理想と現実(韓国の先生方のヤンバン的な振る舞いの数々)



随分前の話ですが、1800双の兄弟が世界の120ケ国へアメリカ、ドイツの食口と共に3人一組で宣教師として、派遣された。数年立って、古参の韓国先輩食口が派遣されて、各大陸を主管するようになります。

しかしながら、これらの先輩家庭の方々は世界に出た経験も無く、従って、宣教に勝利した方々でもない。また、英語が話せる訳でもなく、派遣された国々の公用語(フランス語やスペイン語)を話せる訳でもない。

一番大きな問題は宣教国の政治的、社会的、歴史的、文化的、宗教的背景が分らないことである。

話が飛びますが、南米を中心とした4200名の女性宣教師派遣の摂理の時に、せっかく、世界平和女性連合で、回教圏で受け入れられ、かなりの成功をしていたが、韓国の先生がやって来て、これからは原理を直接伝える時代だ、と言って、伝道を始めたとたん、追放され、せっかく築いた基盤が全部失ってしまう有様である。

関連した話しになりますが、これらの先生方は、それでいて、危機に対しては敏感である。自分は一番安全なホテルに陣を敷き、そこから、指令を発するのである。危ないとなったら、サット誰よりも早く任地国から逃げ出すのである。残された宣教師達は投獄され、私も投獄された。なんだかセウル号の船長に似ていますね。

監獄の話しになりますが、囚人が寝ている反対側には溝があり、そこで、小便をするのであるが、監獄の中は悪臭で充満している。しかし、私はこの体験を貴重に思い、神にとても感謝しましたので、とても大きな恵でした。

話しは戻りますが、120ケ国の中には宣教に勝利し、素晴らしい発展をしている国もある。すると、韓国の先生と言われている方はその国を欲しくなって、TMにここの国の日本人宣教師は全体を統率する政治力が無いなどと報告して、自分が取って代わろうとする。そのような会話を本人の前でやったのだが、彼は韓国語が分る宣教師なので、大変心に傷を受けたと言う。

また、宣教師の中にはビジネスに成功した食口もいる。すると、韓国の先生方は成功しているビジネスを全部取り上げてしまうという。従って、取られない為には、常に赤字にしておかねばならないと言う。

これはアメリカでも同じことが起こり、それをやられた日本のKさんは大変傷ついている。日本でも同じことが起こり、摂理ビジネスのような利益の出ないものには一切手を出さず、利益がでる天地正教と世一観光を主管して、あぐらをかいていた方もいた。

それゆえ、これらの辛苦を体験し、見てきた者たちは、異口同音に、つらく、厳しい仕事は下々の者にやらせて、成功したら、組織の上の者がやって来て、それを主管したり、取り上げたりする文化構造はどう見てもヤンバン文化の伝統であり、精神性に見えるというのです。そして、このやり方は果たして神が目指している神の国、あるいは天一国の文化なのかという疑問を投げかけるのです。

更に、厄介な問題はそのような苦い経験をした彼らは全員ではないがアボジはどうして、ただ、韓国人だと言うだけで、海外宣教の経験も無く、勝利したことのない方々を主管者として派遣して来るのかというのです。神学的に説明してみろと言うのです。

私の答えは、簡単で、X-横軸(学問的客観論理)とY-縦軸(信仰の論理) から論述するだけです。宗教社会学の観点から見れば、メシヤといえどもその神性はともかくとして人性はヤンバン文化の伝統を持つ韓国文化の中で生まれ、育ちましたので、その産物としての側面は否定できないことでしょう。

信仰の論理によれば、初期の時代から自分と共に苦労をして来た、韓国の先輩の食口の方々を世界に出して、教育し、世界の指導者にさせて上げたいという配慮があったのでしょう。





それにしても、この韓国の先生方の振る舞いは何とかしてほしい。韓国的ヤンバン文化から抜け出して、自らを犠牲にしても世界の為に生きる真の愛を実践できる教会幹部になってほしいなと思われた方はクリックお願いします。
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憂韓論(韓国と韓国教会の現実を憂う)

「嫌韓」はともかくとして、「憂韓」は食口なら誰もが感じていることでしょう。私もその一人です。

その理由は、せっかく、メシヤが韓国を天の側のアダム国家として立てたのですから、この国がその天的使命を全うすることを願うのは当然のことと思うからです。

摂理的にはアダム国家韓国とエバ国家日本が一体化しなければならないはずだのに、韓国の現政権が反日を掲げて、サタン側のエバ国家中国に擦り寄るのですから、これは堕落に限りなく向かっていることになります。

それゆえ、UC信徒なら、誰もが韓国の将来を憂うでしょう。天から見放され、天運を失うからです。

事実、韓国の経済にも陰りが出始め、「セウォル号」沈没事故という大惨事が起こり、更には、列車事故が続いて起こりました。これは天の警告として受け取るべきでしょう。

かって、顕進様が第四アダム(?)とか呼ばれていた時代に、韓国の食口に向かって、「あなた方、韓国人は日本に来て、何を指導しょうというのですか。韓国ではすべて失敗して来た人々ではないですか。それどころか、韓国そのものが失敗した国では無いですか。その失敗した韓国のパラダイムをもって、韓国人と言うだけで、どうして世界を指導できるというのですか。その内容の無い権威主義がいけないのです。もっと謙虚になりなさい。そうしないと、誰もついてこないでしょう。」と言われたことを思い出します。

