芳岡隼介さんの教理研究院への反論(神様の摂理より組織防衛を優先するUCの悲しい姿)




芳岡隼介さんの教理研究院への反論です。一読に価するでしょう。


教理研究院への反論

2017年4月19日 芳岡隼介

今年の2月28日~3月4日まで、私は顯進様のNGOが主催する大会に参加し、声明を出しました。

徳野会長は私の声明に対する対策講話をされ、私もそれに反論してきました。最近は松濤本部の教理研究院が、私の声明を取り上げて批判をしています。

お父様のみ言を学べば明らかなように、地上天国は真の家庭の四位基台の完成から広がっていくものです。真の家庭の四位基台は、長子である顯進様を排斥しては絶対に完成できません。

またカインの子女である祝福家庭は、アベルの子女である真の子女様を通して真の父母様につながるようになっています。

それにも関わらず、現在の家庭連合本部がただ教勢の減少を恐れて子女様を「分派」扱いし「見るな、聞くな、行くな」というスタンスを取り、神の摂理を守るのではなく、組織防衛のために動く姿が、非常に悲しく残念でなりません。

私は声明の中で、特にお母様の語られる「独生女」のお話に拘ってきました。お母様に勝利していただき、真の家庭の四位基台を完成していただくためにも、お父様の語られたみ言と真摯に向き合って「独生女」論を考えなければなりません。

教理研究院は、私が徳野会長への第一の反論で引用したみ言(マルスム選集608-288~289、2009年2月28日)に関して、家庭連合ホームページからリンクされている「真の父母様を中心に一つになろう」というサイトに以下のような反論を掲載しました。


分派による「真のお母様」を貶めるための御言改竄の問題 (1)み言の前後の文章を隠し、意味を誤読させる ――み言を正反対の意味に翻訳して悪用

教理研究院は、私が意図的にみ言の意味を歪めて正反対の意味にしている、と批判しています。私は韓国語ができないため、お父様のみ言を引用する際に、すでに誰かが日本語に翻訳したものをネット上から引用する、という方法をとっていました。

それで私も当初は「私がネット上から引用した日本語のみ言に、すでに意図的な解釈が含まれていたのかも知れない」と考えました。

しかし、櫻井正実さんがこの問題についてご本人のブログで言及してくださり、私もその内容を吟味することで、よく理解することができました。

結論として、教理研究院の私に対する反論にこそ意図的な解釈や誤訳が存在し、看過できないものであるということが分かりましたので、以下に指摘してみたいと思います。


一、教理研究院は、お母様の「クリスマス発言」に一切言及していない。

私は、徳野会長への反論の中で引用したみ言を通して、「お父様は、お母様がお父様の血統を疑っていることを、真の父母の分裂であり、越えるべき試練(38度線)として指摘された。」と主張しました。

それに対して教理研究院は、私が引用したみ言を「誤訳」であるとか、「前後の文章を省いている」などと言いながら、「本当は全く正反対の意味であり、お母様がお父様の血統を疑っているという話ではなく、むしろお母様はお父様が純潔な方であることの証人だというみ言だ」という風に主張しています。

この教理研究院の主張には、意図的、且つ明らかな誤訳や、文脈の無視があります。

この点は後で言及しますが、まず最初に、教理研究院が「クリスマス発言」を始め、最近のお母様の「独生女」のみ言など、現在のお母様がお父様の血統を堕落の血統だと発言されていることを完全に無視していることを指摘しておきます。


①お母様の「クリスマス発言」

「私は生まれた時から原罪がない。お父様には兄弟がいる。お父様に原罪がなければお父様の兄弟たちも原罪がないではないのか?私には兄弟がいない。また、お父様には私生活がある。私にはそれがない。きれいだ」

これは2016年12月25日および30日の、非公式な場でのお母様の発言ですが、参加した方の報告で明らかになったことです。映像などの記録は確認できませんが、内容的には非常に深刻であることを理解していただけると思います。


②金ジンチュン教授の論文

以下は、今年2月の孝情学術院国際学術会議において、金ジンチュン講師が発表した内容の要点です。

「真のお母様が強調するように、これからは真実をあかさなければいけない時になった」

1)真のお父様は神様の血筋で生まれたのではなく、堕落の血統を通して生まれた為、接ぎ木されなければならない。(資料243頁)

2)真のお父様は、イエスからメシヤの使命を引き継ぐことにより、独生子の位置を相続して、サタンが讒訴することのできない天の血統を持つようになった。(資料240頁)

3)真のお母様は、天の血統を持って生まれたので、原罪がない独生女の立場で誕生した。(資料248頁)

4)真のお父様は、神によって準備された真のお母様に会って、1960年子羊の宴をすることにより、創造本然の完成人間である真の父母となった。(資料248頁)


このような重要な国際学術会議において、今までの原理を覆すような発表を、お母様の許可なしにできるはずはないため、「クリスマス発言」と瓜二つのこの内容は、正にお母様の許可を得た、お母様のお考えだと見て問題ないと思われますし、「クリスマス発言」が事実であったことを裏付けるものです。


③2017年3月29日、韓国の全国公職者総会でのお母様のみ言

「否定できないはずだ。6000年ぶりだ。私を生んでくれた父母がいたが、私は神様を父としって育った。私の祖母も大母様もそのように認めた。神様が私の父。人類のなかで神様を父と知って生まれた人はただ私一人。2000年前のイエス・キリストと。」

この部分は家庭連合の公式的な動画などではカットされていますが、youtubeに音声がアップされています。神様を父と知って生まれた存在として、お母様ご自身とイエス様を挙げておられますが、お父様が入っていません。これも、お母様のお父様の血統に対する認識を表しています。

以上を見れば、現在、お母様ご自身が、お父様の血統を堕落の血統だと考えておられることは明白です。その立場からお父様のみ言を見た時に、私が「お父様は、お母様がお父様の血統を疑っていることを、真の父母の分裂であり、越えるべき試練(38度線)として指摘された。」と解釈したことはごく自然なものです。

一方、教理研究院の「本当は全く正反対の意味であり、お母様がお父様の血統を疑っているという話ではなく、むしろお母様はお父様が純潔な方であることの証人だ」という解釈は無理があります。

徳野会長もそうだったように、教理研究院(家庭連合本部)は、お母様の「クリスマス発言」が「有った」とも「無かった」とも言わず、無言を貫いています。

その理由は、「有った」と言えば、お父様の血統を否定することになり、原理的に説明ができないことを良く分かっているからでしょう。

また、「無かった」と言えば、「お父様は原罪あり、お母様は原罪なし」をむしろ全ての食口に教育しようとされているお母様からお𠮟りを受けるからではないでしょうか。


二、私が引用したみ言の翻訳が、「悪意のあるみ言の改竄、誤訳」であったかどうか

私のみ言引用(ネット上から引用)を、教理研究院は「悪意のあるみ言の改竄、誤訳」だと総括しています。私の引用したみ言の翻訳について、教理研究院が反論して正しい翻訳だとするものを掲載し、それに対して櫻井正実さんが、「それこそ改竄、誤訳だ」ということで記事を書かれました。

私は韓国語ができませんが、櫻井さんの記事を読んで、ある程度理解し、櫻井さんの翻訳が最も信頼できると思いますので、以下に櫻井さんの翻訳の抜粋を載せます。教理研究院が省略してた箇所も補い、意図的に誤訳した箇所は後で指摘します。


<以下、御言引用>

「(省略箇所開始-先生がそのように生きましたか?言ってみろと言うのです!-省略箇所終わり)私たちのお母様にも(※①)話してみなさい。いいかげんに生きているか。

お母様も38度線を越えねばならないのです。『あなたはあなたの行くべき道があり、私は私の行く道がある』といって行ってみなさい、分かれたでしょう(※②)。1パーセント、0.何パーセントの差が開いても分かれるのです。天国の門に共に入っていかねばなりません。

堕落するとき、(アダムとエバは)一緒に堕落しました。一緒に追い出されたのです。地獄の底まで一緒に行ったのです。「先生は堕落の血を受けたのか、きれいな血を受けたのか?」というのです。皆さんは、そのようにいう自信がありますか?(※③)

(省略箇所開始-16歳で堕落したら堕落する前のエバの名をして、その次にアダムの代身の位置で歴史時代の代表として責任を持ち、蘇生段階の代表者、長成段階の代表者、完成段階の代表者、全部みな8段階を越えて行くことのできる6000年その代表の血筋を清めずしてどのように代身の神様の血筋を連結させることができますか?(※④-1)-省略箇所終了)

原理を解釈することもできない人々が、何、先生は純血か、何の血か(※⑤)。私はそれを知っているので、この場に来ないようにしようと思いました。そこに行かないようにしようと思いました、汚らわしいことを知っているので。何、先生の血が、どうしたというのですか。堕落の前に、血を汚しましたか(※④-2)」

<御言引用終わり>


①教理研究院の意図的誤訳その1

ここで、教理研究院は「어머니보고도」という「お母様にも」としか訳せない箇所を「お母様についても」と意図的に誤訳しています。そうすることで、その後の「話してみなさい。いいかげんに生きているか。」の箇所を、「お父様と同様に、お母様もいい加減に生きていない」という意味にしたかったようですが、意図的誤訳です。

教理研究院が削除したその直前の部分で、お父様がご自分の生き方を「先生がそのように(いい加減に)生きましたか?言ってみろと言うのです!」と、食口たちに返答を求められ、「私たちのお母様にも話してみなさい。いいかげんに生きているか。」と、「お母様に聞けば、お父様がいい加減に生きてきたかどうかわかる」と語っておられるというのが、正しい理解です。


②教理研究院の意図的誤訳その2

まず、38度線とは朝鮮半島の南北を神側・サタン側に分断する国境線です。故にお母様が38度線の向こう側にいて越えて来なければならないということは、この表現自体が、真の父母が神側・サタン側に分断されていることを示しているのではないでしょうか?

その上で、教理研究院は「갈라졌지」という、「分かれたでしょう」とか「分かれたんだね」(いずれにしても過去の出来事)としか訳すことができない部分を、「分かれてしまったことでしょう」と敢えて仮定形に誤訳しています。

仮定形にすることを通して「(もしも)『あなたはあなたの行くべき道があり、私は私の行く道がある』といって行ってみなさい、(もしそうしたら)分かれてしまったことでしょう」という風に解釈し、真の父母様は分裂しているのでなく、一つなのだ、という風に、無理に正反対の解釈へと誘導しています。一つであるのならば、お母様が38度線の向こう側にいるということはあり得ないことです。


③教理研究院の無理な解釈

「『先生は堕落の血を受けたのか、きれいな血を受けたのか?』というのです。皆さんは、そのようにいう自信がありますか?」
ここで、『』の中の言葉は、お父様の血統は堕落の血統ではないかと疑っている言葉です。私はこの言葉はお母様の言葉だと主張しましたが、教理研究院は食口の言葉だと無理な解釈をしています。以下に、私の解釈が妥当だと考えられる理由を述べます。

1)その直前の話の内容が、お母様が38度線の向こう側にいるという内容、あるいはアダムとエバが一緒に堕落したので、お父様とお母様が完全に一つになって越えなければ、という内容です。

また、その直後の話の内容が、お母様は堕落前のエバ、お父様は本然のアダムの代身という内容になっています。この二つの内容に挟まれたところに、突然、食口の言葉が挟まれていると考えるのには文脈上、無理があります。

前も後もずっとお母様の話、あるいはお父様とお母様の一体化の話をしていたのですから、真の父母様が一つになられる上で問題が生じている例として、お母様が『先生(お父様)は堕落の血を受けたのか、きれいな血を受けたのか?』と聞いた、と言及されているのです。


2)もしもこれが食口の言葉だとすれば、「(食口たちが)『先生は堕落の血を受けたのか、きれいな血を受けたのか?』というのです。皆さん(食口たち)は、そのようにいう自信がありますか?」という風になり、お父様が改めて「皆さんは」と言っているのが不自然になってしまいます。

一方、お母様の言葉だとすれば、「(お母様が)『先生は堕落の血を受けたのか、きれいな血を受けたのか?』というのです。皆さん(食口たち)は、そのようにいう自信がありますか?」となり、自然です。

教理研究院は「先生は…」という表現から、これは食口が言った言葉だと主張していますが、食口の前で話しているのですから、お母様が言ったとしても「先生は…」と表現して何ら不思議はありません。

