

ちなみに、修道僧は一切の所有を捨てて、神とキリストに仕える生活(清貧・労働・謙譲)をしますので、結果として、共産主義と同じような生活形態になるのです。

そして、初期の統一教会は正しくこのような万民一家族のホ-ム生活をしていましたので、献身したのです。

ちなみに、講論によれば、


「共産主義社会を指向するサタン側の世界において、かく社会主義を唱えるのは当然の主張であるといわざるを得ないのである。

なぜなら、その方向と内容は全然異なるものであるとしても、社会主義的な経済体制に向かって歩んでゆこうとする天の側の路程を、サタン側から先んじてつくって行こうとするものだからである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、
人間はこのような理想をもって創造されたので、その理想を復帰し得る摂理歴史の終末期に至り、・・・、民意による政治も、そのような方向に向かって進まざるを得ないようになるので、最後には神を中心とした社会主義社会が現れなければならない」



と説き、具体的な例として、古代のキリスト教社会、ト-マス・モアのユ-トピア思想、オ-エンの人道主義、キングスリ-によるカトリックやプロテスタント社会主義などに言及しています。

さらに、原理は宗教史、政治史、経済史がそれぞれ別々に発展し、宗教改革はキリスト教の絶対君主制であるカトリシズムから、プロテスタントの宗教的民主主義をもたらし、政治史では絶対君主制から民主主義へ、経済史は一人の人間に富が独占されてしまう経済的絶対君主制から経済的民主主義である社会主義へと発展していくことを説いています。

講論では神を中心とした社会主義社会、すなわち、共生共栄共義主義、万民一家族の世界を説いていますが、私の目指す天国もそれらと一致します。

それゆえ、私の目指す天国は自分は立派な家に住み、高級車を乗り回して、神の家族である、愛する兄弟を破産に追い込み、自殺までに至らしめるような社会ではありません。

また、霊界においても、高額な献金をし続ける人のみが天国に行けて、貧しい食口が行けないような格差社会が天国だとは思いません。むしろ、それをしたくても出来ないで苦しんでいる人々のところに、神の心情は共にあると思います。

例を挙げますと、私がかって赤羽教会の教会長をしていた時に、OO万円献金しないと祝福が受けられないと言うのです。

ところが、教会の青年たちは、すべて献金してしまってそんなお金がないというのです。古くから教会に来て献身的にやっている信仰者・功労者ほどお金がもう無いのです。

逆に、ずるして、お金をあんまり献金してこなかったような人とか、最近来たばかりで、信仰暦が無く、原理がまだ良くわらないような人がお金を持っているのです。

すると、どうなるでしょうか?そのような人たちがお金があるので祝福を受ける事が出来て、信仰の深い功労者が受けることが出来ないと言う矛盾が生じてくるのです。

しかも、その通達がアボジから来たとなると、教会長たちは、本心・良心があるから悩むのです。この状態は明らかに天国ではありません。矛盾ですから立派な地獄です。

そこで、ある友人の教会長が私をからかって、神学的に説明してくれと言うのです。

答えは、意外と簡単なのです。聖書によれば、神に対しては鳩の如く素直で、サタンが主管する世俗に対しては、蛇の如く聡くあれ、というのです。

それゆえ、アボジは堕落人間の弱点とその扱い方を良く知っていて、時には脅しとご利益を巧みに使うのです。なので、アボジの言葉を文字通り受け止めるのではなく、敬虔な信仰者であるがゆえに、アボジの願いに答えられないで悩んでいる人に対しては教会長の裁量で、誰よりも先に祝福を受けるようにしてあげましょうと言うのです。その結果、責めを受けるのであれば責任を取る覚悟が必要でしょうと言うのです。

さらに、メシヤにそんな言葉を吐かせざるを得ないようなお金にセッパ詰まっている状況に深い同情と我々の足らなさを悔い改めましょうというのです。そして、私は50代で教会長を辞任して、何の退職金もなしで、小・中・高の子供を引き連れて還故郷です。

「何を食べようか、何を飲もうかと思い煩うな。ただ、神の国と義を求めよ」というイエスの言葉を実践できる喜びは天国です。

それゆえ、私にとっては神を所有し、神と共にいることが最大の天国なのです。イエスは天国とはあなた方の中にあるという。「あなた方の中」とは主体と対象の正しい係わりを言うのです。それはお互いに為に生きる関係です。



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ウリナラファンタジーのルーツと原理その2



前回の記事に対してミムネットでI氏から次のコメントがありました:​

原理自体は神による天宙の普遍的原理ですから、ウリナラでもファンタジーでもありません。しかし、原理講論や御言葉に記録されている内容は、普遍的真理としての原理と、ウリナラ・ファンタジーとが混在しています。

不磨の大典ではなく、あらゆる角度からの批判・補正・追加・削除が要請されるものです。


これに対する私のコメント:

このコメントは基本的には正論なんですが、現実はたった一点のウリナラファンタジーの為に他の教義がたとえ普遍性を帯びていても、教義全体に与えるダメ-ジは大きいようです。

即ち、原理の最大の問題点は地上天国が韓国を中心になされるということです。

せっかく、原理が神と人類の普遍的な夢を説いたとしても、その一点の為にウリナラファンタジーを正当化する単なる手段に思われてしまうのです。

吉本隆明という有名な思想家・評論家がいますが、彼は原理運動がマスコミに取り上げられたので、興味を抱いて、原理講論を読んでみたら、なかなか深遠なよく出来た教義だというインパクトを受けたと言う。

しかし、再臨論を読んでがっかりしたというのです。講論の結論は韓国を持ち上げ、日本をサタン国家にするために書かれた本だったという。再臨論だけ除けば、後はスバラらしい真理の書物だ、とは見てくれないのです。

原理運動が盛んな時、あるマスコミの記者が文鮮明師はム-ン王国を築こうとしているらしいというのです。

問題はム-ン王国とはどんな王国なのかと言うと・・・、原始共産社会?、奴隷制社会?、封建制社会?絶対君主制社会?資本主義社会?社会主義社会?共産主義社会?などと、関心のある人は問うて来るのです。

私は、その頃はナイーブ(世間知らずの、騙されやすい人)でしたから、確信を持って、講論(508)に書いてある通りに、共生共栄共義主義、即ち、神を中心とした社会主義社会と答えたものでした。

ところが、ある時から、アボジが真に目指しているのは、文王朝で、それは絶対君主制社会であると言うのです。

特に、幹部の立場にあって、よくアボジに呼び出されて、韓国から帰ってくる古参のシックは、アボジに「絶対君主制」について研究しておけ、と言われたというのです。

その頃から、教会の半数以上の信徒には、神を中心とした社会主義社会は建前であって、本音は絶対君主制だと思うような雰囲気が出来ていたのです。

特に、ベルリンの壁が崩壊してからは、社会主義は社会的にも、教会の中においても時代遅れの死語になりつつあったのです。

特に、アボジがTMとともに李王朝(?)の王冠をかぶって写真に登場して来ると、アボジが真に目指していたものは文王朝であり、それは李王朝の再来と言われても何の抵抗も感じない信徒達が出来上がって行くのです。

さらに、世界中の国々がアボジに王冠を献納するように命じられるとそれがrealityを増して来るのです。

事実、世界、特に日本では韓国のシックが日本のUCを支配し、過酷な献金ノルマを課し、文字通り、韓国至上主義の絶対君主制
の献金奴隷制度に酷似した状態が今尚続いていますので、実態的にはウリナラファンタジーが展開されていると言っても過言では
無いでしょう。

しかし、それは神が目指した創造理想ではないので、UCは一代で三つ巴に分裂し、崩壊に向かっているのです。

これは一見残念に見えますが、統一教会の春ともいえるでしょう。余談になりますが、今までに韓国に献金したお金の1/10でも
日本の教会と事業体が日本で使えたら、政界、財界、教育、文化の分野でそこそこの基盤が出来ていたでしょう。




