姜賢実先生清平脱出のドラマ、まるで007のよう(江利川さんの話)



コメント欄に以下の内容があった

姜賢実先生がどのように清平を脱出したかを江利川さんが証しています。まるで007の映画に出てくるようなストーリーでした。一見の価値があるでしょう。

https://www.youtube.com/watch?v=HGOJSin7IPU

引用終わり


見てみると、たしかに興味深い内容だった。なんでも、姜賢実先生が追っ手を逃れて空港の待合室に入った時、「イスラエル民族が出エジプトする時は大変だったんだな」と感じたそうです。姜賢実先生の話は6分ごろからです。清平脱出劇の話は41分くらいからです。



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姜賢実先生最新の証2016年12月25日

もうすでにいくつかのブログで紹介されているようですが、クリスチャンでありお父様の第一弟子のような立場の方の証は、少し長いですが、とても貴重なのでここでも紹介しておきます。

出典はここです。
http://h2fanclub.blogspot.ca/2016/12/20151225.html



おようございます。皆様にお会い出来て嬉しいです。皆様にお会いしたいと待ち望んでいました。

ですので皆さんとお会い出来て今日はとても嬉しく思います。このように今日、皆さんとお会い出来て感無量です。

私は皆さんに何を語れば良いのか判りませんが、私の考えでは、私は真実に生きなければならないという心を持って、どこから真実の声が聞こえるかという思いで常に探してきた多くの人の一人です。

そして私はキリスト教徒です。キリスト教徒ですからイエス様にまず会わないと行けない という思いを持って祈祷を沢山してきました。

それで、誰よりも先に再臨された主様に会わないといけないという思いを持っていたので 誰よりも先に韓国でお父様に一番最初に出会えたと私は考えています。

それで今日皆様に挨拶の言葉を捧げようとするのは まず他のことではなく昔の話をしようと思います。

お父様と何年前に会ったかと言いますと、先程李牧師が紹介されたように65年前にお父様に会いました。お父様と一緒にこの一戦に立って全世界の人類を神様の前に導かないという行けないという思いを持ってお父様と一緒にみ旨の前に立ってきました。

今までお父様と生活をしてみて何を感じたかと言いますと、お父様の背後には神様がおられる。神様は小さなことから大きなことまで神様がお父様に一緒におられ、そしてお父様は、本当に全ての人類を一つにするために苦労してこられた方であることを、生活の中で沢山感じてきました。

このように皆さんとお会い出来ましたので聖書の御言葉が思い出されます。何の聖書の言葉かといいますと ヨハネの福音書16章33節に何のみ言葉があるかといいますと、「お前たちは苦難を受ける時雄々しく有りなさい、迫害を受ける時雄々しくなりなさい」という聖句があります。それで皆さんが苦難と迫害を受けても立ち上がられたことを見るととても偉大に見えます。

まず私たちは二代王であられる亨進様夫婦とまたこのようにみ旨の為に立たれた皆さんに会いましたので どのような思いがしたかと言いますと、神様は必ずここを中心として驚くべき役事を展開して、どのような事が起きたかと言いますと、ここは山谷ですが山谷ではなく全てのアメリカと全ての世界をお父様の前に導く驚くべき奇跡がここで現れたということを信じるしかないですし、神様と霊界におられるお父様が、二代王であられる亨進様に心から浮かび上がる深い心情で本当にありがとうございますと感謝するのです。

お父様が願われるみ旨を成就するために皆さんはどれ程どれ程苦労をして来られたでしょうかと私は頭を下げて感謝申し上げます。

平素 私はイエス様は真実をされる方なので、私もその真実を範を受けて真実の生活をしようと沢山の努力をしてきた人の一人ですが、65年前にお父様に出会えて 今まで真に一つのみ旨を中心として私もお父様と一緒にこの道を歩み一緒にこの旨を成し一緒に全世界の人類を幸福に出来るこのみ旨をしなければならいという心情で出発したのですが、今や本当に歳をとりました。

実はここに来れる歳でも無かったのですが、二代王である亨進様が私に来なさいという言葉を聞いて、何も考えず、「はい行きます」と答えここに来ました。

ここでは本当に迫害も多く苦労をしている皆さんを私はよく知っています。私自身、長老教から統一教に入る時 沢山の迫害を受けました。狂った人だという扱いを受けてきました。

本当は、私がお父様に行ったのは他でもなく伝道をするために行きました。再臨主を伝道するなんてどれ程笑わせる話でしょうか。

しかし、私はお父様を伝道して神様が使うことが出来る人なら、伝道して神様と一緒に良い世界をつくろうという思いでここを訪ねてきました。

神様は歳もとり弱いですが弱いものを立てて強いものを恥ずかしくし、年取った者を通して若者を恥ずかしくすることも出来るので私は生きておられる神様を信じて、伝道しながらお父様の前に行こうと今日ここに来ました。

それで皆さんに一言言いたいのは開拓とは簡単なことではありません。開拓とはとても難しいことです。

私も教会を4つ開拓してとても辛い道を歩んできたのですが、今日ここにおられる皆さんもこの開拓の路上に召命されて今日二代王と一緒に罵られ迫害を受け苦労をしながらも、このみ旨を成功させるために驚くべき役事をしていると考えると真に偉大なる皆さんですし、皆さんを通じてこそ後悔のない驚くべきことが必ずおきると私は信じています。

私が話そうとしたことをこの牧師(李相烈会長)が上手に話されました、要点をついて。それで色々と話す必要はないように思われますが、私は何を感じたかと言いますと、神様はそして霊界におられるお父様は二代王であられる亨進様夫婦と一緒に御業をなしておられるのならここに新しい歴史の火が灯ると信じています。

私が成そうと思ってはうまくいきませんが、ここに神様が共におられ霊界におられるお父様が一緒におられ、二代王であられ相続者であられ後継者であられる亨進様がこのような荒野のような荒れ地で苦労をされながら、またお父様のみ旨を成そうと命をかけておられるので、必ずやここを通してお父様が霊界で願っておられる神様が願われるその役事が必ず勝利し成就するであろうと信じてやみません。

お父様が私が訪ねてお会いしたときに、お父様がどのような御言葉を下さったかと言いますと、御言葉を語られる時とても大きな声で、本当に大きな声で言われたので、私は若かったので耳も遠くないのになぜあんなに大きな声で御言葉を語られるのか、それでお父様は一人二人を伝道するのはなく一つの国、二つの国を復帰するのではなく本当にお父様は霊界も含め今まで地上に生きている人は、もちろん霊界にいる全ての人までも救出しなければならないという意味で、それ程までに大きな声で切迫感を持って語ってくださったことを今でも記憶しております。

それで今、亨進様がここでされていることを、協会(家庭連合)が理解できないのです。
脅迫も沢山し本当に正気ではない狂った者がやっているように考えていますが、私はそのようには考えません。

何故かと言いますと本当に二代王として後継者として継承者として祝福をされる時、私達が知ることが出来ない大きな御意があることを知っています。

そうなのですが、今お母様がしておられることを見れば私はとても理解が出来ません。何故理解できないかと言いますと、お母様自身が本当にメシアの使命をし救世主の使命をし再臨主の使命をしていると言い、それだけでなく神様だと言われるので理解が全然出来ないのです。

