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私心を無くすとはどういうことなのか?




ある人から次のような意見がありました。

「私心を無くす」とは自己牧会で、お父様のみ言葉の実践で、「批判でも、良いという評価でも、どちらも自己の判断や意思ですので、無しにすると、神様の良心に心が変わる」実践で、自分の思いを日々消して行くことだそうです。



・この記述の問題点は他人事のように言っていることです。それに対して自分はどう思うのかと言うことを言わないと無責任になるのです。

それから、組織の誰が言ったのかを言わないと同じように無責任になるのです。例えば、会長が言ったとか、どこかの教会の責任者が言ったとか、責任の所在を明確にすることが大切なのです。

教会の幹部といえども全員同じ考えではないのです。元局長とかそのレベルのクラスの人達が結構いますが、それぞれ違う見解を持っているのです。

・「私心を無くす」という言葉を軽々しく使わないことが大切なのです。



1. 一例を挙げますと、これまでのキリスト教徒は聖書は完全無欠で唯一、永遠不変、絶対的なものとして、疑ったり、疑問に思ったりすることですら、私心から出てくるものだと思われていたのです。

ところが、文師は神が善であるのなら何故こんなにも長い間、悪が支配するのを許しているのか、という疑問を抱いたのです。その疑問のお陰で、人間に神も干渉できない人間の責任分担があることを発見したのです。

さらに、原理を全部説き明かし、霊界で神の前で発表したら、イエスを先頭に全ての義人聖人が反対したと言う。しまいには神までが反対したと言う。

しかし、文師はその神を相手に原理の正しさを主張したと言うではありませんか。

ここで問題になるのは私心の有無です。神が違うというのだから、「はい」と従がう方が私心がないことになるのです。しかし、文師はたとえ神が否定しても原理の正当性を主張し続けたのです。これは自分に正直です。私心があったら出来なかったでしょう。



2. 例2、「私は腹中から3代一人娘の母系として血統転換し、原罪を清算して純潔で誕生した独生女だ。ところがお父様は原罪を持って生まれた。私は一人娘として生まれたが、お父様には複数の兄弟がいる。

お父様が原罪なく生まれたなら、その兄弟たちも原罪がないという話になる。したがってお父様は原罪なく生まれたのではのではないということだ」(2016/12/25 天正宮にての発言)


ここにおける、TMの「お父様には複数の兄弟がいる。お父様が原罪なく生まれたなら、その兄弟たちも原罪がないという話になる。したがってお父様は原罪なく生まれたのではのではないということだ」という発言は自分に正直であり、私心の無い疑問であり、発言でしょう。

例3、 姜賢實先生の声明(2016/12/21)によれば、「ところがある日、晴天の霹靂のような言葉が聞こえて来ました。お母様は「私は原罪なく腹中から   生まれた時から3代がきれいな純潔で生まれましたが、お父様は原罪と共にお生まれになった」と言いました。いくら理解としても理解が出来ず、数日間苦痛の中でもがき苦しみました。私の良心では受け入れることができません」という。


ここにおける姜先生の疑問と発言は「私心」からでたものでしょうか?明らかに自分の良心に正直であり、私心のない心から出たものでしょう。

さらに、桜井夫人がH1の下へ、江利川さんがH2の下へ行ったのは私心からでしょうか?私心ではなく自分の良心の声に従って行ったのではないでしょうか。

日本には自分から志願して特攻隊になった純粋な人達が沢山います。それは私心ではなく国のために命を捨ててでも戦うのが善だと思ったからでしょう。そのような人達を前にして、あなた方はサタン国家の為に死んだのだから犬死だと誰が言えるのでしょうか?



3. ところで、TMの「私は腹中から3代一人娘の母系として血統転換し、原罪を清算して純潔で誕生した独生女だ」という発言がありますが、これに対して、私に質問して来た人がいます。

TMのお父さんは誰かというのです。韓という姓が父方の姓なら韓氏は無原罪で生まれたのかと言うのです。この疑問は私心から出てきた疑問でしょうか。これは文師がイエスの十字架の救いに対して抱いた疑問、TMが文師の無原罪に対して抱いた疑問と同様に私心の無い疑問でしょう。



4.ヒットラ-の側近で知られるアイヒマンは600万人のユダヤ人を虐殺したと言う。しかし、彼は捕まって国際法廷で無罪を主張したのです。

私心でやったのではなく命令に従っただけだと言うのです。しかも死刑になるまで自分の良心の咎めを受けることなく最後まで無罪を主張して死んでいったのです。



結論として「無私」というだけでは人間の価値を測ることは出来ないのです。宗教戦争はその典型的な例なのです。どちらも神に信仰を持ち、神の名の下に戦争し、殺し合うのです。

しかも信仰がとても熱心な原理主義と言われている人達が特に殺すことを厭わないのです。

宗教的真理と言うのは科学を超えた世界で信仰しますから、主観的になり、その主観を絶対化しますと深刻な問題が生じてくるのです。




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良心の声?

文鮮明教祖や一族、幹部たちに良心があるとは思えない。

欺瞞と保身、恥知らず!などは確実にある。
私心、、、教祖は私心強すぎの欲のかたまりだった。
一族で、ゼロになるのはいない、信者にはゼロどころかマイナスにしても、何も感じない?そういった意味では、私心が無い鬼畜たちだ。

はじめまして

このページを読みました。【「再臨のメシア」の価値に感動している人は、どういう内容に対して感銘を受けたのか? 】この点が、過去に自分にとっては貴重な鍵でした。
その為には、イエス・キリストについて理解する必要があります。あなたの周りにキリスト教会出身の良い講師がいるかご両親に尋ねてみるといいかもしれません。
本文にあった、原理主義に対する考えは、恐らく中東の話が印象にあるのかと思いますが、偏った理解かと思います。
Youtubeに【天聖経】という経典の音声と字幕が載っていました。1番から15番くらいまで聞いてみてください。想像以上に固い文章で無いのと、AIが読み上げているので、わりと聴きやすいと思いますよ^ ^

あと、見るもの、聞くもの、食べるものには注意して、これは本当大切なことなので。
身を清潔に整えることで、雑念に邪魔されることも減りますから。
あなたの若い血がつきる前にこの民族をたてて神の前に捧げることを祈りなさい。年をとって戦うよりは、若くして忠臣、孝子女となるように願いなさい。
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