史吉子先生の証(劉孝元先生が行かれた霊界についてのお話)




史吉子先生の証によれば、劉孝元先生が行かれた霊界についてのお話が有名です。

なにやら、死後行かれたところは薄暗い霊界だったそうです。韓国の教会長という位置のゆえに、アボジから愛されて、光り輝いていたが、霊界に行ったらアボジから愛されて輝いていた輝きは、全部奪われ、自分が愛した輝きしか残らなかったそうです。

霊界では、一番輝くものは、イエス様のように自分を迫害する者を愛するという美徳だと言う。劉孝元先生は幸い、原理を知っていましたので、徳を積んで奥様に相対できるところまで、上ってきたそうです。

この証を聞いた信徒たちは、祝福をたとえ三度も受け、恩赦を受けたとしても、自分が人を愛するという徳を積まない限り、劉孝元先生のように暗い霊界にしか行かれないことを悟ったと言う。

紀元節の聖酒を飲んで祝福を受けれたと言って、安心し、喜んでいる人は決して少なくは無いでしょう。逆に、自ら敢えて受けない人も少なくは無いでしょう。どちらにしても、一番大切なことは人から愛された徳よりも、神を真に愛し、自分を迫害する者までも愛することが出来る徳なのでしょう。




UCが信者に高額異常献金を要求することを中心とした教会ではなく、自分が誰かを愛した輝きが霊界で残るように信者を導く教会になってほしいなと思われた方はクリックお願いします。
↓↓↓↓↓↓

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 家庭連合へ
にほんブログ村
日本ブログ村ランキングを見る!
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

当たり前の話ですね。

原理を知っていれば当たり前の話ですね。


聖酒を飲んだから、祝福を受けたからと言って、愛の人格完成が成される訳はありません。

自分が人を愛した分だけ人格的に成長できるのであり、愛の人格完成をしなければ天国に入れる筈もありません。

その為に訓読をしながら、自分の心霊基準・良心基準を高める必要があるという事ですよね。

ただ「組織の中にいるから安心」でもなく、「礼拝に毎週出ているから合格」という事でもなく、問題は人を如何に愛したか、たとえ迫害されたとしても如何に感謝しながら更に愛したのか、という事が大切ですね。


何処やらでは「毒消しの聖酒」とか言っていますが、人格完成とは何の関係もありません。

金フンテの話の一部

金フンテが話した内容が載っていた。
すでにUC側の我々食口でさえ、お母様が独生女であろうがどうであろうが、あまり関係ない。残念なのは、意義つけないと、自分の立場が保てない、勝利感が無い、と思われるほうが大変です。
韓国人の考えと日本人では違うのでしょう。大方の日本人は、真の母は、何も言わなくても大きく構え、お父様との苦労を共有し支えてきただけで、真の母ですよ。独生女を言えば言うほど、真の母から遠ざかって多くの食口が白けてしまいます。今回の金フンテさんの証もひどいものです、
「お母様が独生女(独り娘)であるというのは、神様の領分です。」
神様の領分でしたら、人間の5%はいりませんね。創造原理から全て神様の領分にすればよかったではないですか。
「私はお母様から直接聞きました。
神様から準備された独生女として、生まれたのです。」
独生女の一人として生まれたんでしょう。先に結婚した方がおられたのですから。
「皆様、良く聞いてください。
お母様のことを理解できないならば、黙っていてください。
このことは、神様とお母様とお父様の問題です。」
確かにそうですが、黙れということで、今後都合が悪いことはすべて黙れというのですか。それでは共産党です。
また、公金問題を起こした人が巡回するそうですね。本部はそれでもいいのですか。話せば話すほど問題が出ますね。
お金を作りに来たのに、逆にお金を出さなくなるでしょう。

Profile

師観

Author:師観
ようこそ、師観のブログへ!

Latest journals
Latest comments
Latest trackbacks
Monthly archive
Category
フリーエリア
カウンター
Search form
Display RSS link.
Link
Friend request form

Want to be friends with this user.

QR code
QR