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いかにして神を悲しみ、苦しみから解放、救済して差し上げれるのか?




教会はこれまで神の悲しみの解放を人間の悲しみの解放より優先して、あらゆる摂理を展開して来た。

それゆえ、神の悲しみを天情とし、人間の悲しみを人情として、天情は人情に勝るという教義を説くようになった。

この教義の典型的な例がいわゆるヤコブの知恵である。ヤコブの騙しは人法(心情)には違反するが天法(天情)には違反しないというのです。

その結果、教会は信徒に霊感商法では偽霊能者の役をやらせ、その他偽カンパ、偽身体障害者、偽口実物品販売などをやらせて来た。

もともと良心的な人が献身者になったので、信徒の中には偽カンパの途中で良心が咎め、何度もカンパ袋を抱えたまま交番に飛び込もうかと思った人もいる。

これは他人事ではなくて、ほとんどの信徒が程度の差こそあれ同じような思いで良心の葛藤を覚えていたのです。

そもそも、原理が説くことによれば、良心作用は主体なる神と対象なる良心とが授受作用して起きるという。それゆえ、対象なる良心が痛むということはその良心に作用を及ぼす主体なる神が痛むから良心が痛むのである。

これでは神の解放にはならず、逆に神の心情を蹂躙することになる。天法の第一条は心情蹂躙ですから、これは天法に反する行為となる。

しかるに、教会の指導者たちは、良心の咎めを感じている信徒に対して「あなたは人間的事情に負けている」という。これは言語道断でしょう。

それゆえ、このような良心の蹂躙をA氏の言葉を借りると:


我々日本統一信徒が自らの「当たり前」に立ち返ることこそ「神の解放」への唯一無二の道だとする所以です。

朝鮮民族が培って来た「当たり前」とはその民族の使命として生み出した「再臨のメシヤ」でさえ、本来の「神の解放」の責任者、主体者である日本統一信徒を奴隷の様に使役し、犯罪紛いの金集めをさせることしかできなかったのです。

これ程迄に、それ程迄に神が陥っておられる地獄は深く暗いということだと思います。

A氏の言葉終わり



これはまさしくその通りでしょう。いくら神の悲しみ、苦しみからの解放、救済を説いてもやっていることが真逆では神の解放にはならないのです。

それでは、いかにして神を悲しみ、苦しみから解放、救済して差し上げれるのでしょうか?

日本のUCがカルト(反社会的宗教団体)と呼ばれるようになってしまい、ヤクザとほぼ同じ扱いされている有様は神の悲しみ以外の何ものでもないでしょう。これについてはB氏は以下のように現状を伝えてくれます:


日本では現在、不動産に関する取引で、統一教会、UC関係、及び関係者と判明すれば、 よっぽど親しい業者以外からは、断られます。

何故でしょうか? 断る理由は聞かせて貰えませんが「反社会的団体」だからです。 反社会的団体とは、ご存知のように、ヤーさん、つまり暴力団とかの「業界」のこと。 一旦入居させれば、出す事が困難であるばかりか、近隣が迷惑するから。

ですから、不動産業界では、UC関係者の物件は扱わない、というのが不文律のようです。今はネット時代ですから、検索されれば一発で、UC幹部ほど断られます。

B氏のコメント終わり



これが「ヤコブの知恵」を教義化してしまった結果なのです。そこで、「ヤコブの知恵」という教義は果たして原理的なのかということを検証してみなければなりません。

2002年10月27日に新宿教会において、金元弼(キム ウォンピル)先生が語られた内容は大変参考になるので、紹介致します。



「メシヤのためであるなら、あるいは大義があれば、何をやっても許される」という誤った考えを持っている食口はいないでしょうか?

「国のためであれば、個人を苦しめることもありうる」とか、あるいは、「み旨のためであれば、サタンの物は奪って来ても許される」と、考えている人はいないでしょうか?

「3倍以上、返してあげなければいけない」という真のお父様のみ言を、よく考えてみてください。

うそはうそであり、どろぼうはどろぼうです。ただそれが、戦争などの状況下にあっては、一時的に許される、同情されうる、ということは、ありうるかもしれません。

でも、「間違ったことは間違ったことである」と、はっきり知らなければなりません。

聖書の中にも、うそをついて奪って来た例があります。「サタンがうそをついて奪って行ったので、『蕩減復帰』の原則により、神側もうそをついて奪って来ても、罪にならない」と考えて、行動を正当化する人が、もし、いたとしましょう。

しかし、それは、うそはうそなのです。ヤコブの時も、うそをつかなかったとするならば、21年の苦役路程はなかったかもしれないのです。

戦時下で生命が懸かっている時に、人のいない家からお米を持って来ることは、状況的に考えて許されるとしても、それがそのまま善であるとは言えません。

それ自体が善なる行為であると言うことはできないのです。それを私たちは、真のお父様のこのみ言と行動を通して、はっきりと理解しておく必要があります。

「あなたがやったことは赦され、同情されるかもしれない。しかし、善ではない」ということです。

ですから、後でこれを3倍以上、返すことによって償うこととなるのです。このような出来事を通して、私たちは本当に真のお父様の伝統を学んでいかなければならないということを感ずるのです。

金元弼(キム ウォンピル)先生が語られた内容終わり




これに対する師観のコメント: 

ウソをつくと、後でこれを3倍以上、返すことによって償うこととなると言うのですから、その観点から、今起こっているUCの問題点を説明することが出来ます。

ウソをついて獲得した献金で獲得したUCのあらゆる資産はサタンの讒訴条件を受けるので、時と共に奪われていくことになります。

現にそれが今起こっているではありませんか?その最悪の結果がメシア家庭の三分裂に伴う崩壊です。自分たちで蒔いた種は自分たちで刈らねばならないようです。



参照:

『文鮮明先生マルスム選集』  (589-149、2008.5.14)

 教会が一つから二つに分かれ、そのようにして三回分かれると、神様は去っていきます。天理の原則はそうなっています。そうして家庭的に集まります。恵みのある人は家庭的に集まるのです。教会に行きません。家庭でひれ伏して祈祷します。そのようになるかならないか、見ていてください。




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