それでは、韓国はどのような内容が無いと言うのでしようか。一言で言えば、「為に生きる精神の欠如」と言えるでしょう。少し古い話ですが、セウル号について考えてみると:

1.船長以下、ほとんどのクル-が乗客の命よりも自分達の命を優先して逃げ出してしまう、という有様です。

2.さらに、「セウォル号」は、最大積載量の3倍を積んで船が復元力を失っていたことが転覆の原因だと言う。すなわち、安全よりも、利潤を優先した結果が引き起こした惨事だという。

3.「セウォル号」は数名の人間の欲望によって不法な「改良」をされ、それを検査する官僚がろくに審査もせず、許可してしまったいう(マニュアルの不徹底)。恐らく、賄賂を通して官僚と業界が癒着している社会的、文化的構造がそれを許しているのでしょう。

4.それゆえ、官僚の腐敗の糾弾は韓国政府とその長である大統領にまで及んでいる。すなわち、その原因と責任が国全体に及んでいるのです。

そこで、その一例として、こんな記事を紹介しましょう。

春の冷たい雨が打ちつける韓国で、空港から乗ったタクシーの運転手さんが、ぽつりとつぶやいた。

修学旅行に向かう高校生らの多くが犠牲になった旅客船沈没事故。政府や船会社のずさんな対応を伝えるラジオを聞きながら、彼が発した言葉はさらに重かった。

「大統領にも船長にも責任はある。でも一番悪いのは私だ。何の罪もない若い命を一瞬で奪う、こんな社会を作った私たち大人が一番悪い。」という。

とろで、ローマ法王は韓国民に異例のメッセ-ジを送られた。「韓国国民が、この惨事を教訓をして倫理的、霊的に生まれ変わるように」というのです。

正しく、これを天の声として受け止める人々は少なくは無いでしょう。

ところで、この問題は、韓国のUCとその信徒、そして、韓国人が指導する世界の教会は例外で、該当しないのでしょうか。

宗教社会学の観点から見れば、韓国のUCの信徒達もこのような韓国文化と社会構造の産物と見なされるのです。事実、献金の中抜きが普通に行われ、前総会長が日本UCから密かに集めたお金で、30億のビルを韓国に建てるとか、劉総会長の時代にも、韓国の自分の出版社で安くみ言葉を出版し、日本の信徒に販売して、そのリベイトを得るとか、200億円が清平から消え、金孝南氏の夫名義の破綻寸前の民間企業に秘密裏につぎ込まれた話しなど、など枚挙に暇がありません。

それゆえ、現在、船会社の社長が、キリスト系異端の教祖であったということに対するある人の「 同沈没事件は我々の状況とかなり相似的な事象と認識するようになりました。即ちUCに内在する種々の課題が社会的に多面的に発露した結果かと。「明日は我が身」です。」というコメントは決して他人ごとでには思われないでしょう。

ところで、ロ-マ法王のメッセ-ジを受けたクリスチャンの多くは325名の高校生の死が韓国が霊的に生まれかるための供え物のように思えたという。

すなわち、彼らの顔がイエスの顔に変わったという。そして、神ご自身が十字架に付かれたと言うのである。

そして、私もUC信徒としてだけでなく、カトリックで洗礼を受け、修道士を目指した者として、彼らの悲惨な犠牲の姿のなかに神ご自身の姿を見るのです。マザ-テレサもまた道端で倒れ、悪臭を放っている老人の中に神の姿を見たという。

残念なことは、嫌韓のあまり、この罪の無い犠牲者達を何とも思わなかったり、当然の報いのように思う人たちがいることです。

嫌韓の感情に主管され、事態の背後に神の心情を感じることが出来ず、創造本然の人格まで失ったら元も子もありません。

献金ノルマに主管され、教条的な状態になり、信徒達のすべての財産まで取り上げ、借金漬けにして、路頭に放り出して、その結果、信徒を不幸にして、天のためには当然だとか、止むを得ないといっている人たちの中に神を見るのは難しい。逆に、そのような犠牲になっている信徒の中に神の悲しみを見ます。




セウル号の犠牲者や、謝金地獄で苦しんでいる信徒たちの背後に、神様の心情を感じることができるような、我々UC信徒になっていきたいなと思われた方はクリックお願いします。
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UCの実態と未来への希望(エクレシアとコイネー)

キリスト教の信者たちは「ユダヤ教徒はとても愚かである。なぜなら、彼らはキリスト教の2000年の歴史を見ていながら、今なお、イエスがキリストであることを信じることが出来ずにいるからである」。