3)なにより「クリスマス発言」で、お母様ご自身が、お父様の血統を堕落の血統であると語っておられるのですから、そのことから考えても、『先生は堕落の血を受けたのか、きれいな血を受けたのか?』と聞いたのはお母様である(2009年当時からお母様のお考えの中にお父様が堕落の血統を受けて生まれたという考えが存在した)と解釈するのが妥当です。


④「クリスマス発言」とつながるみ言の省略

教理研究院は④-1のみ言を省略しています。この部分でお父様は本然のアダムの代身として、16歳以前の蘇生段階、長成段階においても、神の血統を連結して誕生し成長されたことを語られています。

つまり、上に紹介した金ジンチュン教授の論文のように、お父様が堕落の血統で生まれ、16歳でイエス様の使命を引き継いだ時に神の血統へと転換されたという論議が、統一家の中枢ではこの当時(2009年2月28日)から既にあったということになります。

このように教理研究院が削除した箇所を補うと、④-2でお父様が「何、先生の血が、どうしたというのですか。堕落の前に、血を汚しましたか」と語られている意味が分かります。

これは、「本然のアダムであるお父様が、アダムが堕落したという16歳以前に堕落の血統であった訳がない」という意味として理解することができます。

省略箇所を吟味することで、教理研究院が「クリスマス発言」や金ジンチュン教授の論文との齟齬を心配して敢えてこういった部分を省略した理由が分かります。


⑤私が引用した御言の日本語訳の間違い

「何、先生は純血か、何の血か」という部分ですが、私の引用した日本語訳は、「先生が純潔か、何とか潔かと」となっており、これは教理研究院から指摘を受けたように、明らかな誤訳というか、変な訳になっています。しかしこれで、み言全体の意味が変わる訳ではありません。



三、松濤本部が、過去にもみ言を意図的に誤訳した事例

以上のように、教理研究院がみ言の前に誠実というよりも、組織防衛のために都合の良い翻訳や解釈をしてしまっていることが分かります。

それも、櫻井さんの記事を読めば、結構分かりやすい誤訳ですので、お父様のみ言と韓国語に精通する人の目に触れないように祈りながら、ネット上にアップしているのではないでしょうか。

私は二年ほど前、お母様の「独生女」のみ言に関して、松濤本部に質問文を繰り返し提出していました。「独生女」について語られたお母様のみ言を調べていく内に、偶然にも松濤本部がお母様のみ言を意図的に誤訳していることを発見しました。韓国語ができない私がこれを発見したのは奇跡的な事でしたが、以下に紹介します。


①松濤本部が挙げた韓国語原文

「이것은 누구나 할 수 없는거야. 독생녀밖에는 못해.독생녀 확정자. 독생자 위치는 2000년에 세워졌어. 아버님은 예수님이 나타나서 당신이 이루지 못한 사명을 맡아주십시오. 그렇게 스위치 된 거야. 」

②松濤本部による日本語訳(意図的な誤訳)

「これ(祝福)は誰にもできないことです。独り娘になった者しかできません。独り娘の確定者です。独り子の位置は2000年前にすでに立てられています。(再臨主である)お父様にイエス様が現われて、ご自身が成すことのできなかった使命を引き受けてほしいと語られたのです。」

③ブログgildong2に掲載された日本語訳

「これ(堕落の血統を脱がせること)は誰もできないことです。独生女しかできません。独生女確定者。独生子の位置は2000年前に立てられました。お父様はイエス様が現われ、ご自身が成し遂げられなかった使命を引き受けてくれということで、スイッチ(血統転換)されたのです。」

①②はCARPスタッフが利用する掲示板に、お母様のみ言が韓国語と日本語訳の両方、アップされていたものです。①の原文では「스위치 된 거야」となっています。これは③のように「スイッチされたのです」と翻訳しなければならないのに、松濤本部では「語られたのです」と意図的に誤訳しています。

つまり「スイッチされた」というこのみ言は、最近、お母様がハッキリ語られるようになった、お父様は堕落の血統で生まれ、16歳でイエス様から独り子の位置を引き継いだ時に神の血統へと転換された(スイッチされた)、ということを表しているみ言です。松濤本部はそれを隠すために、「語られたのです」と翻訳しました。

「スイッチされた」の場合、主語はお父様ですが、「語られたのです」という翻訳では主語はイエス様ですから、全く違います。「誤訳」の域ではなく、「捏造」と言えるでしょう。これがどういうことかを説明してくださいという私の質問に対して、松濤本部は未だに無回答です。


四、結論

以上のように、私が引用したみ言の日本語訳に多少の間違いがあったものの、「お父様は、お母様がお父様の血統を疑っていることを、真の父母の分裂であり、越えるべき試練(38度線)として指摘された。」という私の理解は妥当なものです。さらに、お母様の「クリスマス発言」を考慮に入れれば、なお一層、妥当であることが分かります。

教理研究院を構成されている先生方は、どうかお母様を神格化せず、お母様にも5%の責任分担があるということを認識され、真の孝行息子としてお母様に侍っていただきたいと思います。

お母様がされているお話は、お父様が心配され、禁止されたお話ではないのでしょうか?顯進様は摂理的長子として、「独生女」を語られるお母様に対して、涙を流して心配しておられます。

ただ「分派」扱いするだけでなく、顯進様が何を語り、何を成し、如何にお母様を助けて差し上げようとされているかを真っ直ぐに見つめていただけないものでしょうか。

芳岡隼介さんの反論終わり



教会がこのようにお母様の本当の発言を隠そうとするのは、神の摂理を守るためではなく、組織防衛のためで、それは悲しいことではないかと思われた方はクリックお願いします。
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先生が堕落した血統に生まれたと考えるのは狂った者たちである。




ある人から以下の内容が送られてきました。一読に価するでしょう。


独生女について次のようなみことばがあります。                 

先生が堕落した血統に生まれたと考えるのは狂った者たちである。


アダム家庭で、何かというと、結局サタンが入ってきたために問題です。サタンがいなければ、今、何、蕩減復帰だ何だという悲しい涙、苦痛、苦海という言葉があり得ないというのです。

これを今まで知りませんでした。それを先生が一人で出て来て明かしました。幼い頃から先生は堕落の血と関係がないのです。それを知らなければいけません。

「先生は堕落した血統で生まれて・・・・」というそのような考えをした人は狂った者たちです。原理を知りません。


神様の実際の血筋に接することができる道がないという言葉を言うマルクスとか、このような人々が今までそのように出てきました。自分がメシアにもなって暮らすというのです。

611-307、2009年05月17日<歴史を再び知らなければならない(Ⅰ)>



このように、お父様がお父様のアイデンティティについて明らかに語られたことも最近、お父様が堕落した血統に生まれたと主張する者たちがいるので、お父様のみ言葉を借りると狂った者たちであり、原理も分かっていない者たちである。

このような主張を信仰で受け入れようと主張する人たちもいると思うと彼らもまた、お父様のみ言葉の基準から見れば狂った者たちでしかないといえる。

お母様が原罪なく生まれたという主張に留まらず、今では堂々とお父様が原罪を持って生まれたとし、その原罪を独生女であるオモニが清算したと主張しているとなると、統一家は本当に狂った者たちが幅を利かせているのでなければ何なのだろうか。




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独生女信仰の問題点(私たちの信仰の根幹にかかわる教義の変更)




H1派の人から次のようなものが送られてきました。一読に価するでしょう、



独生女信仰の問題点


1. お父様有原罪・お母様無原罪

1) 無原罪で生まれたのはイエス様とお母様のみ。

2) お父様はイエス様の使命を受け継いだ瞬間に独生子の資格を得た後、お母様との子羊の婚宴を通して原罪を脱ぐことができた。

→お母様が独生女として生まれたため、それ以前のお父様の第一のお母様・第二のお母様との夫婦関係はもってはならなかったこと、つまり失敗となる。

→お父様が無原罪のメシヤであるという信仰の根幹が崩れ去る。

→血統転換の意味・プロセスに対するお父様のみ言も全て間違いということになる。


2. 間違った男女平等観

1) 男性は種を持つため主体、女性は畑として対象というお父様のみ言を全面的に否定。

→お父様、男の子女様の夫妻が不在であっても、お母様や女の子女様の夫妻だけで祝福が可能と考え、血統転換にならない祝福式を継続的に挙行。

2) 男性と女性の役割の違いから相互補完的関係を持つはずの男女が、女性も男性と同じ権威を持とうとし、二つの主体が表れることになれば、対立と葛藤を生む。

→お父様御存命中からお父様の許可をとらずお母様が独自的に指示を下し、真の父母様の指示として伝達され、天宙史的葛藤が巻き起こる原因となった。

3) お母様はお父様に教育されていない。神様から直接教わったと考えている。

→お父様のみ言の絶対性を否定。お父様が絶対に触れてはならないとされていた8大教材教本を毀損。お父様のみ言と違う独生女信仰の入った真の父母経を含む異なる経典を使用



3.神の摂理の方向性の歪曲

1) 神様―お父様―お母様は三位一体の神のようにとらえ、真の父母様が信仰の対象となる。

2) 中心が神様ではなく神の実体である真の父母様。お母様の実体がみ言より上。その指示に絶対的に従わなければならない。お母様の指示に従い、その下で行われることのみが摂理。

3) お母様が聖和すれば天一国最高委員会が権威を握り、その指示に従っていく。

→目に見えない神との父子関係、良心に従って生きる原理的生活が否定され、カトリックのような教職者が主導する教会となる。

→家庭連合という宗教団体を中心に、真の父母様を世界に知らしめるということが摂理的焦点となる。このような宗教中心の方向性をとった場合、数ある宗教のなかの一つとなり、宗教間の壁を乗り越えられず、平和理想世界王国を築くことはできない。



4.神様の創造目的が成されない

1) 四大心情圏が完成されない

(1) 真の母の使命は神の4つの愛(娘・姉妹・妻・母)の先例を残し、人類が模範とできるモデル女性となることであるが、神の前において真の娘の先例(ご自分が実体であるとして対象の位置を去ってしまってはならない)、真の姉妹の愛の先例(為に生きる実践)、お父様に対し真の妻としての先例、真の子女様に対し真の母の先例が立たなくなる。


2) 三大王権が完成されない

(1) 真の子女様を一つにしてお父様につなげ、真の家庭を立てることがお母様の使命であるが、お母様は現状でよしとされている。

(2) 真の父母様の一代記で終わる。子孫は永遠に真の父母様を信仰の対象として信仰していく方向性。

(3) 真の父母様を信じ祝福を受けた祝福家庭は皆神の息子娘として見るため、お父様の血統と権威を受け継ぐ長子の存在を考えなくなっている。

→このままでは四大心情圏と三大王権を完成したモデル理想家庭が立たない。神の理想家庭が表れなければ平和理想世界王国もない



<まとめ>

神様―お父様―長子顯進様へとつながる縦的軸を否定し、摂理の主流から外れて行く。今は長子を攻撃しているため、外れるどころか打っているため、もし顯進様が正しいお方であるのならば、教会は霊的保護を受けることのできない非常に危険な立場。

【お母様の独生女信仰関連のみ言のまとめ】

• 私はお父様に約束しました。「どんなに御旨が大変でも、自分の代で終わらせます」と言いました。そして、お父様に、「神様の創造目的を、創造理想世界を成し遂げてさしあげます」と言いました。(2012.9.3)

• 私が1960年には未だ幼かったのですが、そんな私がそうしたのです。蕩減復帰摂理歴史は私が終了させました。(2013.8.15)

• 血統転換、私は胎中にいる時からそうなのです(2014.7.1)

• お父様の歴史は、イエス様の使命を引き継いだその時、その瞬間がお父様が独り子となられた資格です。(2014.7.1)

• この韓族を通して天は、皆さんが知っているように本来、天子を送ろうとしたのですが、趙漢俊(チョ・ハンジュン)お祖父さんの銅銭3銭が引っかかって天子ではなく天女を送るとおっしゃいました。これは伝説ではなく、事実です。(2014.7.1)

• 独生子が独生女を教育したとは言えません。ですから私が決めました。私が決心したのです。(2014.10.27)

• 人類が待ちこがれ、天の父母様が待ち望んでこられた中心が顕現したのですが、この真の父母を知らない70億の人類がいるということは、私たちの責任ではありませんか。(2015.10.27)

• 皆さんが清平の役事が分かるだろう。大母様がそのような摂理歴史をすることができたのは独生女を誕生させ、摂理の中で家庭よりは再臨メシアの真の父母の道のために一生を苦労した。(2016.10.5)

• 独生女は完璧に四位基台を成して責任を果たした。(2016.10.5)

• 私を生んでくれた父母がいたが、私は神様を父と知って育った。私の祖母も大母様もそのように認めた。神様が私の父。人類のなかで神様を父と知って生まれた人はただ私一人。2000年前のイエス・キリストと。(2016.12.25)

•「アボジは原罪をもって生まれました。無原罪でこの地に生まれた独生女に出会うことでアボジは原罪を脱ぐことができたのです。アボジは私に出会う以前に誰とも結婚すべきではなかった。」(2016.12.30)

以上「独生女信仰の問題点」終わり




なんだか今の家庭連合は名前も変わったが、実際かつてのUCとは全く違う教義も持った宗教になってしまったのではなのかと思われた方はクリックお願いします。
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奇奇怪怪な現象(今のUCの姿はまさしく内容の無い権威主義そのものだ)





仮にイエスが妻を持ち、子女を繁殖して、家庭を持ったとしても、So what?(だから、何だ!)と言うのでしょうか?イエスが出来なかった家庭を手に入れた統一家を実例としてみて見ますとどんな違いがあるのでしょうか?