私がここに来たのは他でもなく、本当にお母様がされるその事が一つも消化できず、とても私が受け入れることが出来ないので、数日数夜痛哭し祈祷をしました。

「どうすればいいですか」祈祷をしながら考えてみたのですが、どうみても神様が一緒にされるお父様が願われるこの道を行かなければならない、この事を私がしないといけないという思いが心の中と頭の中で一杯になったので、私はお父様が願われ望まれる道を行くために実はここに来たのです。

90歳を超える人が何を出来るかと思いますが、本当にここが深い森の中であっても祈祷を一生懸命して 早く神様がなそうとされたそのみ旨をお父様が先頭して 二代王亨進様を通してなそうとされるそのみ旨と世界を一日でも早く私も見ていかないといけないし、早く成さないといけないと心から胸の中から火が燃えるような思いで歳をとった者がここを訪ねました。

今日皆様が一つになり上と下が一つとなるとき 神様が放って置かれず必ず訪ねてこられて成そうとされたみ旨を成就してくださることを私は100%信じて絶対的に信じて、その世界を心を一つにし思いを一つにし精誠を合わせて成し遂げますという心で一つになる時、必ずここに驚くべき役事が起きることを疑うことはありません。

実はこちらの御言葉(サンクチュアリ)のことはよく知らず数人の話を聞いて心を決め、お母様のみ言葉ではこれは駄目だと思い、革命を起こそうという思いでここに来ましたので大目にみてくださり 助けて下さり 協助していただければ、ありがたく思い感謝致します。

お父様は実に伝道に狂った方です。ですから今私たちも「ただの一人も救い残してはいけない」と伝道に狂って皆さんが一つになったとき、ここに多くの人が集まることができる道があることを私は信じます。




お父様の歩まれたその道は実に…皆さんは知らないと思いますが 私は沢山見てきました。

65年間見てきたんですが どれだけの苦労を沢山して来られたのか、初めて私がお会いした時だったのですが、ボロボロの服で上には暗い茶色のジャンバーを着て、下には韓服のズボンを履かれて、靴下は米軍が履いて捨てた独特な靴下をはかれ、家とはなんとも表現さえできないような畳2畳にも満たない、その壁には壁紙さえない その場所でお父様は出発されたのです。

み旨をお父様が知ってからは 一度も「ダメだ できない これで終わりだ」という考えを 一度もされませんでした。
ですから今皆さんも二代王となられた享進様と一つになって、ダメだと思わず 必ず成功して必ず勝利して 必ずなされる役事を神様がなされ、お父様が霊界から協助してくださることを胸に刻んで進まれる時、成就してあまりある驚きの奇跡が起きるのです。そう信じてください。

今皆さんは本当に全世界の人類が共に参席することのできる天一国、天国、これを成したいと思われるでしょう。必ず私たちはこのような世界を地上に実現し、世界人類を幸福にすることができる この事に勝利してくださること願います。

だから今日私が沢山語ることができなくて、昔と違ってそんなにはもうできないのですが、陰で懇切な祈祷をささげていきます。祈祷しながら奇跡を呼び起こしていきましょう。奇跡が起きなければ自分の力でしてはできないのです。神様と真の父母様と享進様が一緒にされる時に奇跡の役事を呼び起こして余りある、そんな聖霊をくださることを信じます。

ここに来て何人かの知り合いがいるので会えて嬉しい喜びの心で会話できることも、真にありがたく感謝しております。皆さん健康に、健康で しかも命がけでしなければなりません。

神様はただ普通に 普通の考えでしてる時には役事されません。完全に狂った、狂った境地に入った時、没頭して完全に投入した時に 神様が哀れで可哀相に思って協調してくださり役事してくださるのです。だから私たちは、ここは山中で人がそんな伝道されておりませんが、 これからは 伝道の火を燃え上がらせて 行こうではないですか!(拍手)
 
私はこう思うんです。享進様が何年もの間この山中で 零下20℃ になる寒さに耐えて 命を懸けてやってこられた歴史があるので 神様が放っては置きません。今3年、4年が経ったので今ここに勝利だけが残っており、勝利する役事、多くの人が訪ねてくる役事が起きるでしょう。

私達が探しに行ってするよりも、向こうから探し訪ねてこの席に座っても まだ席が空いているとまだ出て行って(伝道する)、私たちの姿勢ができていれば、ここは神様が休まず、霊界にいらっしゃるお父様が休まずに共助してくださることを 100%、絶対的に信じます。

そのように信じてやっていきましょう。だから、先ほど聖書で読んだみ言葉の通りに「お前たちが地上で患乱をうけても安心しろ 堂々といろ 私が共にあるだろう」とイエス様がおっしゃりました。同じように、霊界におられる生きている神様と、私が祈祷しながら何を感じたかと言いますと能力を下さった方のなかでできないことはないんです。

皆さんが本当に 信頼 と 確信 をもって出ていったならば、神様 真のお父様が哀れに思われ皆さんを助けてくれるでしょう。助けてくださるのが 神様が助けて下さり、お父様まで共助してくださるならば、ダメな事 出来ないことは何もないのです。

ですから、そのような心情をもって「私は不足ですが、私を通して喜ばれ 今日この時代にしたくて願われる神様のみ旨を私たちが成して差し上げますから、神様共にあってください」と祈祷をして大きな勝利が今皆さんの前にあることを懇切に願います。

ありがとうございました。



(壇上を降りられた後に)<37:16~54:00>

…私が一つだけ言わなければなならない話があるのですが

お父様が畳2畳にも満たない小さな部屋の中で 語られたことは「これから先 私はこのみ言葉によって、キリスト教を統一して、宗教を統一して、世界を統一して天宙を統一する」と。ですから、天宙とは何ですか?「天と地を統一される」と言われたのです。

天宙を統一されるとおっしゃるので、私は内心「おやまぁ、こんな小さな部屋に人が2,3人集まったと言って、何がキリスト教統一、宗教統一、世界統一、天宙を統一できるのか」と考えながら座っていたら、お父様が「聖書持っているのか?」と言うので、はいここにありますとそして、どこでもいいから聖書を開いてみろと。ですから開きました。

開いてそこに何と書いてあったかというと「信仰の小さい者よ、なぜ疑うのか」と、そして光復洞(釜山)の道を歩いていたのですが、男と女が酷く争っていました「神様このように悪漢な人間の心が いつ清い心になって天国が来るんでしょうか」と尋ねました。

このように疑いの心を持っているので 歩いていこうとしても、前にも行けず、後ろにも行けず、左右も全て行けないのです。両足で地面に立ちつくして、行くも戻るもできなくなりました。

それで、私が思ったことは 神学校でも追い出され、教会からも追い出され、友達からは非難を浴びて とても酷かったのでもうやめようと思いました。

そしてもうやめようと上がって行く途中に、松の木が一本ありました。松の木を通り過ぎるときに、今日はどんな事があっても「やめます」という話をせずには帰るまいと思いました。

