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東大の学位論文、古田氏の「韓国的キリスト教」と恨 : 韓国土着キリスト教の救済論についてのコメント




学位論文はこちらです。

「「韓国的キリスト教」と恨 : 韓国土着キリスト教の救済論」
http://gakui.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/cgi-bin/gazo.cgi?no=128872

内容要旨と審査要旨とがありますが、論文そのものはありませんでした。東大のしかるべきところに請求すれば入手できるはずです(有料かもしれません)


論文そのものではないがとりあえずその要約文の中心的部分を紹介し、コメントしてみましょう:

一方、統一神学は、人間の堕落によって親子の関係が断ち切られたことによる「神の恨」を説き、「蕩減復帰」によって人間が神の子に戻る活動、つまり歴史的に対峙してきた神とサタンの対決を今この時代にも再現し、神(米国を中心とする自由主義)がサタン(ソ連を中心とする共産主義)に勝利する(勝共思想)こと(「政治活動」)によって地上天国を実現しようとした。

ここでは神の「恨む対象」が子(人間)であるため、あるべき姿が叶わずに悲しみを背負い続けるという「解けない恨(情恨)」が語られている。

要約文の中心的部分終わり



・読んでみましたが、いくら恨みの解決の道を論述してみても、現実の韓国は日本に千年の恨みを置くという。

韓国文化の本質が恨みにある限り、いくら日韓基本条約で解決しても政権が変われば、慰安婦問題や徴用工問題を蒸し返し、日韓最悪の関係を作り出している。

恨みに取り付かれた民族は李龍道神学であろうが、原理教であろうがそれらに関係なしに恨みを持ち続けているので、何の解決にもなってはいない。

キリスト教の神は放蕩息子の例をみれば分かるように、自分の罪を心から悔いて帰って来た息子を無条件で許す神なのです。

”許し”については以前に投稿した「水瓶を運ぶ人について行け」からキリスト教の許しとは何であるかが分かることでしょう。



「許し」という神の思いをこの小さな子供がけなげに生きて死んで行くのを目の当たりにしました。私(神父)には”許してね”と言うひとみから差し出された言葉が命の水なのです。

人間関係が切れて行くには許しがないからです。許しがあれば元に戻ることが出来る、絆を結びなおすことが出来るのです。

イエスは「父よ、この人たちを許してください。何をしているのか分かっていないのです」と言った。そして許された人は救われたのです。

許されないから救われないのです。許しがないところには憎しみが生まれます。憎しみは復讐となって連鎖して行くのです。

救いの一番の泉はそこに許しがあることなのです。ひとみは神が許しを教えるために選ばれた人だった。それが水瓶を運んで行った小さな預言者です。

「水瓶を運ぶ人について行け」からの抜粋終わり



次の興味深い内容は以下の論節です。

3章の後半では統一教の清平祈祷院における死者救済の事例を紹介した。

冷戦が終焉し、「神とサタンの対決」が終了した90年代以降、統一教では霊界が強調され始める。人間は死後霊人体となって永遠に生きるという教義を持つ統一教では、生者だけでなく死者も救済の対象である。

そこで清平祈祷院では、怨恨を抱いて死んだ「人間(恨霊)」が信者に憑りつき危害を加えていることが信者の病気や貧困などの原因とする「病因論」を語るようになる。

恨霊の「恨解き」機能に当たる「役事」を行うことで恨霊が体から消え、病が治ると同時に死者(恨霊)が救済されるというシステムである。

清平祈祷院では信者に憑りつく「一般の恨霊」と信者の血統につながる「先祖の霊」の2つについて救済を行っているが、いずれも最終的には霊界で統一教の信徒になるための修練を行い、神の血統につながる「祝福結婚」を受けることで救済される。

このように、「恨霊」の登場により、統一教では「解けない恨(情恨)」だけでなく「解ける恨(怨恨)」も語られるようになっている。

また死後結婚は韓国巫俗でも施されてきたもので、神の「血統」を重視するところは儒教的でもある。



・”冷戦が終焉し、「神とサタンの対決」が終了した”と言うが、現実の世界は益々混乱し、サタンは益々多様化して暴れまわっている。

勝共連合の使命が終わったと思いこみ(?)、予算も人材も条件的に存在するようになり、地上天国を説きながら、その具体策がおろそかになり、代わりに死者の救済にのめり込んでしまった。これはとんでもない思い込みであり、誤算であろう。



・”神の「血統」を重視するところは儒教的でもある”という一節から統一教の「血統主義」が儒教の受容であることが分かる。

しかし、これはキリスト教とは異質のものでる。これについてはN牧師の解説を参考にしたらよいでしょう。


神は唯一、絶対、永遠、普遍、全知全能の存在です。神は神を産むことは出来ません。神は創造能力を持っていますが、生殖能力は持てないのです。

神が神の子を産み、神々を作ったならそれは神の血統と言えるでしょうが、神の唯一性、絶対性に抵触することになります。故に、神は、その全能性において被造物に生殖性を与えたのです。