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ウリナラファンタジーのルーツと原理

ミムネットのM氏が以下のような投稿をしましたので、私のコメント添えて紹介します。


呉善花女史がある対談の中で、一般の韓国人の言っている韓日一体化とは日本が韓国に絶対服従をすることを意味するので、現実では一体化はあり得ないというようなことを言ってたように思います。

それはウリナラファンタジーを信じ込みそう思ってしまう民族であるからだという。

朝鮮人の遺伝子の中には6万3千の人間のものとは思えないものが含まれておりあまりにひどいので遺伝子学会に正式に報告できないというほどです。

朴正煕下大統領も「あまりに惨めな歴史しかない朝鮮族・・」と嘆いています。

朝鮮半島の大雑把な歴史は、
7世紀ころ百済・新羅・高句麗の三国時代は終焉し
7世紀:唐の隷属国
13世紀:モンゴルの属国
13世紀:エベンキ族の侵入により旧朝鮮民族消滅
1392年:李氏朝鮮時代が始まる
14世紀:明の隷属国
17世紀:清の隷属国
20世紀:日本が莫大な資本と人材の投与で近代化を進める。

http://z-shibuya.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-6da7... 抜粋

風習から見て朝鮮のルーツは高句麗とは関係のないエベンキ族であることがわかってる。この民族は長い近親相姦で遺伝子異常が現れるようになった。

あまりに歴史がひどすぎるので直視できず、ウリナラファンタジーを真実と考えなければ自分を保てないのです。だから自分たちが常に上で日本人は下級民族だと思うのです。


これに対する師観のコメント:

>あまりに歴史がひどすぎるのでウリナラファンタジーを真実と考えなければ自分を保てないのです。

・なるほど、それで、ナゾが解けて来ました。私も原理が形而上学的仮説であることには気がつきましたが、ウリナラファンタジーであるところまでは、気がつきませんでした。ウリナラファンタジーの観点から考えると、説明できるものが随分あります。

1.韓国を唐突に選民だと言い出す。

2.韓国の気象庁ではダウンバ-ストが起こりうるから飛行機は飛ばないようにとの忠告があるにも拘らず、アボジはヘリを飛ばす。結果として、命はかろうじて取り留めたものの墜落です。

3.ハッピ-に毎月100億のお金を持って来るように命じ、韓国の事業担当の先生方が具体的な計画書も無いのに、夢を語れば、その金をばら撒く。それを4年間も続け、精算書はなし。

4.事業は次から次へと思いつきますが、アボジの言う通りにすれば、大方失敗する。その典型的例がメッコ-ル会社を拡大して失敗です。

お陰で、洪氏は辞任に追い込まれ、一時、韓国のUCの会長になりましたが、ヨ-ロッパの責任者に左遷(?)され、やがて、教会を離れて行く。息子である誉進氏の婿も離れ、娘のナンスク氏も離れて行く。

5.金百文の「血分け」を踏襲し、初期のUCでは一人が3人を相手に性の儀式を通して、神の血統になると信じ込み、実践する。結果は統一家の家庭を見れば、「実を見れば木が分る」という結果になる。さすがのTMも耐え切れず、独生女論を展開し、自分のカラ-を色濃く出し、現在に至る。

6.韓国にはメシアを名乗る人たちが50人もいるというが、ウリナラファンタジーで、自分がメシアだと思い込むのでしょう。
 
7.韓国は日本がアメリカと戦って敗れたので、独立を貰ったにも拘らず、上海に独立派の臨時政府があり、彼らが日本と戦って 独立を勝ち取ったというウリナラファンタジーの歴史観を捏造する。韓国UCもその上に立脚している。

8.日本UCにお金を作らせ、根こそぎ韓国に持って行き、金の鳥である日本UCまで食い尽くし、それでも何とかなると思い込む。

9.結果として、UCは一代で分裂し、崩壊に向かう。

ざっと挙げてみましたが、挙げれば切が無いでしょう。興味深いのは、ウリナラファンタジーでも、本当に信じ込んで実践すれば霊界も働く(?)ようです。

でも、それは長続きしないようです。幸い、原理はウリナラファンタジーだけでなく、神を中心とした万民一家族のような神の創造理想や人類の普遍的な理想にも言及しているので、神も霊界も大いに働く部分があると思います。

問題は極めて個別的なウリナラファンタジーを神の創造理想や人類の普遍的な理想に結びつけないことです。

具体例を挙げると、韓国至上主義に基づいて、韓国人シックが日本のUCを主従関係で支配し、日本人に金を作らせ、韓国に根こそぎ持って行くことをやめさせるです。

韓国人は自分の国に帰り、自力で伝道して、お金も自分達で作り、韓国の教会を発展させれば良いのです。日本のUCも独立して、韓国UCと対等の立場を確立することです。

そうすれば、韓国の先生方のように、自分達の友人に向かって、「あんたも、統一教会に入らないか、ここでは日本人を顎で使えるよ」と言うような言動もなくなるでしょう。

また、古田氏のように、「韓国人が主人で、俺達日本人はイヌだ」という人もいなくなるでしょう。




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洪順愛大母様の霊界メッセージ 受信者:金英順女史 2016年10月4日



多くの霊能者のそれぞれの霊界通信があり多くの混乱をもたらしてきた。

そのような霊界の業に半世紀に渡って百戦錬磨の36家庭の先生方もアボニムが認め多くの出版もされた金英順女史の霊界通信には流石に相当動揺しているようだ。

10月4日龍平(ヨンピョン)で韓オモニが「古い先輩家庭は、お父様に情が多いだろう。しかし、その先輩家庭が知っておくべきことがある。私は6000年ぶりにサタンと関係のない血統として生まれた。神様が私の父だ」

このような、お父様との情的関係よりも私との関係を重んじなさいと言っているように聞こえるこの韓オモニの言葉に36家庭は非常な衝撃を受けたようである。

今までお母様の側に立っていた史吉子会長でさえ「お母様は気が狂わなければこのような話をされることができるか。お母様に対してはお父様がどれほど大切にし育ててこられたか、私はそのみ言葉の一つ一つを覚えているのに。しかし、生まれたときから原罪がない独生女と言われることができるか、本当に心配だ」と直接発言し、この霊界通信をその集会でプリントして一人ひとりに配ったという。

以下が最近の大母様からの霊界からのメッセージです。



食口の皆さんアンニョンハセヨ。私は洪順愛大母です。地上の食口達は、私からの便りを心から待っておられたでしょう?何から語ればよいのか非常に心が焦るような思いです。

本当に真のお母様にはとて申し訳ないことですが、天上世界のこのような実情を思い計ることができないようなので断定的に事実を明らかにしようと思います。

私は真のお母様の母(大母)として、このような事実を明らかにしなければならない私自身がどほど胸が痛いかを考えてくだされるよう願います。

食口の皆さん!地上において過ちを犯せば、天上世界の霊界圏の位置がよくない程度はよくご存知でしょう?

地上での人生は本当に瞬間です。天上の人生は永遠な永生であることもご存知でしょう?それは本当に最も大きな問題です。

皆さん!食口の皆さん!皆さんはどのように過ごしていますか?
食口の皆さん!地上にメシアがおられた時、本然の生き方とは何なのかということは大体わかるでしょう。

統一原理の教えから外れた歩みは天上世界では補うことができません。どんなに真のお父様の愛する子女たちであっても神様は彼らを許すことができません。それがまさに天理原則(天法)自体ではないでしょうか。

ところで食口の皆さん!真のお父様が最も愛する対象は誰でしょうか?当然、真のお母様でしょう。ところで食口の皆さん!申し訳ないことに今の真のお母様は間違った生き方をしておられます。

昔の真のお母様ではなく、今は、驕慢と慢心の思いを少なくなく持っておられます。

そして今はメシアの妻の位置からとても外れ、自ら”メシア”であるという自負心を持って主観的摂理的な行跡を積上げておられ、真のお父様、メシアが経綸された摂理的業績を様々な領域で変えていっています。現在の真のお母様は決して”メシア”ではありません。

そして真のお母様の”独生女”に対し様々な次元で少なからず議論されているようです。独生女問題はその解釈がほとんど間違っています。

真のお母様はメシアの妻に過ぎません。天上においても地上においても、メシアが経綸された全ての摂理的業績において、メシアの妻としての位相を決して外れてはいけないのです。

そして真のお母様の周辺で様々な計画を推進する公職者たちと元老の方々は真のお母様がその位置から外れた現実そのものに少しの迷いもなくただ依存しているようです。

統一原理や真のお父様のみ言に、そのような教えがどこにありますか?