私が行って挨拶をして、その話をしようとしたら、昨日までは多情、多感でご飯は食べたのか何をしたのかとされる方が、怒った虎の顔のように見えるのです。

それでその話を出来なかったのですが、お父様は私たちの過去、現在、未来を知っておられ、先祖を知っておられ、その上 後孫までわかっておられる方です。

全てをわかっていらっしゃるので、お父様の私に対する視線が違って、全てが違っていました。その時お父様が私におっしゃりました、「私は狂った人だ」と。

でも見ると狂ってもいないのに狂った人だと言うのです。

「 私は狂った人で、どこに狂った人かと言うと 神様を愛することに狂った」と言うのです。「神様のみ旨を成すことに、私は狂った人だ!」それで私はやめようとしたのに、なぜやめなかったかと言うと「本当に私も青年のお父様と一緒に神様を愛することに狂って、神様のみ旨を成すために狂った人になろう」という心を持ってまたこの道を続けて行くことになったのです。

お父様が私がやめるという事わかっていらしゃったので、 私に対する視線が違って、全てが違っていましたが、どう考えてみても全てをわかっていらしゃるから「 私は神様のみ旨を成してさしあげて この地に天国を建てることに、私は狂った人だ」と言って、私がこの道を行けるように導かれたのだと思います。

今ここにいる皆さんも本当に大変で難しい道を行っていますが、お父様が歩まれた道に比べればなんでもありません。

お父様が行かれた路程は6回の獄中生活、その苦労をされてきたから、いくら私たちが苦労するとは言っても、その獄中生活よりは易い道を行くのです。

ですからお父様の辛い獄中路程を思いながら最後まで私たちが勝利することができたら、皆さんは勝利者として後代の全ての人の前に名前を残すでしょう。

最後にもう一つだけ、お父様を訪ねて行ったら、「このみ言葉は私が著作して作った話か、そうでなければ神様からきた話か、 出著を知りたくないのか?」と言われました。

ですからどうしたら出著を知れますか、と申し上げたら「神様に懇切に祈祷すれば教えてくださるでしょう」というので祈祷をしました。

祈祷をしながら、私の頭に 過去の教会史を学んでみたら、優秀な理論を解く人がいても その理論のごとくに実践した人がいなかった。それも過ぎた話だし」と思ってそれから3日間おしになって、一言も話せなくなり、とても苦痛を受けました。

そして4日目に(3日間は教会にいけませんでした。 おしになったので)訪ねていくとお父様が「なぜ3日こなかったのか?」と言われました。私は「アイゴー 前はそんな事がなかったのに、そのみ言葉を聞いてから、私が3日間おしになり、内的には心情的に苦痛を受けて、外的に時間的にも大変な苦痛を受けました。」と答えました。

お父様がそれを聞いて言われたことは「その祈祷をする時に疑心をもたなかったか?」でした。私も知らないうちに疑心がわきました。ですから、おしになった理由が疑心を持ったからおしになったというのです。

ですから私はおしにもなったし、両足が地面について身動きもできなくなった人です。感じたことは、本当にここには神様が共にしてくださり、神様が役事される所だと感じてその後は決死の覚悟で…

ある人はそんな話は嘘だろうと、おしになったり、地面に足が張り付いてうごけないとかあるわけがないと言いますが、私は嘘はつきません。実際にそのようになったのです。

神様はどれだけ切迫していれば なんでもない私一人をを立てるために、どれだけ内的に外的に共助しながら役事されて来たかということを考えれば、本当にこの道は死んでもいかなければならない、死にながらも行かなければならない、死んだ後にも行かなければならないこの道が、正にこの道なので、今皆さんは初心を最後までを忘れず、本当に私たちが神様の前に、真の父母様の前に、2代王であられる享進様の前に立つ時に恥かしくない者として、勝利していく事を願います。ありがとうございました。




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姜賢実先生の手紙に対するあるシックの感想(崩壊する家庭連合・統一協会)



これはあるシックがあるSNSに投稿した姜賢実先生の手紙に関する感想です。なかなか良い内容なので本人の了解を得てここでも紹介します。



引用始め:

崩壊する家庭連合・統一協会


信仰とは何だろう?という原点に多くの人が立っている。あのお歳で全てを捨てて、とられた姜賢実先生の行動は、今後を大いに考えさせられることになるだろう。

文家はもういい、お父様はもういい、原理はもういい、そういう人が沢山いて、お父様の聖和以降、そういう人が加速している。
分派からみれば家庭連合は分派である。

伝道、伝道、氏族メシア!と言いながら、伝道しないところは偽物だと言いながら、現実はどんどん家庭連合から人が離れ、家庭連合に来る人は少なく、大本営がどんなに素晴らしいと宣伝しても衰退している現実は隠せない。

そんなことはない、そんなことはないと大本営の言うことを宣伝を証を、無理矢理信じている、そういう現実がある。それ以外は考えるな報告しろと訓練されてきた弊害でもある。

主管されていないとだれかご主人様(アベル、組織長、婦人部長など)がみてくれていないと不安になってしまう体質がつくりあげられた。それでも現実は隠せない。神は本心に常に語りかけているからだ。

今の家庭連合の言っていることはお父様のそれとは違うこと、原理講論は一人の男性を求めてきたことの証であったがそれさえも実は違って求めてきたのは男というより一人の女性だった論に変わっており、これが真実、いや違う、いやお父様が言っていることと同じ、と解釈の違いが起きており、何が本当か分派か、まったくわからず。

だったら全部、統一家自体が偽り、そんなもんにもう関わりたくないともう騙されたくないと考える人がこれからももっともっと増えるだろう。

いや、家庭連合を信仰しているから天国に行けるという考え自体が実は非常にあやふやで、霊界に行ってみたらむしろ地獄だったということも十分あり得る。組織が失敗していればそこに所属している者も一緒に裁かれるからだ。

イエス様の時代に、イエス様を十字架に付けたのは僅かなユダヤの指導者層、しかしその組織のなかにいたユダヤ民族は滅びの道を行った。

同じ事が無いとは言えない。お父様の聖和を、たんなる一宗教指導者が逝去したと考えない方がいいだろう。誰もその異常性に気づかないか、見て見ぬふりしている。

お父様の聖和とともにむしろ祝福家庭であることが地獄に行く呪いになった可能性もあるのだ。お父様の聖和はそれほどのことだったのだ。

お父様が聖和されこれだけ分裂し、だったらお母様が聖和されたどうなるかは非常に予測簡単だ。御子女様や、お孫さんの数だけ、分派が存在すると言うことも、あるカリスマのある信徒を中心とした分派も多く出現する。

そういうことを考えると、ああ、めんどくさ、ということになるのだろう。

残されたのは、我と神の関係である。

心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。
マタイ22・34-40、マルコ12・28-34、ルカ10・25-28

ゼロベース、原理講論の内容もすて、祝福家庭であることも捨て、いやマイナス・ベース、原理講論は間違いで、自分は祝福家庭と言われるが贖罪は受けられずむしろ地獄に行く、そういう観点で、我と神の関係を求めるそういう時代を迎えているのだ。