そうしないと相対的存在である被造物は一代で消滅してしまうからです。この生殖性の連続を血統というのです。血統と言う限り人間は「神の血統」には入りません。神には血統がないからです。

聖書に「神の子たる身分が与えられた」(エペ1/5)とあるのは「神の霊を注がれた」「アダムの堕罪によって失った神の霊が再び注がれ、神の子としての身分を回復した」と言う意味です。

また前にも話しましたが、我々は文家の血統には永遠に入れないのです。AさんはAさんの血統で、たとい文家の女子と結婚してもその子は文家の血統でなく、A家の血統です。

女子は血統を継ぐことが出来ず、男子だけが血統を継ぐことが出来るのです。血統主義は非常に制約されたものです。

しかし、神の霊を注がれることによって、神の子たる身分を頂くというのなら、血統によらず、信仰によって、誰でも神の子となれるのです。

肉の誇りでは私もパウロに負けないぐらいありますが、パウロ同様それらのものを糞土のように思っております。「大切なことは愛の実践の伴う信仰」(ガラ5/6)なのです。




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守・破・離


まずは、師観先輩は 私生活ではUCの布教を目指しておられながらも、公正に教祖の姿勢の根幹を修正する記事を書かれた事に敬意を評させていただきます。本来なら私のような愚劣な人間の言える立場ではありませんが、その勇気に感謝します。

まずは教えを守り     「守」
そこから間違い部分を正し 「破」
不要な部分を切り離す   「離」

「守・破・離」 は、料理の世界だろうが 伝統工芸だろうが 信心だろうが、全ての道に必要な事です。

世界8大文明の中で、全てのジャンルに 「〇〇道」 が存在するのは日本文明だけです。 



本来なら、実の子供達に祝福を強制されなかった久保木会長ご自身が既にこの事を40年前に悟っておられたと推測しますので、
「早めに言って欲しかった」
と平信徒である私達は思いますが。。。

でも、、、今からでも、統一の2世3世4世・・・ さんは存在し 現におられるのですから、2パターンに分かれていただきたいのです。同じ組織に留まりながらも・・・

❶ 統一教会信仰を悪魔習俗と知りながらも、将来の「2ndアブラハム」輩出家系を統一信仰にて目指す

❷ 日本の国体破壊を反省し、国体修復の為の徳を2世以降に積んでいただいて罪を贖い、死後に暗い処に行くべきところを脱する



今回は特に ❷の項目に対策案を提示させていただこうと思うのですが、食口は 「日本を共産化から守った」 と勘違いしているのですが、日本を守ったのは統一教会ではありません。

西側の先進国が先の大戦前後に軒並み「共産党違法化」していたので、GHQは当然日本も違法化するだろうと思っていて、見せかけの民主主義をやらせる為に吉田茂には自分らで共産党を違法化して欲しかったのです。

ところが、どこでどういうスパイが入り込んでいたのか?、吉田茂自身が工作員だったのか?分かりませんが、共産党を「言論の自由の範疇」としてしまったのです。これにはアメリカも呆れたようです。

仕方なく、GHQは独自で日本の共産党員を監視するしかありませんでした。GHQのスパイコードネーム「ポハイク」を持っていたメディア戦略で日テレが国内初のテレビ放送を始めましたが、日テレを経営していた読売新聞の渡辺恒雄元社長のような元左翼学生が、左翼の「内部粛正・総括・リンチ殺人・密告監視」の文化に壁癖していたので、逆に保守中道路線に舵取りを変え、会社としても「日本に自由言論が存在する風」に演出しました。

そういう「経験済み」の反共産主義勢力により、一部の官僚や企業幹部と警察の苦労 愛国者達が戦後の国体を維持したのであって、じゃあそのナベつねさんが勝共連合の会合に加担してくれたか?というと、NOですね。一部の左翼運動経験済みの賢い人達が、経験則で反共をしてくれてただけなのです。

岸伸介も朝鮮人だし、右翼のドン笹川良一も朝鮮血統ですし、要するにユダヤによる 「日本論壇 二分割」(発展阻害) の手下に右翼も勝共連合も「利用された」と言うか、存在を許されただけですね。日本を動かす政治家本人達も 文鮮明氏も、当時の空気感には危機感を感じていたでしょうが、二分割をやらせた上の側からすると、「役者の配置」 程度の問題だったのです。

つまり、統一教会とは「反共で日本を守った」を印籠に保守層を取り込み、時間が経てば朝鮮儒教の馬脚を現し、日本国体破壊を結果的にやっていたに過ぎません。これでは、UC信者は浮かばれず、天から見ると「罪人」(つみびと)として死後には皆 暗い処に行くしかありません。