これに対して、ユダヤ教徒は「キリスト教徒はたちは盲目である。なぜなら、このように罪に満ちた世界に住んでいながら、イエスが十字架で死ぬことによって、彼のメシヤとしての使命を果たしたと信じているからである。イエスの目的は、地上に神の国をもたらすことであった。その神の国はどこにあるというのか」と言う。

この話しを聞いた二世の神学生たちはお互いに、「あなた方、統一教徒は、”愚かで、盲目である”、なぜなら、再臨主が来ることによって、地上に神の国がもたらされると説かれているが、実態は韓国至上主義に基づいた李王朝の再現を思わせる絶対君主制での借金地獄と自己破産社会であるからである」といって、苦笑したと言う。

さらに、UC以外の神学生からは「実(カルト的行為)を見れば木(その教え)が分る」とも言われたと言う。



原理によれば、イエス以外はいかなる聖人と言えども、原罪があるので、長成期完成級止まりで個性完成を成し遂げた者はいなかったという。

それでは、真の子女様の家庭も含めて、どこの祝福家庭が完成したのかと彼らは問う。

ここに、UCの教義が説いていることが実態として成就しなかったので、人格完成、家庭完成、神の国の神話は崩壊したと言う。


キリスト教の歴史において縦組織の教会(エクレシヤ)が崩壊した時、信徒達が「二人が心を一つにして祈る時に神が働く」という聖句を信じ、兄弟(信徒)の交わり(コイネ-)の中に神が働き、臨在することを実感して新たな信徒集団を形成していった事実がある。ピュリタ-ンはその典型的な例である。彼らはアメリカの建国の礎になったと言う。

UCの信徒が神の導きで結束する時に第二・第三のピュリタ-ンが生まれることでしょう。また、私達が夢を捨てない限り、たとえ古い神話が崩れても新しい神話が生まれ、二世・三世へと受け継がれていくことでしょう。

なぜなら、神が夢を捨てない限り、神とともに歩む者たちが必ず現れ、その実現に向かって歩むからである。時々、神の夢と無限にゼロに近づくという双曲線が重なる時がある。




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真の信仰者とは(私の祖母の話)

私の祖母は、明治元年生まれで、全く無学なドン百姓の方でしたが、優れた霊性・霊感の持ち主で、霊界や神と霊通する人でした。

ちょっとした霊能者でもありました。当時、北海道に一攫千金の夢を抱いて多くの人々がやって来ましたが、失敗して本州に帰って行くのですが、子供を育てられず、捨てて行くのです。

捨て子を50人ほど預かり、自分の子供と同様に平等に育てていました。裸一貫で、北海道に渡り、一心助けみたいな格好をした魚屋をしながら、他人の子供も育てるのです。

勿論、空海や最澄、日蓮、神道、儒教などは学んだことは無いのですが、人徳のある人でした。神に対する信仰はすごいものでした。

とても貧しいのにも拘らず。捨て子50人も預かるのです。神が必ず導いてくれるという強い信仰があったので、やり遂げたのです。

人間には内面から湧き上がる知恵と外から学んでくる知識とがあります。知識には限りがありますが、知恵には限りがなく、汲めども汲めども内から湧き上がって来るのです。それはまさしくみ言葉でした。

それゆえ、お弟子さんたちが集まって来て、その中にはそこそこの学者もいて、その言葉を書き取り、本にしてくれました。これが教祖と学者の違いなのです。

仏教ではそのような知恵を般若の知恵と言います。真の信仰者とは、神の前に自己否定して無になりきった時に、神が相対してくれて、神自らがその人を通して語りだすのです。そしてこれこそが立派な信仰者なのです。




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献金問題とUCの将来(UCの残念な現実)

1.久しぶりに古参の勝共闘志たちに出会いましたが、その中で献金の行方について詳しい方がいて話してくれた。1968年だったであろうか、アボジが韓国の幹部達を引き連れて、日本にやって来た。

名古屋のある壮年が5000万ほど教会の祭壇にアボジへの献金を置き、トイレに行って、帰ってくると2000万円無くなっていたという。それで、そこにいた36家庭の幹部に聞いたら、献金はいったん捧げた物ですから、それがどうのように使われようといいではないですか、と言ったという。当時の5000万円は今の5億に値すると言う。



2.アメリカのイ-ストガ-デンに毎月借金してまで200億円の献金を持っていかねばならない時代があった。そこにおける御前会議は名ばかりで、実際は各事業を担当している韓国人の先生方がやって来て、取り合うようにして持っていってしまったという。

その内、中抜きがあり、実際にはどれくらいが事業に当てあわれていたのが誰も分らないという。なぜなら、献金の決算報告は無いからである。

顕進様が全米の経済の責任者に任命された時代に、全米で各ビジネスに責任をもっている責任者を集めて会議を開いたと言う。

すると、黒字だったのは日本人が責任を持っていたTrue Worldと顕進様、自らがが経営している会社だけであったという。

残りの韓国の先生方が責任を持っているどのビジネスも赤字であったので、その原因を追究したら、全員、アボジの言う通りにやった結果だから、自分達には責任はないと言い張ったという。