果たして「我と神の関係」においてその間に一切の組織も、一人の人もおくこと無く、100%純粋に「我と神の関係」が追求できるか、それは人それぞれであろう。


引用終わり



混乱の時、滅びつつある組織にしがみつくのではなく、本当の「我と神との関係」を追求できる人になっていきたいなと思われた方はクリックお願いします。
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姜賢実先生の手紙に対する師観の感想

この方におきましては、自らの決断で決めたことでしょう。

韓国の長老を初め、多くのシックはTMが段々と高齢になるに連れて、H1やH2の側に行かれる方が出て来ると思います。

アボジが高齢になるにつれて、実権を失い、TMを中心とした教権勢力へと実権が移っていったように、TMも高齢化が進むに連れて、同じ運命をたどることでしょう。

UC・家庭連合の将来の問題はTMの逝去後の後継者の問題です。

仮に、長男孝進氏の子女を後継者にしたとしても、誰の権限で後継者にしたのか、という問題が出てきます。

TMの生存中はやむなくTMに従っていたシック達は解放されて、自由にものを言い出すでしょう。そうなると、TMのいない教権側は信徒からの批判を受け、求心力と権威を失って行くでしょう。

その時に、日本のUCはどのような態度を取るのでしょうか? 恐らく、組織に従うことしか能力の無いJUCは相変わらず課せられた献金ノルマを達成しようとするでしょう。

しかし、骨のある教区長は集団でH1やH2へと 桜井夫人(?)や姜先生 のように移行して行くことでしょう。また、移行はしなくても、そのままUCから離れたり、距離をおく人たちも出てくるでしょう。

この時、韓国UCの人事権と財務権からの独立を準備して来た人達は立ち上がり、独立宣言をするでしょう。皆さんはどう思うのでしょうか?



以下は姜賢実先生の手紙です:


食口の皆様に送る文

愛する食口の皆様に

私は姜賢実(カン ヒョンシル)といいます。

1952年に釜山ボンネッコルでお父様の御言葉を聴いて感激し感謝し宇宙の問題を解決し喜びで天下を得た心情でお父様と共に摂理の一線に立った過ぎ去りし日が懐かしいです。

その後、大邸、大田、光州、釜山津に教会を開拓していきました。

65年間 真のお父様を証し私にある精誠を全て尽くして人類の復帰のためにお父様と一緒にみ旨をなそうと身悶えした日々が懐かしく思い出されます。

開拓時代は言葉にすることができない苦労をしました。あまりにお腹が空いて飲食店の門の前でコムタンの香りを嗅いで空腹をなだめた若い時代。

その時毎に神様と真のお父様の激励と勧告、その愛。幸せだったその時が今も私の心を感動させてくれます。

私の65年のその歳月を神様と真の父母様は知っておられるでしょう。

私は再臨主に出会ったことが夢か現かわからず一人で狂った人のように笑い道を歩きながら踊りもしました。

私は生きて再臨主に地上で会えたのですから私は何も出来ないことはない。

「私は死に行くとしてもこの道を行かなければならない、死んだ後もこの道を行きます。」と誓いながら決心してきた道です。

お父様のみ言葉は真に威力があり私を統一原理に夢中にさせました。



ところがある日晴天の霹靂のような言葉が聞こえて来ました。

お母様は「私は原罪が無く腹中から生まれるときから3代で清い純血として生まれたが、お父様は原罪をもって生まれた。」と言われました。

どんなに理解しようとしても理解ができず、何日も何日も、苦痛の中で身悶えしました。私の信仰的良心では受け入れることが出来ません。

私はメシアであり母なる神様であるという言葉も理解できません。二千年のキリスト教が独生女である私を待って来たという言葉をキリスト教徒達が聞けば笑ってしまうことでしょう。

強引に信じることは出来ません。

女性がメシア、再臨主になることは出来ないと思います。

お母様は、お母様が再臨主であるお父様の位置よりももっと高く大きいと見ています。お父様の位置を格下げしお母様の位置を格上げさせることは私は信じることが出来ません。

私はもう少し研究してみて神様とお父様がどのように見ておられるか祈ってみようと思います。

このような全ての事を私は受け入れることが出来ないので道を異にしようと思います。私の心配はなさらず見守って下さる愛する食口になってくださると信じます。

私がそれほどまでに愛したお母様、このような事がなければ誰が教会から私を押し出しても出ていきません。私はそれほどお母様のお側を慕い愛した人のなかの一人です。

今私は去っても、いつも忘れずお母様を記憶し愛していきます。
そしてもっとお父様に近く、もっと近づこうとサンクチュアリ教会に行きます。

私は歳をとっていますが、私がサンクチュアリ教会に来たのは、私の考えと意志で決定しましたし、神様の御心と真のお父様の勧誘であったと思われます。それで私はペンシルベニア サンクチュアリ教会に来ました。

お母さま、お元気でいて下さり、霊界に行ってからお会い致します。

2016年12月21日 姜賢実(カン ヒョンシル)拝上




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本当の人間の価値?




仁進様の略奪婚や 妍進様と情進様の事実婚が到来した今となっては、祝福を受けた人と受けない人の違いは無くなりつつあります。

UCが信徒を留めておく、切り札は祝福を与える権限です。それでは、祝福を受けた人と受けない人の違いは何でしょうか。

幸福でしょうか?仁進様は朴氏の息子と祝福受けましたが全然幸福になりませんでした。これを見ていた妍進様と情進様は「ああ、アボジが決めた相手と祝福を受けたらあんなふうになってしまうのか」と思ったことでしょう。あんなふうになるくらいなら、自分の好きな人と祝福を受けてた方がましであると考えるのは自然なことです。

神よりも偉大なものがあるとしたら、それは真の愛による幸せでしょう。なぜなら、親は子女の幸せを願うからです。

神が与えた祝福のせいで子女が苦しみ、不幸になり、逆に、サタンが与えた祝福のお陰で、人間たちが幸せなら、神の負けです。

不思議ですね?祝福を受けたら原罪が無くなり、受けていない信徒達より神が相対してくれるので、神による喜びが大きいはずですが、実態はどうでしょうか?必ずしもそうではないようですね。

アボジの最晩年のみ言葉によれば「実体(実態)はみ言葉の数十倍の価値がある」という。

すると、どうなるでしょうか。実態からみて、親も子女も祝福の方が幸せになれるのかそれとも相思相愛の人と普通の結婚した方が幸せになれるのか、結構深刻な問題となることでしょう。”To be Blessing or Marriage, that is the question.”です。

私の近くに、韓国の男性と祝福を受けたのですが、幸せになれず、子供を連れて日本に帰り、アルバイトをしながら細々と暮らしている女性がいます。

相思相愛の人と普通の結婚したクラスメイトがやって来て、色々と彼女の世話をしています。

恐らく、無理な祝福を受けるぐらいなら、相思相愛の人と普通の結婚した方が良いでしょうと言われているのでしょう。

私は人間の価値を祝福や無原罪では評価していません。「為に生きている」かどうかで評価しています。

お陰で、世界のいたるところで「為に生きている」有原罪の人々の番組を見るたびごとに心情の裁きを受けています。



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祝福は天国に入る資格?