仮にイエスが妻を娶ったとしても、その妻が

「天は2000年前に探すことが出来なかった。独生女を探してくる蕩減復帰歴史があった。それで、唯一6000年ぶりに、初めて1943年に誕生した独生女が私だ。否定できないだろう。6000年ぶりだ」

のようなことを言い出し、神が求めて来たのは神の実体の妻である独生女であって、イエスはその露払いであるといいだしたら、イエスとイエスの家庭はどのようになるのでしょうか?

また、イエスの後継者争いが起きて、イエスのH1やH2版が出現して、それぞれ後継者を主張したらどうなるのでしょうか。

更に、イエスの子女達が離婚、不倫、略奪婚や事実婚を展開したらどうなるのでしょうか?すなわち、イエスがなまじっか家庭をもっても統一家のようになったら、キリスト教の2000年の人類救済の歴史はどうなったでしょうか?

これは、結果論ですが、イエスは家庭を持ちませんでしたが、後継者として法王が立ち、近年では選挙で選ばれ、そこそこ立派にキリスト教を保ってきたように見えます。プロテスタントも法王はいないけれども何とか継続しているようです。

イスラム教もマホメットの血統を重んじるシ-ア派と法統を重んじるスンニ-派がありますが、全体の80%を占めているのはスンニ-派だという。両方ともそれぞれ何とか継続しているようです。

ところで、仏教はどうでしょうか?釈尊は家庭を持っていましたが出家して、独り身になり、悟りを開きました。

しかし、釈尊の後継者は弟子たちであって、彼の子供ではありませんでした。仏教を受け入れた国々では、立派な家庭を形成している在家信徒は沢山います。

ブ-タンの国王は立派な仏教徒の家庭を形成していますが、国民も後に続けと言わんばかりに立派な敬虔な家庭を形成しているようです。

これは、教祖である釈尊がたとえ出家して独身になっても、在家信仰の信徒たちは立派な敬虔な家庭を形成することにおいては支障が無い事を意味しています。

同じことは、キリスト教徒にも言えることです。イエスは家庭を持ちませんでしたが、立派な敬虔なクリスチャン家庭を形成することにおいては支障がありませんでした。

従って、このことはUC・家庭連合においても言えることでしょう。たとえ、TMが無原罪の独生女論を唱え、統一家の子女達が離婚、不倫、略奪婚や事実婚を展開したとしても、祝福家庭は同じ事をするかと言うと、大多数の信徒は敬虔とまでは行かなくても、そこそこ良い家庭を形成していることでしょう。

だから、「唯一6000年ぶりに、初めて1943年に誕生した独生女が私だ」とか、自分のことを、「神が求めて来たのは神の実体の妻である独生女」だとかを言っても、So what? (だから、何だ!)なのです。

TMは自分の子女達が離婚、不倫、略奪婚や事実婚を展開して、真の家庭として、人類の前に何の証しにもなっていないにもかかわらず、自分は、「唯一6000年ぶりに初めて1943年に誕生した独生女が私だ。否定できないだろう。」とか、「神の実体の妻だ」とか、豪語するのは勝手ですが、実態が伴わないと、世界の笑われ者になってしまうでしょう。

顕進氏は、「あなた方韓国人は日本に来て何を指導しょうとするのですか?韓国では全て失敗して来た人々ではないですか。それどころか、韓国そのものが失敗した国ではありませんか。その失敗したパラダイムを持って、韓国人と言うだけで、どうして世界を指導できるというのですか?もっと、謙虚にならなければなりません。あなた方の内容の無い権威主義がいけないのです。」と言ったという。

この言葉はそっくり現在のTMに当てはまる言葉です。統一家は自分のせいで、三つ巴に分裂し、自分の子女達が離婚、不倫、略奪婚や事実婚を展開して、真の家庭としての内容が無く、むしろ失敗しているのです。

しかし、そのパラダイムを持って、自分が無原罪の独生女だ!と豪語するのなら、その姿はまさしく内容の無い権威主義そのもです。


もっと奇奇怪怪なのは、多くの信徒たちがまるで水戸黄門の印籠の前に恐れをなして跪くように、その内容の無い権威主義の前に傅くことです。この奇奇怪怪な現象を説明してくれる人がいれば幸いです。




三つ巴に分裂し、真の家庭としての内容のない自分が、無原罪誕生の独生女だと豪語するなら、その姿はまさしく内容のない権威主義なのではないかと思われた方はクリックお願いします。
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ヤマギシズムコミュニティ見学記(今のUCは韓国を超えることができない)




埼玉県深谷市にあるヤマギシズムコミュニティを見学して来ました。深谷市は渋沢栄一の出身地で有名なところです。シックは総勢10数名が来ていました。

素晴らしかったのは花見と大判振る舞いの大量(無料)のご馳走でした。万民一家族の社会ですから、そこに住んでいる献身者は無所有の一つ財布の一体社会です。

雰囲気がシックとよく似ていますので、昔から知り合いのような親しさで語り合いました。

盛り付けや皿洗いや後片付けなどは来た人達が勝手にやるのです。なるほど、万民一家族の振る舞いでした。

三重県には2000人単位の彼らのユ-トピア社会を形成していますが、ここでは一番多いときで100人くらいでした。このようなユ-トピア社会が全国に散在しています。

時々、モンゴルや中国から研修生が送られ来ますが、この度はモンゴルから10人ぐらい来ていました。

問題はこのような思想と社会が日本から生まれていることです。彼らは欲望から自由になることの喜びを体験することを大切にしています。

彼らには原罪とか無原罪と言うような教義はありませんが原罪が無くなったと誇(?)っているUC信徒より創造本然の生活を営んでいます。


韓国から生まれた原理は韓国人が内容が無くても選民の立場で日本や欧米の教会や信徒を主管しますが、ここでは全く平等で、等しく宇宙の根源から生まれでた(神の)子です。従って、ここでは長という名の付く者は存在せず、役職は00係りです。

韓国生まれのUCは韓国至上主義の反日絶対君主制の献金奴隷制を制定しますが、日本生まれのヤマギシズムではそのようなものは存在しません。

また、UCのように献金が最も重要であるため、献金を多くする人は信仰のある人、人格と心情のある人と言うような評価もしません。

お金が本当に無い人には借金を奨励し、払えない場合は自己破産を勧め、最終的には生活保護者になることまで勧めるしょうな事はしません。

UC・家庭連合はこれを組織的にやらせるので、明らかに犯罪です。そして、これが韓国から生まれた思想の限界なのです。韓国を越えることが出来ないのです。


これに対して、ヤマギシズム、一灯園、武者小路の新しき村などは日本を越えている。従って、選民と言うのなら日本の方がまだ、はるかに国際的で、選民の資質を十分に備えているでしょう。

「八紘一宇」も真の意味においては日本を越えたものだと言う。


ウイキピデア参照:

田中智學による国体研究[編集]

大正期に日蓮宗から在家宗教団体国柱会を興した日蓮主義者・田中智學が「下則弘皇孫養正之心。然後」(正を養うの心を弘め、然る後)という神武天皇の宣言に着眼して「養正の恢弘」という文化的行動が日本国民の使命であると解釈、その結果「掩八紘而為宇」から「八紘一宇」を道徳価値の表現として造語したとされる[14]。

これについては1913年(大正2年)3月11日に発行された同団体の機関紙・国柱新聞「神武天皇の建国」で言及している。田中は1922年(大正11年)出版の『日本国体の研究』に、「人種も風俗もノベラに一つにするというのではない、白人黒人東風西俗色とりどりの天地の文、それは其儘で、国家も領土も民族も人種も、各々その所を得て、各自の特色特徴を発揮し、燦然たる天地の大文を織り成して、中心の一大生命に趨帰する、それが爰にいう統一である。」と述べている[15]。




韓国至上主義の反日絶対君主制で、献金を多くする人は信仰のある人、人格と心情のある人と言うような評価をするようなUCは、日本の他の信仰団体よりもはるかに格下ではないかと思われた方はクリックお願いします。
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お母様が「私は神様の娘だ」と言われる件について(お母様に対する生々しい証)




「私を産んでくれた親があったけど、私は神様を父として知って育った。私のお祖母さんと大母様もそのように認めた」というお母様の発言についてですが・・・


ある在韓女性の話によると:

TMのお母さんである洪ハルモニが伝道で走り回っていて、常に家におらず、お父さんも離婚して、両親がいないので、お世話した女性がTMに「あなたの親は神様だよ」と言って育てたという。

しかし、この女性の証しによると、「あんなわがままな娘が真の母であるはずがない」と言って死ぬまで認めなかった、という。

TMが成婚された時の話はすでご存知に方が多いと思いますが、準備された服が小さい独生女(郭先生の妹)を想定していたので、突然決まったTMには式服がちんちくりんだった、ということです。(聖婚式の写真を見れば分る。)

TMに何も誇るものがないので、せめて誕生日でもTFと一緒にすることにした、とのことです。(しかし、役所の公式の誕生日は違います。

TFはTMに「第一のお母様と聖進様をよく面倒を見なければならない」と何度も言われていたのに、最後までそれが出来なかったととをTFは嘆かれた。

H2が暖炉の前でTMがTFに「あなたには原罪があり、私には原罪が無い」と言って、TFが「何を言っているんだ離婚するぞ」と喧嘩しているのを見たと証言した。

そのだいぶ後で、TMが食口に向かって同じことを話している。これはTMと一緒に暮らしていた息子の証言すので、言い逃れは出来ないでしょう。


2000年代の初めTFが病気になり、一時よだれを垂れ流す状態になりTMがTFに「この、老いぼれじじいが」と言っていた、とヤン・チャンシクがそれを見て、話をしていたそうです。

TMと洪ハルモニの生涯の戦いは、如何にして6マリヤと言われる女性たちをTFから引きはがすか、だったと言う。

TFはTMが失敗した時の「隠し玉」として、李貞玉先生の姪っ子(独子女)を準備していてこの女性には祝福をしなかったそうです。

それを知っていたTMは、その可能性がなくなるまで、徹底してこの女性をいじめたと言う。ちなみに、崔元福先生もTMとその母から陰につけ、陽につけ嫌がらせがあった話はいたるところで聞かされます。

実は、1970年代の初め、ワシントンDCで金永雲先生に対して、TFが「お前がもっと若かったらなあ」と残念そうに言っていたのを直接聞いた人がいます。

TFは自身の勝利によって相対者の位置を祝福しているのであって、女性は入れ替わっても関係ないという。

それを全否定するために、TMは、誰にも教育されなかった、原理を全部初めから知っていた、ただ独り無原罪で生まれた、TFを自分が救った、自分の前にTFが結婚したのは間違い、などと言うようになったのでしょう。

では、いつからTMがそうした考えを持つにいたったかですが、ある人はTFが病気になって行動が不自由になった時と言い、ある人は大母様の清平摂理で、立派な宮殿が出来た時だと言いますが、私はかなり前から考えは内在していたものの、TFの圧倒的な主管力によって、目立たなかっただけと思っています。

TMのもともとのTFに対する反発の思考が先にあって、それは根深いものだったという。

現在の家庭連合ではTMの存在感が全面の押し出され、TFはその陰に追いやられてしまったという。

TMについて、このような生々しいお話が明かされるにはそれなりの訳があるのです。

今まで人類の真の母としてせっかく侍って来たのに、「自分は神が人類6000年の歴史を通して求めて来た独生女であり、神の実体の妻であり、TFはその露払いに過ぎない」のようなことを言い出すと、堪忍袋の緒が切れてしまうシックは沢山いるのです。