すると、顕進様は「あなた方は自分の失敗をお父様のせいにするのか!」と、烈火の如く怒り出したという。

小生が思うには、「親方、日の丸」と言われるように、いざとなったら、日本の献金で補填しようという献金体制が韓国の先生方の甘えを助長し、かえって駄目にしてしまったのではないかと思います。

さらに悪いことは、自分達のpoor management(経営無能)を「日本がもっと献金しなかったからだ!」と日本のUCに責任転嫁する言動です。



3. そのような文化の中で、以前の総会長が献金の中抜きをして、30億円のビルを建てることは何の良心の呵責も無いと言う。

この話しを韓国の食口にしたら、幹部が献金の中抜きをするのは韓国のUCではよくあることだと言う。今はどうなのかは知りませんが当時は韓国のUC幹部達も献身者でしたので、給料が無かったと言う。それゆえ、献金の中抜きは暗黙の了解であったという。

何やら、このような文化はヤンバン制度の中にすでにあって、彼らは給料をもらっていない代わりに、支配している庶民からお金を巻き上げていたと言う。問題は日本の教会の「長」の付く者たちまでが韓国人の幹部達の真似をしている人が出てきているという。



4. ある霊的な古参の食口がアボジの夢を見たそうだが、アボジは信じていた統一教会が今ではサタンの巣窟になってしまっていると嘆いていたという。

この話しを聞いた小生においては、ただの夢ではなく、とてもありそうな話しに聞こえました。



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みことばとは何か(その2)

み言葉とは「神の言葉」、あるいは「神が語った言葉」ということになるようですが実際には人間を通して語るので、聖書の時代はヘブライ語であったり、アラム語であったり、ギリシャ語であったりします。

再臨の時代はメシヤが韓国語を語るので韓国語になります。

更に、これが各国の国語に翻訳されると、各国の言葉と言うことになります。

要するに、「神語」などというものは存在しません。そこで、問題になるのは、神が人間を通して語った場合、果たして、それが神が本当に語っているのかそれとも、神の名で本人が勝手に語っているのかということです。

かって36家庭のキムオンピル先生がみ言葉をアメリカ人に語る時に、日本人を使うのです。

そこで、韓国人で英語を話せる信徒を通訳者に使った方がもっと良い通訳が出来るのではないでしょうかと提案したら、あなた方は韓国人を知らない、と言うのです。通訳ではなくて自分の説教を始めると言うのです。

これを神様と人間の関係に置き換えてみますと、人によっては、人間が勝手に自分の思想や考えを語りだすということになります。

それでは、アボジが竹島や対馬や九州までも韓国の領土だと言ったとしたら、神がアボジに乗り移って語ったのかそれとも、その時の勢いで、アボジが勝手に語ったのかという問題が出てきます。

当然ながら、アボジの知識も限られていますから、その範囲しか語れないことになります。

更に、誰かが間違えた情報をアボジに伝えたらアボジといえども間違えた情報を語ることになります。

しかしながら、アボジを神の実体だと信じている信徒にとっては
アボジの語る言葉がすべて神の言葉になってしまうのです。

ある韓国の新聞にTFとTMの会話が掲載されているので、その日本語訳を引用しますと:

TM:「世界宣教本部会長の言葉だけ聞け」と言う言葉は書きませんか?それがアボジのみ言葉じゃないですか?すべての宣教国は、すべての統一百姓は世界宣教本部の公文指示事項だけ認定しなさいということにサインするのはいやですか?・・・」

TF:そのようにするの、全部みなここに入っている。

TM:だから宣教本部から出る公文だけを百姓は信じなさいと。

TF:何故何度もそうしろというんだ?なんで?

TM:その一言が重要だと思うからです。宣教本部を認めようとしないから。それをちょっと助けてあげて下さいということです。

TF:ああ、認定が何だと言うんだ、亨進が本部にここにみんな文亨進がなのに。ホホ-ツ。

TM:それでも今現実が、ああ、全くもう。

以上の会話から神が直接TFとTMの口を通して語っているとは思えません。神が一方では「ああ、認定が何だと言うんだ」と言ったり、他方では「ああ、全くもう。」などというのでしょうか。これは明らかに、人間同士の言葉です。

二世の中にはTMの「統一百姓」という言葉使いに違和感を覚えている人たちは決して少なくはありません。

これはTMのヤンバンmentalityから来ているのではないかという人もいます。もしそうだとしたら神様とは随分違うお方と言うことになります。

旧約聖書の預言者たちの中には「聞け、イスラエル、神は言われる・・・」と言うようにまるで神の言葉を直接預かり、述べ伝えている者もいます。それゆえ、逐語霊感説を唱える神学者が出てくるのも無理からぬことです。

これに対して、み言葉と言うものは「人が神の霊によってinspire(鼓舞)されて語ったもの」というのが定番です。

この定義でしたら、み言葉を語る人々の個性や文化的背景に応じた多様性があってもOKということになります。

したがって、クリスチャン出身の説教のみ言葉は聖書の引用が多くなるでしょうし、立正佼成会から来た人の説教のみ言葉は仏法が引用されるでしょうし、勝共活動家の説教は政治的な内容になってくることでしょう。