食口の皆さん!ここ、天上世界では、真のお母様の誤った現実を直視し-直感し総ての食口全がとても心を痛めています。地上世界の食口の皆さんは、そのような現実をどうするつもりなのですか?

食口の皆さんは、真のお母様が天上世界の真のお父様の上流霊界圏から離れることを願うのですか?決してそうなってはいけないのです。

地上での誤ったこのような現実は、地上世界で綺麗に整理しなければなりません。

このような地上世界での真のお母様の現実を天上世界で真のお父様がとても心配され考慮しておられるとするならば皆さんはどうされるつもりですか?

お互いに自問自答し直接祈ってください。本心の声に従って地上で全てのことを整理してください。

2016.10.4.火
洪順愛大母

受信者:霊界レポーター・金英順



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アボジの神性と人性、身近なアボジの姿を求めて


先回の投稿のコメントに、アボジの神性と人性についての内容がありましたので、これはかなり昔に投稿したものですが、再投稿します。



原理講論における変な箇所や間違いの箇所は対策においては40箇所以上も指摘されており珍しいことではありません。

それ故、反対牧師に捕まったら100箇所以上の問題点を挙げてくるというのです。もっとも彼らから見ての問題点ですから果たしてどこまでが客観的間違いなのかは、うのみにする訳には行きませんが。

在日韓国人の対策の観点によれば、マルスムという意味はお言葉という意味で、その中にはみ言はもちろん含まれているが、単なるお言葉の部分も少なくないというのです。

それで、彼らの感覚ではお言葉の部分で間違いがあったからと言って、それが何だのだと言うのです。人間である以上は間違いは当然だというのです。

日本人信徒の完全主義とは受け止め方が違うようです。私においてもこのような受け止め方はとても参考になります。

メシヤの専門分野は血統転換ですからそれ以外のところで人間的間違いがあっても当然のこととして受け止めています。特に、ビジネスの分野では上手くいかない点が沢山あります。

神学的に言うと、メシヤの神性と人性という問題です。メシヤの中には神が直接メシヤの口を通して語られる部分と、アダム(人間)としての責任分担で語られる部分が沢山あります。

その中には食口の報告をそのまま信じて語る部分もあります。原理講論は宗教書であって科学書ではありません。特に堕落論は科学的には証明できません。

それゆえ、ブラック フンジンニムが現れて、霊界に行ってエバに会って話しを聞いたら実際はこうだったといえば、「ああ、そうかな」と思うし、李相軒先生の霊界の証しを読めば、「ああ、そうか」と思うし、また、エバの方がル-シエルを誘惑をしたといえば「ほう、それはまたまた新説だ」ということになります。

それゆえに、お言葉の部分(?)までもみ言と思い込んで絶対化するとつまずいてしまうという在日韓国人の解説は説得力があります。

アボジの言動の中には単なる凡ミスもあるようです。たとえば、

1.ある会議の席上で、一人の韓国人食口に日本語で語りかけましたが、何のことだかサッパリ分からず、ケゲンナ顔をしていました。すると、日本の食口の一人が「この方は韓国人です」といいました。

すると、アボジは怒ったような口調で、「日本人みたいな顔をしているんじゃないんだ!」といいました。

そこにいた誰もが「これは何か摂理的意味が隠されているのだ」とは思いませんでしたね。

だだ、よくにているので、見間違えただけです。これが客観論理から見た見解ですが、なんでもかんでも信仰の論理で解釈したい人はそこに摂理的意義付けをしょうとするのです。

2. 1973年にアメリカに渡った日本人信徒を集めて、Fundraising team(花売り部隊)をアボジ自らいくつか編成し、アメリカの地図に碁盤のように線を引き、くじ引きでそれぞれの班を振り分けました。

そこに、David Kim先生がやって来て、「ここ砂漠だよ、誰も人などいないよ!」とアボジを怒鳴りつけました。Kim氏はるかに年上だから、アボジの凡ミスを怒鳴ったりできるのでしょうね。

これは、信仰の論理から何か人間では計り知れない意味があって砂漠が当たったのだという人もいるかもしれないが、客観論理ではアボジはアメリカに来たばかりで、どこが砂漠なのかは知らないだけだということになります。

ちなみに、メシヤ=神と信じているクリスチャンにおいては、アボジが神の実体なら韓国人を日本人に間違えたり、アメリカにおいて砂漠がどこにあるかなどを知らないはずがない、といってつまずいてしまう。

損害は砂漠に行かされても、せいぜいガソリン代と花を枯らすだけで済みますがビジネスの失敗となるとかなり深刻なダメージを受けます。

36家庭の洪先生がメコ-ルを担当していて、たまたま地方でその売り上げがコカコ-ラを抜いたという。それを聞いたアボジは洪先生に生産と販売を拡大しろ、という命令を下した。

彼は現実的に難しいと思ったのでアボジに三回も問い直したという。それでも、それでも拡大しろといわれるので、とうとう拡大したら大失敗になってしまった。

そして洪先生はもはや社長ではなくなり、韓国のUC教会長となり、しばらくして、ヨ-ロッパの責任者になり、その後、去っていきました。

すると、その長男(誉進さまの婿)は去り、ナンスク様(孝進様の嫁)も去ってしまった。そこで、36家庭の先生方はアボジにビジネスをやらせるな!と言い出す。

これを見ていた顕進様は大変責任を感じ、ハ-バ-トのビジネススクールを出た責任もあり、自分が代わって何とかしようという思いを益々抱き始める。誉進様も長女としての責任を感じ、これと思う食口を呼びつけて自分が代わってUCに責任を待たなければならことを告げる。

このように、これらの経過を見てみますと、顕進様の問題は起こるべきして起こったともいえる。

事実、神学者たちは統一神学校(UTS)が主催する学術会議の中で、文教主の死後、UCは必ず分裂するであろうと、過去の宗教歴史から鑑みて推察していた。

私も遅かれ早かれそのような事が起こるかもしれないとは思いましたがアボジの生存中に来るとはさすがに思いませんでした。



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天上から地上の幹部たちに送られた真のお父様の特別なみ言


タマレブログよりhttp://damalhae3.blogspot.jp/2016/10/blog-post_85.html


天上から地上の幹部たちに送られた真のお父様の特別なみ言


統一家の36家庭、協会長、公職者、そして全ての食口たちに真の父が懇切に心から話す。真の父はお母様を愛しとても大切にした。

そして世界各国で真の父母様をみつめる子供たちをとても大事に、愛しながら一生涯を生きて来た。何よりも悠久なる歳月を経て、メシアを待って来た神様、私の父が可哀想で、難しく大変な時も最後まで耐え抜いて生きて来た。

統一家の食口たち!私の子供たちよ!しかし天上の真の父が、他の誰よりも、真の母よりも、統一家の私の子供たちをあまりにも可哀想に思いこの文章を地上に送るので、多くの食口たちは天上の真の父のみ旨に従って生きていくことを肝に銘じてほしい。

今日の統一家がこのままであってはならないというのです。地上で真の父が生きている時、何を教えたか?