言ってはならないことを言い出して、信徒を混乱させると、当然、実態をせきらに明かしだすのは、”売り言葉に買い言葉”のようなものです。

特に、再臨主であるTFを格下げし、自分の露払いみたいなことを言い出すとシックといえども黙ってはいないのです。それは、原理が根底からひっくり返ってしまうからです。

神山先輩はその第一号であり、次に、H2がTMの問題点をもっとリアルに生々しく証し出したのです。H2に比べるとこの証しはまだおとなしい方でしょう。

真の父母とは使命において真の父母であり、現実は生身の人間なのです。旧約聖書はたとえメシアであっても、実態はただの被造物であり、人間なのでリアルに描写しています。

しかし、大切なのは、だからと言って、メシアではないと一言も言ってはいないのです。ただ、人間崇拝をしないだけです。

問題は、多くの信徒はたとえ存在感がTFからTMに入れ替えられても何の疑問も持たずにそれを受け入れているという。

結果的には、UC信徒の信仰は真理ではなく、人間信仰だったということになります。

クワバラ、クワバラ・・・



今まで人類の真の母としてせっかく侍って来たのに、「自分は神が人類6000年の歴史を通して求めて来た独生女であり、神の実体の妻であり、TFはその露払いに過ぎない」のようなことを言い出すと、堪忍袋の緒が切れてしまうシックは沢山いるのではないかと思われた方はクリックお願いします。
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金ジンチュン天法院長による独生女に対するソン・デオ博士のコメント(お父様有原罪誕生論について)




もうすでにいくつかのブログで紹介されているようですが、これは一読以上に値します。ちなみに、ソン・デオ博士は私が日本の国際クリスチャン教授協会の事務局長の時代に彼は韓国の国際クリスチャン教授協会の事務局長でしたので、お互いに気心の知れた間柄でした。

金ジンチュン天法院長によるひとり子独生女に対するソン・デオ博士のコメント

元老牧会者会の中央幹部および支会長60余人 協会8階講堂 2017.04.07韓国カフェの記事



一言、言わせて頂きます。

長い間、大変な苦労をされ、多くの研究をされた土台の上に、悩みまで打ち明けられながら語られるのを見て、共感する思いが湧きます。悩んだのですが「共感する」という一言につきます。

金博士の紹介に、自然科学を勉強した物理学者であり、数値で持って、コンピュータでみ言葉を研究したとありましたが、私はそれとは違う出身です。

私は、人文学を勉強しました。人文系の勉強をした者なので、そちらから接近しなければならないのではと考えています。

私は、お父様がいらっしゃった時、お父様と一つ屋根の下で、私たち夫婦は57年生きてきました。

父母様に侍り、二人で生きた歳月が57年です。そして、お父様の在世時に自叙伝を編集をし、お父様に報告しながら、整理しました。そして、お父様が聖和された後に遅れて合流し、三大経典の中でも真の父母経の編纂するに関与しました。

その前から、原理講義を中央修練所で長い間した経験があり、最近では10分の40講座を、原理を初めての人に伝えるために平一企画で動画を撮ったりした経験もあり、私としても、今日、金ジンチュン博士がこれまでに書いたものや本、様々な根拠に照らしながら、現在、私たちが直面している問題について悩んでいることを知りながらも、今日ここに、元老牧会者たちのこのような集まりを通して講義するということを、正式に言うと、私は通知を受けませんでした。

なぜ連絡がなかったのかは分かりませんが、連絡がなかったのは職分を任された方の集まりということだからようですが、それでも状況があまりにも重要なので、金博士が前回の基元節での世界指導者総会時の学術会議において論文を発表し、今日、配布した本(「ひとり子独生女真の父母様」)も、前回の公職者総会の時にわたそうとしてわたせず、そのようなことを見た時にとても深刻な問題であると思い、私は今日、わざわざ来ました。

私は今日ここで、金博士の講義内容を聞きながら、ある面、私たちのように墨を食べる者たちが話すことを識字憂患だと言いますが、本当にそうだと思います。

多くのことを聞いて、多くのことを研究し分析すると、わけもなく必要でもないことに触れて、さらに頭の痛いことが生じる可能性もあることを私たちは考えなければならないということです。

食口の皆さんが今、信仰生活をされていますが、このようなことをすべて教えられ、知ることによって信仰がよくなりますか。そのように悩みはじめました。

お父様を、想像さえしてもお父様がどのような方なのか、知っているではありませんか。

お父様の教えは太平洋のように広くて深く、広大無変です。太平洋の海の水全部を私たちがどうしてすべて飲み干すことができるでしょうか。

お父様のみ言葉が615冊ありますが、公的私的な場で語られたみ言葉がそれと同じくらいさらにあると思われます。印刷されていないものがです。

私だけが聞いた、お父様が私的な場で語られたみ言葉や、また、誰かが録音して保管し、メモされたみ言葉がどれほど多いでしょうか。このようなみ言葉、あのようなみ言葉までのすべてを確認し整理するということは、とてもではありません。

しかし私は「大原則を私たちが揺さぶったり忘れてはならない」という一言を強調したいです。

大原則とは何でしょうか!お父様のみ言葉が太平洋のように深く広くたくさんありますが、このお父様のみ言葉と教えを私たちが正確に知るための指標であり、コンパスとする大原則は何なのか、私は原理だと思います。

創造原理と堕落に関するみ言葉、そして蕩減復帰原理、この原理原則は、お父様を正確に知ることができると同時に、お父様のみ言葉を正しく理解するにあたり、原理的に解釈できない部分が私にはありません。

原理に精通したと言えば変かも知れませんが、原理を正確に理解している人には、お父様がどのようなみ言葉を語られても、理解できず信仰に問題が生じたり、原理を否定する、そのようなことは私にはありませんでした。

ですから、原理に対する認識を私たちがどのように、適切に、正確に理解するかが重要です。

創造原理、堕落論、蕩減復帰原理、このようなものを正確に知ることは、お父様がどのようなみ言葉を語られても - 今、金博士が天使長に取って食べてはならないというみ言葉をくださったとか、なかったとか、そのようなみ言葉までも解釈できないわけがありません。すべて整理できます。

そのように考えると、このような大原則を忘れてしまい、軽視する人たちが、み言葉だけにはまってしまうと道を失ってしまうと思います。

ですから、そのような大原則を堅持する私たち教会員となって、後輩たちや子供たち、食口たちに、本当に、大原則、お父様が語られた原理原則を持って解釈する、そのような目を育てなければならないと思います。

次に、今日、質問したいことがたくさんありますが、質問ではなく討議する内容だと思って、ここで一つだけ指摘したいことは、お父様に関して、お父様が16歳の時まで、堕落して原罪があるような気もしたりしないような気もして、両面性があったとか、そのようなことを話す必要はないと私は考えています。

一言で言えば、お父様が16歳の時、イエス様が「あなたに私のみ旨、神様のみ旨を受け継いで、再臨主の使命を受け継いでくれないだろうか」として、お父様が深刻に悩み、最終的に受け入れられたではありませんか。

ならば、メシアであったイエス様が、イエス様の後継者、再臨主としてお父様を選択してみ言葉を受けるようにとして受けられたのなら、お父様は生まれた時から原罪のある血統で16歳まで、原罪のあるお父様だったのかというのです。

既に、お父様が「原罪なく生まれた」ということが前提となってこそ、イエス様から再臨主の使命を受け継ぐ資格があるのです。

お父様に原罪があり、それを解決するためにお父様が16歳まで戦ったとかどうしたとか、道を磨いて原罪を脱いだとか、そのような論理はありえません。


言い換えれば、お父様のみ言葉をもう一度見ると、いつ、アダムが堕落したのか、16歳の時に堕落したとされています。

それでは、生まれてから16歳の時までは、アダムは神様の主管圏内にいたということです。それのどこに原罪がありますか。

お父様が16歳の時、お父様がイエス様から再臨主の使命を受け継いだということが、そういうことです。16歳までは、お父様も生まれてから原罪なく育った上に、再臨主の位置を引き継がれたのです。


それが、何、科学的にDNAを持って話して見なさいとか、科学的に原罪がないことを証明してみろとか、そのようなことを言って騒ぐ人がいますが、話にならない話です。

ですから、私はこのようなお父様の血統に関するお父様のみ言葉が、二面性を帯びたみ言葉を語られたと、原理的に説明できなかったり、理解できない部分が全くないということです。

それを理解して説明できない人は、原理に関する理解度がなかったり、無知だったりするのです。

ところで、この問題に関して、原理原則を投げ出し文字主義に陥ってお父様のみ言葉を解釈しながら、原罪がないとは言えないというふうにごまかしてはいけません。

そんな言葉で、最近では変なことにお母様に関連付けて、重複して、私たちに耐えきれないことまで起きているので、いったいどうしようというのでしょうか。ですから、識字憂患を作ってはならないと、ある線で原理的に整理しておけばよいのではないでしょうか。

また、原理講論に限界があり不足している、そのようなことまで言っていますが、原理解説を出版する時も、お父様が将来、より多くの啓示の新しいみ言葉を明らかにされることを前提にしながら出版すると総序に明らかに言及されており、原理講論の総序にも同じ意味のみ言葉が記録されているではありませんか。

原理講論の総序を読んでみてください。お父様がその時までに明らかにされたみ言葉を弟子たちが記録したものが原理講論であるとされています。

ならば、原理講論の発刊後にお父様が多くのみ言葉を語られましたが、そして最後には本体論をあれほどまでに強調されたではありませんか。

ところが今、その本体論はどのように整理されているのか、誰にも分からなくなってしまいました。そのようなことが、より深刻な問題です。

それほどまでに、摂理の進展に応じて出てきた基本的な経典である原理講論をとんでもない観点から卑下したり、文句的な枝葉末端問題として傷をつける試みはあってはならないことです。

あれこれを見て、この時間、金ジンチュン博士にお願いしたいことがありますが、あまりにもこのようなことを、み言葉の回数がどうであれ、またお父様のみ言葉を文字的に最後まで分析してみるとこうだとかああだとかという話をこのように続けてすることが、果たして私たちの信仰と今後の未来世代のためになっているのかということを深く考えて見るのはどうかという思いを打ち明けながら、今日はここまでに致します。

ソン・デオ博士のコメント終わり



お父様と共に57年間信仰生活を共にした元老食口が最近のUCの教義的混乱に対して、このようなコメントをしなければなrないことは、とても残念なことだなと思われた方はクリックお願いします。
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放牧神学の紹介(家庭連合も放牧神学を見習う心の大きさが必要)




ある人から、今の家庭連合の現状について、次のようなコメントをいただきました。


本来ならば、学者でなくても本流を標榜する家庭連合は親の立場で分派と見なすグループにも対話を呼びかける位の包容力があってしかるべきではないでしょうか。

対外的には宗教の融合を謳いながら対内的には除名や分派のレッテル貼りで分裂を助長するやり方は、このままの状態で万が一主権が復帰されれるとすると(ほぼあり得ませんが)警察権力を行使して改革派や批判派を弾圧排除していく北朝鮮のようになる可能性を内包しています。


これに対する師観のコメント:

・日本キリスト教団の東北教区の豊田牧師のところに、小山田秀生氏がヒゾッコとしていましたが、ある日、星野一雄(?)氏に伝道されてしまいました。

それで、豊田牧師はカンカンに怒って、統一教会はいかに羊泥棒であるかを告げて、やるせない気持ちを教区長の遠藤栄牧師にぶちまけました。

ところが、遠藤牧師は、「羊というものは牧草のあるところに行くものだ。お前は、良い牧草を食わせなかったから小山田は統一教会へ行ってしまったのだ」と言ったという。

UC・家庭連合もこれと同じで、信徒に満足の行くみ言葉を与えないから、H1やH2のところに行くのです。そもそもTMの無原罪生誕の独生女問題に満足の行くを解答をしないからです。




自分たちの不足・欠点を棚に挙げて、信徒を縛るのはもってのほかです。家庭連合も放牧神学を見習う心の大きさが必要だと思われた方はクリックお願いします。
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2017年4月3日姜賢実先生の説教「 神様の血統と三代王権を抹殺したお母様」