当然、アボジとオモニの宗教体験は違いますから多様性があっていい訳です。

原理によると、良心の主体は神であると言うのですから、主体なる神が良心を通して語った時は、み言葉になることでしょう。

それゆえ、み言葉とはアボジとオモニの言葉だけがみ言葉ではなく、万人の中にあると言ってよいでしょう。




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みことばとは何か (その1)

数年前に二世が集まってきて、新年会を開催していました。私も呼ばれて参加しましたが 色々な質問を受けました。その中で、み言葉についての質問が重要なので、紹介します。


お父様のみ言葉とお母様のみ言葉の深みが違うというのです。もしみ言葉が神の言葉ならどうしてそのような違いが出てくるのかというのです。

以前、マルスムという言葉は、一般に韓国では「御言葉」の意味で使われていることを話しましたが、「御言葉」なら違いがあっても問題はないというのです。

この問題は、アボニム・オモニムだけの問題ではなく、子女様の一人一人においても言えることであり、みんな個性に応じて「み言葉」の内容が微妙以上に違うと言うのです。

仁進様が北米の教会長の時、各州の責任者に聖日の説教(み言葉を語ること)をさせることなく、全部自分の説教で統一してしまったので、全米の信徒達の中から、たまには自分のところの教会長の説教も聞きたいものだという声があちこちから聞こえてきた。それは この方の説教で語るみ言葉は一般的すぎて深みが無かったからだという。

それでは、神が語るみ言葉に何故こんなに差異が出てくるのだろうか。それは神が差異だらけの存在だからそうなのであろうか。それとも人間に差異があるからみ言葉にも差異が出てくるのだろうか。答えは当然後者ある。

ここで客観と主観の違いを考えてみましょう。

主観と客観の共通点はどちらも「観」という文字が付いていることです。すなわち、これは、どちらにしても観というからにはある対象を観ている主(ぬし)が存在しているということです。

それでは、誰が観ているのかというとそれは人間です。それでは、人間は絶対的存在かと言うと、そうではなく相対的存在です。それゆえ、客観といえでも観ている主(ぬし)が相対的な存在である限り、相対的に客観でしかありえないということになります。

対象が具体的に目に見える物でしたら、万国共通の認識がもてるのですが、それが神となるとどうでしょうか?各宗教によって違うようです。これが衝突すると神の名によって宗教戦争になります。

統一教会においても、自分が生まれ育った歴史的、文化的、社会的背景によって微妙に異なって来るでしょうし、神との係わりの深さ・高さ・広さにおいて個人差が大きく出てきます。

「講論」では「神は絶対者でありながら、相対的な二性性相の中和的存在であられる・・・」(p77)と言っていますので、絶対・普遍なる神と言えども時空の中で被造物としてロゴスを実体化し、展開された場合には人間の数だけ相対化されることになります。

恐ろしいことは、相対的存在である自分を神の実体であるから自分の語る言葉は神の言葉、すなわち、「み言葉」であるので、絶対であり、これに従えと言い張ることです。

日本在住のフィリピン食口がやって来て、「我々もフィリピンの教会に制度として献金するようにとの方針が出された。問題はそのお金が何に使われているか」であるという。全額ではないが大陸会長の子供達の教育費に使われているという。”神の実体”ともなれば(思い込み)公私の区別がつかなくなるのです。

それゆえ、食口の間ではフィリピンの教会関係の公的財産の名義を大陸会長の名義にしては絶対にいけないという暗黙の了解があるという。

このような了解はアフリカで起きた事件を契機にオセアニアでも同じであるという。ところで、日本はどうでしょうか。言いなりのままになっているのではないでしょうか。

私達は祝福は受けましたが、ご子女様たちですら堕落性もあり、完成したわけでもないと言っているのですから「神の実体」などと言わない方がいい。また、「神の実体」と言うのなら、何も大陸会長だけに限らず、すべての食口が程度の差こそあれ神の実体ですから主従関係を作らず、威張らないでみんな一人一人を大切にした方が良いでしょう。

したがって、「み言葉」も「長」の付く者だけが語るものではなく、すべての食口が程度の差こそあれ本心に基づいて語るものなので、もっと謙虚になった方が良いことでしょう。

更に、恐ろしいことは、堕落人間で構成されている世界において、ある特定の国を神の国にしたてあげて、絶対化してしまうことです。

一体、韓国のどこが神の国だと言うのであろうか。日韓が一体化することが御心なら反日のどこが神の国の内容であろうか。天の側のエバ国家を差し置いてサタン側のエバ国家に擦り寄る韓国が果たして天のアダム国家のあるべき方針と言えるであろうか。それゆえ、その時点で韓国はすでにアダム国家の資格を失っている。

それだけではない。そのような堕落したアダム国家に対して何の抗議もせず、逆に反日を容認し、韓国政府と一緒になって合唱している韓国の統一教会とそれを日本で指導している者たちは一体何者だと言うのであろうか。

