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弱肉強食について(アボジはスーパーマンではありません)





弱肉強食に関してTFの次のようなみことばがあります。


すなわち、鉱物は植物に、植物は動物に、結局は人間にすべて吸収されることを願うのです。ですからすべての存在は、捕まって食べられたり、吸収されたりして、より高い愛の次元に上がり、最後は愛の根源であられる神様の最も近い愛を受ける立場まで進んでいくようになるのです。
(東西南北統一は真の愛で/真の愛は誰もが願う)


すべての万物は、自分の横的なる人格完成の素材なのです。みんな愛を求めて、互いに食べられないと、その道は行けないのです。ですから弱肉強食という論法は、宇宙存亡の原則を無視する結論です。  

君たちも毎日、何かを取って食べているでしょう? 何かを殺して食べているのですね。牛肉を食べるのは、みんな牛を殺して消化していく泥棒なのです。もし裁判にかけるとすれば、一番悪いものが人間です。

なぜかというと、みんな許しもなしに、乗っ取って食べてしまうからです。ですから、よく挨拶してから食べなければなりません。食物は言っているのです。「ワー 悪魔の実体に食べられるのは嫌だー」と。しかし愛の実体に、「早く、早く、食べてください」と言うのです。消化されて、愛の極致に入って、そこで元素が解放されるのです。 (真の自分を探しましょう)

以上みことばからの引用



これは一つの解釈であって、あらゆる分野の科学から検討してみる必要があるでしょう。

TVで鷹が鳩を狩りをする場面がありました。しかし、その鳩は何とか逃げ切りました。 それを見ていた原罪がないという祝福の子女の二世達はほっとして良かったね、と言いました。

誰も高い次元に吸収されなくて残念だとは言いませんでした。これは彼らの自然な本性から出て来た感性だと思います。それではこの自然な本性は神から与えられた本性でしょうか、それとも堕落性でしょうか。私は神から与えられた本性だと思います。

かつて私の村人の1人が自分の飼っている牛を屠殺場に連れて行く途中で涙を流したという。その人は動物の本能で自分が殺されるのを感じとったからだと思ったという。

自分が愛情をかけて育ててきたものを殺すことは、たとえ家畜であっても辛いものです。私の姉は逃げ惑う鶏が捕えられて、断末魔の叫び声をあげて首を切られるのを見て、鶏肉を食べられなくなりました。

そこで、質問ですが、アボジが鶏を捕まえようとしたら、喜んで捕まえられるでしょうか。また、殺される時も叫び声をあげないで殺されるでしょか。私は、捕まえようとしたら、同じように逃げるでしょうし、叫び声を上げると思います。

アボジは釣りが好きですが、魚がアボジだからだといって、自分から釣ってくれといってよってくるわけではありません。

釣れない日もあり、かえってお供の弟子たちの方が釣れる時があります。弟子がアボジより大きな魚を釣ったら大変です。それ以上の大きい魚を釣ろうとして、夜空に星が出るまで粘るのです。お陰で、弟子達は大事な会議に遅れたり、出れなくなったりします。

また、アボジが魚を釣り上げる時、魚は嫌がって必死でもがいて逃げようとします。現実は「早く、早く、食べてください」という感じではありません。

恐ろしいことは何処の宗教も教祖を妄信して、美化することです。メシアとは使命においてメシアであって、アダムと同じ生身の人間です。

アダムとは違ったスーパーマンでもありません。同じでないとアダムの蕩減にはならないのです。アボジはイエスの十字架は失敗の結果だ、と言ったからには、今度はクリスチャンからそういうあなたも失敗者だ、と言われることを覚悟しなければなりません。

H2はTMがアボジに従わない反逆者と見なし、批判しますが、世間の人々、すなわち、人類はアボジは自分の妻も子女達も主管出来なかった人と見なします。結果として、TM,H1,H2の三つ巴の分裂をもたらした人と見なすのです。

ところで、動物を殺すことを嫌がる人たちは動物愛護協会などを設立し、その中には人間は本来動物を食わなくても生きて行けることを説いたりするベジタリアンも沢山います。

困ったことには文化の違いからトンチンカンなことを唱える人たちもいます。捕鯨は禁止するが牛肉食はOKとか、日本や西欧ではイヌを食べたりはしないが、韓国はイヌを食べる文化で知られています。この文化を天の文化として押し付けられたら厄介な事になるでしょう。

なぜなら、一般の日本人には犬は家族の一員ですからさすがに食べるきがしません。にも拘らず、そのような民族と文化を選民と選民文化として崇めているUCは妄信的に見えることでしょう。

幸いそのような文化を天の文化として押し付けられてはいないようなのでせめてもの救いでしょう。



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メシアなのだから言う事、やる事全て完璧なのだろうと盲目的にしたがってきてしまった時期もあり、今思えば沢山の時間、私にしてみれば多くのお金をつぎ込んできてしまいました。こうしてネットを通して様々な情報を取れるようになり、自分の視野の狭さを痛感させられました。
まあ、献身だけはしなくて良かったなあと思います。UCに入信しなければ日本の歴史を調べたり、この国の素晴らしさを認識する事もなかったかもしれない。結果よければとなるように生きて生きたいと思います。

メシアは絶対!

メシアは絶対と誘導され、分別され切って自分というものを失くして組織に従うことが、「善」であるということであったので、盲目的なんて言葉は相応しくないように思います。

好きでもない男と結婚までしてしまうのですから異常でした。
相手がいたというだけで「感謝」とコントロールされ、
単純な私は「しあわせ」が先にはあると信じてました・笑
先は、厳しい現実しかございませんでした。

最終的に、結果は出るのでしょうが、隣にいるだけでイラつきたくなるツレとの関係は改善が先にはあるのか解らず、より厳しい状況下になるだろうことしか浮かびません。

そんな夫婦がこのカルトには多いと思います。

信者は、基台で祈りあったらね・・・いろいろと問題が出てきて・・・なんて言いますが、問題だらけの人間関係と組織に属しているから、問題があって当然で、一般でも問題は大なり小なりあるものです。

自称メシアはいいですよねぇ~信者を食い物にして、金と女には困らなかった。調べて見れば、鬼畜文龍明であったのです。こんなのを信じた騙された自分は大馬鹿もんです。

文龍明派生のカルトはすべて消え失せていただきたいです。

大嘘付きのカルトは、正直にすべてを信者に伝えるべきです。
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