最近の姜賢実先生の説教です。一読に価するでしょう。



姜賢実先生の説教

2017年4月3日 月曜 



アンニョンハシムニカ

今日、申し上げる内容は 「神様の血統と三代王権を抹殺したお母様」 です。神様の再創造摂理の核心は何でしょうか?神様の血統の安着です。

再臨主がこの地に降臨される最も核心的なことは神様の血統をこの地で着地させ神様の血統を継承することです。

エデンの園ではエバは天使長の血統を受け入れ神様の純血を汚し、その結果としてカイン、アベルの子女を産み、悪なる血統を繁殖するようにし今日の堕落世界をつくりました。

このような血統を正しくするために数多くの女性達が 血統復帰のために蕩減の道を行ったことは知られている通りです。

これはまさにエバが汚した血統を正しくするために、エバが神様を騙しアダムを騙し子女まで騙したことを蕩減するための天の血の涙を流す蕩減の路程でした。

人類としてはとても納得することはできない淫女の道を歩んでいったのです。 ここには代表的4代淫女がいます。ウリヤの妻バト・シェバと遊女ラハブ、タマルとルツです。代表的四大淫女が血統復帰の中心にいたということなのです。

そのような基台の上にイエス様が最初の原罪のない純血でこの地に着地されたのです。

それでイエス様はパンと葡萄酒を下さりながら「これは私の肉である。これは私の血である」とおっしゃいました。

ご自身のように原罪の無い神様の純血を受け継ぐことを懇切に願われたイエス様の絶叫でした。

しかし原理を通してご存知のように、ご自身は血統を分けることができる基台、すなわち祝福をなすことができず、 ご自身の純血を堕落した人間に伝授することができず十字架に行ってしまわれました。

ご自身の究極的目的は血統復帰でしたが結局ユダヤ民族の不信によってそのみ意を成就することができず再臨を約束するしかなかったのです。

イエス様が再臨することができるように2000年の間どれほど蕩減の血を流したことでしょうか。そのような犠牲の蕩減の上に真のお父様が来られたのです。

すべての人々が歓迎し迎えこの方に侍り受け入れたのであるならば この方を通して神様の子女として生まれ変わることができたのです。

ところが準備された者たちはすべて(再臨主を)背を向けむしろ2000年前にしてしまったその癖その如く無視し不信し迫害し監獄に死の道に追い出してしまいました。

サタンは神様の次に原理をよく知っている存在なので全人類を差し出したとしてもメシア一人を殺すことを目標として役事しました。

その核心は神様の血統を持つメシアを殺害することであり、神様の血統を抹殺することでした。それでエデンの園で犯したその姿のままに天正宮で陰謀を企んだのです。

天を騙しアダムを騙し息子を騙した6000年前のエバのその行為そのままを再現しているのです。

神様も騙しお父様も騙しお父様の代身者相続者である息子も騙し、正午定着を通して神様が垂直に臨まれなければならないその神聖なる宮殿でサタンが垂直に役事することができる条件を提示してしまったのです。

天正宮とはどういうところですか。

お父様、亨進様、信俊様、このように三代王権を樹立し「全て成された」と宣布されたところです。神様の創造理想は四位基台を立てて永遠に安息されることです。

ところが今や天正宮には初代王も二代王も三代王も、そのどの王もおられません。ただ精子も無い女性が王冠を被り無精子の聖酒で救おうと言うのです。

お父様の相続者代身者であられる亨進様、信俊様を追い出し三代王権を破棄し王権を簒奪し神様の真似をしているのです。さらにはお父様の遺言を廃棄しその痕跡を消すために全力を尽くしています。

天一国憲法を変えてお父様の後継者は、お父様の血統てなくても法統で引き継いで行くと言っています。

選挙でお父様の後継者を選択すると言うのです。最初からもはや神様の血統まで否定してしまいました。

お父様は堕落した血統に生まれ、原罪のない純血である独生女お母様であると宣言したので祝福できると詭弁を押しておられます。

6000年前のエデンの園でアダムとエバを生んだように復帰摂理もまさに原罪のない独生女として来られたご自身がこの地上に来られ、神様の子女を生まないといけないと言われます。

2000年前のイエス様の母であるマリアが神様の息子イエス様を産んだように、 ご自分がまさにお父様を生んだようにお父様をメシアとして完全にしたと言われます。

今やご自分が独生女メシアとして摂理の中心に立ってお父様の伝統と血統を抹殺しています。

今日至るまでカトリックではマリアがまさに神様の実体を使って この地上に来られ 神様の独り御子イエス様をお生みになったというその信仰のままを再現しています。

それで今でもカトリックでは聖母マリアと言い彼女がまさに肉体を使ってこの地上に来られた神様であるという 信仰をしいるではありませんか?

彼らはまさに法統を立てて教皇を選挙で選出して代を重ねています。 法統を立てて摂理を引き継いでいくのであるならばカトリックで十分です。

再臨主がもう一度来られ血統を立てる必要がありません。血統を通じて三代王権を立てる必要ではないということなのです。

今や精子も無い娘たちを立て真の子女を立て摂理を行うという真似をしています。無知で可哀想な食口達は精子の無い聖酒を飲んで神様の子女に生まれ変わったと錯覚をしています。

家庭盟誓を破壊しておいて家庭盟誓を唱える徹底的に外的な信仰者たちを作ってしまいました。三代王権のない天正宮はもはや神様の宮殿では無いのです。三代王権がおられるところが正に真の宮殿なのです。

三代王はどこにおられますか。サンクチュアリ教会です。もはや天一宮に入宮されました。天一宮を通して天正宮を再び探されました。

いち早く亨進様は宣布されました。サンクチュアリ教会は神様の王宮であると神様の精子があり神様の血統があり お父様の聖霊が共にするところであると。

そして復帰されたカインとアベルがいるところなのです。復帰されたカイン國進様は亨進様に敬拝を捧げられました。復帰された血統の誇らしい姿でした。

そしてお父様の聖霊が三代王権と一緒におられることを明確に見せて下さいました。そしてトランプを大統領にしました。お父様の聖霊が三代王権を通してこの罪悪世界を審判することを始められました。

6000千年の凍てついた悲しみの涙を流された神様が熱い喜びの涙を流しておられます。天正宮から追い出されたお父様は天一宮に入宮され安着されました。

その熱い涙が見えますか。心情の無抵抗から呻吟の涙を流された神様はふわふわと踊り、にこにこと笑われ感謝の涙を流しておられます。私達もともに三代王権を中心軸に立て感謝の涙を流しませんか。

以上姜賢実先生の説教終わり




お父様と60年以上労苦を共にされた姜賢実先生の説教は、それなりに大きな価値があるのではないかと思われた方はクリックお願いします。
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韓鶴子女史が今なすべきこと(日本シックと日本国民から家庭連合が見直されるためには)




<昨日3/29、韓国牧会者総会でTMが語ったみ言>
https://www.youtube.com/watch?v=0tpVbEG_zjE&feature=youtu...

それで、天は2000年前に探すことが出来なかった独生女を探してくる蕩減復帰歴史があった。それで、唯一6000年ぶりに初めて1943年に誕生した独生女が私だ。否定できないだろう。

6000年ぶりだ。私を産んでくれた親が>あったけど、私は神様を父として知って育った。私のお祖母さんと大母様もそのように認めた。人類の内、神様を父として知って生まれた人はだた私一人。2000年前のイエスキリストと。


これに対する師観のコメント:

1. キリスト教の2000年の歴史は独生女だけでなく、再臨主を探し、求めて来たと言うべきだ。

2.「それで、唯一6000年ぶりに、初めて1943年に誕生した独生女が私だ。否定できないだろう。6000年ぶりだ。」と言う前に、自分の誕生よりも1920年の再臨主の誕生を先ず述べて、そのお陰で自分が独生女になれたことを言うべきだ。

3.神を父として知って生まれた人は韓鶴子女史とイエスだけでなく、文鮮明師もそうであることを、先ず述べるべきだ。

第一、第二のお母様も神を父として知って生まれた人々なので、先ず敬意を払うべきだ。それが礼儀と言うものだ。

更に、クリスチャンは生まれたときから幼児洗礼をうけ、2000年前から父なる神よ、と祈るので神を父であることを知っているのは自分だけでないことを悟るべきだ。(あまりにも初歩的事実なのでそんなことを言うと、クリスチャンに笑われてしまう。)

・このように自己顕示ばかりして、TFと真逆のことを言う限り、いくらH1、H2にTMと一体化しろ叫んでも、自分が変わらない限り、この人達は帰ることが出来ないでしょう。

母と言うものは自分から、失った子供を血眼になって探し、訪れるのが道理であり、常識であるにも拘らず、女王の玉座から命令している。

シックの間では未だ良いが、第三者からみると学芸会で西太后の真似事でもしているように見えるだろう。恐らく、父親なしで育ったので、父親の愛が分らず、女性を主体・中心にした考えになっていったのでしょう。これは家庭連合の悲劇である。

・それでは韓鶴子女史が人類の真の母になるために、とりあえず何をすべきでしょうか?

それは慰安婦問題をめぐる日韓合意について「誰が(韓国の)大統領になっても合意を守ることが正しい道だ」であることを公言することです。

従って釜山の日本総領事館前に昨年末、慰安婦問題を象徴する「少女像」が設置されたことは「国際礼譲、慣習からみてもやってはいけない」事を説き、同時に、ソウルの大使館前の「少女像」を撤去すべきことを韓国民に向けて公言する事です。

そうすれば、日本シックだけでなく、日本国民からも見直され、支持おも得られるでしょう。

更に、家庭連合は見直され、良識者たちの心おも勝ち取ることが出来るでしょう。

それが出来ないと、韓鶴子女史は何だかんだ言っても所詮韓国人は韓国人に過ぎないと言うことになります。

ところで、H1やH2が日本のシックからもっと支持を勝ち取る為には何をすべきでしょうか?

それは慰安婦問題をめぐる日韓合意について「誰が(韓国の)大統領になっても合意を守ることが正しい道だ」であることを公言することです。

従って釜山の日本総領事館前に昨年末、慰安婦問題を象徴する「少女像」が設置されたことは「国際礼譲、慣習からみてもやってはいけない」事を説き、同時に、ソウルの大使館前の「少女像」を撤去すべきことを韓国民に向けて公言する事です。

そうすれば、日本シックだけでなく、日本国民からも見直され、支持おも得られるでしょう。

更には、それは良い意味で今の家庭連合と全く違うことを明確にするので、家庭連合の良識者たちの心おも勝ち取ることが出来るでしょう。

それが出来ないと、TMと同じように彼らは何だかんだ言っても所詮韓国人は韓国人に過ぎないと言うことになります。



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桜井夫人最新の手紙「祝福家庭の皆さまへ」4月8日(桜井夫人の魂の叫び)




桜井夫人の最近の行動の背後にある深い心情を証されています。一読に価するでしょう。



祝福家庭の皆様へ
                  
櫻井節子

先日、本部より、私に関する公文が出されました。

このことで、祝福家庭の皆様には、少なからぬ不安やご心配をおかけしたとするなら、大変申し訳ないと思います。

また、本部としましても、立場上こうした公文を発信せざるを得なかった事情も、ある程度は理解しているつもりです。

私も長い年月を教会と共に生きてきました。教会組織を守りたい思いは人一倍大きいものがあると思います。

しかし、私たちには教会組織以上に何よりも大切にしなければならないものがあるのではないでしょうか。それは言うまでもなく、神様のみ旨であり、真の家庭であり、食口たち一人一人の霊的生命です。

この間、食口の皆様にお伝えしたいことが山ほどありました。

しかし、そういった内容が現場でご苦労される食口の皆様に重荷を背負わせることになりはすまいかと思うと躊躇したり私もそれなりに言動を慎んできたつもりでした。

昨年秋に発信した書簡を最初で最後にしようと思っていましたし黙っていることで事態が好転するのであれば、そうすべきだとも考えました。

しかし教会全体に、あまりに事実とかけ離れた情報や誤解が広がっていく様子を見つめながら、今一度、口を開きペンをとることにしました。

善悪が交錯し、全く真逆の情報が飛び交う時代です。私自身も無条件、自らの主張があくまでも正しいと固執するつもりはありません。

しかし、少なくとも、真実を追求し天の御意を尋ね求めようとするならば、曖昧にすることはできず、また、どうすることが先輩家庭としての責任を担うことなのかを真剣に真剣に考え続けました。

公文が記すように、私の言動が、本当に神様の御意に反するものであり、食口たちの霊的生命を脅かすものであり、多くの人々を誤った方向に導くものであったのかどうかは、どうぞ皆様御自身がその目で確かめ、清い良心と深い祈りを持ってご判断いただきたいと思います。