ミムネットで、「祝福を受けさえすれば天国に行けるという事はないとしても、祝福を受けることは天国に入る資格、パスポートが与えられるようなものと今まで思ってきましたが、間違っていたのでしょうか?」という質問を受けましたので、それに対する私の考えを書きます。

それは間違えではないと思います。神が1匹の迷える羊を救う為に、地獄まで降りて行くとしたら、その神をさしおいて、自分だけ天国でのうのうと暮らせるものではないと言っているのです。

史実に基づいて書かれた小説、クオヴァデス(神よ、何処に)が映画化されましたが、その中で、クリスチャンが捕縛され、ロ-マの円形競技場で、火あぶりにされたり、ライオンの餌にされたり、大変な迫害を受けていました。

ペテロは身の危険を感じて、ロ-マを去って安全なところへ行こうとしますが、イエスが霊界から現れて、迫害されているクリスチャンと運命をともにするように促します。

そこで、帰ったペテロは捕らえられ、逆さまに十字架に掛けられ、殉教します。

ペテロはすさまじい殉教をしていくクリスチャンの姿がイエスの姿に変わっていくのを見たと言う。すなわち、その悲惨な姿の中に神の姿を見たのです。

マザ-・テレサもライ病で倒れている老人の顔がイエスの顔に変わっていくのを見たという。

それゆえ、祝福を受けて天国に入る資格を頂くことは、地獄に行く資格を頂くことと実質的には同じことだと思います。

なぜなら、地獄で苦しんでいる人々の中に神の姿を見たら、我々祝福家庭もその神様の下へ飛んで行かざるをえないからです。

分り易く言いますと、医者や看護婦の資格を得たら、その資格ゆえに、地獄のような死と隣り合わせの戦場に派遣され、手足が吹き飛ばされたて苦しんでいる負傷兵の看護をしなくてはならないのと言うのです。

しかし、それは強制ではなく、人格が段々完成し、心情が神に近くなるに連れて、自らそうせざるをえなくなると思います。



ペテロやマザーレレサのように神様と同じ立場に立って、地獄で苦しんでいる人に手を差し伸べることができる祝福家庭になってほしいなと思われた方はクリックお願いします。
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UCの中の兄弟姉妹の関係が希薄になってきている



ミムネットで以下のようなUCの現状を憂う内容が投稿されました:


>貧困も互助精神があれば乗り越えられたはずでした。しかし、みな知っているのにしらんふり兄弟姉妹になってしまいました。

>「天国は与える世界です」牧会者がそう講義してましたよね?で、どこにあるん?と言われます。


それに対する私のコメント:

・人情よりも天情を優先することが善と言う教えでしたので、親兄弟の肉親の情よりも 神を愛し、み旨を愛し、教祖を愛するように情そのものが変化し、転換してしまったのです。

そのような情の転換はアベル・カインの情の組織的構造へと発展して行くのです。

その結果、信徒達は教会長との情における縦的関係を強要され、兄弟姉妹の授受作用までも禁じられ、悪だとさえ言われるようになったのです。

こうして、信徒達の兄弟愛が薄情なものになってしまったのです。即ち、経済的に貧困に陥って、困っているいる兄弟姉妹を助けるというみ旨が出てこないのです。
 
これに対して、マザ-テレサは貧困で見捨てられた人々、病気で道端に倒れている人々の中に神の姿を見たのです。そして、このような困っている人々を助けることがみ旨なのです。

神はテレサを通して何がミムネであるかを啓示し、教えてくれているのです。

私はUCで犠牲になった兄弟姉妹を助ける為に互助会を立ち上げたいと思っています。荒川氏の運営するアカデミ-ハウスには、貧困で行く場を失ってしまったシック達が沢山いるといいます。


更にミムネットでUCの現状について次のような指摘がありました:

>結局幹部たちが、奪い合っていた金融システムだったということが白日のもとに明らかになりました。奪って忘れなさい」というのですか。口と行動が真逆です。


これに対する私の感想:

・これはいかにもUCの韓国人幹部がやり、それを見習って日本人幹部もやりそうな話しですが、実際はどうなのでしょうか?



高額献金摂理中心のUCから、本当の意味での兄弟姉妹の関係を築いていた草創期のUCに戻ってほしいなと思われた方はクリックお願いします。
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桜井夫人に続いて息子が書いた手紙もなかなかすばらしい


もうだいぶ前に、彼自身のブログで公開されているので多くの人はすでに読まれたと思いますが、桜井夫人に続いて息子の正美君が彼自身のブログに書いた手紙がなかなか素晴らしいので、まだ読んでいない人のためにこのブログにも書いておきます。



以下は正美君のブログより引用:
http://ameblo.jp/stfspirit/entry-12226975556.html



愛する祝福中心家庭の皆様



真の家庭を愛する会



日本の公職者の真価が問われる時。組織ですか、真の家庭ですか



 共同体に素晴らしい文化を立てるにはどうしたらいいでしょうか。外的な構造やシステムを変えたら文化が変わるのでしょうか。そうではありません。人は価値観に従って行動するため、外的なものではなく、目に見えない内的価値観を変えることでよき文化を打ち立てることが出来るのです。

 お父様のみ言を学び、お父様と同じ価値観を持って行動したならば、そこに作られる祝福家庭共同体の文化は、自然に真の愛の心情文化となるはずです。

内的な性相が原因であり、形状は外的な結果ですから、真の愛を価値視する組織の構造は、真の愛を反映するものになるはずです。

 ところがUC組織の現状はどのようなものとなっているでしょうか。組織の現状を客観的に見つめることで、その背後の霊界がどのようなものなのか、内的実体を看破できるようになります。



第一に、UCは神の息子娘である祝福家庭の知る権利を蹂躙し、情報統制をしています。「見るな、聞くな、触れるな」と言って祝福家庭の目と耳と霊的感性を塞ぎ、まるで水の中に沈んだような状態を強いています。

第二に、UCは神の息子娘である祝福家庭に、愚民化政策を強いています。神・良心ではなく、組織上層部からの指示だけを信じ、原理と自分の良心基準で考えずに、ただ従う「僕」の信仰教育をしています。

第三に、UCは神の息子娘である祝福家庭に、恐怖政治を行っています。組織に対して異を唱えることを不信仰とし、沈黙を強要し、沈黙しない者は村八分、人格殺人、除名、更には子供の祝福の道まで閉ざすなど本人だけではなく家族全体を処罰します。

第四に、UCは神の息子娘である祝福家庭に、密告制度を敷いています。お互いの言動を監視し上に報告させることで、自由にものも言えない不信の文化を造成しています。

第五に、UCは神の息子娘である祝福家庭に、祈福信仰を刷り込んでいます。崇高な神の夢の成就ではなく、自分の救いを強調し、お金で恩恵や救いを買えると言わんがばかりの物品販売、中世カトリックの免罪符のような祈願書販売が当たり前のように行われています。

第六に、UCは神の息子娘である祝福家庭を高額献金故の貧困生活で喘がせておきながら、最高幹部の公金横領、不正蓄財などの不正腐敗が横行しています。



情報統制・愚民化政策・恐怖政治・密告制度・祈福信仰・最高幹部の不正腐敗、、、北朝鮮を彷彿させるその構造の背後にあるのは正にサタン文化です。勿論上にあげた内容は全ての教会にあてはまる内容ではありません。