このように、相対的存在を絶対化して崇めると偶像礼拝となります。神がモ-セの十戒を通して伝えたみ言葉、すなえわち、神以外のものを崇めることはいかに問題となるかを聖書と歴史は人類の教訓として教えています。(今日はここまで、次回に続く)




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私の天国観

私の天国観はすでに中学生の時に、抱いていました。社会科の授業の中で、共産主義とは「能力に応じて働き、必要に応じて分配する」社会であることが紹介されました時に、私は、これは天国だと思いました。

私の家は自営業で、半農半漁を営んでいましたので、 家族全員でそれぞれの能力に応じて働き、必要に応じて分配・消費されていました。

10人兄弟姉妹でしたが、能力は皆違います。儲けたお金は父母が管理し、子供の必要に応じて分配されていました。

父母が一番働くからと言って、みんなよりも多くの分配を主張する
訳ではありません。誰よりも朝早くから、夜は遅くまで働きますが、いつもボロをまとい、少食で生活し、子供たちには沢山食べさせ、チャントした身なりをさせようとしていましたから、搾取社会ではありませんでした。

したがって、このような家族のような生産と消費のあり方を国家的次元で展開しようというのが共産主義社会だと考えていた訳です。

では、如何にしたら、そのような社会が出来るのだろうかと考えた時に、社会科の授業の中で、キリスト教が紹介され、その教えとして、「自分を愛するように、他人を愛せよ」という内容が心に触れたのです。

すなわち、皆が本当に自分を愛するように他人を愛したら、人が食べる物がなく、着る物もなく、住む所が無い状態を見て、自分だけが豪邸に住み、高級車を乗り回し、贅沢な生活など出来る訳がないと思ったのです。

それゆえ、そのためには、先ず自分がクリスチャンになって、自分を愛する様に他人を愛せる人にならなくてはと思い、聖フランシス・アシジが設立した聖フランシスの修道院で洗礼を受けたのです。

ちなみに、修道僧は一切の所有を捨てて、神とキリストに仕える生活(清貧・労働・謙譲)をしますので、結果として、共産主義と同じような生活形態になるのです。

そして、初期の統一教会は正しくこのような万民一家族のホ-ム生活をしていましたので、献身したのです。

ちなみに、講論によれば、


「共産主義社会を指向するサタン側の世界において、かく社会主義を唱えるのは当然の主張であるといわざるを得ないのである。

なぜなら、その方向と内容は全然異なるものであるとしても、社会主義的な経済体制に向かって歩んでゆこうとする天の側の路程を、サタン側から先んじてつくって行こうとするものだからである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、
人間はこのような理想をもって創造されたので、その理想を復帰し得る摂理歴史の終末期に至り、・・・、民意による政治も、そのような方向に向かって進まざるを得ないようになるので、最後には神を中心とした社会主義社会が現れなければならない」



と説き、具体的な例として、古代のキリスト教社会、ト-マス・モアのユ-トピア思想、オ-エンの人道主義、キングスリ-によるカトリックやプロテスタント社会主義などに言及しています。

さらに、原理は宗教史、政治史、経済史がそれぞれ別々に発展し、宗教改革はキリスト教の絶対君主制であるカトリシズムから、プロテスタントの宗教的民主主義をもたらし、政治史では絶対君主制から民主主義へ、経済史は一人の人間に富が独占されてしまう経済的絶対君主制から経済的民主主義である社会主義へと発展していくことを説いています。

講論では神を中心とした社会主義社会、すなわち、共生共栄共義主義、万民一家族の世界を説いていますが、私の目指す天国もそれらと一致します。

それゆえ、私の目指す天国は自分は立派な家に住み、高級車を乗り回して、神の家族である、愛する兄弟を破産に追い込み、自殺までに至らしめるような社会ではありません。

また、霊界においても、高額な献金をし続ける人のみが天国に行けて、貧しい食口が行けないような格差社会が天国だとは思いません。むしろ、それをしたくても出来ないで苦しんでいる人々のところに、神の心情は共にあると思います。

例を挙げますと、私がかって赤羽教会の教会長をしていた時に、OO万円献金しないと祝福が受けられないと言うのです。

ところが、教会の青年たちは、すべて献金してしまってそんなお金がないというのです。古くから教会に来て献身的にやっている信仰者・功労者ほどお金がもう無いのです。

逆に、ずるして、お金をあんまり献金してこなかったような人とか、最近来たばかりで、信仰暦が無く、原理がまだ良くわらないような人がお金を持っているのです。

すると、どうなるでしょうか?そのような人たちがお金があるので祝福を受ける事が出来て、信仰の深い功労者が受けることが出来ないと言う矛盾が生じてくるのです。

しかも、その通達がアボジから来たとなると、教会長たちは、本心・良心があるから悩むのです。この状態は明らかに天国ではありません。矛盾ですから立派な地獄です。

そこで、ある友人の教会長が私をからかって、神学的に説明してくれと言うのです。

答えは、意外と簡単なのです。聖書によれば、神に対しては鳩の如く素直で、サタンが主管する世俗に対しては、蛇の如く聡くあれ、というのです。

それゆえ、アボジは堕落人間の弱点とその扱い方を良く知っていて、時には脅しとご利益を巧みに使うのです。なので、アボジの言葉を文字通り受け止めるのではなく、敬虔な信仰者であるがゆえに、アボジの願いに答えられないで悩んでいる人に対しては教会長の裁量で、誰よりも先に祝福を受けるようにしてあげましょうと言うのです。その結果、責めを受けるのであれば責任を取る覚悟が必要でしょうと言うのです。

