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幸福の科学の人からのメール(地獄も恐れない愛の法)




幸福の科学のある人から以下のようなメールが届きました。一考に価するテーマが含まれていますので皆さんに紹介したいと思います。




「黄金の法」という経典の中に仏光物理学についての記載がありますので、関心があればお読み頂きたいのですが、その中に、波長同通の法則というのがあります。

統一教会の教祖は、大川総裁の霊視により、死後、地獄に落ちていると聞いています。

その後、教団が、どの様になったとしても、教祖の教えを信じている以上、波長同通の法則により、統一教会を信仰している方は、死後 教祖のいるところに引っ張られてしまいます。

何を信じて生きるかは、その方の死後の行き先にまで影響します。その事実を全ての方々にお伝えしたいと思っています。

幸福の科学の人からのメール終わり



これに対する師観のコメント:

・信徒にとっては文教主がたとえ地獄に行ったとしても、教主を愛し、慕っている人々は喜んで地獄へ行くでしょう。教主がいるところなら何処でも行きたがるのが信徒だからです。

愛は地獄をも恐れないのです。それが「愛の法」だからです。これこそ「黄金の法」でしょう。

・身近な例を挙げると、親子の愛がそうです。子供が病気で熱を出し、苦しんでいる姿を見ると身代わりになれるものならなってあげたいと言う親、特に母親は沢山います。

・キリスト教においては、親とは神であり、子とは全人類ですから、人類の一人でも地獄で苦しんでいるのなら親なる神は身代わりになりたいほど、共に苦しむことになるでしょう。

したがって、このような神の心情を己が心情としている教祖なら、誰であろうと死後、地獄に落ちなくても、自分から進んで地獄を解放するために行くことになるでしょう。

したがって、イエスは羊飼い(神)は1匹でも迷い出でたら残りの99匹の羊を残してでもそれを探しに行くと説くのです。

・アメリカで共産圏から逃げて来たと言うシックに会いましたが、彼は自分が逃げてきたばかりに親がひどい目にあっているという。

結局それで、彼の心には安らぎがなく共産圏の故郷に帰って行きました。これは真の幸せとは誰かを犠牲にしては成り立たないことを示しています。

・私も似たような経験をしたことがあります。禅の修業の中で霊的感性が研ぎ澄まされ、絶対無(神)から全ての存在物が産み出され全宇宙となって行くのを実感した時、個(ア-トマン)としての自分が無くなり、全宇宙の生命体(ブラマン)へと化して行き、神・人・万物が一つの生命の流れという一体感を覚えるのです。

その感覚の中では自他の区別がなくなり、他者が苦しむと自分の体の一部が病んでいるような苦しみを覚えるのです。それゆえ、他者の誰かを助けるということは自分を助けているのです。ヤマギシズムではこれを「自他一体の理」と言っているのです。

・結論として、「幸福の科学」は原理と比べると、天使長の心情のレベルでの法を説いているのであり、神の愛の法には至ってはいません。

しかるに、家庭連合がH1やH2を恐れるあまり過剰な防衛線を張り巡らせ、愛する兄弟姉妹を分派扱いし、除名処分に処して行く実態の中には神を見ることが出来ません。

まして、母と息子の裁判闘争の中には神の愛を見る人はいなく、神の悲しみを見るでしょう。

勝者なく費用が加算して共倒れになるとまで裁判当局から言われているという。その費用をシックに払わさせるとすれば、借金地獄を増すだけになるでしょう。これでは明らかに「幸福の科学」以下になってしまうでしょう。



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今の状況を見ればもう幸福の科学以下だと思いますが。霊界は10人いれば皆色々な証をします。天国、地獄、中間みたいな単純な所ではないと思っています。身の丈にあった所で、そこがその人のいやすい霊界なのではないでしょうか。今の状況を見ればUCの霊界には絶対に行きたくありません。

自分も地獄に行けたら本望ですね。

本当に昔は師観さんの様な方がこの教会にも多かった。
本当に真理や人類救済を願う神様の心情を語ってくれた先輩が多かった。
でも、今師観さんが公職者だったら間違いなくクビになっていたでしょう。
内部で分裂した今の家庭連合のそれが現実です。

地獄に行くのはこの世で我欲の為に苦しんでいる霊人達に真の愛を説く為に行くのであり、その様な人物に自分がなれたら喜んで地獄に行きますけどね。
師観さんも同じだと思いますけど。

天国に行って、歌って踊って自分だけが楽しんでいても地獄界で苦しんでいる者達が大勢いるのに何で本当に楽しい気持ちになれるでしょうか?

昔の教会には本当にそう考えている信徒が多かったですね。

今の教会はハコモノで威厳ばかりの伝統を打ち立てているだけで、具体的な救済活動を全くしていませんよね。

トップに立つ為にはお金を使って力で威厳を保つという考え方は現代では余りにも幼稚な思考だと思う。

地味に社会活動、社会貢献をしていかなければこの世の人からの賛同は得られないでしょうね。

それこそ、僕の僕の貢献から認められ、この世の人から信頼されて選挙で代議士になってゆくゆくはトップに立って理想世界を構築するのが現代です。(勿論、言うほど簡単では無いです)。

No title

ちょうど数日前に幸福の科学の批判ブログを少し読んでいたところでした...。あまりにも似ている問題が多くて、他人事ではないというか、宗教や信仰の本質について改めて客観的に考える時間が必要なのかなと思いました。

地獄を解放できますか?

文先生が亡くなって、どのような状態かというのは、私も何度か色んな方が言ってる内容を耳にしました。
そのことを100パーセント信じているわけではないですが、現実的に考えて、残された妻子が争い、妻をはじめ多くの古参で苦労した方々に不信され、またご本人がやってきた負の摂理と、間違った言動からして、決して神様のお側には行かれていないと思っています。
かといって、地獄で地獄を解放できるかというと、それも無理だと思います。地獄は、本当に聖い方でないとサタンも悪霊も手放さないでしょう。
残念ですが。
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