最初の書簡

 昨年11月、私が何人かの方々にお送りしそれが全国に広がっていった書簡文は、私が祈りに祈って書いたものでした。

多くの方々にとっては、突然のことに思えたかもしれませんが、私にとっては、長い期間考え続けて来た内容であり、まず何人かの責任者の方々に思うところを述べ、解決の道を開いていただきたい旨をお話して来た経緯もありました。

しかし、教会も組織である以上、責任者もまた、組織としての判断に立たざるを得なくなり、中心者の判断が真実となり、組織の判断が善とならざるを得ないのでしょう。

 しかし、私たちは信仰を持つ者たちです。何が正しくて、何が誤りなのかは、真理と神霊によって、御言と祈りによって謙遜に尋ね求めることが大切なのではないでしょうか。

疑問を抱くことをやめ、天に問うことをやめ、祈り求めることをやめてしまっては、信仰共同体ではなくなってしまいます。

 私が最初の書簡に記したことは、私自身が長年の悩みと祈りのなかで至った結論でした。無論、それが絶対に正しいとは言いませんし、それが教会組織の現時点における公式見解と異なっている箇所があることも自覚しています。

しかし、「見るな、聞くな、触れるな」ではなく、「見て、聞いて、触れて」判断すべきであると思うのです。

 私はあの書簡を決してお母様批判や教会批判のつもりで書きはしませんでした。もし、まだこれを読んでおられなかったり、あるいは単なる一方的な偏見で判断しておられるなら、どうぞ今一度、何を言わんとしているのかを、真っ白な思いをもって読み返していただきたいと思います。



UCI行事に参加するまで

 2017年1月、私は韓国で顯進様が行われた真の神の日の行事に参加してきました。責任者の方々の強い反対を押し切ってそこに臨んだのは事実です。それは私にとっても、決して容易な決断ではありませんでした。

 昨年書簡を出して以降、私は本部より謹慎を言い渡されておりました。公的集会で語ることは一切認められず、本部で特別に開かれるようになった教理担当の方々との月1回の勉強会だけが唯一許された発言の場となりました。

ただ、私は教会の公式見解に異論を唱えた立場ですから、それも寛大な処置だったのかもしれません。そこには、心ある方々の口添えや責任者の方々の配慮もあったと感じています。

私としても、勉強会を通じて、本部の責任ある方々と共に率直な議論を交わすことが大切だと感じ、更なる行動に出ることなど当初は考えていませんでした。

 しかし、この度の韓国での集会が、これまで8年間ひたすら沈黙を守り、深い祈りと精誠の期間を越えて来られた顯進様が、新たな出発を期する場として、先輩家庭や二世たちを呼ばれていると知った時、ただ組織が違うとして一蹴してしまっていいのか、上から許可が出ていないとして無視してしまっていいのかと、とことん悩み祈り続けました。

 その間責任者の方々からは、「お父様が顯進様に対してこう言ったんだ、ああ言ったんだ」という話を多くうかがいました。

しかし、私もお父様に直接侍る機会が多かった立場です。カインの言葉や報告によって、お父様がああもこうも言われるのを見てきました。

だからといってそれは決してお父様の絶対性を否定するものではなく、親として、子女たちの言葉を信じようとするものであったと思います。

メシアは真の愛の勝利者であられ、それ故時には誤解もし、あるいは騙されることだってあるでしょう。だからこそ侍る者の姿勢がとても重要なのです。

 無論、周囲にそこまで誤解させたのだとしたら、顯進様に非がないとも言い切れません。しかし、そのことと神の御意がそこにあるかないかは別の話です。

また、責任者の方々からは、「顯進様はああなんだこうなんだ」と問題点を指摘するような話も多く聞かされました。しかし、それを語る方々のうち、誰一人、今の顯進様に直接会い、その姿を見て来た人はいませんでした。

いずれも8年前の教会側の主張を繰り返すだけなのです。顯進様は「私を知るには、私が何を語り、何をしてきたかを見て判断してほしい」と言われて来ました。イエス様も語っておられます。「我が語る言葉を聞き、我がなす業を見て信ぜよ」と。

 私は顯進様の言動に共感を覚えましたが、しかし、直接顯進様のお人柄や今のお姿を知っているわけではありませんでした。

私が責任者との話し合い(激論と言った方が正確な時もありました)の末、あらゆる反対を押し切ってまで渡韓した理由は、「行かなければ何も分からない」と思ったからであり、また祈るなかで「行け!」と押し出す強い導きを感じたからでした。



韓国で見た顯進様の姿

 韓国で目にした顯進様の姿は、昔と何ら変わらない、いや、むしろ昔以上に、神様を愛し、父母様を愛し、御旨を愛する、そうした真剣そのもののお姿でした。

私が参加したのは真の神の日と愛勝日の行事だけでしたが、それだけで、顯進様の心情世界の深さを思い知らされました。

事細かに伝えることはできませんが、最も印象に残ったことは、姜賢實先生のことに触れられた時の顯進様のお姿でした。

「父母様とあんなに長く共におられた方が、そんなに簡単にお母様を見捨てられるのか、そんなにも簡単に真の家庭を捨てられるのか」と泣かれたお姿でした。

「私はお母様を諦めない、私は真の家庭を諦めない」と語られる姿に、私は顯進様の真実を見たような思いがしました。

そして、言われました。「中途半端にお母様批判をしたりしてお母様を辱めてはならない。誰かを批判する必要もない、ただ私を信じてついて来てほしい。私は必ず、真の家庭の本来の姿を取り戻す」と。

 教会ではこうした内容についても、詭弁だとか演技だと言うのでしょうか。人には霊性があり、真実とは魂で感じるものです。

私はこれまでの信仰生涯において、たった一度も、分派や霊的問題に引っかかったことがありませんでした。何故なら、彼らが語る言葉が原理から外れているばかりか、その背後の動機が、真の愛に立っておらず、私心があり愛の減少感や恨みが根底にあることに気付かされたからです。

しかし、顯進様のなかに見たものは、教会で言われ続けて来た、そうした顯進様像とは無縁のものでした。

 顯進様についてよく言われて来た事は強くて外的で恐れを知らない人、どちらかというと独りよがりなイメージがあったと思います。

しかし、私が見たものは、始終目頭を熱くされ、泣かれ、涙をぬぐわれる、内的で心情的なお姿でした。また天を思い、天を慕い、父母様を愛し、真の家庭と祝福家庭に責任を持とうとされる、一貫した天の孝子としての顯進様のお姿でした。

時には優しく、また時には厳しく叱責される姿を見ながら、迫害期にあったこの7、8年間、この方は本当に祝福家庭の為に祈って来られたのだということを肌身で感じさせられると共に、私たちはこの方を、何の事情も知ろうとしないまま、打ち続けてしまったのかという何とも言えない心苦しさと罪深さの自覚でした。

そして涙で祈られた祈りがどれほど心情的で切実な祈りであったか知れません。神様が共におられるということを感じずにはいられませんでした。

また、私はその期間、うちから込み上げてくるような懐かしさをも覚えました。真のお父様の香りを感じさせられたからです。



フィリピン大会で感じた希望

 韓国では内部向けの集会を、フィリピンでは外部に向けた大会を行うということで、この二つの行事を見れば、顯進様が何を成して来られたのかが分かるというのが私が聞いていた説明でした。

そのため、私は韓国行きを決めた時、同時にフィリピン大会までは見てみなければと心に決めていました。

無論、責任者の方々には良い顔をされるはずがありませんでしたが、むしろ私はこの機会に、是非国家メシアなり、先輩家庭なり、巡回師の方々なり、分別のある方、原理的に揺るがない方々を一緒にフィリピンに送っていただきたいともお願いしました。

反対しているだけでは、何の事実も見えてこないからです。第一、現場を見もしないで何をもって「問題だ」と批判できるのでしょうか。

フィリピンにおける大会の重要なテーマは南北統一による世界平和でした。韓半島の分断は国際社会によってもたらされたものなので、これを解決するにも、国際社会の協力が不可欠であるとして、アジアでもう一つのキリスト教国家であり、韓国動乱を共に戦った国、古くから韓国と親交のあったフィリピンを足場として、南北統一に向けた一大イベントを開催するようになったと聞きました。

 私が参加したのは3500名の有識者を集め、3泊4日に渡って行われたGPC2017(グローバルピースカンファレンス)及び韓国から有名歌手グループを招請して一万名の若者たちの熱狂的な大歓声のなかで開催されたONE K グローバルピースコンサート、そして同じく一万名の青年たちを集めたグローバルユースサミットの3つでした。

全て英語で行われた、これら3つのイベントの内容を私には未だに正確にレポートすることはできませんが、何よりも私が驚いたのは、全員が自ら会費を支払って会議に参加し、自分たちの会議という自負心を持って集まって来ているという事です。

そして、親のような歳格好の元大統領、大実業家、学者たちまで、顯進様に敬意を払い、先生を慕う生徒たちのように、フロアに顯進様が姿を表わすと、すぐ周りを取り囲み、親しく談笑し合う熱いその情景を見ながら、「ああ顯進様はこういう方々を基盤として、本気でお父様の夢であった天一国の実現を成そうとしておられる」そういう真実でした。

あれほどの凄まじい非難や迫害の真っ只中にあって、黙々と歩まれ、これだけの基盤を築き上げて来られたのです。

真のお父様がPWPA、IIFWP、UPF等々数多くの組織体を興し平和世界を実現しようとして来られた夢が今こうして蕾をつけ花をつけまさに一斉に咲きほころうとしているのです。

私たちが認めようと認めまいと社会の人々はこの方こそ南北統一の為の歩みの先頭に立ち、世界平和への道を必ず切り拓いていかれるに相違ない、という夢と期待を顯進様に寄せておられるのです。

南北統一はお父様の生涯をかけた悲願でした。もし、お父様がこの場におられ、これをご覧になったとしたら、どうお思いになられるでしょうか?

顯進様は自らの立場を代弁する代わりに、黙々と摂理的基盤を築き、それらを天に捧げることによって、神様と父母様に対するご自身の変わらぬ愛と忠誠を示し、貶められた父母様の名を高めようとされる、必死なるお気持ちが伝わって来る思いでした。



神山先生の聖和式と追慕礼拝

 神山先生という方は、正直で純情で、正義感に溢れた方でした。気性の激しさから、時に血気に走りやすい所もありましたが、苦労を厭わず、常に御旨の先頭に立たれ、奉仕と犠牲の道を実践されました。

更に特記すべきは、先生は誰よりも御言を愛し、御言に生き、御言に死すことを目指して歩まれた方であったと思います。

そんな神山先生が「顯進について行くな」というお父様のいいつけを破ったと言う一点でこの間多くの非難を浴びてきました。

無論、行き過ぎた表現や言動によるところもあったと思うのですが、しかし晩年、日々衰えていく病床生活にありながらご自身が知ったお父様の愛と御言を後世に伝えるのだと、最後の最後の瞬間まで来訪する人々に証し続けられました。

そして、そのような死の床から神山先生が命懸けで兄弟姉妹に残したかったこと―それは真の家庭の一体化及び顯進様の真実に関する内容でした。

現時点においては、それらも、残念ながら、教会に反する分派集団の戯れ言、組織を脅かすとんでもない爆弾の如くに、一蹴されてしまうのでしょうか。

しかし、人がその生涯を終え、永遠の世界への旅立ちに際し、聖和を悼むことは、共にみ旨を歩んだ兄弟姉妹として至極当然のことであると思うのです。

私は昨年12月、アメリカで行われた神様先生の聖和式に参加しました。私たちは同じ43双として祝福を受けた者たちであり、しかも神山家と櫻井家は三位基台でもあったからです。

当初、私は故人のたっての願いであるとされた原殿での代表祈祷を自ら辞退しました。責任者の方々からそれを担当しないようにという指示を受けていたからです。

今回、日本で行われたのは、100日の追慕礼拝でした。私はこれに先駆け、責任者の方から「その追慕礼拝はUCI側の啓蒙集会になるのだから絶対に参加しないように」と言われました。

しかし、組織の話と追慕は別です。私は、教会で公式的に行うことが難しいのであれば、家庭会等で行うことはできないものかと本部側に進言もしました。

何といっても神山先生が残された功績は多大なものがありますし、先生の考えや主張に同調できなくとも、その生涯を讃え追慕したいと願う兄弟姉妹は少なくないに相違ありません。