ひたすら愛し、心を焦がして教えたことは何よりも「霊界」だ。「天上世界、霊界」なのだ... 皆さんがいくら地上で一生涯を健康に生きたとしても、時になれば全てが例外なく天上世界に来るようになっています。

地上は短い一生であり、天上は永遠の永生生活だが、皆さんは霊界の生活をほとんど考えもせずに生きているというのです... 今、サタンが喜んで踊りを踊っているというのです...

それでは天上の真の父はどうしなければいけないのか?天上の真の父は金英順に霊界を詳しく教えている。「お前は一つ一つ教えて来い」と。

「皆さん全ては地上世界を離れる時、地上で誤った人生を全てきれいに整理して来い」と。「地上で整理して天上世界の真の父がいる位置に来てこそ共に永生することができる」と。詳しい内容は金英順と話してみろというのだ。

そしてお母様の話をしようと思う。オモニはメシヤの妻の位置を離れた。私が話さなくても皆さんがオモニの人生を見て来て、今見ているのだから!金栄輝、李載錫、お前たちが真の父が地上で生きた時、その教えの核心が何であったかをそんなにも分からないのか?

真のお父様のみ言に「手をつけるな」とあんなにも明確に教えたのに、真のお母様と共にすること、それが天法なのか?何故真のお母様のためにお前たちはその教えを明確に明らかにできないのか?

お前たちが天上に来る時、メシヤと共にいるのか?あの下流層に行くのか?

地上がそんなに重要なのではない。そしてオモニが「原罪」がないだと..?サタンと関係ない独生女として、生まれる時から原罪がないだと..?

食口の皆さん、36家庭、協会長、公職者、そして統一家の皆さんは真の父と真の父の胸をこのように真っ青にあざが出来るようにする、私の子供たちよ!真の母のみ言をおいて、何故正邪を見分けられないのか?今すべての公職者、36家庭、協会長、誤った生涯を皆悔い改めて整理して天上に来なければいけません。


地上に送った金奉泰家庭の話を一度詳しく調べてみますか?家族たちが精誠を捧げるので地獄からは解放されたが、まだ..もっとしなければいけない!

真の母が可哀想ですか。 どうしたらいいか、大母様が母親だが、子供を捨てなければならない痛みを抱いているので... 真の父が何人もの食口に話すことがあまりにも多いが、皆さんは、地上生活を考えながら自分自身をよく磨いてきなさい。自分の本郷地は天上世界であることを肝に銘じなさい。

36家庭、協会長、公職者の皆さんは真のお母様に真のお父様の教えに正しく従うように懇切に申し上げなければなりません。そうしてこそ真の子女になるのです...

天上で真の父が地上の悲惨事を終えてくれることを願う。



2016. 10. 6. (木)
真のお父様
受けた者:霊界レポーター金英順



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地震と審判に対するUCの考えについて

日本に地震や津波などの災害が起きる度ごとに、UCの信仰不足で神の審判だ、という人が出てきます。

神学を論じる者としてこの問題にそれなりの見解を述べておく必要があろうかと思います。

神学も学問である限り、信仰の論理のみに留まることなく、客観論理も必要とする学問であります。

それゆえ、客観論理の観点から地震を論じるなら、有史以前から自然の仕組みとして、起こる自然現象として理解すべきでしょう。

すなわち、人間が堕落したから、天罰として神が与えたものではないということです。したがって、これは創造原理に基づいて起こる地球の営みの一つであると見るべきでしょう。

しかも、神は創造原理に絶対性を付与したというのですから神の都合によって勝手に止めたり、終末だからといって神がいちいち干渉して頻度を高めると言うものでもないでしょう。

なにやら、白亜紀(?)に、隕石が落ちてきて、恐竜が絶滅したといいますが、堕落した結果、審判を受けた訳ではないでしょう。

そこには肉食の獰猛な恐竜だけではなく、草食系の穏健な恐竜も、小型の動物もいたし、罪を犯さない草木も茂っていたでしょうが、一網打尽です。

それではどうして神の愛する人間が自然災害の犠牲になってしまうのでしょうか。

原理によれば、人間は堕落によって無知になってしまったというのですから、その無知を内的(霊的)にも外的(科学的)にも地震を察知できるほど未だ復帰されてされていないのでしょう。

それでは創造本然の人間なら如何でしょうか。内外の無知がない状態で、神と一体であり、霊界とも通じていることでしょうか、そのような危険を霊的に察知したり、科学的にも探知する技術を開発していることでしょう。

問題は元青葉台教会長のペー氏のような韓国人リ-ダや一部、日本人リ-ダたちが、献金ノルマを達成する為に自然災害を信徒に対する脅しに使うことです。献金ノルマを達成できなかったから地震が起きたというのです。

事実、それはある韓国の先生が神戸(関西)地震が起きた時に言いふらしていた言葉です。

地震やその他の自然災害は、日本が摂理国家に選ばれる以前から、起きている問題です。1830年の天保の飢饉は有名で、大塩平八郎が弱者を救済しようとして、乱を起こすほどでした。

地震や津波による災害は日本だけでなく、各国に起きています。私の記憶にあるだけでも、バングラ、ハイチ、トルコ、火山地帯のイタリア、中国、台湾、インドネシアの大津波など数え切れないほどです。

これらの災害の共通点は社会的弱者が多大な被害を受けることです。お金があって一等地の安全な場所にに強靭な家やビルを持っている人は被害が少なく、貧しい人たちが多大な被害を受けるのです。

従って、地震と審判の理論を持ち出すと、財閥や権力を持っている人たちが神の審判を逃れ、彼らに低賃金で雇われ、権力に支配され、劣悪な環境に住んでいる弱者が審判を受けるという弱い者虐めの論理になってしまうのです。

概して、UCはこのような論理を用いて信徒を支配しますから、脅し、弱いもの虐め、威張り、傲慢が支配する組織になってしまうのです。

これは旧約時代以下の信仰観です。即ち、愛とは関係のない神観が出来上がってしまうのです。


これに対して、マザ-テレサはハンセン病(?)で、道端で倒れ、異臭を放っている老人の下に掛けよったら、その老人の顔が
イエスの顔に変わったという。即ち、その老人の中にイエスの姿を見、神の姿を見るのです。これが新約の信仰観の極みなのです。

すなわち、地震や津波で犠牲になっている人たちの中に神の姿を見るのです。

UCなら、献金したくてもできない人や家や土地を取られて、住む所が無い人、自己破産させられて、路頭に迷う人、更に自殺に追い込まれた人々の中に、神の姿を見ることです。

今のUC・家庭連合に欠けているのはこの観点と心情なのです。このようなことを続けていけば、結果として、神から見放される教会になって行くでしょう。


以下はI氏の「地震と審判」に対する以前のコメントです。参考になるでしょう。


これは素朴な因果応報論であり、小学生までならば脅すのに効果がありましょうが、長じて必ずしも当てはまらない現実を見て、人は悩むようになります。

漢の司馬遷は史記にその現実を綴り、仏教は輪廻転生で一生を超えた長い視野で受け入れることを説き、ユダヤ教ではヨブ記を通し、浅い人知で神慮を判断することを戒め、キリスト教では罪なき人が人類の罪を代わって負われた姿を見せ、原理ではカインの罪をアベルが蕩減すると言っています。

もし素朴な因果応報を主張するならば、高麗が元に蹂躙され、文禄・慶長の役で李朝が困窮に至り、大韓帝国が日本に併合され、光復も束の間、朝鮮戦争で国土が灰燼に帰し、38度線での分断が今に至っているこれらのすべてのことも、ひとえに朝鮮民族の民族的罪が来たらしめた神の審判であり、先祖の罪をいつまでも悔改め、せっせと献金しなければなりません。

日本人にだけ当てはめ、韓国人には当てはめない、というのであれば、民族差別感情に基づくヘイトスピーチです。そのような考えは、神の真の愛を解くUCにおいては、存在すべき場所はありません。