さらに、メシヤにそんな言葉を吐かせざるを得ないようなお金にセッパ詰まっている状況に深い同情と我々の足らなさを悔い改めましょうというのです。そして、私は50代で教会長を辞任して、何の退職金もなしで、小・中・高の子供を引き連れて還故郷です。

「何を食べようか、何を飲もうかと思い煩うな。ただ、神の国と義を求めよ」というイエスの言葉を実践できる喜びは天国です。

それゆえ、私にとっては神を所有し、神と共にいることが最大の天国なのです。イエスは天国とはあなた方の中にあるという。「あなた方の中」とは主体と対象の正しい係わりを言うのです。それはお互いに為に生きる関係です。



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ウリナラファンタジーのルーツと原理その2



前回の記事に対してミムネットでI氏から次のコメントがありました:​

原理自体は神による天宙の普遍的原理ですから、ウリナラでもファンタジーでもありません。しかし、原理講論や御言葉に記録されている内容は、普遍的真理としての原理と、ウリナラ・ファンタジーとが混在しています。

不磨の大典ではなく、あらゆる角度からの批判・補正・追加・削除が要請されるものです。


これに対する私のコメント:

このコメントは基本的には正論なんですが、現実はたった一点のウリナラファンタジーの為に他の教義がたとえ普遍性を帯びていても、教義全体に与えるダメ-ジは大きいようです。

即ち、原理の最大の問題点は地上天国が韓国を中心になされるということです。

せっかく、原理が神と人類の普遍的な夢を説いたとしても、その一点の為にウリナラファンタジーを正当化する単なる手段に思われてしまうのです。

吉本隆明という有名な思想家・評論家がいますが、彼は原理運動がマスコミに取り上げられたので、興味を抱いて、原理講論を読んでみたら、なかなか深遠なよく出来た教義だというインパクトを受けたと言う。

しかし、再臨論を読んでがっかりしたというのです。講論の結論は韓国を持ち上げ、日本をサタン国家にするために書かれた本だったという。再臨論だけ除けば、後はスバラらしい真理の書物だ、とは見てくれないのです。

原理運動が盛んな時、あるマスコミの記者が文鮮明師はム-ン王国を築こうとしているらしいというのです。

問題はム-ン王国とはどんな王国なのかと言うと・・・、原始共産社会?、奴隷制社会?、封建制社会?絶対君主制社会?資本主義社会?社会主義社会?共産主義社会?などと、関心のある人は問うて来るのです。

私は、その頃はナイーブ(世間知らずの、騙されやすい人)でしたから、確信を持って、講論(508)に書いてある通りに、共生共栄共義主義、即ち、神を中心とした社会主義社会と答えたものでした。

ところが、ある時から、アボジが真に目指しているのは、文王朝で、それは絶対君主制社会であると言うのです。

特に、幹部の立場にあって、よくアボジに呼び出されて、韓国から帰ってくる古参のシックは、アボジに「絶対君主制」について研究しておけ、と言われたというのです。

その頃から、教会の半数以上の信徒には、神を中心とした社会主義社会は建前であって、本音は絶対君主制だと思うような雰囲気が出来ていたのです。

特に、ベルリンの壁が崩壊してからは、社会主義は社会的にも、教会の中においても時代遅れの死語になりつつあったのです。

特に、アボジがTMとともに李王朝(?)の王冠をかぶって写真に登場して来ると、アボジが真に目指していたものは文王朝であり、それは李王朝の再来と言われても何の抵抗も感じない信徒達が出来上がって行くのです。

さらに、世界中の国々がアボジに王冠を献納するように命じられるとそれがrealityを増して来るのです。

事実、世界、特に日本では韓国のシックが日本のUCを支配し、過酷な献金ノルマを課し、文字通り、韓国至上主義の絶対君主制
の献金奴隷制度に酷似した状態が今尚続いていますので、実態的にはウリナラファンタジーが展開されていると言っても過言では
無いでしょう。

しかし、それは神が目指した創造理想ではないので、UCは一代で三つ巴に分裂し、崩壊に向かっているのです。

これは一見残念に見えますが、統一教会の春ともいえるでしょう。余談になりますが、今までに韓国に献金したお金の1/10でも
日本の教会と事業体が日本で使えたら、政界、財界、教育、文化の分野でそこそこの基盤が出来ていたでしょう。