たとえ戦時中でも、互いの死者を弔うために休戦することもあったと言われます。組織としては難しくとも同じ祝福家庭として、真心から追慕の一日をもってお送りしたいというのが私のたっての願いでした。

しかし、こちらの願いとは裏腹に「追慕礼拝には絶対に参加しないように」「勧誘があった場合は直ちに本部まで通達するように」といった旨のあまりにも厳しい公文が出されました。

私は思い余って、同じ43双の方々に手紙を送りました。「皆で参加して祈って差し上げましょう。責任者の方々に参加させていただけるようにお願いしましょう。」と。

そのことがそれほど大変な問題だったのでしょうか? 私にとっては、教会は組織である前に兄弟姉妹の共同体であり神様を中心とする兄弟姉妹であればたとえ一時各々の立場が変わり、考えや思想を違えたとしても、教会から遠く離れてしまったとしても、祝福によって結ばれた永遠の家族たちなのではないでしょうか。

また、私が代表祈祷をせざるを得なかったのは、あの凄まじい公文を見てお役を担当すべき人々が、次々に辞退してしまったからでした。そして私はそのこともあらかじめ、本部にご報告してから追悼式に参加させていただいたのです。

様々な事情から追慕礼拝に参加できなかった方々の為にお伝えします。本部ではこれを問題視し、あちらの宣伝のための集会なのだと断定されましたが、追慕礼拝はひとえに神山先生という、神様を愛し、父母様を愛した一人の兄弟の歩みを共に偲ぶ心暖まる式典だったのです。



最後に


 今や、今日まで神様のみ旨も分からなかった、外のカイン圏の人々が集い始めています。顯進様を通じて神様のみ旨が何であり、真の父母様がどなたであるかについて、人々は気付き始めています。

一教団の教祖としてのみ崇敬される父母様像でなく、人類一家族という神様の夢の実現に生きた、「人類の真の父母」としての父母様の位置と威信とを回復させようと今、顯進様は必死に歩んでいらっしゃいます。

しかしながら、父母様に最も近い内側のカイン圏、子女様方の実の弟妹の位置にある祝福家庭には、そういった顯進様の歩みの真実が隠されてしまっているのです。

こうした事実が広く統一家に伝えられ、理解されねばならない、私は祝福家庭の一人として、真の家庭をお支えすべきカイン家庭の一員として、この事実を祝福家庭の皆様にお伝えしたい、それが今回この書簡を記した理由です。

どうすることが真の父母様を愛し、侍ることなのか。どうすることが神様のみ旨を成就し、ビジョン2020を成就することなのか、何卒、真剣にお考えいただき、祈っていただきたいと思います。

私も更にこのことを祈り、残された人生を自らが真実だと考える通りに生きて行きたい、そのように思います。



2017年4月8日
櫻井節子





桜井夫人が言われるように、「私たちは信仰を持つ者たちです。何が正しくて、何が誤りなのかは、真理と神霊によって、御言と祈りによって謙遜に尋ね求めることが大切なのではないでしょうか。」と思われた方はクリックお願いします。
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週間ブリーフィングに紹介されていた3月39日のお母様のみ言の削除されていた部分(家庭連合はなぜお母様の一番言いたいことを隠すのか)




あるブログに、先週の週間ブリーフィングの中に出ていた3月29日のお母様のみことばの削除された部分が紹介されていました。一読に値します。

http://ameblo.jp/stfspirit/entry-12262973848.html

(3月29日お母様のみ言の一部引用開始)―――

 21世紀を中心としてアジアを中心とした太平洋文明圏時代が開かれたが、その中心に韓国がある。うかれていてはいけないことだ。皆さんに責任がある。

 二千年前に独生女に出会うことが出来なかったキリスト教の歴史は、新しい摂理へと進んで行くべきでしたが、それを知らなかった。しかし、天は独生女を誕生させるための韓民族を探し立て、摂理してこられた。



ここから週間ブリーフィングで削除されていた部分:

韓国にキリスト教が入って来てから歴史ではいくらにもならない。100年を少し越えたか。その時、世界のキリスト教会人は雲に乗って来られるメシアを待っていた。

しかし平壌を中心とした韓国の神霊キリスト教集団は肉身を持って来られるメシアを待っていた。その肉身を持って来られるメシアだけが子羊の宴をすることができるではないか。

それで天は、その時、2000年前に探すことができなかった独生女を探し立てる蕩減復帰摂理歴史があった。それで唯一、6000年ぶりに初めて1944年に誕生した独生女が私だ。(拍手)

 否定できないはずだ。6000年ぶりだ。私を生んでくれた父母がいたが、私は神様を父としって育った。私の祖母も大母様もそのように認めた。神様が私の父。人類のなかで神様を父と知って生まれた人はただ私一人。2000年前のイエス・キリストと。

 どうなりましたか、韓国が。45年に解放された。解放されて南北に別れた。民主と共産に。その時私は北にいた。その時全ての知識人、青年たちは共産党に加入したくないので皆南下しました。

しかし、大母様は霊界の役事を固く信じた。北側にいた。ところが、6000年ぶりに生まれた独生女をそこに置いたら失ってしまうかもしれないので、天は私の母方のおじを通して私が南下するしかなくしました。

その時叔父は早稲田で薬学をしていました。卒業をして軍隊に行って南下したという情報が入って来た。その時38度線はすでに引かれており、警戒が酷かった。結局3母娘が夜中に案内者を立てて越えてきました。

そして2年後に6.25が起こった。このなかでお父様は韓国におられたが、なぜ北に行けと言われたのか?皆さんが知らなければいけない。

アダムとエバも成長過程があり、責任を果たさなければならない。お父様も再臨メシヤの使命を引き継いだ位置の責任を果たされなければならない。

イエス様が果たせなかった蕩減復帰、イエス様が果たせなかったみ言を探し立てなければならない。その責任をお父様はしなければならない。そのようにして独生女に会い聖婚する位置が完成した独生子、真の父母になるのだ。分かりますか?

ここまでが週間ブリーフィングで削除されていた部分



 このとてつもない真実、事実を皆さんはどれだけ実感したのか?

 人情、事情に左右されてはいけません。天の摂理、天の摂理は今や真の父母を誕生させたこの大韓半島を中心に、日本を立てて、アジアの周辺の国々が一つとなって、南北が一つとなることのできる環境へと導いていかなければなりません。

今この国に、主人がいない。昔もそうでしたが。誰が責任者になっても、天の摂理を知らなければ終わりがよくない。

そのため、私が皆さんの前に強く言ったでしょう。

「真の父母様を誇りなさい!真の父母様の名を知らない人がいないようにしなさい!」

その道だけがこの国が生きる道だ。誰がこの国で政治家の代表となっても、真の父母様の祝福を受けなければならない。それを知らせなければならない。

(3月29日お母様のみことば引用終了)ーーー


なぜこのように削除されたのか。内容をまとめたというより、お母様が一番言いたい部分を削除したのではないか。それは、教会が隠したい部分なのだろうか。

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編 集



お母様の最近の発言に対する亨進様の感想(御父母様、亨進様の生々しい会話)




ある人から、最近のお母様の発言に対して次のようなコメントをいただきました。


ところがお父様が聖和された後、そうしたお母様が理解されていたレベルでの内容を、お母様ご自身の表現で(お父様も断片的に使用していた言い回しかしれもせんが)改めて言い直したところ、食口たちが、「何だ、これは?今まで聞いたことがない」「そんな解釈、今までなかった」とブっ飛んでしまったということなのではないかなあ、というのが、私の感じていることです(たとえば独生女など))。

お母様としては、食口たちもすでに祝福を受けて何十年も経ち、これまでにお父様の御言もたくさん聞いてきたのだし、なにより氏族メシアの使命まで受けたのだから、「このくらいのことは暗黙のうちに理解してるだろう(もしくは、そろそろこのくらいのことは理解しておいて欲しい)」と思って、当然のごく口に出したところ、意外にも受け取る側で騒ぎ始めてしまった、ということかではないか、と捉えています。

じゃあ、お母様が今、発言されていることは、具体的にどのようにお父様の御言と整合性があるのか、ということになると、すいません。私にもまだ、きちんと説明できません。

コメント引用終わり


これに対する師観のコメント:

・「意外にも受け取る側で騒ぎ始めてしまった、ということかではないか」につきましては、「騒ぎ始めてた」理由は一般のシックの受け取り方もさることながら、TMと一緒に暮らしていた子女様の証しがもっと衝撃を与えたと思います。

我々カインの立場にあるシックはアベルの立場にある子女様に侍り、一体化しなくてはならないという原理に従うとなれば、子女様の証しを無視するわけにはいかないでしょう。

以下の説明はネットからの引用です:

お父様に対する不信

亨進様は説教で以下のように語っておられます。

“ある日ご父母様が暖炉の前で座っておられて話されておられました。お母様はお父様に「あなたも原罪を持って生まれて来たのでしょう」と言われました。お父様はただ唖然とされ驚かれました。お父様はお母様に「離婚するぞ」と言われました。”

(亨進様 2015.3.15)


お母様がお父様に「あなたも原罪を持って生まれてきたのでしょう」という質問をされたということは、お母様がメシヤとしてのお父様を不信しておられるということです。

お母様はご聖婚されて以来52年間お父様に侍り、その生活の一部始終をくまなく目撃された、唯一のお方です。誰よりもお父様を知り理解しておられる筈のお母様がなぜ、お父様の無原罪を疑われるなどということが起こり得るのでしょうか。

お母様からそのような質問をされるとは、お父様はどれほど驚かれ落胆され、また憤慨されたことでしょうか。私達にはお母様がお父様を不信されるなどということはあまりにも信じがたいことで、お母様に何が起きたのか全く分らずに混乱するだけです。

全ての教会員は統一原理に感動してこの道に来ました。統一原理の結論は再臨主は文鮮明先生であるということです。

もし、ある教会員がお父様に原罪があると考えるようになったなら、その人にとってお父様は再臨主ではなくなり、教会を去ることになります。

お母様がメシヤとしてのお父様を不信されるのであれば、それはお母様はお母様ではなくなることを意味します。お母様との会議の場でも、以下のようなことがあったそうです。

”ある日、お母様との会議で再びお母様はお父様は原罪を持って生まれられ、私は無原罪で生まれたということについての話をされたので、私は強く懇願しました。「お母様、その話は止めて下さい。そんなことは絶対に言わないで下さい」”

(亨進様 2015.3.15)



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原罪論から良心論へ(非良心的になってしまった今の家庭連合)




ある人から原罪問題についてさらに次のようなコメントをいただきました:



まず「原罪」という宗教的な問題と、「原罪」あるいは「神」「摂理」などという言葉を使って自分勝手なことをするいかれた組織の害悪とは区別しないといけないでしょう。

罪を日本にかぶせて奴隷化しようとするならば、朝鮮・韓国の方がもっと罪が深いだろう、と十倍返しするのが、神の正義だろうと思います。

それについては置いておいて…「原罪」についてですが、どの宗教でも「悪」があることは認めています。

悪がないというのならそもそも宗教は不要です。その悪がどのような性質のものなのかが次に問題です。

悪は修行・努力を積むことによって人間世界から除去することができるのかどうか?