以上I氏のコメント終わり




自然災害を献金させるための脅しの材料として使うのではなく、、地震や津波で犠牲になっている人たちの中に神の姿を見ることのできるUCになってほしいなと思われた方はクリックお願いします。
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お母様の講話、2016-10-05, 龍平

友人より送られてきましたので紹介します。

●お母様の講話 2016.10.05 龍平16:07〜16:28



皆さんは幸せな人たち。6000年ぶりにサタンの血統と関係ない独生女が生まれた。私の父は、神様だ。私が生まれたのは奇跡だ。イエスは、独生女を迎えられなかったので亡くなった。

聖母マリアは責任果たせなかった。カナの婚姻の宴で、イエスは、女よあなたと私と何の関わりがありますか?と。

今日のカトリックとプロテスタントは、神のみ旨と心情をあまりにも知らない。

誰のゆえに、真の父母の名称が出てきたのか。独生女のゆえだ。その独生女のゆえに、清平役事も可能となった。大母様は、独生女を誕生させ、自分の家庭よりは、再臨メシヤ家庭の勝利のために一生涯を犠牲にし、精誠を尽くされた。

ですので、天上に行かれても、地上の独生女を助けないといけない立場におられた。大母様は、最後10年間病床におられながらも、真の父母様のために精誠を尽くされたので、大母!という称号が与えられた。

私は、大母様家庭を完全に探し立てたてあげた。(昨年秋、大父様と元殿に合葬して差し上げる)大母様家庭が勝利されることで、真の父母は完全無欠になった。ですので、皆さんは清平を愛さなければならない。

韓日は父母の国である。日本は、エバの国として、大母様、真のお母様がどんな生き方をして来られたかを良く知らなければならない。

天の父母様の夢を成して差し上げなければならないし、先頭に立って世界の全ての国の前に、見本を示してあげなければならない。

私は毎日、絵を描いている。アダムを通して持とうとされたその夢!長い堕落の世界は、本来神様が想像された、美しい世界だったが破壊された。気候温暖化、異常気候等。

摂理歴史は、お母様によって完成することができた。エバ国家日本は、真のお母様を助けて、摂理歴史の奇跡を創り出さなければならない。

私が独生女だという証拠は多い。一番目、サタンが明かした。二番目、1943年真のお母様誕生の後、2年後解放された。韓国はまだ日本の統治下にいたが、日本が太平洋戦争のため韓国から多くの鉄、財物を奪い、韓国の気脈ままで切ってしまったが、夢に私が生まれた家の庭に日本が奪って行った数多くの鉄、財物がどんどん積もって来た。これだけ見ても、私が独生女だという証拠になる。

人類一家族、地上天国という天の青写真があった。これは、真のお母様のご在世時に成さなければならない。独生女も完璧な基台を成して勝利した。エバ国家も必ずお母様に似て勝利できるのだ。


②皆さんはね、幸せな人達なんですよ。何で幸せですか。それはね 一人娘の私に出会ったからよ。

長い間、信仰した先輩はお父様に情がいくでしよう。6000年サタンと関係ない立場で生まれたのが私なのです。

イエス様から2000年して私が生まれたことは奇跡なのよ。

天は4000年長い歴史をかけて教育して待ち望んできた独り子イエスキリストが33年で人生の幕を閉じたことが、天がどれほど心痛かったか。

皆さんはね、聖書を通じて天の痛い心情を知ってきたでしょ。

全ての天の霊的な助けを受けて天使の助けを受けて懐妊したマリアも使命がわからなかった。結婚生活をしていてはダメなんです。

イエス様が家庭を持ってからならいいのですが、イエス様が3回懇願したのに、隣人には結婚の関心を持ったけどイエス様には持たなかった。

それでイエス様はマリアに「女よ私と何の関わりがあるか」言われたの。4000年をかけて中心を立てることができたのに、それが出来なかった。時を逃したのよ。

カトリックでマリア様が崇められているけど、本当のことを教えないといけない。プロテスタントも内容がない。摂理がわからないのです。

誰によって真の父母の言葉が生まれたの。一人娘が出たからです。清平の役事を大母様ができたのは一人娘を生み出したからです。

だから天上に行かれて地上にいる一人娘を助けないといけない立場にいるのです。どうやってやれば助けてあげるのだろうと10年間の闘病生活の中で精誠を捧げた。

そして大母様 私の家庭が探し立てた。完璧に地上で真の父母様の・・ 過去2000前には責任が果たせなかった内容を果たし完全無欠になったのです。だから清平を愛するべきですよ。

韓国日本は父母の国なので、エバ国は真の父母様が成したいということは天の父母様の願い、世界の全ての子女の国の手本となる母国になってこそ果たされる。

毎日、夢を描いています。アダムを通じて成したいと思っていた夢、本来の神様が創造なさった地上がだいぶ破壊された。

世界的に起きていることが気候の温暖化、異常気象今日も突然の台風。今日の計画は天気が良ければ砂浜から日本を望み運動をするとこだった。残念ながらできなかったけどね。

ユンノレをするの。もうみんな知っているのね。賞金をいっぱいかけるわ。1400名にたっぷり与えれるように。私いろいろやる事があり、少しでも節約したいと思っているのに全部あげますよ。

お母様によって全てを成し遂げた。お母様を助けて摂理の奇跡を起こさないといけないの。一人娘の証拠はサタンが初めにあかした。

私の生まれた都市、2年後に解放された。第2次大戦を、日本が準備している中で、韓国の全ての財宝を持って言った。運気まで奪って言った。玄界灘から運気がお母の元に帰ってきた。

天は青写真を持っていて独り子と一人娘を韓民族が生み出すことを通して、天の父母様を中心とした世界一家族。

サタン世界での環境圏を充分に備えれなく真の父母様の歩めが難しくなる。一人娘が残っている間に地上天国を必ずなさなければならないんです。

そうしてこうとするなら父母の国の責任が大切。父の国がまず対面を果たさないといけない。

そして、最終摂理を果たすことができたのは一人娘なの。なのでお母様に似て母国は必ず使命を果たさないといけません。


以上お母様のみことば終わり。




お母様のお話がだんだん原理から離れていっているような気がする。お母様はご自分だけを高めるのではなく、もっとお父様のことを証すべきではないだろうかと思われた方はクリックお願いします。
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再臨主による救いの恩恵その4、 開拓伝道の証

これは開拓伝道の証です。イエスは何を飲もうか、食べようかと思い煩わないで、ただ神の国のみを求めよ、と言いましたがこれはクリスチャンの信仰の理想です。それを統一教会で実践できたのですから、これほど、幸せなことはありませんでした。

未だ教会の出来ていない都市に単身で、しかも片道切符で開拓に行くのです。伝道して生き残るか、餓えて死ぬか、途中で逃げて帰るかの道しか残されていません。そこで、3人の人を伝道して、基台を立てたら新しい教会の出発が認められるのです。

私は大阪の羽曳野市がくじ引きで当たり、何とか40日間で教会を建てることが出来ました。しかし、その後どうなったかは知りません。人事異動があったからです。とにかく、そのようにして現在の主だった教会は建てられていったのです。

私は1994年には赤羽教会長を辞任して、95年に家内の生まれ故郷に還故郷しましたが、すねかじりの子供を3人抱え、無一文で開拓伝道です。

チラシを撒き、学習塾を開校して、何とか子供たちを大学まで行かせ、アメリカ留学させたりして、祝福まで育て上げたのです。このように無から有を生み出す信仰、勇気、力という無形財産を与えてくれたのも再臨主でした。そして、この無形財産は計り知れないほど大きいものです。

ちなみに、現在では子女達は独立し、私共は国家メシヤの使命と氏族メシヤの任務を遂行中です。ハレルヤコ-ラスは市民運動の一環として展開しているものです。私たちは外に向かって進み、市民権を勝ち得てくることが大切です。