これらの罪を贖罪する為には、現役世代である後孫 これからの2世3世4世さんらが日本国体維持に貢献する 奉仕生活をするしかない訳です。

(関係ない話ですが、世界の共産主義国の全てが日本を評して、「日本が共産主義を世界で一番成功させた国」 と言っています。これは民度の問題で、思想を超えた伝統によるものです。国民が神民で真面目でないと、労働価値説が成立しないのです。労働とは「質」こそが問われるべきで、「時間」でくくってしまうと怠け者が出てしまい、経済が破たんするのです。)



チャンスはあります。

具体的には、今現在 全国に神社が8万社ありますが、神主(かんぬし)が2万人弱しかいないのです。一人の神主さんが10社受け持ったりして、やれやっと維持しているのです。

この「神主」という立場が微妙で、当然 禁欲生活しないといけないにも関わらず、貰いが少ないどころか、建て替え費用の持ち出しなのです。それを補填しようと、経済の本部である神社本庁が伊勢神宮の土産を全国展開させていますが、とてもじゃないけれど神主の給料や、20年に一度の式年遷都のような大改修の費用を捻出できるようなものではないのです。

そこで神主達は皆、学校の先生と兼任したり、整体やったり、村人に管理を無給で丸投げ委任したり、パワースポットとして営業活動したり、茨木の神社の様にアニメとコラボして観光地化したり、あの手この手でアイディア勝負しているのです。

■ 給料が少なくても我慢し、
■ 禁欲生活が習慣化していて、
■ アニメ・漫画が好き(自分でブランド化出来る)、、、

あれ?、そんな人達、どこかにいましたよね?。

神主になるには、専門の学校を卒業し、一定期間の修行が必要ですが、罪を犯した先祖(両親である祝福家庭 悪魔習俗の手下)の為に、清平ではなく、聖書中の 「約束されたカナンの福地:日本」 で娑婆の修行生活をされたらいいのだと思います。

※)
日本の古神道の霊力についてはまた 「世界王へのなり方」 の説明の際にさせていただきます。神道に寄与する事は、本人さんが一番恵みを受けると思います。

しかしながら一方で、

なぜ神主の家系なのに 自殺・他殺・不倫・強盗被害・土地トラブル・我が子に障害児が生まれる・子供に非行等が多いのか?・・・についての理由は、また別の機会に説明させていただきます。

ヒントは・・・

すでに子だくさんの家族が室内ペットを飼うのは まだ子供が産まれた後なので許せる?のですが、独身者や 今後に結婚希望者 出産希望者さんらが室内ペットを飼うと、なぜか不浄な結果となるのです。

神道の基本概念の一つは 「穢れ」(けがれ) の除去です。

ですから、修行生活 生活信仰(信仰生活ではレベルが低い) が必要なのです。呪怨と、周波数の調整と、気と磁場 イオンの調整、水の浄化、、、神通力が無いと魔に食われてしまいます。恐ろしい職業でもあります。



@@@   @@@   @@@



我々一世は、大変な事をしてしまいました。
「良かれ」 と思って、「誠」(まこと)とは真逆の人生を歩んでしまいました。

2世の皆様、本当に 申し訳ありませんでした。

謝罪させていただきます。

神様の御旨と摂理

■子女様も弟子達も分からなかったお父様の御言

2000年前、イエス様には、ぺテロたちの12弟子をはじめ、たくさんの弟子たちがいましたが、イエス様がどのような立場で歩んでおられるのか?抱えておられる事情を知りませんでした。

即ち、弟子たちはイエス様こそ神のひとり子、メシアであられ、福音が世界に伝播して天国が造られると考えていました。しかし、原理によると、イエス様はメシアという立場ではなく、洗礼ヨハネの立場で歩んでおられたのでした。

イエス様が出会ったのはユダヤ教徒の準備された弟子たちではなく、ユダヤ教も知らない弟子たちでした。ですから、御言を直接語ることが出来ず、比喩や喩えをもって教えてこられたのでした。

同じように、文先生、お父様は準備されていたキリスト教の弟子たちではなく、聖書も知らない弟子たちを第3イスラエルとして立てられたのでした。

お父様は、弟子たちに御言を直接語ることが出来ず、比喩や喩えをもって語られたのでした。しかし、お父様の比喩や喩えは驚くほど巧妙に語られたので、誰も比喩や喩えだとは、思わなかったのでした。お父様は、暗号で御言を語られていたのでした。

子女様でさえ、気付くことが出来なかったのでお父様の御言を理解することが出来なかったのでした。

イエス様の弟子たちは、イエス様の福音で世界の救いが成されると勘違いしたように、統一家の子女様、弟子たちは祝福が世界に広がることで救いが成されると思いこんでしまいました。

事実は、弟子たちが思っているように救いが成されたのではなく、違う展開によって神様の救いの摂理が成されたのでした。
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