他の罪は努力により除去できても、除去しきれない罪がある、というのが原罪と言うものでしょう。

個人的にはそれを超えた境地に立つことのできた人もいるのでしょうが、なかなか広がりません。そんな修行を成し遂げられる人もそうはいないし、立派な宗教家の子にも弟子にもなかなか難しい。

「除去しきれない悪」という意味での「原罪」はある、と認められます。(名前はどう呼ぼうとも)

コメント引用終わり



これに対する師観のコメント:

いつもながらの論理明解なコメントに賞賛いたします。

・「除去しきれない悪」の潜在的な根源・起源は「原罪」以前にすでに神の中に存在しています。

アダム・エバが原罪を犯してしまう以前に善(とって食べない道)と悪(とって食べる道)との二つの道が存在していたのです。

それゆえに、いくらメシアが原罪を取り除いてくれても、アダム・エバのように人類が彼等と同じ事を繰り返す限り、悪は取り除かれることは無いのです。

実例を挙げますと、キリスト教の洗礼と統一教会の祝福です。

イエスを罪からの救い主として受け入れ、洗礼を受ければ、原罪もこれまで犯してきた罪は許されると説きますが、悪はこの世から除去されませんでした。カトリックとプロテスタントの宗教戦争、二回に渡る世界大戦等々、今、なお悪は健在です。

それでは、再臨主であると信じられているTFとTMの祝福はどうでしょうか?それは無原罪で生まれた統一家の子供達や祝福二世たちを見れば結果は一目瞭然です。

彼らによって悪がこの世から除去されたのではなく、アダム・エバの間違えを繰り返しているに過ぎません。


原理によれば、

「愛の力は原理の力よりも強いので、アダムとエバが完成し、神を中心として夫婦となることにより、その絶対的な愛の力によって、神の直接的な主管を受けるようになれば、いかなるものも、またいかなる力もこの絶対的な夫婦の愛を断ち切ることが出来ないから、彼は決して堕落するはずはなかった。

まして、人間よりも低級な天使長の愛の力ぐらいでは、到底神を中心とした、彼等夫婦の愛を断ち切ることは出来なかったはずである。」P114

と言うのですが、長女誉進氏は離婚、次女仁進氏は略奪婚、恩進氏も夫を捨てて、別な男性の騎手(?)と結婚等々、いちいち取り上げたら切がありません。

そして、TMに至っては70代で、無原罪で誕生の独生女宣言です。おまけに、TFが有原罪で誕生し、TMによって無原罪になったような話をしているとすれば、TFとTMは不一致の夫婦ということになります。

すると、神の直接主管による夫婦の絶対愛は観念論になります。その結果、神の直接主管圏はもともと存在しないか存在しても誰も到達出来なかったのか、と言うことになります。

祝福家庭の子女の中には純潔を守り、清く正しく生活をしている人達は結構いますが、社会の流れの中で、ただ飲み食い娶り、どこかの会社に勤めて一般人とあまり変わらない生活をしています。

その二世達を指導する祝福を受けた原罪の無い立場の一世達はどうでしょうか。三分裂に分かれ、三つ巴の状態で、お互いに罵り合っています。第三者がこれを見ると、悪が除去されている状態には見えないでしょう。

それでは、いくら無原罪の状態になっても悪を取り除けないとしたらどうすればよいのでしょうか?

答えは、簡単です。第一に、無原罪であろうが、有原罪であろうが気を抜かないことです。永遠の修行僧のように、自分が完成したなどと微塵も思わないで、何時も未完である自己を自覚し、無心になる事です。

心をゼロにし、謙虚になると、不思議と神は相対してくれます。すると、程度の差こそあれ、神の宮になります。

人と出会って話をすると、別れた時に、後に残る印象として、その人の個性的人間臭さが残るのか、まるで、神様にあったようなような印象が残るのかがとても大切です。

第二に、神は自分に似せて、人間を創造したというのですから、我々人間には真善美愛聖などの神性があるのです。

この神性を覚醒させることが最も大切です。この神性を覚醒した度合いに応じて神は相対してくれます。

良心は神よりも偉大だというのですから、当然、原罪より偉大です。良心的な人と出会うと、また、会いたい気持ちになります。

第三に、UC・家庭連合よりも、良心的な人々や団体が沢山いるということです。

一例を挙げると、私のハレルヤ合唱団を指導していた芸大出身の先生が辞めると、一緒に、8人も止めて行きました。もともと、20名しかいない合唱団でしたから、ダメ-ジは多大なもにでした。

すると、その話を聞いた創価学会の歌仲間の一人の婦人が、憤慨して、別な合唱団から声がかかっていたのですがキャンセルして、私の合唱団に入団してくれました。

リサイタルするような歌姫ですから、歌仲間を3人も連れてきて、危機を救ってくれました。これは宗教を超えた良心の絆なのです。

第四に、UC・家庭連合の反社会的な活動、例えば身体障害者の真似して物品を売ったり、偽カンパ、霊感商法等々に良心が耐えられなくなり、躓いて去っていった人の中には、家庭連合よりも良心家が多いということです。

したがって、家庭連合は良心にしたがってTMの無原罪独生女論に抗義する人を除名したり、H1が主催するイベントに参加する人を禁止したり、罰を与える行為は非良心的です。したがって、神に反する行為になります。

第五は、聖書にアダム・エバが生まれる前から存在していた人々がいたことが記述されており、この人達はアダム・エバが犯した原罪には無関係だということです。

科学的にも人間始祖についてはホモサピエンスの他にもネアンデルタ-ルやクロマニオン説があり、人類の始まりを一組のカップルに起源をおくには根拠が不十分なのです。

それゆえ、原罪論はアダム・エバの子孫にしか適応されませんが、良心論でしたら、それ以外の人種にも当てはまりますので、普遍性があります。

なので、これからは良心教で行かなければなりません。しかしこれは、宗教ではありません。なぜなら、良心の教えにしたがって
生きている知られざる無宗教の人々は沢山いるからです。



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2つの開拓伝道の証(草創期と公職者を辞任してからの氏族メシヤ活動)



これは日本統一教会草創期の開拓伝道の証です。イエスは何を飲もうか、食べようかと思い煩わないで、ただ神の国のみを求めよ、と言いましたがこれはクリスチャンの信仰の理想です。それを統一教会で実践できたのですから、これほど、幸せなことはありませんでした。

未だ教会の出来ていない都市に単身で、しかも片道切符で開拓に行くのです。伝道して生き残るか、餓えて死ぬか、途中で逃げて帰るかの道しか残されていません。そこで、3人の人を伝道して、基台を立てたら新しい教会の出発が認められるのです。

私は大阪の羽曳野市がくじ引きで当たり、何とか40日間で教会を建てることが出来ました。しかし、その後どうなったかは知りません。人事異動があったからです。とにかく、そのようにして現在の主だった教会は建てられていったのです。



もう1つの開拓伝道は、そのかなり後の話です。私は1994年には赤羽教会長を辞任して、95年に家内の生まれ故郷に還故郷しましたが、すねかじりの子供を3人抱え、無一文で開拓伝道です。

チラシを撒き、学習塾を開校して、何とか子供たちを大学まで行かせ、アメリカ留学させたりして、祝福まで育て上げたのです。このように無から有を生み出す信仰、勇気、力という無形財産を与えてくれたのも再臨主でした。そして、この無形財産は計り知れないほど大きいものです。

ちなみに、現在では子女達は独立し、私共は国家メシヤの使命と氏族メシヤの任務を遂行中です。ハレルヤコ-ラスは市民運動の一環として展開しているものです。私たちは外に向かって進み、市民権を勝ち得てくることが大切です。

但し、証しというものは個人において皆違いまっすので、皆さんに同じような証を期待するものではありません。ただ、こんな人もいるということは大いに参考になることだと、確信しています。




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真理の覚醒(UC・家庭連合を早く卒業すること)



ある人から原罪問題について次のようなコメントをいただきました:


存在するかどうかもわからない「原罪」を使って優位性を得る、差別、蔑む、贖罪献金に利用するのは止めましょう。

ユダヤ教では父も母も子も孫も原罪はないという。ユダヤ教に学ぶべきだ。

コメント引用終わり



これに対する師観のコメント:

これは非常に興味深い発言です。禅の窮極境地も”人間は本来罪なし”と悟るところにあります。この問題は大きく分けると、自力と他力に分けることが出来ると思います。

自力の方は釈尊の悟りのように創造本性の自我(真我)に目覚め、それを覚醒・開花して行く生き方です。釈尊は先駆者であって、誰の中にも仏性(神性)があり、正しい修行法で自力で引き出せるというのです。

他力の方は創造本性の自我を本心では望んでいるにも拘らず、罪の力・邪心の力が邪魔をしてそこに到達が出来ないので、メシアや阿弥陀仏にすがる生き方です。

便宜的説明として、前者はアダム・エバ以前にすでに存在していた聖書に書かれている無原罪(?)の人々の子孫であり、後者はアダム・エバの子孫と言うことにしておきましょう。

ここで、問題なのは自力であろうが、他力であろうが、現実的にはどちらが人格完成し、立派になり、創造本然を目指してどれだけ社会貢献をしているかです。

UCにおいては、イエスは個性完成はしたけれども、祝福を受けてはいないので、UC信徒の方が上だという主張がありました。

本当にそうでしょうか。今の統一家や家庭連合の実態を見てもはやそのような主張をする人はいないでしょう。それどころか、世間の評価はカルト(反社会的宗教団体)です。

神はカイン圏やサタンが認めて初めて認めると言うのですから、人格完成から遠い存在なのでしょう。残念なことです。現実は一代で分裂し、世間の笑われ者のなっています。

TMの言動を見る限りでは、先ず顕進氏を追い出し、次に国進氏を追い出し、更に亨進氏を追い出し、家庭連合に亀裂・分裂をもたらし、それでも足りずに、略奪婚をして、いわゆる堕落した仁進氏をそのまま公職に任命し、物議をかもし出し、それでも懲りずに、無原罪生誕の独生女を唱えだし、再臨主である文師を”有原罪で生まれた”と主張してその価値を貶めています。

これでは破壊神そのものです。そして、今の家庭連合はそれに何の抗議も出来ず、逆にそれをかばい、正当化すらしようとしています。これはまさしく終末です。従って、ここには未来はありません。

だから、UC・家庭連合を早く卒業することです。

それでは、卒業をするとどんな良いことがあるのでしょうか?「み言葉集」によれば、神様の家庭になれば、教会は必要ない。これからは皆さんに会わなくても良い。

卒業証書も与えたし、伝統が分る訓読会もしたし、み言葉集もある。祝福中心家庭は祝福に対する責任を自ら負わなくてはならない。

だから、神様も先生も必要ない。全て教えてやった。宗教が必要なのは、神様を父母として発見する為である。その後に宗教は必要ない。

家庭理想生活を送れば、堕落前のエデンの園の創造理想が実現することによって宗教は無くなる。
参照:「み言葉集」131、257、95、337、393、266巻


以上のみ言葉を見ても分るように、摂理史的に今はUC・家庭連合を卒業する時代圏に入っているのです。

家庭連合の問題点は名前だけが変わっただけで、中味は旧態依然の縦組織のUCと同じです。だから、未だ教権を振りかざして、何処何処へ行くなとか、誰々に会うな!のような命令書を出しているのです。
 
教会組織論を歴史的に見れば、縦組織のエクレシアと横組織のコイノニア-があります。

コイノニア-とはギリシャ語で”信徒の交わり”という意味です。その由来はマタイ18:19-20に書かれているように、二人または
三人がキリストの名によって祈るところに神がおり、働くという聖句から来ているのです。

我々の場合は祝福中心家庭の名によって祈りますが、未祝福の方々は主のみ名か真の父母の名で十分でしょう。

要するに、神を中心とした信徒の交わり(授受作用)の中に神は働くというのです。そのような場になっているなら、そこには神が働き続けるでしょう。それは信徒のネットワ-ク無教会とも言い換えることが出来るでしょう。

それは普通の教会と違って、上から下への一方方向ではなく、自由に質疑応答対話が出来る双方向の授受作用の教会(場)です。そして、その中に神が働き、真理・真実・事実が明らかになれば、天道に沿っていることになるでしょう。



教権を振りかざして、何処何処へ行くなとか、誰々に会うな!とお触れを出すような教会から早く卒業して、本当に神が働くことのできる教会を再建できたらいいなと思われた方はクリックお願いします。
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3/29、韓国牧会者総会でお母様がが語られた言とそれに対する師観の感想




<3/29、韓国牧会者総会でTMが語ったみ言>

https://www.youtube.com/watch?v=0tpVbEG_zjE&feature=youtu...


それで、天は2000年前に探すことが出来なかった独生女を探してくる蕩減復帰歴史があった。

それで、唯一6000年ぶりに初めて1943年に誕生した独生女が私だ。否定できないだろう。6000年ぶりだ。

私を産んでくれた親があったけど、私は神様を父として知って育った。私のお祖母さんと大母様もそのように認めた。人類の内、神様を父として知って生まれた人はだた私一人。2000年前のイエスキリストと。



これに対する師観のコメント:

何だかこれでは独生子の再臨主の文鮮明師が何処にも出てきませんですね・・・?

「人類の内、神様を父として知って生まれた人はだた私一人。2000年前のイエスキリストと。」とありますが、アボジも神様を父として知って生まれた人ではないのでしょうか?

また、第一のお母様や第二のお母様は独生女では無いのでしょうか?この方々は独生女として生まれたが使命を全うできなかった
独生女ですといえば、少(?)しは失礼にならないでしょう。



お母様はあまりにも自分を高めすぎているのではないか。もう少しお父様を証されるようになるべきではないかと思われた方はクリックお願いします。
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