但し、証しというものは個人において皆違いまっすので、皆さんに同じような証を期待するものではありません。ただ、こんな人もいるということは大いに参考になることだと、確信しています。



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お母様の講話 2016.10.4 日本指導者特別集会 天正宮にて


友人から送られてきましたので紹介します。


お母様の講話 2016.10.4 日本指導者特別集会 天正宮にて

呼ばれてうれしかったかい? 今日私が語ろうとする内容はね、「人類文明史に見る天の摂理と今日私たちの責任」ということについてです。

太初に神様には夢があった。人間と共にご自身の創造の中から、永遠に続く愛と幸せとを分かち合い生きていきたいと願われる父母様の夢としてあったのです。

ところで、全知全能であられ、絶対的な力をお持ちの方が何故アダムとエバの堕落を事前に防げなかったのか。それは、人間に対し大いなる祝福を与えて下さっていたのに、人間が責任を果たせなかったからです。

自己を中心とした考え方と行動、これが堕落として天の父母様とは全く関係のないサタンの血統を生んでしまい、そしてそこから発生した今日の堕落社会となった。

しかし、天はそうだからといって放棄してあきらめきれない、だから人間世界にご自身のみ旨を預けられる中心者を探したてておられた摂理歴史がイスラエルという選民を立て、4000年間育ててこられた。

一ヶ月や二ヶ月ではなくどうして4000年という長い期間がかかってしまったか。堕落した人間たちには天の前に立つためには、蕩減というものを越えていかねばならない。

数多くの中心人物を立ててはきたけれど、蕩減の峠を越えていけない結果として、実績として収穫されず、4000年もの長い長い期間を経て、彼らに再び送ると言われたメシヤを送って下さったとき、イスラエルは、まだ国家的基盤がなかった。

そんなとき、カイン側のサタン世界のローマ帝国という巨大な国があった。その国は、全ての道はローマに通じるというほどだった。

天はご自身の捜し立てられた一つの中心を立ててその民族と国を通して、この巨大なローマ帝国を通じて世界を抱いていこうとされた。

しかし、無知なるイスラエルの民たち、あるいはユダヤ教、イエス様を生んだマリヤも責任を果たせなかった。イエス様が一人でいらっしゃるというのにマリヤはどうやって結婚して生きていけるのでしょうか。

今日のキリスト教は誤った認識をして行ってきた。でもこれからは、真実をはっきりと明かして全てのことを元の位置に捜し立てていかねばならないのです。わかりますか?

そのとき、イエス様はマリヤに対して何回か、私は結婚しなければならないと話した。私はそう知っているのです。

しかし、マリヤは結果的にはイエス様の環境圏を作ってあげられなかった。その責任を果たせなかった。結果はイエス様が十字架で亡くなる道へと送ってしまった張本人なのです。そう知るべきです。天の摂理の歴史はそのときから、イスラエル民族にはこれ以上願われることは無くなった。

そのとき、天は独り娘の基盤を捜し立てる摂理歴史を始められた。それが今から2500年間前、東洋において釈迦、孔子、孟子のような人々が現れて、渇いた人類の前に天に近く正しく歩んでいくことができる道へと導くその人を立てることを天は許された。

そんなとき、BC800年から400年東夷族であった韓氏王国があった。イエス様が誕生されたときの東方の博士三人はおそらく東夷族であっただろうと信じます。


天の摂理は無知なる人類を何としても目覚めさせ摂理歴史を完成させなければならない。だから、イタリアの半島を中心とした人類文明史は大陸を越え、島国も越えて全世界的にキリスト教文化が伝播されましたね。

しかし摂理の中心、本来のみ旨を知らない彼らにとって結局は世界全体を考えるというよりは、自国の利益に対する世界という見方にこだわってしまった。

天の摂理歴史はずっと続いていく。韓氏は善なる民族だった、天が改めて選民として立てた民族なんです。だから、戦いを嫌い中国で押し出されて下に降りて大韓半島まで来た韓民族となった。

こういう摂理歴史は韓国の歴史の中でも証明されるのです。高句麗は1000年も続くほど文化が発達していた。高句麗が滅んで、後を継いだのが高麗、その次が李氏王国、朝鮮という言葉をその後につけた。

皆さん知っているとおり1945年解放を迎えるとともに強大国によって南と北、民主と共産に分けられ、南側が大韓民国となる。誰がこの名前を付けたと思いますか。


歴史がはっきりと現れてこなければならないときです。天がイスラエル民族を4000年間も育ててこられたごとく、独り娘を出現させるための韓民族、この国を育ててきたというのです。だから、韓国のキリスト教が伝来されてきてそんなに時間が経っていないというのです。

その当時、平壌を中心として篤実な人たちによって復興が起こった。そのときの蘇生的な基盤が聖主教団の金聖道ハルモニ、新しい主の派閥、その教団はサタンが騙して結婚させるというそんな位置だったが、結局はサタンを屈服させる位置に立って、やがて来られる再臨メシヤを迎えるための準備を蘇生的にやってきた。

そして、長成的に許孝彬集団、この教団は再臨メシヤを迎えるための全ての準備を整えた。実質的にイエス様が抱える恨も解いてさしあげる役割も果たす。そして一人娘を準備してきた。

そんな中で蘇生、長成、そして完成段階として、大母様を中心とした天の祝福があることによって1943年独り娘である私が生まれたのです。サタンとは関係のない、過去イエス様のときと同じく天が直接捜し立てられた独り娘の誕生だったのです。

解放と共に南北が分かれて、北側では共産化が本格的に始まっていく中、許孝彬も監獄に入れられる。そのときの私の歳が6歳でした。その私の母が替わりの役割を果たした。

母が私を呼びつけて、「主の新婦である」と私に語り掛けた。そのとき、北側はだんだんと共産化され宗教の自由もなくなってきた。しかし、この神霊的な団体は平壌を中心として再臨のメシヤを強く信じていた。

(お母様の叔父さんにあたる人)日本で学んで帰ってきて北に戻るのでなく、南へ帰っていった。私のおばあさんにあたる趙ウォンモハルモニ、洪順愛大母様、そして私と三人の女性のみの家系でしょ。そのとき1948年、ちょうど2年後に6・25動乱が起こったので。南にいたお父様には北に行けと啓示し、私には南に行けと天が命じられた。

お父様は16歳のときイエス様から使命を受けられた。だとしたら、アダムとエバも成長過程があったでしょ。お父様においても責任を伝授なさったその立場から一つ一つ歩んでいかれた。

イエス様の恨、再臨メシヤとして蕩減を越えていかなければならない道、その道の中で結局、北で監獄に入らざるを得なくなったでしょ。

しかし天は監獄で終わってしまうように放ってはおけない。すでに独り娘は誕生しているのだから、お父様を守らざるを得ないのです。


国連軍を用いてお父様が生き残るようになって、釜山でもってみ言を完成させなければならない。それが独り子としてのお父様の責任でありそれをなさった方です。

そして信徒たちを捜し立てていかなければならない。そういった基盤の上に1960年独り娘に出あって真の父母の位置に立てるようになったのです。

私は摂理歴史の真実を明かさなければならないと言いましたね。天の父母様の2000年キリスト教歴史は独り娘を捜し立てる摂理歴史だったのです。

聖書にもはっきりと出ています。メシヤを否定するのは許しが有りうるが、聖霊にさからうのは許しが得られないとあります。これは最後だという意味を表すのです。天の父母様の節理歴史の中において最後に捜し立てなければならない独り娘の位置だからなのです。だからこの独り娘と共に新しい摂理歴史が出発しているというのです。

再臨メシヤ、真の父母様の節理の中で真の父母を生んだ民族が天の前に責任を果たさなければいけない。何故、この韓民族を選んだのかということをこの民族は知るべきなのです。