地域によっては本当に素晴らしい文化を築いている所も多くあることでしょう。しかしUC全体を見た時にはそうなってしまっているのは事実ではないでしょうか。

 もし嘘を隠そうとすれば情報統制をしなければいけません。組織に問題がある場合、深く考えずに組織を支えることを善だと感じるようにする必要があります。真実を知り、組織に問題意識を持った人が声をだしたら「混乱」が起こるので、恐怖政治、密告制度をしきます。

組織維持に多額のお金が必要なら、人の信仰心を利用することも辞さないことでしょう。もしUCが真実の基盤の上に立っているのだとしたら上記したような構造はつくられるはずがありません。

 結局組織を守ろうとするあまり、真の愛よりも組織、真の家庭よりも組織、神様の摂理よりも組織を重要視するようになってはいないでしょうか。公職者の主張を聞いていると、全てのことを「組織的観点」で捉えて真の愛よりも組織のルールを上に置いているように見えることが多々ありました。

 何を重要視するのかという価値観が行動を変え文化を創ります。公職者にとって重要なものとは何ですか。何よりも神様のみ旨、創造目的の成就ではなかったのですか。その中心は真の愛であり、真の家庭であり、究極的に心情文化が創建された人類一家族世界ではなかったのですか。

 顯進様を隔離し、顯進様に対するネガティブイメージを食口に植えつけ、カインの子女とアベルの子女の一体化を阻むことはその信念に反することではないのですか。

 家族を通して日本の公職者に対して何度も聞いてきたことがあります。「日本には本気で改革をしようとしている良心的な公職者が多くいる」と。「深刻な問題があってもそこから逃げずに、泥をかぶりながらも、必死に教会を変えようと努力しているのだ」と。

涙ぐましい地方の牧会者の話も聞きました。素晴らしい文化のある教会の話も聞きました。しかしそうであるならば、真の家庭を一つにするために、カインの子女として悔い改め、サタンが作った分裂の壁を撤廃しようと、組織を越えて動くべき時が今ではありませんか。

 少なくとも私の家族は、今までそのような良心的な公職者たちであることを信じ、私にいつも証ししていました。。。。。。


<記事引用終わり>



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桜井夫人の「祝福家庭の皆様へ」を読んで思うこと



N氏の桜井夫人の手記を読んでの感想がなかなか良いのでここに紹介します。



祝福家庭の皆様へ」を読んで、「思うこと」

 日本UC運動の初代からの一貫した開拓者であって、多くの食口・メンバーの先がけを歩まれた桜井節子大先輩による苦悩の告白レポートは、現在多くのメンバーが抱えている内的な苦悩と葛藤の世界を代弁していただいたように思います。

よくぞこのタイミングで勇気をもって、UCの現実を直視し真実の声を上げてくださったと、多くのメンバーからは共感溢れる心情で受け止められたことでしょう。

 我々UCメンバーにとって『統一教会の分裂』、その内的な要因である「文ファミリーの分裂と葛藤」も全くの想定外の事でありました。

またこれに加えて、摂理的国家であるアベル&アダム国家としての韓国国家復帰の確立は全く見られず、アダムの位置の確立には完全に失敗状態であり、UCメンバーの失望は大きいものがありましょう。

 日本UCメンバーの信仰、教育の指導者として、韓国・朝鮮からのリーダーを日本へ人事,派遣して、日本の韓国化?を追求した取り組みはかれこれ20数年にもなるのです。

 近年の韓国、朝鮮の内外の実情からして、韓国朝鮮至上主義、韓国中心主義による、日本の韓国化の試みは完全に転換の時を迎えていると断言できるでしょう。

「日本UC家庭連合の主要な人事権までが韓国サイドからなされてきたのでしたが、人事権と財務権を日本に返還し、日本の国家復帰に責任を持てるように転換すべきであり、合わせて日本を含めて世界各国のUC家庭連合の国別の「自主独立体制確立」の時が来ています。

このあまりにも当たり前の「自由と責任」の基本原理の確立がなされてこなかったことも大いに問題でありました。

 さて桜井さんが一読された著書『統一教会の分裂』はアボジのみ言葉に依拠した「第一次資料」を最大限に引用した点に、意義と価値があり、説得力のある著書であります。詳細は本書に譲るとして、いくつかのポイントを記述すれば

 第一に:再臨運動の主導権を「文家」のH1様から「韓家」のTMに転換する葛藤の物語であります。

文家の後継問題は、H1様に継承されるのが本然の流れでありますが、韓TMさまが驚くべく知恵者として4男さま、7男さまと連合して、H1様=「文家の継承者」の血統的な流れを断絶し、これを「韓家のTMさま」が奪取する「韓流ドラマ」のようにも理解できるものであります。

 驚くべきことに、この流れには超ご高齢のTFさままでが、TMさまの政治的な戦略に乗せられて?結果、H1様をUC運動の後継のお立場から追放する?という、「現代版UC韓流ドラマ」の再現であります。『分裂』の背後には、文家&韓家をめぐる実際の「文・韓・王朝、韓流ドラマが詳細に描かれています。

 私はこの本を読むまで、人間的な視点から、TMさまとH1様は何故に親子でありながら決定的な断絶と「葛藤」があるのだろうかと、長く解りませんでした。

しかし、背後には「再臨運動の主導権」に関するものがあるのではないかと「独生女論」などと重ね、『分裂』を読んで理解するようになりました。

H1様追放劇に見られるTMさまの超高度、非凡な「霊的・摩訶不思議な政治的戦略力など全く想定外のビックリ・ポンでありました。

 第二には、この著書は基本的にH1様を高く評価して、追放されたH1様に同情的であり、H1様を被害者の様な観点から書かれています。

そういう点では、H1追放劇では、TMさまも、アボジTFさままでもが直接&間接の加害者?として書かれていて、大局での印象では、被害者であられるH1様への理解と同情を引き出すような著書なのであります。
 
桜井先輩も日ごろからの御自身のH1さまに関する思いに重ねて、この著書を拝読された結果、心定まり、決意表明、信仰告白の様な「祝福家庭の皆様へ」の執筆に至ったのだと考えています。

 第三の印象は、この著書の、何か所にも、何度も、何度も「絶対服従」をTFさまがTMさまに強いる場面が出てきます。家族の中にとどまらず、多くのUCメンバーの面前であります。

 私にはTFさまがどうしてこれほど執拗に、何度も何度も公衆の面前で「TMさまを糾弾、強制的に「絶対服従を迫る」のか驚きであり、理解を超えるものでありました。

われらの知らない天的な切羽詰まった内情、焦りがあるのでしょうが、人間的に見たらば「やりすぎ」「無茶」「過分な行為」のように思えました。

天的な特殊な夫婦間の出来事とは言え、生身の人間であるTMさまには過重なる「絶対服従」プレッシャー・強要は「拷問の様な問題であるように思いました。

 TMさまもプライドの有る「真の母の立場」であるからして、苦渋はいかばかりであったかと。なんでこれほどまでに何度も「絶対服従」の命令の様な圧力を公衆の面前で繰り返すのでしょうか。