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ウリナラファンタジーのルーツと原理

ミムネットのM氏が以下のような投稿をしましたので、私のコメント添えて紹介します。


呉善花女史がある対談の中で、一般の韓国人の言っている韓日一体化とは日本が韓国に絶対服従をすることを意味するので、現実では一体化はあり得ないというようなことを言ってたように思います。

それはウリナラファンタジーを信じ込みそう思ってしまう民族であるからだという。

朝鮮人の遺伝子の中には6万3千の人間のものとは思えないものが含まれておりあまりにひどいので遺伝子学会に正式に報告できないというほどです。

朴正煕下大統領も「あまりに惨めな歴史しかない朝鮮族・・」と嘆いています。

朝鮮半島の大雑把な歴史は、
7世紀ころ百済・新羅・高句麗の三国時代は終焉し
7世紀:唐の隷属国
13世紀:モンゴルの属国
13世紀:エベンキ族の侵入により旧朝鮮民族消滅
1392年:李氏朝鮮時代が始まる
14世紀:明の隷属国
17世紀:清の隷属国
20世紀:日本が莫大な資本と人材の投与で近代化を進める。

http://z-shibuya.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-6da7... 抜粋

風習から見て朝鮮のルーツは高句麗とは関係のないエベンキ族であることがわかってる。この民族は長い近親相姦で遺伝子異常が現れるようになった。

あまりに歴史がひどすぎるので直視できず、ウリナラファンタジーを真実と考えなければ自分を保てないのです。だから自分たちが常に上で日本人は下級民族だと思うのです。


これに対する師観のコメント:

>あまりに歴史がひどすぎるのでウリナラファンタジーを真実と考えなければ自分を保てないのです。

・なるほど、それで、ナゾが解けて来ました。私も原理が形而上学的仮説であることには気がつきましたが、ウリナラファンタジーであるところまでは、気がつきませんでした。ウリナラファンタジーの観点から考えると、説明できるものが随分あります。

1.韓国を唐突に選民だと言い出す。

2.韓国の気象庁ではダウンバ-ストが起こりうるから飛行機は飛ばないようにとの忠告があるにも拘らず、アボジはヘリを飛ばす。結果として、命はかろうじて取り留めたものの墜落です。

3.ハッピ-に毎月100億のお金を持って来るように命じ、韓国の事業担当の先生方が具体的な計画書も無いのに、夢を語れば、その金をばら撒く。それを4年間も続け、精算書はなし。

4.事業は次から次へと思いつきますが、アボジの言う通りにすれば、大方失敗する。その典型的例がメッコ-ル会社を拡大して失敗です。

お陰で、洪氏は辞任に追い込まれ、一時、韓国のUCの会長になりましたが、ヨ-ロッパの責任者に左遷(?)され、やがて、教会を離れて行く。息子である誉進氏の婿も離れ、娘のナンスク氏も離れて行く。

5.金百文の「血分け」を踏襲し、初期のUCでは一人が3人を相手に性の儀式を通して、神の血統になると信じ込み、実践する。結果は統一家の家庭を見れば、「実を見れば木が分る」という結果になる。さすがのTMも耐え切れず、独生女論を展開し、自分のカラ-を色濃く出し、現在に至る。

6.韓国にはメシアを名乗る人たちが50人もいるというが、ウリナラファンタジーで、自分がメシアだと思い込むのでしょう。
 
7.韓国は日本がアメリカと戦って敗れたので、独立を貰ったにも拘らず、上海に独立派の臨時政府があり、彼らが日本と戦って 独立を勝ち取ったというウリナラファンタジーの歴史観を捏造する。韓国UCもその上に立脚している。

8.日本UCにお金を作らせ、根こそぎ韓国に持って行き、金の鳥である日本UCまで食い尽くし、それでも何とかなると思い込む。

9.結果として、UCは一代で分裂し、崩壊に向かう。

ざっと挙げてみましたが、挙げれば切が無いでしょう。興味深いのは、ウリナラファンタジーでも、本当に信じ込んで実践すれば霊界も働く(?)ようです。

でも、それは長続きしないようです。幸い、原理はウリナラファンタジーだけでなく、神を中心とした万民一家族のような神の創造理想や人類の普遍的な理想にも言及しているので、神も霊界も大いに働く部分があると思います。

問題は極めて個別的なウリナラファンタジーを神の創造理想や人類の普遍的な理想に結びつけないことです。

具体例を挙げると、韓国至上主義に基づいて、韓国人シックが日本のUCを主従関係で支配し、日本人に金を作らせ、韓国に根こそぎ持って行くことをやめさせるです。

韓国人は自分の国に帰り、自力で伝道して、お金も自分達で作り、韓国の教会を発展させれば良いのです。日本のUCも独立して、韓国UCと対等の立場を確立することです。

そうすれば、韓国の先生方のように、自分達の友人に向かって、「あんたも、統一教会に入らないか、ここでは日本人を顎で使えるよ」と言うような言動もなくなるでしょう。

また、古田氏のように、「韓国人が主人で、俺達日本人はイヌだ」という人もいなくなるでしょう。




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