それは、この国は神様の祖国であり真の父母の国にならなければならないということ。そのような基盤を磨いてあげなければならない責任を負っている人々が祝福家庭だというのです。わかりますか。何故、氏族メシヤの使命をして国家復帰をしていかねばならないのかという理由がそこにあるのです。

私が地上にいる間に天のみ旨を必ず成して差し上げなければならないのです。必ずこの国が真の父母様の国となり、世の前に73億人類の前に手本とならなければならないのです。

そこに人類文明史、その善なる国の意味が大きい。日本にはお父様がエバ国家として責任を与えて祝福したでしょう。この祝福には責任があるのです。

そうしてこそ、完全なる祝福を受けるその位置に立てるということを皆さんは深刻に知って、そして結実を結んで下さらなければならない。

今日、皆さんを見て、とってもうれしい。皆に会えてうれしいんです。私たちがご父母様と一つになって世の前に見せていかなければならないでしょう。

天の父母様が願われ、真の父母様が願われる人類一家族、全ての国の民が、73億人類が、今日の全世界で絶望に近いような事件ばかりが起きているでしょう。

宗教の壁があるでしょう。人種の壁、文化の壁、国境の壁、またそこに同じ宗教間同士の聖戦をする戦い、想像もできないようなことが起きている反面、また人間自身の過ちによって、この地球自体が病に陥っている。

最近多く起きている地震や津波の現象。こういったことで多くの犠牲者が出ているでしょう。しかし、全ての国が、また大きい国が全体を考えるよりも自国の利益をまず考えようとしている。

過去イギリスがそうであったように、ヨーロッパの多くの国がそうであったように、再臨メシヤの基盤を磨くために天はキリスト教基盤の中に民主主義を育ててきた米国においても。

米国にこれほどまでの祝福を与えられたのは再臨のメシヤをお迎えするための準備として立てたからです。しかし、再臨メシヤを立てていくより、本来の本質を立てよと言っているのにそうならない中、助けたのは誰だったのか。真の父母様が救ってあげたでしょ。しかし、まだそのことを悟れないでいる。残念な位置にいるということも事実です。

だから、私は今まで誤ったすべての問題を一つ一つ段階的に解決していこうという方向に進んでいっています。それで内的には家庭連合の強固な環境を、そして未来の二世三世を中心とした人材養成、この大学における運動を通じて若者たちがその先頭に立って、み旨の道を立てていく。

そして真の父母様と共にひとつになって実質的にこの国と世界の前に見せてあげることのできる環境圏を作っていってるところでしょ。そうじゃない。

そしてまた、それだけじゃない、お父様が世界を抱いていこうとされた知識人たち、特に科学者、有名な教授たち、こういった人々を一つに結んで平和の世界へと進む責任と召命を与えていったというのに、その人たちの持続した取り組みの報告がなかったから中断してしまっていたことも多々ある。

でも、世界復帰、国家復帰のために私は新しくこの科学者たちの頭脳を通して、今まで科学者たちが人類文明において多くの貢献をしてきたことも事実であった。

しかし、もっと大きく見てみると彼らが研究した結果が恐ろしい破壊をもたらすことになる、たとえば核のような結局は地球を汚染してしまうことにむしろ貢献してきた。

だから私は新しく、神様が創造なさるこの美しい地球が本来の形態にしっかりと帰っていくことができるように、誤った科学の発達を良き方向へといくように。

韓国でも原子炉がたくさんあります。貢献している面もあるけれど、その廃棄物が生命を奪っていくような危険性を持ちながらいってるということを知っているのか。とても深刻なのです。

無条件にたくさん作ったからといって良いわけではない。対策なく進めていくことで、地震が起きたりして、原子炉が破壊されたりしたら生命体が生き残ることができなくなる。

もし、そのようになったら人間も生きていけなくなることを指すでしょ。それを真の父母の立場として、危険だ危険だと言いながら見つめているだけで良いのでしょうか。

だから、私にはやることが本当に多いのです。皆さん、私がやろうとすることを助けてくれますか。皆さんたちがいてくれるので、私も力が出るわ。

今日は暑い、汗をかいてしまう。話したい事がいっぱいあるの。だからこんなに暑くなってしまうのかしら。多様な面において私が生きている間、天の父母様がありがとうねと、あなたたちが真のお母様と一つになって私の夢を成してくれたんだねと、天の父母様がそのように言う。

遅らせることができない緊迫感、そういう現実でしょう。そんなところに直面していることを皆さん切実に感じて下さいね。この摂理ということにおいて、明日という考え方はない。

今日勝利を治めなければならない。いいですか。そうした切迫した心情をもって天の父母様、真の父母様を解放して差し上げる孝子孝女忠臣、誇り高い天一国の勇士になってくれることを祝願します。

以上お母様のみ言葉終わり



この「一人娘の摂理観」は、私たちが今まで信じてきた統一原理の内容とは少し違うような気がすると思われた方はクリックお願いします。
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再臨主による救いの恩恵その3、 富士登山の話

数年前に、家族全員で富士山の聖地を目指して登山をしました。私が足がまだ元気な内に登りたいといったものだから、子供たちが心配して、自分たちもエスコ-トをする為について行くというのです。

富士登山用のバスに乗り込んだら、一般の登山者が倍以上いまして、不思議そうに私たちを見ていました。長男の嫁が韓国人、長女の婿はアメリカ人、次女の婿はアフリカ人ですから目立つのです。

それで、みんな競うようにして、私の持ち物を持ったり、担いだりして、いたわるものですから、ついに彼らは「あなた方は何者ですか」と言うのです。

みんな顔が違うのに、親を労わり、本物の家族以上に家族的だというのです。自分たちの子供たちは親のことをジジイとかババアと呼び、しまいには気に食わないときは"死ね!"と言う。どのようにして、そのようないい家族を作ったのかというのです。まるで、神を見ているようだという。

それもそのはずです。会話の内容が世俗とは違い、何か神々しいのです。神のオ-ラが輝いていたのでしょう。

新約時代はイエスが”私を見たものは神を見たものなり”と言いましたが、成約時代は”祝福家庭を見たものは神を見たものなり”と言っていいでしょう。

この貸し切りバスの登山者はガイドを先頭に帰りまで団体行動をしなくてはなりませんので、四六時中一緒なのです。当然、神様や原理の話になり、その内、3人ほどが原理を聞くことになりました。これは再臨主の救いに与からなければありえない出来事だと思います。




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再臨主による救いの恩恵その2, 高校時代の恋人の話

高校時代には恋人がいまして、お互いに好意を持ってお付き合いをしていましたが、情が深くなるにつれて、肉体的にも一つになりたい欲望が出てくるのです。でも本心の奥深いところではそれはいけないと言うのです。

そこで、気がついたのは、愛と欲望は方向が違うと言うことでした。愛は相手の幸せを願いますが性欲は自己中心的でした。180度も違うのです。

それゆえ、自分に危険を感じたので、恋人とは距離をおくようにしました。自分の不純な欲望で愛する人を汚したくなかったからです。

ちょうどその時、私の小さな町にもカトリック教会が出来ましたので、不思議な力に導かれて、学校の帰り道寄ってみました。驚いたのは神父様の生き様です。

愛欲・性欲を捨てて、独身で神と人類のために尽くしているではありませんか。まるで、神様のようでした。そこで、私もクリスチャンになる為に随分修行して、4年後に恋人に会ってみると、すでに別な男性と婚約していました。

私の心がもう離れてしまったと思ったのでしょう。お陰で、原理に出会い、献身しましたので、神の導きでした。

祝福を受けて、3年目の10/21の祝福記念日に私はアメリカの教会で感謝の祈りを捧げていました。

すると、久しぶりに神の神霊が全身を覆ってくれました。嬉しさのあまり、360度、手を伸ばして触ってみると何処を触っても神の霊気に満ち溢れていました。そんなことをしているうちに、誰かの手に触りました。