 「絶対服従」の言葉は、問題であると前々から嫌な言葉、危険な言葉であると思ってきましたが、このような重大な場面で具体的に展開したのでした。

これでは、真に失礼ですが、父母主義ではなく「李王朝儒教原理主義」の悪しき再現であり、現代版、韓流ドラマの再演でありましょう。このような「絶対服従の強要」の様なことがUC全般に展開していれば、悲劇でしょう。

 結局TFに対するTMの「わだかまりと葛藤」が内的な「負のマグマ?」になったのでした。その結果が想定外の「文家と韓家の再臨運動の主導争い」に展開した内的な要因とも言えるでしょう。結果アボジなきあとの後継問題にまで発展してしまったと思いました。

著書にはTFさまからTMさまに対しての禁句である「離婚問題」の様な驚くべき言葉まで、脅かし??でしょうが、出てきますが、あとでアボジも真逆の「同じ禁じ手で、TMさまから脅迫される?場面が書かれています。

真意の程は解りませんが、一発でTFさまアボジのKO負け?となったような、TMさまの逆襲勝利の場面が極秘に記述されています。

『聖書』には、「人は己の裁く裁きで裁きに会う」と書かれていますが、アボジの手口と言葉を、TMさまが逆手に取って、アボジをKO?する場面も極秘に記載されています。

その内容は畏れ多くて、詳しくは転記できませんが、この点でもTMさまは、見た目には解らない、気合の入った「勝負師??」なのだと私は驚きました。 「蜂の一刺し」は有名な言葉ですが、一発でTFさまをKOしたとの??場面は衝撃でありました。

 われら下々の人間に在っては、UCにあるもう一つの危険な言葉:「所有権返還論」という、共産党も驚く理念と、「絶対服従」のこの言葉の「乱用、悪用」があれば、悲劇的な結果は目に見えています。 

紙一重で「人権問題発生」でしょう。要注意であり、できることならば、修正、抹消していただきたく願うものでありました。

こんな重苦しい空気の中で発せられた「祝福家庭の皆様へ」の大先輩からのメッセージには多くのメンバーの心からの共感が寄せられたことでしょう。

昨今に見る日本の「皇室の家系・皇位継承問題」にみられる原理原則のように「文家の家系の、後継・継承、相続問題」も、継承の優先権は、長男、次男と続き、三男・H1様になることは「原理原則であり、伝統死守」の問題でありましょう。

 何時の日か、TMさまの逝去・聖和の日が来れば、その日以後には「文家の家系相続権問題」に関しては、日本の皇室のように「原則を踏み外すことはできない」ことでしょう。

UC家庭連合は、H1様の文家の後継・相続のことを「当然の事」として受け入れることにならざるを得ないでしょう。その点では、桜井先輩の苦悩の結果には間違いはないように思います。もしかしたらUC本部は脅威を新たに抱くかもしれませんが、・・

 私はこの桜井先輩の「祝福家庭の皆様へのメッセージ」を拝読し以下の二つの事を思いました。

 第一には「あなた方はもはや文家とUCの卒業生だ」というアボジのみ言葉であります。

著書『統一教会の分裂』は、アボジの語られたUC関連の「一次資料に最大限に依拠して、書かれているところに特徴と価値と説得力がある貴重な本であります。

この著書の43p~49pにも詳細にアボジのみ言葉が「第一次資料の出典」により、記載されています。内容の詳細は『著書』に譲るとして以下の様なことが記載されています。 アボジのメッセージであります。

★「これからは皆さんに会わなくともよい。『卒業証書』も与えたし、すべてを教えてあげた。だから先生も必要ない。良心の教えを悟り、そのまま生きれば宗教も真の父母も必要ない。先生は『八大教本を遺言』として残した」など等・・・・

 このことは全ての祝福家庭のメンバーは、アボジの勝利された基台と伝統を相続し、再臨のミッションに生涯をささげ「み旨成就」の道を切り開かれたアボジ、第三アダムの後継者=「第4アダムとの自覚でメシアのミッションを継承して欲しい、という意味でありましょう。

 2000年前にイエスを降誕された神様の願い「メシア降臨の真意」は、「数千、数万、・・無限の・・イエスの様なメシア的・イエス的人物を生み出すことにあった」(『キリストの再臨と日本』:西希悦著:119p~120P参照)で解説されているように、成約再臨時代に、神様が再臨の主、第三アダムを降誕させた天の願いも同様であり、第二、第三、・・数千、数万、・・無現のメシア的人物:「メシアの後継者を生み出す」ことにあったのであります。

 故にアボジ・文鮮明師の言われる「あなた方はもはや卒業生なのだ」ということは、各自がメシアの代理使命者になって、神の復帰摂理に参加して、「神の創造目的復帰」=「み旨成就の為のミッションを果してほしい」という意味なのであります。

 そういう意味で、我々祝福家庭は「父親離れ」「父母離れ」「文家卒業生」「文家離れ」「統一神学校:卒業生」として、再臨主を踏み台にして真の父母であられる創造主・神に帰依し「自立してミッションに参加」すべきでありましょう。このことは下記の事を意味しています。

神のみ旨成就=祝福家庭のゆく道:「家庭復帰完成」も自力・「各位の責任分担」で果たすのが5%の責任分担であり、合わせて、兄弟姉妹&国民が力を合わせて参加して「国家復帰・神の摂理的祖国創建」は同じく5%の人間の責任分担であり、またそのような人生を通じて「人格完成」へのチャレンジは人間各位の永遠の「天与のミッション・責任分担5%」なのであります。

神と真の父母の協助はあっても、5%の人間の責任分担は各位の責任分担であり、メシアの責任分担とは別ものでありましょう。

もはやTM派だの、H1派だの、H2派だのとの次元を超克して、各位が神の子女=天民であり、真の父母たる神の家族の一員であるとの自覚に立ち返り、天地の創造の神であられる「真の父母なる神に、入籍・帰依・帰属」すべきでありましょう。

 人間を「現人神」としてきた歴史もありますが禁じられた「偶像崇拝」とまで言われかねません。人類を天地の創造の主であられる、神の血族・「父子関係の絆復帰&人類を神に帰依させるべきことが仲保者・メシアであるアボジのミッションでもありました。

 真の父母たる・神に帰れ!神に帰依・帰属せよ!とみ言葉に語られているのです。宗教の極意はこの点にあるのでしょう。

 我ら祝福家庭は、神様の家族なのであり、真の父母の恩寵によって「天の国の国民」として入籍しているのであります。



補記:「思うこと」・・桜井レポートには書かれていないことなど

第一には:

★我ら祝福家庭も「文家メシア家庭」も「家庭の蕩減復帰には、二代、三代、・・ 七代 ・・など等・・時間性と代々を超えてゆくべき段階と期間が必要でしょう。

文ファミリーも、一般の我らの家庭などよりもお立場上、広義の十字架があるでしょうから、一層困難な課題があるでしょうが、混乱ある現状の時代を超えて、必ず天の期待される「天的真の家庭・天の皇族」「ひな形家庭創建」=「万民統合の中心家庭・万民統合の象徴家庭」の「御本家=天与の皇族圏になって下さるはずであります。

