神の国はどこへ行ってしまったのか(我々は政治理念を失ってしまったのか)




私がクリスチャンだった頃は、個人の魂の救いが中心であった。要するに、洗礼を受けてキリスト教徒になれば、原罪だけでなく、これまでに犯してきた罪は一切許されるという。

これは、明らかに個人の救いが中心である。勿論、それだけではなく、イエスが説いた倫理・道徳があり、その中には自分を愛するように隣人を愛せよ、というような美しい教えがあった。

だが、残念ながら神の国を地上に実現するという意識はなかった。

カトリックに飽き足らず、プロテスタントの様々な教派を尋ねたが大小に拘らず、どれも似たような意識であった。

その共通点は地上に神の国を実現するような教義はなく、死後の世界における個人の魂の救いであった。

大学に入ってみると、60年安保の直後だったので、マルキストが自治会を独占し、革命意識が盛んであった。

国家の政治を変革し、資本主義国家から社会主義、共産主義国家に変革しようと言うのです。

ここで、驚いたのは彼らの意識です。個人の救いは二の次にして、国家、世界の救いを第一義に考えて、革命の為なら、個人の命も犠牲にする意識です。イデオロギ-の違いはともかくとして、公的意識に関しては、クリスチャンよりもはるかに高いのです。

キリスト教は、世俗の社会や政治を変革する理論を持っていないがゆえに、クリスチャンが世界に対する責任を果たそうとして社会問題に取り組む時に、最も力強い世俗社会の革命論理を持っている共産主義に引き込まれてゆく傾向があります。

その為に、非常にあいまいなかたちで、社会意識の高いクリスチャンは共産主義者と政治活動をします。私も自治会の執行部の活動家と共に反戦活動のデモに参加したものだった。

なぜなら、反戦は本来クリスチャンが主導してやるべきものだと考えていたからです。

そんな時に、原理に出会ったのです。原理はこの地上に神の国を実現するという教義、即ち、神を真の父母として侍る万民一家族の共生共栄共義主義と言う政治理念を持っているのです。

それに向かって勝共理論も生まれ、統一思想も出来ては来ました。

しかし、今のUC(家庭連合)はどうでしょうか。死後における個人の救い、先祖の救いに最重点(?)がおかれ、そのためには地上での生活を犠牲にしてまでも献金することを要求し、政治には全く無関心、せいぜい韓国人リ-ダが民進党・共産党と同じような論調で安倍政権を批判し、日本が韓国に従属することを説くぐらいです。即ち、地上天国実現は何処吹く風に成り下ってしまったのです。

韓国のリ-ダ達が日本の政治に口を出したいのであるなら、韓国に帰って、自分の国の政治を改革したらいかがなものでしょうか。

地上天国の日本における政治理念が全くない外国のリ-ダ達が日本UCの幹部に居座っていることは実に不条理な話なのです。



地上天国実現のためのしっかりした政治理念を持ったUCに、少しでも再び戻ってほしいな、と思われた方はクリックお願いします。
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