よく見ると、東京にいる相対者の手でした。霊的現象でした。その感触は神の霊気に触っていた感触と全く同じ感触でした。ああ、これは祝福によって肉体までも聖化された、と実感したのです。そこで、初めて霊肉両方の救いを覚えたのです。

それゆえ、この感覚で夫婦が一体となり、子女が授かれば文字通り、神の子が生まれるのだな、と思ったのです。夫婦生活をする時は神の霊に満たされ、完全に肉体までも聖化された実感を得るまで黙想します。そのようにして3人の子供が授かりました。

そして子供たちが年頃になった時に、自分がどのようにして人間的な性欲と戦い、神の次元まで高めたかを話して聞かせます。そして、貴方たちは、真に真に神のことして生まれたのだ!と宣言します。そのせいでしょうか、3人とも無事に祝福を受け清く生きています。

このように、再臨主の救いの力によって肉体までも聖化されたのは大きな恵でした。




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再臨主による救いの恩恵その1、神に会ったような実感


私はかつてクリスチャンだったころ、カトリックの修道院の朝5時のミサに出席する為に北海道の釧路の真冬マイナス20以下でも雪を掻き分けながら、30分かけて坂をよじ登って通ったものでした。でも、神は遠い存在でした。王と僕のぐらいの距離感がありました。

しかし、アボジを受け入れ、祝福を受けますと、神がとても近く感じました。正午定着とよくも言ったものだと思います。神が100%自分の中に居てくださる実感がするのです。

777双は祝福を受けても5-6年間の家庭を持たないで、み旨に励んでいましたから、その間、時々相対者に会いますと、お互いに神に会ったような実感をしていました。

それで、「私たちを見たものは神を見たものなり」と公言したものでした。即ち、この道に来て獲得した最大の収穫は神を100%獲得したことでした。したがって、これ以上の恵が他に考えられないのです。



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777双祝福の証 その2(私の家庭を見た者は神を見た者なりと言えるような家庭を形成すること)



私が相対者をつれて北海道の実家につれて行きますと、その評価はUCの同僚達のそれとは逆であった。

当時、相対者は65キロもあり、私の父母に送った手紙の字はとても下手で、おまけに母子家庭であったので、受け入れてはくれましたが、そんな高い評価ではありませんでした。

そこで、私は「私のような片腕しかない男に嫁に来てくれる女性などはUCを除いていない」と切り札のつもりで言ったのですが全然通用しませんでした。

それは片手ですごい彫刻の作品を作って北海道新聞に取り上げれ、高校時代には自分の高校の相撲部を北海道大会で優勝まで導いたキャプテンということで、これまた新聞に取り上げられ、凱旋して町に帰って来た時には高校のブラスバンドが出迎えて、町中を練り歩いたものですから、いっぱしの町の英雄になっていたわけです。

だから、片腕など無くても来てくれる嫁など沢山いると思っているわけです。おまけに、親父は網本だったので家柄にも誇りを持っているわけです。教会内の功労者はここでは通用しないのです。

しかし、まあ、相対者はいい人だと言うことで、本人同士が喜んでいるのならそれでいいではないか、というところに落ちつた訳です。

結論として相対者と二人で大笑いしたことはどっち(UC)も、どっち(世俗)だということです。

要するに私も家内も己を無にして神にゆだね、その結果としてメシヤを媒介に神によって結ばれた結婚(祝福)は絶対であり、人間的なコメントや評価はUC信徒であろうと、あるいは実家のような世俗であろうと、それは相対的な二次的、三次的なもに過ぎないということです。

そして、最後に残るのは私の家庭を見た者は神を見た者なりと言えるような家庭を形成することです。どんなに個人的な実績を積んでも、祝福家庭までも犠牲にしたために、子女の心が離れ、信仰を失い、この世の男女を結婚をしまうと、神の血統が一代で終焉です。

日本のトキみたいなものです。おかげで、中国から借りてきて繁殖させねばならない有様です。

神においては被造物の勝利がなくしては勝利が無いように、祝福家庭においては、子女の勝利なくして親の勝利は無いのです。





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777双祝福の証その1(マッチングの時の証)

私がこのブログ村に顔を出してから約70日が過ぎて、皆様のおかげで最近は上位に定着しているようで感謝しています。

7月に私の証を数回投稿したのですが、その時はまだアクセス数も少なく、多くの人はまだ読んでいないのではないかと思うので、自己紹介を兼ねて、これから数回私の証を投稿します。


今回は、777双のマッチングの時の証です。

覚えていることと言えば、その前夜にアボジから自分に最も相応しい祝福候補者の名前を5人ほど書きなさいと言うことでした。それで、一番嫌いな人、したがって、最も祝福を受けたくない人の順番に名前を書いていきました。

すると、不思議なことに神の臨在感からくるなんともいえない安らぎを感じました。基準の高い者も、低い者も、美人も醜人も、学歴も無学歴も全く関係のない神の愛だけの世界を感じるようになりました。神は何人も等しく愛し、神の愛の中ではすべて平等であるということでを実感しました。これは永遠の宝です。

したがって、家内は功労者の上位にいましたが、アボジが「この女性に最も相応しいと思える者、手を挙げなさい」と言われた時、自動的に手が挙がって「ハイ」と高らかに答えて、立ち上がりました。家内がこれを受け入れてくれましたので、決まったのです。

後ほど、杉山モトコさんがやって来て、家内に「貴女は誰と祝福を受けたの?」と聞きながら、私を見て「まあ、師観さんと・・?」怪訝な顔つきと、家内に対する深い同情の表情で驚いていました。

これは無理も無い反応でございまして、・・・と申しますのは、当時の私は心霊的には基準は低く、低空飛行で何とか献身者についてついていくような状態でしたから当然なように思いました。

更に、片腕も無く、いかにも惨めな格好をして、風采の上がらない格好でしたので、内的にも、外的にもそのように思われて当然の状態でした。この当時、功労者の女性たちには地区長、少なくても教会長というよな男性指導者たちがあてがわれていました。したがって、家内の場合は例外中の例外だったのです。

同僚の男性たちから、「あなた、心臓に毛が生えてるね!」と言われたり、「教会に来たおかげで、良い女性をもらえたね」とか、いろいろ言われました。一番、すごかったのは、家内が私を久保木会長に紹介した時のことでした。会長曰く、「阿部、よくもこんな男と祝福を受けたものだな・・・」と、ため息をしながら、つぶやいたことです。

しかしながら、これらの言葉が私においてはみんな祝福の言葉にしか思えてならないので、全部感謝でした。ひどい言葉(?)を言われれば言われるほど、とてもうれしいのです。ただ「ありがとう、ありがとう」でした。

どうしてか?と問われれば、恐らく、私がUCに来る前に行っていた、ヤマギシズムというユ-トピア社会と作っている団体の哲学のせいだと思います。

それは、山岸という方が創設者ですが、会員が「お金が取られました」と言えば、「よかったね」と答え、「家が火事になりました」と言えば、「益々、良くなりましたね」と答えるのです。

ほめらることもさることながら、くさされることもここでは天国なのです。「変に処して動ぜず、自己の絶対の位置を見出し、そこに立つ」という哲学ですから、その影響はとても大きいと思います。ですから、何が起きても感謝しかないのです。

家内の証によると、「実は、私も候補者に師観さんの名前を書いたのよ」いう女性に5人も出会ったと少し怒ったような顔つきで言っていたのは印象的でした。

中には、「あの人は将来国際舞台で活躍する人だよ」と言って来る女性もいたと言うのです。事実、私は1973年の第三陣のアメリカ行き部隊の中心者になり、西海岸ではDr Bergmanの下で英語で原理講義を担当し、ワシントン大会の動員ではそこそこの成果を挙げましたので、ベルベディアで世界のリーダーたちの前で、名前を呼ばれてその功績をアボジに讃えられたので、その女性の言葉はまんざら外れたわけでもなさそうです。



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