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受容と埋没(UCの世界化の為にどうしても必要なこと)




私は、かつて本部の対策を担当し、非合法から合法への改善に仲間と共に努力をしましたが、駄目でした。

それで、野にくだり、氏族メシヤの摂理でカイン圏にマザ-テレサのように仕えまくって、同情と尊敬と祝福の言葉を勝ち取る、すなわち、長子権復帰をする為にここさいたま市で戦っています。

当時、私を対策に任命した副会長は、「師観は逃げた」と言っていたという話を人づてに聞きました。副会長も改善しようとして私を頼りにしていましたから、その気持ちは痛いほど分ります。

現在ではクリスマスコンサ-トを通して市民権を獲得しつつあります。市民にとって無くてはならない存在になろうとしています。勝利をして良い見本を示せばいいのです。

前置きが長くなりましたが、「ヤコブの知恵」の伝統は1973年ごろから日本からアメリカに渡っていきました。

そして「heavenly deception」、直訳すると、「天的騙し」がアメリカの信徒に教え込まれて行ったのです。花売りから始まったのですが、大義名分と実際の使い道は違うのです。それゆえ、信徒の中には深刻な葛藤が生じてくるのです。

アメリカの法律の基本はクリスチャン国家であるために、旧約聖書や新約聖書の書かれている律法や道徳・倫理に基づいてつくられているというのです。

例えば、十戒で「汝、偽証するなかれ」という律法は人法でもあるが同時に天法でもあるのです。なぜなら、神が直接に人間に与えた律法であると信じているからです。したがって、これに基づいて出来ている法律は天法でもあるわけです。

それゆえ、この天的文化を無視して、「heavenly deception(天的騙し)」を命じますと、良心的なユダヤ人やクリスチャンのシックは葛藤するのです。

そのためでしょうか、1976年にアメリカを後にして、1984年に再びアメリカに行った時には、総勢13000人ほど献身したアメリカ人信徒は1000人足らずに減っていました。そして、生き残った疲れ切ったようなシックに、その理由を聞いてみたら、disillusion(幻滅)したというのです。

宗教学者はこの現象を見たら、「受容」に失敗したといいます。受容とは具体的な例を挙げますと、ヘブライズムであるキリスト教がギリシャ・ロ-マの文化、即ち、ヘレニズムを受け入れることによって受け入れられて行くことを言います。

具体的には、アウグスチヌスが当時ロ-マで崇拝されていたネオプラトニズムのギリシャ哲学を枠組みにして、キリスト教の神学を構築したので、ロ-マを中心とするヘレニズム文化圏、ヨ-ロッパの国々へ、キリスト教がその本質を失わずに受け入れられて行ったのです。

本質まで失ってしまいますと「受容」ではなく「埋没」と言います。ここは区別しなくていけません。例えば、日本の信徒たちが韓国の指導者たちからアボジに近い心情の世界、文化を受け継ぐことは受容ですが、公金で自分の車や家などを得ようとするような文化まで受け入れると埋没になります。

また、アメリカでは、ユダヤ(旧約)・キリスト教(新約)の伝統を受け入れることは受容ですがフリーセックスや離婚まで受け入れると埋没になります。

ちなみに、仁進様のやってしまったケ-スはアメリカの文化に埋没してしまったと見なされるでしょう。

このように、アメリカに日本UCの天的騙しを押し付けて受容に失敗すると、宣教に失敗しますが、かといって何でも受け入れると埋没します。受容とは本質を失わすに宣教対象国家文化の中に根付く事なのです。

では、日本UCは受容に成功しているのかと言えば、韓国至上主義の献金奴隷制度を続けている限り、オーム以下と評価されても仕方がないとても残念な状態だと思います。


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宗教

 お父さま 御聖和後 私は家庭連合の動きに興味がなく 、
クリスチャンの流れから来たものとして  ペンテコステがどのように来るのかに興味があり
 黙示録がどう成就されるかに興味があり
イエス様が 比喩や象徴で語られずあからさまな時代が来るという事に興味が湧きました
 クリスチャンでない方々が 家庭連合では
 韓国や 日本の原理観 組織論だけで 物事を見る方が大半となられました。
 ここで 言えることは わたしが学んできた 統一教会は宗教ではなく 家族論でありました。
 食口や リーダーたちの多くは 宗教と思われていたかもしれません。
 しかし 私が感じてきた 文鮮明 真のお父様は父であり 父として方向性を示してくださいました。
 はっきり 言えますが お父さまの歩まれた路程は
聖書の逆戻りの路程であり
 象徴的に蕩減復帰する路程ではなく
 実体で 蕩減復帰する路程ですので
 渡辺のお兄さんには理解できませんし
私にも理解できません。

 
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