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なぜ第九は日本中に定着しているのか?(ドイツ人1000人を救った日本人の物語)




先日、埼玉第九合唱団が主催するコンサ-トの特別席の券を頂いたので、行って見ましたが大盛況でした。

大宮のソニックシテイの大ホールは空席がないほどで1000人は超えていたでしょう。合唱団員はざっくり数えて200名はいたと思います。

私も7年かけてハレルヤコ-ラスの団員を募ってまいりましたが、せいぜい20名です。

なにやら、大阪では毎年1万人の合唱団参加者で大九を演奏すると言う。

どうやら、大九が日本でそれほどポピュラーになった背景には松江豊寿という偉人と深い関わりがあるようです。

この人物がドイツではあまりにも有名なので、「なぜそこに日本人がいるのか」というテレビ番組スタッフがドイツに行って取材をしていると、「あなたは日本人なのに松江氏を知らないのか」と言われ、あきれた奴だといわれてしまったそうです。




軍人松江氏は日本に連れてこられた1000人のドイツ人捕虜の命を救ったので、ドイツの有名な新聞にも取り上げられ、映画にまでなったので超有名人になっていると言う。

彼がなしたことは、我々の長い歴史の中で、後にも先にも例を見ない奇跡なのだ。自分の立場も顧みず、国に逆らってまで我々ドイツ人を救ってくれた。

ある婦人は私がこうして生きているのは松江氏が祖父を救ってくれたからです。彼にはノ-ベル平和賞を贈るべきだという。

取材スッタフが紹介されて博物館に入って見ると、そこには軍服姿の松江豊寿の大きな写真が飾ってあり、遺品や救われた1000名の捕虜の名簿も保管されていた。

その名簿を頼りに、子孫を尋ねてみると、みんな彼らの祖父の松江氏に対する感謝と絶賛の言葉を伝え始めた。松江氏は大恩人だという。


松江氏は1872年、明治5年に会津藩士の武士の家系に生まれた。生活が貧しかったので、給料がよかった陸軍に入隊した。

1914年、42歳の時に第一次世界大戦が勃発した。

ドイツ・オ-ストリア・トルコ 対 イギリス・フランス・ロシアの戦争である。ドイツは日本の領土があった中国まで侵攻してきたので、危機を感じて参戦した。

日本は中国でドイツと交戦し、ドイツ軍は降伏し、5000人が捕虜となって日本に連行された。その内の1000人が徳島県の大型捕虜収容所に送られた。そこの所長が松江であった。

捕虜といえば、シベリア抑留に代表される過酷なものであった。当時は満足な食事も与えられず、休養もなく強制労働を強いられる監獄である。おかげで、脱走兵が続出する有様である。

そのような環境の中では、ドイツ人捕虜にとっては音楽が唯一の慰めであった。しかし、それも禁止され絶望に陥っている時に、松江はそれを許可し、没収された楽器まで与え、彼らを人間として扱った。

その結果、サッカ-、テニス、ヨット、演劇、酒場まで出来て、飲酒も許可され、しまいには、監視人つきの外出まで許された。

その内に、捕虜の中には様々な職人がいるので、彼らに商売をさせた。理髪師、パン工房、ソ-セ-ジなどいろいろな商売を許可した。おかげで、ドイツの技術や文化が村人にも広がり、日独習合の文化が出来ていった。

それでは、一体松江はどうして捕虜をそこまで人間扱いするのであろうか?

それは松江が育った幼少期のどん底生活の境遇にあった。

戊辰戦争で敗れた会津藩は大儀のために戦ったにもかかわず、逆賊扱いされ、人間扱いされなかった。松江の父は捕虜と囚人はまったく違うことを説いて聞かせた。

そして、敗者の痛み、敗者を思いやることの大切さ、すなわち、「武士の情け」を教えたのである。彼はそれをドイツ人捕虜に実践したのである。

しかし、部下の中にはそれを理解できず、軍警察に報告する者もいたので、松江は陸軍省に呼び出され、詰問を受けることとなってしまった。

罰として、捕虜に対する一切の食料の供給が絶たれることとなった。そこで、彼は捕虜を動員して山を開墾して畑を作り、村人の助けを得て自給自足の生活が出来るようにした。

そして、ついに1人も死なせることなく4年間耐え抜き、1918年に終戦を迎えた。

その時、捕虜たちは恩返しとして、彼らの文化の「至高の宝」としての大九を演奏した。

大九の「歓喜の歌」は、「人はもともと家族として神に創られたが、年月が経つにつれて分裂し、いたるところで争うようになってしまった。しかし、今や人類は再び神の愛の翼の下に兄弟として一つになる時が来た」と謳うのです。

大九は人の繋がりや人生の喜びのすべてを謳いあげた歌で、大切な人に捧げるもう一つの国歌のようなものであると言う。彼らの演奏は日本での「大九」の初演奏となったのです。

これはまた日本の音楽界にとっても歴史的瞬間であった。この出来事は日本の演奏会やオ-ケストラ-の発展などすべてにおいて、元になっていると言う。これがなかったら、日本の音楽界は20年は遅れていたであろうといわれている。



これに対する師観のコメント:

今までは左翼史観によって日本人は自虐史観に毒れてきましたが、ドイツ人だけでなく世界が高く評価する後にも先にもない偉人が日本にいたということは日本をもっと誇らしく思わなければならないでしょう。

そして日本の信徒は韓国牧会者の日本批判に毒されないことです。

さらに、注目に値することは大九の「歓喜の歌」の歌詞がそのまま統一家に当てはまることです。

統一家はもともと神の下で一つであったが、年月が経つうちに分裂し、争い、今の状態になっています。しかし、今や再び神の愛の翼の下に兄弟として一つになる時が来た、と言うのです。

したがって、TMもH1もH2もお互いが歩み寄って、合同で大九の演奏会を開催した良いと思います。



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私も見て心うたれました。テレビ東京では、特に月曜日の夜7時から、日本の良き文化、日本人で海外で頑張っておられる方の番組をやっているので、必ず見ています。あらためてこれまでどれだけ自分が日本を自虐的な思いで見てきていたか、反省しています。教会の反日教育を鵜呑みにしてきた自分が情けないと思います。もう韓国とは関わらない方がいいと思います。韓国の責任者たちは早くお帰り下さい。呉教授の本にも、韓国人のいう韓日一体化は日本が韓国の奴隷になる事と書いてありました。納得です。私は今、経済的に大変な状態ですが、家族で力合わせ生きて行きます。この国に生まれて良かったと思います。

共感します

第九の合唱団の一員を務めた経験もあります。
神様の理想の如く本然の人間性を発揮し、その人間性を踏まえた関係性を構築できればなあ・・と思いながら、身近な中でささやかにその実践を試みてます。
その延長上に真の家庭の心地よいハーモニーが聞ける時が来るのかもしれない、、、と。
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