愛と許しの神様のように、寛大に&寛大にお互いを長きスパンで信じ、理解し合う必要もあると思います。一夜&一代、二代、三代・・では家庭も神の祖国も完成できないと思います。

天を信じ、天にゆだねつつメシアTF家庭の未来を忍耐をもって期待すべきでしょう。何時の日にか、天与の皇室=「中心家庭」になって欲しいと。祝福家庭の祈りの結集が必要であると思います。

第二には:

★最大の問題として:「UC家庭連合は、:国家復帰のミッションを忘却しているところにあるのではないか」ということであります。

 み旨成就の基本とは、天民主義=「共生共栄共義主義」=「天与の家族主義の理念」に立脚しての「家庭復帰&国家復帰」であり、大きくは「世界復帰・ワン・ファミリー・アンダー・ゴッド」であります。神様のなされる責任分担95%の基台に依拠して5%の「人間の責任分担」であります。

家庭復帰&国家復帰、世界復帰に5%の責任を全うする中で「三大祝福成就・4大心情圏完成&人格完成」の責任分担を果すことであります。

 久保木会長時代の1960年代~70年代~80年代の日本UC運動には、国家復帰の使命感にみなぎるパワーが満ち溢れていたのです。大学の「原理研究会」や、世界平和教授アカデミーなど・・大学内や青年たちが参加する「愛天・愛国・純潔運動」として自他ともに誇れるものがありました。

 久保木先生と言えば、岸元総理、福田元総理、中曽根元総理・・・以下期待された尊敬と信頼の基盤があったのでした。

アボジの日本での「希望の日:講演会」(後楽園ドーム)、「希望の日:晩餐会」(帝国ホテル孔雀の間)など講演は「神様の摂理と日本の使命」が語られ、1970年日本開催の「WACL大会」(日本武道館)、久保木修己会長の「希望の日講演全国ツアー」でも「救国の予言」のメッセージが語られました。

 久保木会長の著書『美しい国・日本の使命』『愛天、愛国、愛人』などを通して、愛国運動に通じた「国家復帰への意識」とミッションに一同邁進していたのであり、学生、青年達の参加が多く、愛国・救国十字軍なども結成されて、多くの国会議員、学者、文化人、有識者までが勝共活動などを通じてUC運動に期待し賛同してくださったのでした。

 思えば今から50年前1966年夏季・8月には、当時東京オリンピック直後、いまだにそのまま存在していた「代々木オリンピック選手村合宿施設」を借り切って「全国高校生原理研究会合宿大会」まで盛大に行われた驚くべき歴史もあるのです。

 UC&IFVOCは愛国運動、愛国団体と記憶されていた時代があったのです。

しかし、現在はもとより、UC家庭連合の近年、1990年代以後の、20~30年間の活動の最大の問題点は、「国家復帰と愛国者育成」&青年伝道、純潔運動などとの本来の天与のUCミッションを忘却してしまっていることにあると言えましょう。

 聖書には「まず始めに神の国と神の義を求めよ」とあり、「石をパンに変えてはいけない」ことが言われていますが、国家復帰という課題を後回しにして経済・万物復帰、献金活動に邁進し続けて「石をパンに変えた」ごとき結果は残念でありました。
 
 祝福家庭は全員、再臨のメシアとしてのミッションに生涯をささげられた「アボジの勝利」と「アボジの伝統」を継承・相続した「文家の卒業生」として、国家復帰のミッション、真の愛国運動の再興に取り組むことこそが、現状を克服してゆく正道ではないかと思う次第であります。

文家の卒業生は、天与の成約統一神学の「母校に誇りを持ち、母校の愛と統一の教えと伝統を死守し、「神の祖国と神の義」をうち立てる、神の神兵であるべきでありましょう。 アージュ




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人格完成の虚像と実像(いつからこのようになってしまったのか)




み言葉によれば:

「我々は、真の父母および、その父母から生まれられた真の子女と一体化することによって、再び生まれるための条件を立てていくわけであります。…カインの立場にあるものは、アベルであるところの真の父母、真の罪なき子女と一体化しなければならないのであります。

彼らと一体化することにより、我々は復帰された子女として、同じ恵みを受けることができるのであります」
(御旨と世界 p140)だという。

ところが、桜井夫人によれば、「教会内で、少しでも子女様を擁護したり、一つになるべきだ、などと発言した時点で”分派”とされてしまうでしょう」という。

さらに、Kの証しによれば:

現場の信徒達が返済の苦労をしながら、あるいは、生活苦で信仰をすてた者達。先輩方はそういう信徒達の生活苦を聞いてはいるだろうが、自分のことではないので、その実体を知らない。

牧会者達は、絶対信仰を振りかざして、本当の意味での信仰牧会をせず、まわりがなんとかするだろう・・・将来救われるだろう・・・と、しながら、何もしていないのではないでしょうか? ・・・という。

この二人の陳述を見ただけでも、UCとそれを構成している人たちの人格(特に幹部達の人格)は完成から程遠く見えます。

原理では、過去のいかなる義人、聖人も長成期完成級までしか行けず、人格完成をするためには、長成期完成級で祝福を受けて、原罪を脱いで、メシアと共に完成期を歩まなければならないといいます。

そして、我々も含めて、彼らはメシアより祝福を受けてメシアが逝去するまで歩んで来た人々です。

たとえ、子女様方がどんな状態になろうとも、人格者たる者は子女様を擁護したり、一つになるべきだと発言すべきものです。それはご父母様に反逆する意味で、子女様を擁護したり、一つになるべきだと言っているのではないのです。

また、子女様が見かけは反逆しているかのように見えても、心情的には反逆している訳ではないのです。むしろ、誰よりも父母様を愛していることでしょう。

人格者とは立場が違っても、敵に塩を送ったり、駆逐艦”雷”の工藤艦長のように、困っている時には敵兵を救ったりするものです。

然るに、教会は意見が違うだけで、相手の人格や心情を無視して、すぐ”分派”のレッテルを張ろうとします。これをやると、原理の人格完成は虚像になってしまいます。なぜなら、言っていることとやっていることとが余りにも違うからです。

K氏の証を見れば、人間の価値を人格完成におかず、献金額においているように見えます。これは、献金を沢山する人は、信仰のある人、人格のある人という信仰観、価値観を想起させます。

もう一つ加えれば、週間ブリーフィングでも再三報告されている、祝福活動(430組氏族メシア祝福活動)も、人格完成という側面は、なおざりにされ、何組が儀式に参加したか?という事に重きが置かれて、数の理論になっていると思います。

数を集めて儀式をする事が、あたかも氏族メシアの使命であるかのような扱いです。

これでは、結果として、統一教会のアイデンティティは、人格完成は虚像で、献金や数を集めて儀式をする事が実像になってしまい、信徒達を”分派”扱いするところは既存のそこらの宗教と何も変わらないということになってしまうでしょう。

そして、世の人々はこれが、統一教会の正体だと思うことでしょう。

クワバラ、クワバラ・・・



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