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地震と審判について(自然災害を献金ノルマのための脅しに使っている家庭連合の残念な姿)




神学を論じる者としてこの問題にそれなりの見解を述べておく必要があろうかと思います。神学も学問である限り、信仰の論理のみに留まることなく、客観論理も必要とする学問であります。

それゆえ、客観論理の観点から地震を論じるなら、有史以前から自然の仕組みとして、 起こる自然現象として理解すべきでしょう。すなわち、人間が堕落したから、天罰として神が与えたものではないということです。

したがって、これは創造原理に基づいて起こる地球の営みの一つであると見るべきでしょう。しかも、神は創造原理に絶対性を付与したというのですから神の都合によって勝手に止めたり、終末だからといって神がいちいち干渉して頻度を高めると言うものでもないでしょう。

なにやら、白亜紀(?)に、隕石が落ちてきて、恐竜が絶滅したといいますが、堕落した結果、審判を受けた訳ではないでしょう。

そこには肉食の獰猛な恐竜だけではなく、草食系の穏健な恐竜も、小型の動物もいたし、罪を犯さない草木も茂っていたでしょうが、一網打尽です。

それではどうして神の愛する人間が自然災害の犠牲になってしまうのでしょうか。

原理によれば、人間は堕落によって無知になってしまったというのですから、その無知を内的(霊的)にも外的(科学的)にも地震を察知できるほど未だ復帰されてされていないのでしょう。

それでは創造本然の人間なら如何でしょうか。内外の無知がない状態で、神と一体であり、霊界とも通じていることでしょうから、そのような危険を霊的に察知したり、科学的にも探知する技術を開発していることでしょう。

問題は元青葉台教会長のペー氏のような韓国人リ-ダや一部、日本人リ-ダたちが、献金ノルマを達成する為に自然災害を信徒に対する脅しに使うことです。献金ノルマを達成できなかったから地震が起きたというのです。事実、それはある韓国の先生が神戸(関西)地震が起きた時に言いふらしていた言葉です。

地震やその他の自然災害は、日本が摂理国家に選ばれる以前から、起きている問題です。1830年の天保の飢饉は有名で、大塩平八郎が弱者を救済しようとして、乱を起こすほどでした。

地震や津波による災害は日本だけでなく、各国に起きています。私の記憶にあるだけでも、バングラ、ハイチ、トルコ、火山地帯のイタリア、中国、台湾、インドネシアの大津波など数え切れないほどです。

これらの災害の共通点は社会的弱者が多大な被害を受けることです。お金があって一等地の安全な場所にに強靭な家やビルを持っている人は被害が少なく、貧しい人たちが多大な被害を受けるのです。

従って、地震と審判の理論を持ち出すと、財閥や権力を持っている人たちが神の審判を逃れ、彼らに低賃金で雇われ、権力に支配され、劣悪な環境に住んでいる弱者が審判を受けるという弱い者虐めの論理になってしまうのです。

概して、家庭連合はこのような論理を用いて信徒を支配しますから、脅し、弱いもの虐め、威張り、傲慢が支配する組織になってしまうのです。

これは旧約時代以下の信仰観です。即ち、愛とは関係のない神観が出来上がってしまうのです。

これに対して、マザ-テレサはハンセン病(?)で、道端で倒れ、異臭を放っている老人の下に掛けよったら、その老人の顔が
イエスの顔に変わったという。即ち、その老人の中にイエスの姿を見、神の姿を見るのです。これが新約の信仰観の極みなのです。

すなわち、地震や津波で犠牲になっている人たちの中に神の姿を見るのです。UCなら、献金したくてもできない人や家や土地を取られて、住む所が無い人、自己破産させられて、路頭に迷う人、更に自殺に追い込まれた人々の中に、神の姿を見ることです。

今の家庭連合に欠けているのはこの観点と心情なのです。結果として、神から見放される教会になって行くでしょう。

以下はある人からの「地震と審判」に対するコメントです。参考になるでしょう。


これは素朴な因果応報論であり、小学生までならば脅すのに効果がありましょうが、長じて必ずしも当てはまらない現実を見て、人は悩むようになります。

漢の司馬遷は史記にその現実を綴り、仏教は輪廻転生で一生を超えた長い視野で受け入れることを説き、ユダヤ教ではヨブ記を通し、浅い人知で神慮を判断することを戒め、キリスト教では罪なき人が人類の罪を代わって負われた姿を見せ、原理ではカインの罪をアベルが蕩減すると言っています。


もし素朴な因果応報を主張するならば、高麗が元に蹂躙され、文禄・慶長の役で李朝が困窮に至り、大韓帝国が日本に併合され、光復も束の間、朝鮮戦争で国土が灰燼に帰し、38度線での分断が今に至っているこれらのすべてのことも、ひとえに朝鮮民族の民族的罪が来たらしめた神の審判であり、先祖の罪をいつまでも悔改め、せっせと献金しなければなりません。

それを日本人にだけ当てはめ、韓国人には当てはめない、というのであれば、民族差別感情に基づくヘイトスピーチです。神の真の愛を解く家庭連合においては、存在すべき場所はありません。

ある人のコメント終わり


家庭連合が、献金ノルマを達成する為に自然災害を信徒に対する脅しに使った結果、脅し、弱いもの虐め、威張り、傲慢が支配する組織になってしまったのではないかと思われた方はクリックお願いします。
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不信仰や神の期待に応えられず、様々な災害に遭うのならば北朝鮮や中国はとっくの昔に災害で滅んでいたでしょう。イギリスもアヘンを使いアジアの国々を奴隷化してきた歴史があるわけですから大きな災害で滅んでいたでしょう。キリスト教も神の名のもとに2000万人以上の人々を殺害してきた。それでもキリスト教が1番なんですよね、UCは。
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